Ⅲ
「お前達はここで待っていろ」
目元以外をボロ布で覆い、物陰から出る。
「はっ!?」
こちらに驚き、すぐさまタクトを向けてくるマーラという獣人の女。
平静を装っているが、強張っている。本当に気づいていなかったのだな。
少し距離を保ち、立ち止まる。
「こんな所に何の用だ?」
「ここは散歩コースなの。あなたはどうして?」
「観光だ。丁度終わって出口を探していてな。知らないか?」
「さあ、知らない」
「お前とドワーフの会話は聞いていた」
「わ、私に案内して欲しいわけ?」
「いいや。まずはそれを下げろ」
人差し指と親指を立て、人差し指で地面を2度指す。
「フッ、冗談♪」
こちらに身構えたまま睨み付け、動こうとしないマーラ。
両手を広げる。
「こちらには戦う気がない。ただここから出たいだけだ」
「そう。なら私に両手を見せたまま、反対側を通って」
緊張しているのか、マーラの息が荒れている。
反対側へ向かうと、マーラもゆっくりと間合いを保つ。
「分かっているさ。お互い願いが同じでも、衝突を避けるのは難しい。ここへ来た目的は?」
「あなたには関係ない」
顔で行けと相槌を送ってくるマーラ。
「それはどうかな。何事も聞いてみなくては分からんだろう?」
「財宝目当てじゃないのは確かよ。ただ真実を知りたいだけってところかしら」
「はん。この奥には何もなかった。まあGスパイダーはいたが。他にもいるとして、お前に対処できるのか?」
「ご心配どうも」
「奴らは群れる。巣は遺跡中にあるぞ。1人で行くのは危険だ」
「いつまでこうして、あなたのお喋りに付き合えばいいわけ?」
「死霊術の類いが目当てなのか?」
「あなたも?」
作り笑いを浮かべるマーラ。
「どうだろうな」
少し沈黙の間が流れる。
「だったら私達、敵同士かもね」
笑顔を浮かべるマーラは言い終えるより先に、タクトからこちらへ魔法を放った。胴体へタクトから放たれた魔法が命中する。
魔法を吸収する。
「ど、どうして効かないの!?」
魔法が命中した場所に手を当てる。
「壊れてるんじゃないか?(挑発)」
「ば、化け物め」
「簡単な話だ。俺は生きていないからな。死霊術は効かん」
「なっ!?」
「気は済んで、互いに話は出来そうか? それともこの寂れた遺跡でアンデッドと戦いたいのか?」
「ま、まさかリッヂだったの!?」
「そんなところだ」
ボロ布を取る。
「ぬわんですって!?」力が抜けたようにタクトを下ろすマーラ「ごめんなさい。私は……あー…その〜…死霊術を崇拝するブ、ブラックハンドのメンバーの1人よ」片手を胸に当てるマーラ「名はマーラ。最近殉教騎士に追われて続けていたから…つい」
「誰にでも事情はある。おい、出てきていいぞ」
アンデッド達が姿を見せ、蜘蛛が前方に降りてくる。
「わお」
蜘蛛の顎を撫でる。
「こいつはもう少しでお前を食いかけていた」
「全然気づかなかった。随分と…お仲間がいるのね。あなたはここにずっと身を隠していたわけ?」
「ああ。だが隠れるのに飽きてしまってな。少し外を見たくなった(適当)」
「フフ、なるほどね。気持ちは分かる。私達にとっては生き辛い時代だもんね」
「アンデッドには見えないが?」
「連中にとって崇拝者も同じなの」
「そのお前の言うブラックハンドとやらのメンバーは多いのか?」
「あまり。年々騎士団の締め付けが強くなってきたから。もう殆んど、というか全然見かけない」
「上手く身を隠しているだけだろう」
「そうかもね」
「さっきのドワーフらもそうなのか?」
「違う。先に言っておくと、ドワーフの国と帝国は無関係に等しいから」
「近くにドワーフの街があるのか?(興味)」
「ンフフ、あるわよ。知らなかったの? まあ、鉱脈が見つかって、住んで、枯渇したら離れる。という感じだけど、今のところはあるわね」
「できればそこに案内してもらいたい」
「いいけど、アンデッドは入れないと思う」
「何とかするさ。まずは出口だな」
「待って、案内してあげたいところだけど、私はここに探し物があってわざわざ遠くから来たの。だから手ぶらじゃ帰れない」
「構わないが、奥には本当に何もなかったぞ(嘘) お前は一体何を探している?」
「一言では言えない物」
マーラが遺跡の奥へ向かっていく。
マーラを静かに見つめるイエナ。
「知り合いなのか?」
「いいえ…。でも蜘蛛に襲われないか心配で」
「大丈夫だろう(適当)」
「あの…障壁があった壁の事は?」
「そうだな。少し語弊があったかもしれん。だが大した事じゃない。お互い様だ」
イエナが困惑した表情で見つめてくる。
「マーラは信用できますか?」
「信用できるかどうか判断するのはまだ早い。だが少なくとも、悪意はないだろう」
「そうですか…」
「問題はあの女ではなく、出口の方だ」
「出口、ですか?」
「ああ、ユースティティアの気配がする(警戒)」
「先に行きますか?」
「何だと?(呆れ)」
「いえ…その…」
「何が言いたいんだ(尖)」
「偵察をした方が良いかと思いまして……」
「ああ、なるほどな」
「ンフ」
笑顔で何度か頷くイエナ。
「だが必要ない」
「…………」
イエナの笑みが一瞬で消える。
「お前は生前、何をしていたんだ? 兵士には見えないな。狩人か?」
「……ドルイドです」
「ほお、経緯は?」
「語る程では…」
「興味がある。聞かせてくれ」
「私はウッドエルフでした。ウッドエルフは未だに慣習が根強く残っていて、両親もドルイドだったんです。はぁ、2人は熱心にディアーナを信奉していました。なので、そんな2人の子だった私は、必然的にドルイドになったんです」
「その口振りだと、ドルイドになりたくなかったように聞こえるな」
「別に嫌ではなかったです。両親に似ていたので。でも…自分の人生は自分で決めたかったのが」肩をすくめるイエナ「ずっと心残りで」
「2人は元気なのか?」
思い詰めた表情で息を吐くイエナ。
「…戦争で殺されました」
「気分を害してしまったな」
「いえ平気です。もう…昔の事なので」
「2人の元に行きたかったんじゃないのか?」
「それは…そうです。でも、まだこの世界で生きたいんです。ふ~、あなたは私に機会を与えてくれた。今はそれに感謝しています」
「喜んでもらえてなによりだ」
「その…良ければ聞かせてもらえませんか?」
「別に構わないが、覚えてないんだ」
「えっ、名前もですか?」
「ああ」
「それは…辛いですね」
「いや、そうでもない」
「どうしてですか? 私だったら自分が誰か分からないなんて、耐えられないです」
「過去には興味がないからだ」
「少しも気にならないんですか?」
「今のところは、な」
少し後……。
「あら、もういなくなってるかと思ってた」
「お前に聞きたい事がある」
「はは~ん♪。当ててあげましょうか?」
人差し指を軽く立てるマーラ。
「いや、いい(不快)」
「実は臆病、とかね。ここで縮こまってた?」
「このにおいだ」
「すんすん。確かにじめっとしてるわよね」
「(流し) 遺跡の出口の方で、何者かが待ち構えている。それと真新しい血のにおいもな」
「だったらにおいを辿れば出れたんじゃ…。血ですって!?」
マーラは急いで来た道を戻っていく。
その知識はあったのか。
「行くぞ」
「はい」
マーラの後を追い、出口へ向かう。
「次、曲がります♪」
「楽しいのか?」
「ンフ♪ はい! その、自分でもよく分からないんですけど、何だか急に気分がふわふわとしてきて」
「漂う死霊魔力を吸い込んだからだろう」
「そうなんですか! ンフフ♪」
「ふー(面倒)」
地面にしゃがみ込んでいるマーラが見えた。
側には2つの死体が横たわっている。
マーラは目を瞑り、胸の前で手を合わせ祈っているようだ。
側まで着く。
「ヴォイドよ。どうかこの者達の魂を導きたまえ。ウルカヌスよ。献身なる信仰者の魂を救いたまえ」
「これはマーラ司祭。どうなさった?」
振り向き睨みつけてくるマーラ。
「友人が殺されたのよ。茶化さないで」
「見掛けより信心深いんだな」
「別に。2人がそうだったってだけ」
「心当たりは?」
「どう見ても殉教騎士。この傷と頭を潰しているからすぐ分かる。わざわざね」
「会話の阻止だな」
「ええ」
「親しかったのか?」
立ち上がるマーラ。
「済んだ。さっさと火葬して行きましょ」
「経験が少ないんだな」
「そりゃあなたに比べたらね」
「マーラ…」
悲しい声で囁くイエナ。
「そこをどけ」
ドワーフの死体に近づく。
「何するのよ! 邪魔しないで」
「戦力がいる」
手を構える。
立ち塞がるマーラ。
「ダメよ。ダメ!」
「なぜだ。もう魂はない。こいつらはただの空の器だ。それにこいつらを殺した連中が待ち構えているんだぞ」
「そんなことあなたに言われなくてもわかってる。アンデッドには分からないでしょうけど、私たちには弔いが必要なの。死霊術は使わせない」
「あ〜あ!(呆れ) なぜお前達ブラックハンドが、その騎士連中に追い詰められているのか分かる気がするな」
「何も知らない癖に、偉そうにしやがって!」
勢いよく迫り、睨み付けてくるマーラ。同時にスケルトン達が一斉にマーラに剣を向ける。
片手を開き、下に2度振る。
スケルトン達が剣を下げる。
離れ、興奮気味に息を切らしているマーラ。
「落ち着け。俺は敵じゃない」
「はぁ~、ここで怯えて隠れていたあんたなんかに、一体なにが分かるっていうの?」
「少なくとも、お前よりは冷静な判断ができている。それに後をつけられたのはお前の失態だ。おかげでこっちは巻き添えだ」
「その口を閉じないと、リッヂごとき倒せなくもないのよ。ハッタリじゃないわよ」
腰に差してある短剣に手を置くマーラ。
「嘘じゃなさそうだな。見事な短剣だ(感銘) だが周りを見ろ。共倒れだぞ。それにお前の友人を殺したのは、俺じゃあない。こんな事をして喜ぶのは、その騎士連中だ。奴らを喜ばせたいのか?」
睨み付けたまま微動だにしないマーラ「…………クッ!」不満げな表情を浮かべ更に離れる「そっちも冷静っていうのは、嘘じゃなさそうね。はんっ、負けた、負けた。口が上手いわね」
蜘蛛の足を両手で掴み身を隠しているイエナ。
イエナが歩み寄ってくる。
「き、緊張しました…」
「なぜだ?(困惑)」
「まだ…戦う覚悟ができていなくて…」
「は〜ん(哀) 覚悟を決めるんだな」
「待って下さい。その騎士の人たちには勝てるのですか?」
「素性の分からない相手に、優位も劣位もない」
「あなたがいてもですか?」
「それを確かめに行くんだ」
「…………」
静かに俯くイエナ。
「早く覚悟を決めておけよ」
「はい…」
弔っているマーラの元へ行く。
仰向けにし、ドワーフの両手を腹に揃え、目蓋を閉じさせている。
「心の整理とやらはついたか?」
「まったく」苛立っているマーラ「はぁ〜」大きくため息を吐く「何か別の方法があるはずよ」
「だといいが。その騎士連中の実力はどれぐらいだ?」
「連中はアンデッド狩りの専門家よ。こっちの手の内は簡単に読まれてしまう可能性が高いわね」
「程度によるだろう。だがどうも信用ならんな。奴らは何か対策を講じているのか?」
「ええ、もちよ。ムカつくほどにね。殉教騎士は全員、スケルトンの大群を一瞬で塵にできる力を訓練で得ているの」
「アンデッド退散か」
「はん、そっ。おかげで下級アンデッドはまったく役に立たない。あなたが大切そうに連れている連中とか、一瞬で塵ね。まっ、ブラックハンドはそれでごっそり戦力を削られたんだけど」
「まるで他人事だな」
「そ、そんな事ない。追い詰められてるから、情緒不安定なだけ。察してよね」
「他には?」
「そうね~。全身、対死霊魔法用の装備を着込んでいるとか」
「連中に随分と詳しいんだな。ただの間抜けな探検家ではないんだな」
「ええ、そうよー」
「お前達は少しでも抵抗したのか?」
「フッ、向こうは湯水のように金を注ぎ込めるのよ。でもこっちは? お察し。皮肉屋で偉大なリッヂなら分かるでしょ」
「お前を追っている奴は何人だ?」
「あんたヴァカなの? そんなの分かるわけないじゃん」
「よく考えろ。長年追われているのなら、大体の見当はつくだろ」
「偉そうに」頭をひねるマーラ「ここはドワーフ領だから、大勢は無理ね。でも敵地だから生半可な部隊ではないはずだし」
「ふむ」
「そんな目で見ないでよ。仕方ないでしょ」
「少数精鋭か?」
「恐らく」
「大体何人だ?(喝)」
「多くて4人ぐらいかな」
「4人か。それなら何とかなるかもな」
「それ以上いたらどうすんの?」
「何とか始末するさ」
「あなたは強いスケルトンとかじゃなくて、本物のリッヂなんでしょ? 何か凄い死のパワーとかで、どうにかできないわけ?」
「その騎士連中が幅を利かせている以上、リッヂなんて取るに足らない存在だろう。誇大な気がしてならないがな」
「それは、まあそうだろうけど。んんっ、文献ではもっとこう、偉大に見えたから。ヴォイドの加護を受けているらしいし」
「何にせよ、戦力が必要だ」
「つまり私の友人の遺体を差し出せって事よね」
「俺達が無事ここを出るには、それしかない」
「でも2人はヴォイドの信仰者じゃない。2人がウルカヌスに恨まれる事になる」
「ウルカヌスに恨まれるのは2人じゃなく俺達だろう。それにウルカヌスはドワーフには寛大だ」
「…………分かった。まったく。どうぞ。リッヂは皆口が上手いわけ?」
「お前がやるか?」
「あなたの方が私より精通してるでしょ。いいから早く済ませて」
地面に横たわるドワーフにヴォイドの囁きを放つ。
あぁ、やはりこの感覚は最高だな。しかし蜘蛛の時よりは満たされん。
槌を装備していたドワーフの体が大きく膨れ上がり、地面に手をつき、ゆっくりと起き上がる。
そのまま血肉が混ざり合った液体がドワーフを包み込み、その後すぐ流れ落ちた。
「デュラハン…」
「ふむ」
こっちはモートか。グールよりは使えるな。
「ゼン…」マーラは片膝をつき。モートの顔を手で優しく撫でる。
「こんなに素敵な体にされちゃって、でも見た目は少し吸血鬼みたいね」
ネクロマンサーの集団にいた奴だ。こんなものだろう。
「気に入ったか?」
「ええ。まあ。アンデッドを生み出す光景なんて…。わ、私ならやっぱりリッヂになりたいかな」
「騎士連中のせいで、リッヂも長居はできなくなったのにか?」
「それでもね。それよりも中級アンデッドが2体増えたところで、戦況が変わるとは思えないけど」
「お前が奴らを読み違えている可能性もあるんだ。それに本来死霊術というのは、対象の生命、魔力。そして他の魔法同様、術者の練度、信仰心に左右される。そんな単純で明確な基準など存在しない」
「つまりあなたの生み出すアンデッドは強いって意味?」
「それを早く確かめたい」
「そう」