Ⅴ
顔に浴びた返り血を腕で拭い、全身土で汚れたマーラが俺の元へ来る。
「マミーは貴重なんじゃなかったの?」
「差し当たり、な。だが鬱陶しさの方が勝ったんだ」
「でも最終的には許したと」
「チャンスを与えたんだ。失望した事実に変わりはない」
「まっ、いいけど。それにしても随分とやられたわね。スケルトンは全滅。デュラハンと蜘蛛はボッロボロ。今まで大切にしていた仲間が殺られて、少しは堪えたんじゃない?」
「皆会ったばかりだ」
「そうなの?」
「スケルトンは遺跡で朽ちていた者達。蜘蛛は襲ってきた後、利用しただけだ」
「結構ポジティブなのね」
「どうでもいいが、お前も一応は戦えるようだな」
「当たり前でしょ。私は一体何だと思ってたの? とううより、私以上に戦う前と変わりないのは貴方の方ね」
「俺は指揮していただけだからな」
「あとは~」両目を上に向け人差し指で唇を軽く触るマーラ「イエナかしら」
「マーラ、臭うぞ」
「それが、少し漏らしたかも。小さい方。もう少しで眼球に剣が突き刺さるところだったから」
「まあ、大抵はそうだろう」
「貴方も?」
「いいや。この体だと、生理的不和が生じない。蜘蛛にお前が殺した女の死体の場所を教えてやれ」
「オッケー、ボース」軽い敬礼をこちらに飛ばし、蜘蛛の元へ行く。
少し後。
しゃがみ、鎧を探るマーラ。
「ねえ、いくら器だからって、大勢殺して心が痛まない?」
「世の中を良くしているだけだ。お前は痛むのか?」
「戦っている最中は何とも思わないけど、寝付きが悪くなるのは確かね」
「鎧の方はどうだ?」
「良い鎧だけど、どのエンチャントも私達には不用ね。それにこんな鎧着て歩けないしね。溶かすしかなさそう」
「珠をよこせ」
「はいどうぞ」
「資金にはなる」
「リッヂの使い道って?」
「まあ、色々だ」
しまう。
「お前の言う通り着ては歩けん。装備は売るだけだな」
デュラハンに指示を出し、蜘蛛にくくりつけた布に装備をしまわせていく。
「デュラハン、それはお前が使え」指揮官が持っていた剣をデュラハンに装備させる。
剣を掲げるデュラハン
「あなたはいいの?」
「俺は身軽な方がいい。前衛に出ない以上不要だ」
指揮官のブーツをはく。
「なるほど。それで~? もちろん、彼らの死を無駄にしたりはしないんでしょ」
「当然だ。死した証として、羞恥の元、酷使してやる」
「最低ね。やりましょ♪」
「その事だが、お前の腕も是非見せてくれ」
「いいわよ~」マーラは両手を開き、突き出して目を瞑り、集中しているようだ
「ハッ!」
何も起きる気配はない。
「この出会いで、神秘的な劇的変化があると思ったんだけど」
「正直なところ、お前は信用できない。お前の言動を含め、騎士にそこまでの絶望も感じなかった。連中は戦争を交え、ネクロマンサーの組織など、興味が薄れているのだろう。 残党のお前にこの戦力だ」
「好き放題言ってくれるわね」
目を反らすマーラ。
「おかげで討伐は免れたが、そのブラックハンドとやらも嘘か?」
「それは本当。実在するし……いやしたと思う」
目を細める「思うだと?(威圧)」
「嘘じゃないって」
「もう存在しないのか?」
「あん……。私の知る限りでは。だからあなたがリッヂと分かった時」どこか懐かしむような表情を浮かべるマーラ「正直嬉しかった」
「いつからだ?」
首を横に振るマーラ。
「正確には分かんない。私の両親が殺された時かな」
「両親もブラックハンドに?」
「うん。ブラックハンドのある支部は父が率いていたのよ」少し俯くマーラ「両親に教えられたからじゃないけど、神や悪魔に魂を渡すことなく、自分の意志のあるなしに、この世界に留まり続けられる。そして役目を終えたらヴォイドの元へと行き、リッヂとしてこの世に復活する」俺を見つめるマーラ「ほんと、素晴らしいわよね。リッヂのあなたが心底羨ましい」
「万物はいずれは朽ちる運命だ。アンデッドも例外ではない」
「でもまた蘇る。何度も何度も」悲しい表情だが、口元で笑みを浮かべてるマーラ。
「そうかもな。お前は死霊術は全く使えないのか?」
「そう全く。両親の遺した装備を持って、ネクロマンサー気取りよ。それもほとんど旅の途中で騎士と出くわして失ったけど。残った最後がこのタクトってわけ」
「見せてくれ」
「別にいいけど」
マーラからタクトを受け取る。
「ふむ。持つと自然と心地良さを感じるタクトだな」
「禍々しいでしょ」
これは特殊な木材だな。
「カース魔法か」
「うん。鍛練の低い殉教騎士なら一撃」
「魔力はあまり感じないな」
「そう……最近は不発が多くって。だからあまり使わないようにしていたの。もうすぐ完全に使えなくなるかも」
「だから知識を求めていたのか?」
「そうよ。とにかくなんでもいいから死霊術に関する知識が欲しかったの。修理とか、原因とか。諸々」
「充填の方法なら知ってる」
「本当に? 是非教えて」
「そう慌てるな。知ったところで現状はどうにもならん」
「勿体ぶっちゃって、何が望みなの?」
「お前に求めることなどない。これは非常に単純だ。充填するだけなら、同じ魔法を掛ければいい」
「本当に? 他の物はエンチャントのように充填するのよ」
「他の物の仕組みは知らんが、俺の知っている範囲ではそうだ」
「そっ、一歩前進ってことね」
さて、そろそろこいつらを処理せねば。
騎士の死体にヴォイドの囁きを放つ。
「あまり嬉しそうじゃないわね」
「こいつらは装備で誤魔化している類いだからな。死霊術では不味い餌だ。それに状態は悪い」
「そっか。殺し方も死霊術には大事なのね」
まず一体目は蜘蛛が潰した奴。
やはり意志のある者はコントロールこそ難が生まれるが柔軟性が高い。
だが後先考えずズタズタにしてしまう。
キメラか。
「肉と内臓でできてて、トッピングに1つの目玉。スライムみたいで可愛いわね」
次は首なし。
デュラハンがもう一体戦力として欲しいところだ。
ヴォイドの囁きを放ちアンデッドを生み出す。
首なしのグールか。
「イエナの友達が欲しいところよね。そうでしょ?」
今度は指揮官だ。
少しは期待できそうだが、上半身まで潰れているからな。これもキメラになるかもしれんな。
ヴォイドの囁きを放ちアンデッドを生み出す。
ミートスラッグか。
「太った巨人ね。蜘蛛よりは小さいけど、それでも威圧感がある。体の至る所から目玉が出てて愛らしいじゃない。でもピンク色の肉は、なんだか汚いイメージになる」
切り株サイズの岩に座り、足を組んで膝の上に置いた羊皮紙に何かを書き記しているマーラ。
「なぜメモしている?」
「私の唯一の生きた証」
「ほう、偉大なネクロマンサー、マーラーか」
「はいはい。いつ死ぬかわからないんだから、少しでもこういうの残しておきたいの。短命の生者にとってのささやかな願望なの」
「そうか。茶化して悪かったな。だがそう悲観するな。天性は己で生み出す事もできる」
「ふっ、まるで神みたい。あなたが教えてくれるってこと!?」
組んだ足を揺らし尻尾を立てるマーラ。
「そう聞こえたのなら、そうなんだろう」
「なんだかんだ信用してくれてんだ。まったく素直じゃないんだから。ンフフ♪」
「ガル」
マーラと話す傍ら、モートが血の付いた羊皮紙と書物を持ってくる。
モートから受け取り羊皮紙を読む。
──血糊の付いた羊皮紙。
もうすぐ我らが殉教騎士団の解体が議会で可決される見通しだ。
議員の連中はネクロマンサーの恐ろしさを完全に忘れてしまっている。
なんでもいい、お前にはネクロマンサーが依然脅威だという証拠を掴んでもらいたい。
しかし我が騎士団にはもう活動資金はあまり残されていない。
どんな手を使ってもいい。必ず議会を納得させる物を持ち返ってくるんだ。
まずはブラックハンドの残党とおぼしき例の獣人の女を追うんだ。
連中は裏で何か企んでいるかもしれない
詳細はユースティティア聖堂にいるルドという物乞いに話を聞けば分かる。
我らにユースティティアの加護があらんことを。
殉教騎士団・上級騎士団長。
ケム・ソーム。
──
書物を開き読む。
──血糊の付いた書物。
──ページ1。
この日をどれだけ待っていた事か。
ようやく騎士団に復帰できる。
──ページ2
報酬が渋い。
長く傭兵生活が続いていたせいか。
だが大した問題じゃない。騎士団では地位と名誉が手に入る。
──ページ3
騎士団再建の噂は本当なのか?
仲間が口々にそう言っている。
今まで裏で活動していたのだろうか?
──
残りのページは血が染みていて読めない。
「マーラ、ネクロマンサーの知り合いはいないのか?」
「いない。ねえ、それより意外と面倒見がいいのね」尻尾をゆっくりと左右に振るマーラ。
「そうか。飢えていただけかもな」
ネクロマンサーと今後会える可能性は分からんな。死霊術が埋もれた世界など退屈だな。
「ふ~ん」
いやらしい目付きで見つめ、口元で笑みを作るマーラ。
「お前が望むのならアンデッドにしてやる」
「待って、今すぐアンデッドになれって話じゃないよね?」
「安心しろ。お前の意思に従うさ」
「アンデッドというより、リッヂになるのが一種の夢だったから、嬉しい。その時が来たらお願い」
「ああ」
「で、もう出発する?」
「いいや、まだやる事がある。デュラハン」
攻撃の合図を送る。
デュラハンの一撃でキメラが真っ2つに。
「いっ!?」
マーラが思わず立ち上がった。
イエナは少し恐怖を覚えているようだ。
デュラハンは続けざまにグールもミンチにしていく。
「剣の切れ味も悪くないな」
「その為だけに?」
「昇格を知らないのか?」
「詳しくは知らない」
マーラがじっと見つめてくる。
「聞きたいのか?」
「もち」
「……昇格には一定の死霊魔力が必要なんだ。だから無駄のないよう、現状有用なデュラハンに与えたんだ」
「なるほどね〜」
イエナを少し見るマーラ。
「今は細かい部分は省く。対象が一定の死霊魔力を得たら、生命力を……この場合は活力を適量与え、特殊な死霊魔法で昇格させるんだ」
昇格儀式を放ち、活力をデュラハンに与える。
「生命力?」
「いいや。そこが肝だ。生者の場合は容易いことじゃないが、アンデッドの場合は大したリスクではない。低俗な場合は異なるが」
「回復魔法。毒を与えるのは?」
「純粋な活力でなくてはダメだ。それも新鮮な。確か陣の類いで他者を生け贄にする方法があったはずだ。生者にとってはそれが最もポピュラーだろう」
「なるほど」
デュラハンを覆っていた緑のオーラが消滅しデュラハン昇格し終える。
「さっきより体が大きくなって、気配の圧も増したかな。これが昇格なのね。確か……ワイトよね?」
思ったよりも消費したな。なにか、根本的な力が欠けている気もするが。
「ワイトだと? こいつに名付けたのか?」
「うんうーん。文献にあったの。昇格後のアンデッドに、それぞれ名前がつけられてた」
「分類する為にか?」
「たぶん。あんまり覚えてないけど」
「そうか。無意味だから必要ないだろう」
「でも、右も左も分からないネクロマンサーには、駆け出しの知識としては必要だと思うけど」
「もちろんだ。だが数字でいいと思わないか? 簡単で覚えやすい」
「まあね。デュラハン2だわ! デュラハンワイトだ!」
まるでアクトレスだな。
「う〜ん、やっぱり数字だとしっくりこないな」
「多くの生者を指導するのはお前の方が合っていそうだ」
「同じアンデッドには、昇格をどれくらい繰り返せるものなの?」
「話せば長くなる。もう出発だ。街まで案内しろよ」
「オッケー」
羊皮紙とペンを腰に付けたバッグへとしまうマーラ。