Ⅵ
外へ出る。
空は清々しいほど天候が良い。
深く呼吸をする。
心地良い風が吹いているな。
この感覚はいつぶりだろうか。何もかもが遠い昔に感じる。色々な記憶が吹き飛んでいるのを感じる。
「晴天の元で岩場に立って、風でマントが仰いでいる。絵画でよく見る英雄みたい。ホノースだったっけ?」
岩場を登り隣までくるマーラ。
「絵画が好きなのか?」
「ンフフ、好きじゃなくたって、それぐらい知ってる。ほんと面白い」
「見かけより教養があるんだな(感心)」
「馬鹿にしてんの?」
「俺の時代、獣人はあまり賢くなくてな」
「あは〜ん。深いのね」
「今まで喋る骨より酷い奴はいたか?」
「いたわよ」
「ほお(興味)」
「喋る井戸。井戸の癖に獣人に対する偏見が凄かった」
「喋る井戸か、興味深いな」
マーラと共に深い森を眺める。
「髪や尾がなびいている。お前の方が絵になるじゃないか」
「ンフフ。ありがとう。それで? さっきから何を探してるの?」
「別に。ただ、今いる世界を眺めているだけだ。こんなに深い森だとは思ってなかった」
風でなびいた髪を耳にかけるマーラ「まあこの景色を見て、感傷的になるのは分かる。ここには知らずに隠れていたの?」
「まあな」
「ここはエルフの国の国境に近いから、無駄に自然が多いのよ」
苔まみれの巨木の根が遺跡をも呑み込んでいる。確かに普通じゃないな。
「何という国だ?」
「あ〜〜ん、なんだったかな」
「まあいいさ」
岩場を降りる。
追従するマーラ。
「後ここは随分と誰も立ち入ってないほど辺境なの。いえ秘境かな」
「でも街はあるんだろう?」
「まあね。でも戦争の影響でみんな逃げて来てるだけだから。賑わってるように見えるだけ。ねえ、あなたはいつからここにいるわけ?」
「随分と、前だ。少なくともお前や、お前の親が生まれる前かもな」
「ふ~ん。エルフみたいね」
「そうだな」
「あなたの謳歌してた時代じゃ、獣人は皆間抜けだったの?」
「語弊があった。あまり印象がないんだ。話の場にはいないという感じだな」
「そう」
「この遺跡について何か知っている事があれば教えてくれ」
「父の支部にあった文献の1つに、ここが載っていたの。でもその文献は燃えて灰になっちゃったけど。流し読みだったし、切羽詰まってたし、細部までは目を通した訳じゃないの。ごめんなさい」
「それは残念だな」
「あなたはドワーフの街に行って何をするの?」
「まずは入れるかどうかだな」
「ンフフ、確かにそうね」
少し後。
ドワーフの街へ向かう道中。
見るよりも予想以上に深い森だな。だが良い獲物もいるかもしれない。
あまりに魔力を秘めた魔物だと、現状手に負えんが、街に着くまでには今よりも戦力を増強させておきたいところだ。不測の事態にも備えねば。
「眺めるのとは随分と違うものだな。まるで樹海だ」
「ガイドがいて良かったでしょ? 絶対迷うよ」
マーラは身軽に木々の間をジャンプしている。
「ああ、だが合っているのかはまだ分からんが」
「一緒に戦った仲なんだから、少しは信用してくれてもいいんじゃない? まあ大丈夫よ任せて。私の故郷も似たようなものだったから」
「どれくらいかかりそうだ?」
「今はさっき高台から見えていた山の丁度後ろ辺りかな」
「エルフの国の方が近かったんじゃないのか?」
「笑える」
良からぬ視線を感じる。魔物の気配だ。
「止まれ」マーラを含め、従属達が足を止める「モート」
「ガル」
モートに死認の魔法を放つ。上手く放てた。
マーラが枝から降り側にくる
「よし見てこい」
モートを偵察へ向かわせる。
「ミート、デュラハン、散開して周囲を警戒しろ」
「魔物?」
「それを今確かめてる。待機だ。近くにいろよ」
「さっきの魔法は?」
「アンデッドの視界を共有する魔法だ」
「どこまでも見通せるの?」
「いいや。かけたアンデッドの状態に依存する」
「もし限界を超えたら?」
「アンデッドが破裂するだろうな」
「うぅ~。なるほど」
「冗談だ」
「もー!」
蜘蛛の側にいるイエナの元へ向かう。
マミーのイエナは表情の類いでは情報が乏しいが、理解できない程ではない。
周囲を見回し、辺りを警戒している蜘蛛。
その側で両膝を抱えて大樹にもたれかかり、静かに、じっとおとなしく待っているイエナ。
「イエナ」顔を上げ、俺の方を見つめるイエナ「お喋りは嫌いになったのか?」
「……いえ」
下を見て目をそらすイエナ。
「喋れなくなったかと心配してたんだぞ。声を聞かせて安心させてくれ」
「すみません。まだ……私に怒っいるかと」
「怒ってなどいない。もう過ぎた事だ。まあ失望したのは確かだが」
「…………」
「だがお前にはまだチャンスがある。それを活かすのを期待しているところだ」
「……必ず期待に応えます」
「頼むぞ」
イエナの元を離れる。
モートの足が止まった。何かを見つけたようだ。
血のオーラの範囲外だ。無理強いはできんな。命令に従えばいいが、本能が勝り、血や肉に釣られる可能性も出てくる。
モートの視界を共有する。
ドラゴンか。
何かを探しているようだな。
ドラゴンと視線が合う「うっ!」思わず共有を中断する。
なんだ……。
上を見上げると、生い茂る木々の間からさっきのドラゴンが飛び去っていく。
胸を右手で押さえる「はぁ~」
「大丈夫?」
「ああ」
「ドラゴンだったわね。こっちに気付かなくて良かった」
「俺に気付いていた」
「お腹減ってなかったのかな? そっか美味しくなさそうだから諦めたとか」
「真っ先に喰われるのはお前だがな。ドラゴンには動じないんだな」
「いいえ。内心バクバク。あなたに気付いていたってどういう事?」
「モートの視線を介して魂を覗かれたんだ」
「えっ? なにそれ怖。そんな事ドラゴンにできるわけ?」
「ただのドラゴンじゃないのは確かだな。何かを必死に探しているようだった。戻って来ないといいんだが」
「どうしてこの辺りを探していたのかしら?」
「さあな。とりあえず俺達が探し物ではなかったようだ」
「襲って来ても、もちろん勝てたわよね?」
「ああ、お前が食われている間に身を潜め、やり過ごせただろう」
「はーはー」
人差し指で俺を二度指差すマーラ。
「真面目な話。こんな戦力じゃ無理だ。戦力ですらない。一瞬で消し飛び、塵になっていただろう」
「あ~! じゃあヴォイドの加護に感謝ね」
空を見上げ祈りのポーズをするマーラ。
「少し休憩にする。マーラ、その間イエナの話し相手になってやってくれないか?」
「イエナの?」
「そうだ。俺よりお前の方がいいだろう」
「どうして?」
「運命を握っている俺より、生者のお前との方が話しやすいと思ってな」
「別にいいけど」マーラがイエナの方へ向かう。こちらへ振り返る「優しいとこあるんだ」
マーラはイエナの隣に座って話し始めた。
再度モートと視界を共有する。
モートの視線の先には地面に横たわり暴れるメガロケロスがおり、メガロケロスの胴体を短い足で押さえ付け、首に食らいついているバジリスクがいた。
メガロケロスの片方の角は折れ、バジリスクが毒牙が深く突き刺さっている。
バジリスクにしては肥えてるな。
ミートと蜘蛛の中間辺りか。種族があまり立ち入らないからか。
モートに監視と牽引をするよう指示を出す。
モートがドラゴンに怯まなかったのは良い兆候だ。
「デュラハン、ミート来い。お前達は蜘蛛の側にいろよ」
「OK」
とにかく戦力を増強しなければな。
バジリスクの元へ着く。
既にバジリスクは食事中だ。タイミングは良いな。
今回は状態の良い死体が欲しいところだ。
「デュラハン。ミートを囮にして、できるだけ一撃で仕留めろ」
「はい」
デュラハンのソウルを聞き取る。
「失望させるなよ。さあ行け」
ミート、デュラハンが茂みからバジリスク目掛け突進していく。
口から血を大量に滴らせているバジリスクがミートに気付く。
ミートが唸り声を上げ、バジリスクの注意を引く。
「シャーー!」
バジリスクが長い首をくねらせミートを威嚇し始めた。バジリスクが目を光らせ、ミートに石化の魔法を放つ。
だがミートに目はない。
ミートにバジリスクを引き付けるよう指示を送る。ミートとバジリスクが睨み合ったまま、一定の距離で間合いを取っている。
その間、後方からデュラハンを忍ばせ回り込ませる。
「シャッ!」
ミートを石化できないと悟ったのか、バジリスクが瞬時に首を伸ばしミートの腹にかぶりついた。バジリスクの牙がミートの胴体に深く突き刺さり、牙の根元から毒液が垂れ落ちてくる。
魔物との戦いは楽なのが利点だな。
ミートはバジリスクのかぶりつきに一切怯むことなく、バジリスクの前腹に強烈なパンチを食らわした。
「ギュルー!」
ミートの衝撃あるパンチにバジリスクは牙を抜き、悲鳴を上げながら後ずさる。
そしてバジリスクが後ずさる先に待機していたデュラハンがバジリスクの後頭部から口までを剣で貫き、見事に一撃で仕留めた。
剣が刺さり、そのままぐったりと全身の力が抜けたバジリスクは動かなくなった。だがすぐさま体を暴れさせ、尾でデュラハンを弾き飛ばした。デュラハンが木に衝突する。
暴れたバジリスクの影響で粉塵が舞う中、突き刺さった顔面部分から毒液を周囲に撒き散らすバジリスク。
ミートが両手で拳を作り、バジリスクの頭を上から叩いた。
地面に叩きつけられ完全に動かなくなったバジリスクから剣を抜く。
「良くやった」
「申し訳ありません」
「結果次第だ」
デュラハンの背中を軽く叩く。
「ミート、お前も従順で良かった」
ミートが拳で自らの胸を叩く。
ここへ来てようやく状態の良い死体が手に入った。
やはり死体は新鮮なものに限る。
すぐさまヴォイドの囁きをバジリスクに放つ。
バジリスクの6つある虚ろな目が緑に光り、舌が機敏に動き始める。バジリスクはゆっくりと頭を上げ、大きな胴体を8つの短い足で支えながら立ち上がった。
バジリスクの後頭部から上顎を貫いていたデュラハンの一撃の痕は徐々に修復していく。
蜘蛛の中にも新鮮な魔力が残っていたんだろうが、あの規模の傷を蜘蛛が短時間で治したのは、少し引っ掛かるな。
あの遺跡に長く住まい、朽ちるまで周囲の死体から魔力を吸い付くしていたことになるな。
だとすれば、蜘蛛を昇格させておくのも悪くないかもしれない。
それかあえて体内に膨大な魔力を残し、現状の活力を活かすか。
戦力が乏しい今は、どちらか悩ましいな。
バジリスクに腹の内臓をほぼ食われ倒れているメガロケロスの前へ向かう。
メガロケロスにヴォイドの囁きを放つ。
肉が癒着していく音を立て、キメラが姿を現す。
「デュラハン」
デュラハンが剣を受け取り、キメラに一撃を加える。デュラハンは死んだキメラから死霊魔力を吸い取っていく。
「戻るぞ」