Ⅷ
── Ⅱ章『混迷』──
我々の知るデーモンは赤子に過ぎない。『ソムカの警告』より。著:ルッディ・トルシア:マスターデーモンスレイヤー。
蜘蛛は現状運搬として優秀だな。
上部にフングスを乗せ、マーラには近付かないよう警告した。
「そろそろ見えて来る頃よ。でもその前にアンデッドをどうにかしないといけないじゃない?」
「そうだな。あの洞窟に待機させておく」
「う~ん、少しの間は大丈夫だろうけど」
「何とかなるだろう」
「そっ、私より長生きしてるもんね」
洞窟に着く。
「いいか。邪魔者が来たら殺せ。イエナ、少しの辛抱だ」
「はい」
「大丈夫、ダメな時は私がすぐに戻ってくるから」
「ありがとう。マーラ」
蜘蛛に生け贄の契り、モートに死認を放つ。
マーラと共に先へ進む。
暫く歩くと、山影に隠れていた巨大な鉱山都市が見えてきた。
「定住しないと言っていたわりには、随分な規模だな」
「戦争が長いからじゃない。それと酒場で聞いた話だけど、ここの鉱脈はまったく枯渇する気配が無いからとか」
「ほお」
この場所から見える城門前は種族で溢れていた。
マーラの言う、戦争から逃れて来た者達だろう。
都市の後方は険しい山脈、外壁は堅牢で城門の入り口は1つ。そして資源も豊富で非常に守りやすい。良い立地だな。
だが妙な気配を多く感じるな。厄介そうだ。
誰を味方にし、誰を敵に回すか、よく考えなければ。
いずれにしろ、この街を足掛かりにしなくては。
「無事に入れるかどうか気にしてるんでしょ?」
「まあ、そんなところだ」
「大丈夫よ。この街の衛兵は買収しやすいから」
「そうか。だが必要ない」
「それって、さっきのモートから受け取ったやつ?」
液の滴る布袋から生首を取り出す。
「うぅ……。ハア~イ、生首さん。元気そうね」
生首に軽く手を振るマーラ。
血が地面に垂れ落ちる。モートがもいだ騎士の生首はまだ腐っていない。
「そ、それをどうするの? まさか食べるとか言わないわよね」
「マーラ短剣を貸せ」
一瞬躊躇った様子のマーラだが、すぐに短剣を差し出してくる。
生首の前頭部に短剣を入れ、真っ直ぐ切り落としていく。
頭蓋骨を砕き、地面に顔面の表部が落ちる
た。
頭部を茂みへ投げ捨て、切り落とした部分を拾い顔に張りつける。
貼り付けた騎士の顔面部分は上手く泡立ち始め、顔に馴染んだ
「どっからどう見ても人間ね。アンデッドには見えない」
「似合うか?」
「うん。まさに死者復活って感じ」
「行こう」
城門前へ着く。
Ⱑのシンボルが描かれた軍旗が立ち並んでいる。
「相変わらず人が多いわね」
「お前が初めて来た時もこうだったのか?」
「まあね。でもこんな長い列はなかったけど。ここも戦争の影響が強なってきたのかも」
列から外れ、何があったのか確認しに行くマーラ。
衛兵の方を見ると、衛兵は軍旗同様、Ⱑが青く装飾された銀の鎧で全身を包み、ハルバートを携えている。
歩哨のドワーフが8人。
門の上方には銀の鎧に青いフードとマントを身につけたノームのクロスボウ兵4人。
門の入り口付近、両サイドには胸にⰡが装飾された大きな鋼のオートマトンが2体いた。
後方に並んでいるドワーフの話が聞こえてくる。
「まったく、今度は何があったってんだ」
「参るよな。よそ者が増えてからロクな事がない。全部こいつらのせいだ。大人しく自分の土地でくたばってりゃ良かったものを」
「まったくだよな。この土地は俺達ドワーフの物だってのに。さっさと俺達の土地から出ていけってんだ。おい! もっと下がれ棘耳野郎」
ドワーフが後ろに並ぶダークエルフを脅している。
「す、すみません」
マーラが戻ってくる。
「何か分かったか?」
「額に烙印があるのか確認をしているとかだって」
「ほお」
「額に烙印のある種族や魔物が街に襲撃を仕掛けて、それで警戒してるとからしいの」
「なるほどな」
「何かヤバそうな感じ」
暫くして俺とマーラの番が回ってくる。
歩哨の指揮官らしきドワーフが羊皮紙にペンで何かを記しながら老人の方を向く。
「おいお前! 荷物を忘れているぞ」
紺色のフードを深く被った老人が後ろ頭をかき、頭を何度も下げながら忘れた荷物を拾い街へ急いで入っていった
「よし次!」
指揮官らしき者の側に立っていたドワーフの衛兵がこちらを呼ぶ。
指揮官らしきドワーフが話しながらメモを取る準備をしている。
「名前と目的、銀貨1枚」
先ほど同様、気怠そうに話すドワーフ。
「マーラ。友人に会いに。はいどうぞ」マーラが銀貨1枚を衛兵に手渡す。
衛兵が俺の方を見る。
「ロルフ、同じく友人に。銀貨の代わりに宝飾品でもいいか?」
「ああ、いいぞ」
拾った指輪を手渡す。
「おい確認しろ」
門の近くにある兵舎から鎧を着ていない青い服を着た身なりの良いレプラコーンが出てくる。
金のチェーンの付いた片眼鏡をし、受け取った宝石をじっくりと眺める。
「問題ない」
そういうとレプラコーンは兵舎に戻っていき、レプラコーンの召し使いとおぼしきノームが銀貨を三枚持ってこちらに駆け寄ってくる。ノームから銀貨を受け取る。
「終わったか?」
指揮官がメモをしながらそういうと、側の衛兵が手を差し出す。側にいた衛兵に銀貨を一枚渡す。
「よし行っていいぞ。次!」
門へ向かう。
「ねえ、ドワーフとレプラコーン、それからノームの見分けってできる? みんな似たような背丈だし、私は未だに分からないんだけど」
「確かに見分けがつきにくいな。だがスケルトンとリッヂみたいなものだろう」
「見分けつくの?」
「ああ、アンデッドはな」
「無理。同じに見える」
「お前が獣人の見分けが細かくつくのと一緒だ」
門を抜け街の中へ入る。
街には多数の種族が行き交い、交流や買い物を楽しんでいる。
道や建物は思ったよりも綺麗に整備されており、頑丈な大理石のタイルや非常に精巧な大理石の建物が建ち並んでいる。
噴水の前には種族達が座り、陽気に談笑していた。
街の至る所から白い蒸気が絶え間なく上がり、街の上空を多くの蒸気が覆っている。
数人の衛兵達と共に鋼のオートマトンが追従し、街を巡回している。
城門にいたオートマトン同様、ミートやバジリスクほどの大きさがある。行き交う人々が踏み潰されないよう率先して道を空けていた。
「随分と活気があるんだな」
「言ったでしょ。う~ん! ねえ、さっきはなぜ銀貨をそのまま渡さなかったの? 騎士から貰った銀貨が沢山あったはずでしょ?」
「特に意味はない」
「ふ~ん。コホン!」
マーラがこちらを笑顔でじっと見つめてくる。
「腹が減っているんだろう」
「ピンポ~ン! アンデッドなのに良く分かったわね」人差し指を軽く弾く。
「俺だって昔は生者だったんだ」
「そうだよね。でも大昔で忘れてそう」
「まあな。さあ行ってこい」
「アンデッドはお腹空かないの」
「のようだ」
「ンフフ、あ~、イエナ達は?」
「お前が心配する事じゃない」
「ふ~ん、ロブスター亭ってところだからね。たぶんずっといると思うから終わったら来て」
「なんだって?」
「いいじゃん。お願い。色々気になるし、それにアンデッドに理解があるのってここじゃ私ぐらいよ」
「分かった、分かった。気が向いたらな。気を付けろよ」
「ンフフ。やっぱ根は優しいのね」
「さっさと行け」
マーラが嬉しげに酒場へ向かっていく。
やりようは色々あるが、まずは古典的な方法で情勢を探ってみるか。
人間2人が立ち話をしている。
「何でこんなに待たされなきゃいけなかったんだ?」
「さあな。でも噂じゃ良くない事が起きてるらしい」
「良くない事って言ったら1つしかないだろ」
「そういうな。早く用を済ませて、とっととこんな街離れよう」
「賛成だ」
建物の影から赤いローブを着た男がこちらの方を見ている。
そのまま行こうとするが、男は瞬時に姿を消した。
そして気配を近くに感じる。
前を向くと、さっきの男が目の前に立っていた。
男は赤いローブのフードを深く被り、顔は口元以外見えない。
「この街は初めてか?」
「ああ。で、お前は誰だ?」
「なあに、しがない商人さ。新顔には必ず声を掛けていてな」
「商品はなんだ?」
「特別な品さ」
周囲の者達は男が見えていないのか、俺に奇異な視線を向けてくる。
「ふむ」
「見ていくか?」
「いいや、遠慮しておく」
「チャンス逃すと後悔するぞ」
「確かにな。二度目は訪れないかもしれない。だが気付いていないとでも思っているのか? デーモン」
「ハッハッハッ、流石リッヂだな」男はそう言い終えると、一瞬で黒い正装服をした種族型のデーモンへ変貌した。
「いやはや、リッヂと会うのは久し振りだな。少しばかり油断してしまった。では改めて自己紹介といこう。我が名はアガレス。ヘルの公爵にしてアルケインの統治者。そして我が別荘へようこそ、ヴォイドの使者よ」
「なぜ俺を引き込もうとする」
「珍しい物が好きなんだ。詮索の必要はない。特に深い意味はない」
「それで、デーモンがこの街になんの用なんだ?」
「ふ~む。別荘というのは冗談ではないんだ。だがよくぞ聞いてくれた。ここは謂わば、私のお気に入りの1つ。アルケインの景色もまあ良いが、やはり飽きてしまうのでな。特にイニティウムの外遊は心を満たす物がある」両手を広げ、優雅に辺りを見回す「だが私が少しばかり留守にしている間、害虫共が蔓延り始めたんだ。まあ重い腰を上げ、駆除に来たというわけだな」
「随分と長い間、休暇を取っていなかったようだな」
「ハッハッハッ」陽気な声質は次第に変わり、デーモン特有の声へ変貌する「ヘルは忙しくてな」
「背後の者を恐れているのか?」
「確かに。お前もそうだが。得体の知れない者は、いくらデーモンといえど恐れうる存在なのは確かだ。だが、それはさほど気にしていない」舌を軽く鳴らす「背後にいる者が誰であれ。楽しみの1つに過ぎないからな。あ〜、退屈こそ恐怖だ」
「俺に手伝って欲しいのか?」
「お前は真のアンデッドであり、死体を欲っしているだろう。お互い都合が良いじゃないか。どうだ?」
〘⇄〙
はっきり言っておくか。
濁すか。
「まあ考えておく」
「フッ、返答は早めにな」
アガレスが赤い煙と共に姿を消した。
行き交う住人がアガレスを気にしている様子はない。
害虫か。のんびり観光とはいかないようだな。
だが眠気覚ましに丁度良い。
何れあのデーモンの魂も食ってやる。
ドワーフ2人が話している。
すれ違い様に聞き取る。
「夫が戦争は終わりそうにないって言ってた。益々酷くなっているみたい」
「はぁ~、怖いわね。ここは大丈夫だって言ってた?」
「ええ、ここはまず心配ないって、でも実際は怪しいわ」
「そうね…。でも一先ずは安心ね」
「ええ、一応次の避難先を考えておいた方がいいかも」
「そうよね」
情報の蓄えを探し、大通りを逸れ路地裏へ向かう。
奥へ進む度に、浮浪者や物乞い、難民などが増えていく。記憶よりも種族は実に様々になっている。
交配が進んでいるようだ。
邪魔だな。
武器を持ち、汚れた壁に立ったままもたれかかっている人間の男が目に入る。
この空間では悪目立ちする風体だ。
男と目が合うと、すぐに別の路地から男の仲間らしきドワーフ達が姿を現す。
男が威圧しながら正面へ来る。
「おい、道に迷ったのか?」
「手っ取り早く金を稼ぎたい」
「俺達もだよ」
「「「ハッハッハッ」」」
男の仲間が軽く笑う。
男が腰に差していた短剣を抜き、俺の腹へと突き刺す。
「あっ!?」
動じない俺を見て動揺している男。
騎士の顔を剥ぎ、本来の姿を見せる。
「おい嘘だろ!?」
男と、周囲の男の仲間が動揺し後ずさる。
男の仲間達は慌てた様子で身構え、急ぎ剣を抜き身構えてくる。
腹に刺さった短剣を抜き、地面に捨てる。
〘⇄〙
やり返すか。
無視するか。