Ⅱ
起き上がった一体のミイラを見る。
「お前はどうだ。話せるか?」
「…………」
「俺の言っている事が分かるか?」
「分かる」
「おっと、まさか本当に話せるとは(期待)」運がいいな「お前の名は?」
「イエナ」
ミイラとして痩せ細り、話すのも辛そうな口を必死に開くイエナという哀れなミイラ。いや今はアンデッドのマミーか。
イエナの枯れた声は今にも掠れ消えそうだ。
「イエナ。お前はどうしてここに?」
静かに首を左右に振るイエナ。その後俯き、何か考えているようだ。
「魔物か?」
首を横に振るイエナ「ドワーフ」
「ほお、どこで殺された?」
イエナは再度首を左右に振る。
「全く覚えていないのか?」
「いいえ。知らない場所で」
「そうか。もう分かってると思うが、お前は一度死んだ。ミイラ化したお前をアンデッドのマミーとして俺が蘇らせたんだ。元の体には戻れないだろう」
「あぁ……」
少しうろたえるイエナ。
「俺が言うのもなんだが、苦しいのなら今すぐ楽にしてやることもできる」
「い、嫌! も、もう死にたくない!」
「ふむ(空虚)」
「お、お願いします。見逃がして下さい」
「落ち着け。望まぬなら、手出ししない」
「あ、ありがとうございます」
「礼を言うのは早い。俺の従属として仕える事になる。それが一種の代償だ。受けるか?」
「は、はい。死ぬよりは」
「よし。では俺の友人達を紹介しておこう。こいつらは無口なスケルトンだ。名もない。それと俺みたいに詮索好きじゃないからな。お前とも上手くやれるだろう」
「は、はい…」
「こいつらに意思はほぼない。向こうの蜘蛛はお前をミイラにした奴だ。干からびたのは奴のせいだが、お前がこうして状態良くアンデッドでも話せるのは奴のおかげだ。まあ感謝しておけ」
「…はい」少し首を傾げるイエナ。特有の咆哮を上げながら体を震わせ唸る蜘蛛「あっ!?」
「冗談はさておき、今のところ話せるアンデッドはお前だけだ。役に立ってくれ(期待)」
「はい…」
顎でイエナに示す。
「向こうで装備を探しているスケルトン達がいる。手伝うんだ」
「分かりました」
残りのミイラ化した魔物。こいつは元が分からんな。
ヴォイドの囁きを放つが、立ち上がると同時にすぐに塵と化した。
塵の中を探り、硬貨と宝石を手に取る。
好きずきも大概にしないとな。
こんなものを食うとは。
まさか知らずに飲み込んだとはあるまい。
人差し指と親指で硬貨を持つ。
見た事のない硬貨だ。
硬貨の記憶は生きている。だが一致する物がない。
外の世界は随分と流れてしまったようだ。今更驚くべき事でもないが。
次は…ゴブリンか。
ゴブリンの顎を持ち、こちらに顔を向ける。
なんだこれは。額に妙な烙印の跡がある。それも精巧だな。
あまり良い予感はしないな。
こっちはリザードマン、いやエルフか。
洒落た指輪をしているな。指輪を拾う。
最後はレッドキャップ。
こいつを現状従属にできれば、多少良い戦力になるんだがな。
少し後……。
結局、イエナ以外はすべて塵になってしまった。あいつは特殊なのか。
少し出自気になるな。
他のはもうやるまでもないだろう。どれも状態が悪すぎる。
まったくこんなものじゃ、まともなのは生み出せそうにないな。
先行きは不安だ。
「イエナ、装備はあったか?」
「沢山ありました」
「ほお(興味)」装備の山を眺める「確かに数はあるな。だがどれも状態が悪く錆びていているな。革や布もボロボロか。あまり役に立ちそうではないな」
「そうですね……」
革の装備が丁度一式ある。まあ状態はこの中では上等だな。
古びた革装備一式を身につける。
着心地は悪いが、風が骨の隙間を抜けない分、多少は落ち着くな。
「ほら」剣をスケルトン達に投げ渡す「少しはマシだろう」錆びた剣を掲げる「これはすぐに折れそうだな」
掲げると同時に中心から折れた。
スケルトン達が状態がマシな剣や盾を装備していく。
「あの…私はどうすれば?」
「戦いの経験は?」
マシな剣を腰へ差す。
「す、少しならあります」
「生前はどうしていたんだ?」
「弓で狩りを」
「ほお(流し)」
「あ、あの…」
「ここに弓はない(呆れ) 」
「他は……まったくないです……」
「いいか、お前はアンデッドのマミーだ。毒系統の魔法が使えるはずだ。試しにやってみろ」
「はい…」両手を開き前方に突き出すイエナ「ん、んっ!」
「違う。手に魔力を集中させ、力を込めるようにするんだ。それと、落ち着いてやれ(軟)」
「はい」
イエナの手が緑に光る。
「いいぞ。意外と飲み込みが早いじゃないか」
小さな黄色い毒液が放射状に飛び、スケルトンの背に当たる。
両手で口を押さえるイエナ
「ご、ごめんなさい」
「飲み込みが早くて良い」
「でも…」
「アンデッドには毒は効かない。寧ろ活力を再生させるんだ」
「そ、そうだったんですか」
安堵からか、少し笑みが溢れるイエナ。
これは生前心得があったな。
「あ、あの…。これが繭の中に残っていました」
イエナから古びた羊皮紙を受け取る。
──色褪せた羊皮紙。
こんなことになってしまって本当にすまない。
俺はずっと君の事を愛していたんだ。
どんな時でも、ずっと。それは本当だ。
だが兄が亡くなってから、家を継ぐしか選択肢がなくなってしまったんだ。その事だけは分かってくれ。
もう知っているかもしれないが許嫁ができた。
彼女は良い人だけど、君を想うような気持ちになれない。君に嘘をつきたくはなかったから本心を書いた。
もう君に会う事はできない。
手紙で別れを言うなんて本当にすまないと思っている。
もうあの指輪は捨てて、俺の事は忘れて欲しい。
君には新しい人生を歩んで幸せになってもらいたいんだ。
君の故郷、ウッドエルフの国は美しい国だと聞いた。
故郷の自然が君を癒してくれる事を願うよ。
心から君の幸せを祈っている。
エリオット。
──
羊皮紙を地面に捨てる。
「イエナ、お前はスケルトン達の後方から魔法で援護しろ」
「分かりました」
スケルトンが剣で壁を叩き、合図を送ってくる。
「何かあったんでしょうか?」
「のようだな」
スケルトンの元まで向かう。
「これは一体何でしょう?」
「魔法障壁の跡だ」
焦げ後のように残る、障壁跡を指でなぞる。
「まだ魔力が?」
「いいや、風化して今や面影だけだ」
跡がこれほど鮮明に残っている。かなり強力な魔法だったようだ。
「スケルトン3、先行しろ。イエナ、俺の後に続け」
「はい」
通路の奥へ進んでいく。
狭い通路を抜け、開けたフロアへ出る。
「随分と広いですね」
「そうだな」
少し見覚えがあるな。
「これは像ですか?」
「ああ、種族や魔物の像だな」
えらく多いな。
スケルトン3がフロアの奥へ進んでいく。
その時、スケルトンの足元に魔法陣が現れ緑に輝いた。だが魔法陣はすぐに輝きを失い、消滅した。
「まだ罠が残っているんでしょうか?」
「可能性はある。足元に気をつけた方がいい」
フロアの奥へ向かう。
「ここは何の場所なんでしょうか?」
「恐らく宝物庫だろう」
「でも像以外、なにも見当たらないですね」
「誰かに持ち出された後か、それかどこかへ…」
あれは何だ。
台座へ向かう。
台座に巻き付いた蜘蛛の糸を千切り、積もった塵を念動で払う。
何かの手形が彫られた台座。
試してみるか。2度拳を作る。
台座の手形に手を置く。
何も起きないが、彫られた手形と型が合っていた。
偶然か。だがこれは特定の力が必要そうだ。今は何もできない。
「戻るぞ」
「はい。でも結局像だけでしたね」
「そうだな。だが高揚感が湧いて来ないか?」
「いいえ…わくわくしてたんですか?」
「少しな」
「ンフッ」
口元を手で隠し、顔を背けるイエナ。
「詮索好きだと言ったろ」
「確かに」笑みを溢しながら話すイエナ「あー…」
「何か可笑しいのか?」
「いえ、ただその…」
「何だ? はっきり言え」
「な、何でもないです…」
笑ったり、落ち込んだり。まったく。
「ふむ。最初、アンデッドを怖がっていたようだが、今は平気のようだな」
「不思議と…同じアンデッドだと、なんだか心が落ち着くような気がして」
「そうか。生前もアンデッドに恐怖があったのか?」
「はい。ありました。怖かったんです……。でも今は、自分でも分からないですけど、不思議と平気なんです」
「ふむ。良かったな」
イエナが軽く笑みを浮かべ、2度頷く。
元のフロアへ戻る。
「さて、先へ進むぞ。お前達は前衛につけ。お前は一番後ろだ。後方に注意しろ」アンデッド達に指示を出す「イエナ、お前は蜘蛛の前だ」
「はい」
出口を目指し先へ進む。
「外に向かうのですか?」
「ああ」
「…………」
「不安なのか?」
「正直……」
「体の事か?」
「はい…」
「いつまでもそんな体というわけではない。ある程度は、種族に…生前に近付ける事も可能だ」
「本当ですか?」
「信じろ。お前の事は気に入っている。何れマシにしてやる」
「ありがとうございます」
笑みが溢ぼすイエナ。
そして暫く遺跡の中を進み続ける。
左右に見えるどの通路も、瓦礫の影響で容易に行けない場所が多い。
「止まれ」
拳を作り片手を上げる。
「どうしたんですか?(小声)」
「身を隠せ」
十字路の角の壁に背を付ける。
他もそれぞれ身を隠した。
蜘蛛は不可視化で透明になった。
ほお。
金属の擦れる音が聞こえ、遠くにカンテラの灯りが見えてくる。
少し日焼けした男のドワーフ2人に、女の獣人1人が歩いて来ていた。
一方のドワーフは立派な髭を伸ばし、全身に重装の銀のラメラー防具を着込み、大きな槌を携えている。更に腰に2本のメイスを差している。
もう一方のドワーフは髭を綺麗に剃り、2本の短剣を腰に差し、背に弓を背負っている。あの軽装の茶色い防具は恐らくグリフィンのレザーだろう。
獣人の女はドワーフらとは異なり、頭に防具を身に着けていない。茶色く肩ほどまでの髪に、狐の耳と尾を生やしている。
獣人の女も軽装の茶色いグリフィンのレザー防具を全身に着けている。また先端に複数の緑の石が装飾されたタクトを腰に差している。
あのタクトは死霊を帯びているな。だがあの女からは何も感じない。
妙だな。初めて会った気がしない。
様子を伺うのをやめ魔法を放つ。
「何の魔法ですか?(小声)」
「これは生者の残響といって、死霊術の一種だ。近くの生者の声を聞く事を可能にする」
少し口を開けたまま静かに頷くイエナ。
再び様子を伺いながら会話を聞き取る。
3人が立ち止まり、話し始めた。
「それで、一体どこまで行くつもりなんだ? ここの空気の淀み具合はヤバイぞ。絶対何かいるぞ」
大きな槌を背負うドワーフが威勢よく話し始めた。
「ここまで来たんだから、一番奥まで行くに決まってるでしょ。もしかして怖いの?」
「ここへ来る時のあの落雷を見ただろ。一体何を隠してる?」
「別に何も隠してなんかいないわ。私も分からないからこうして調べに来てるんじゃない」
「全く信じられんな。おいゼン、お前が信用しろと言うから信用したが、もう無理だ。この女は絶対何か隠してる。それにもうここに鉱脈がない事も分かった。さっさとズラかるぞ」
「道に迷わず帰れるの?」
「これでもドワーフだ。地下は故郷みたいなもんさ」
「地下と遺跡じゃまったく違うのよ」
「知るか。俺は帰る。おいゼン行くぞ」
「なあマーラ。悪い事は言わない。もう引き返そう」
「ゼンまで。どうして?」
「ロルフの言う通り、ここは何か……変だ。こんな大きな遺跡があったのに、今まで誰も気づかなかったなんて。それに誰かが立ち入った形跡すら見当たらない」
「だから楽しいんじゃない」
「あぁ…」
「イカれてんな。魂を失う前に行くぞ」
「ゼン、ありがとう。もう話したけど、私はどうしても行かないとけないの」
「おいゼン、モタモタすんな! 髭が伸びちまうぞ」
「そうか…。じゃあ…気を付けてな」
「ええ」
ゼンというドワーフは少し歩いた後、思い詰めた表情を浮かべマーラという獣人の方へ振り返る
「やっぱり放っておけない!」
獣人の元へ駆け寄るゼン。
「ゼン、私は大丈夫だって。あの事なら気にしないで」
「道中、全然大丈夫には見えなかったけどな」
「それは…。んっ、リシアの事は気にしないで。あなたには家族がいるでしょ。無理しないで早く引き返して。私がリシアに恨まれるちゃう」
「リシアとそう歳も変わらないというのに、勇敢だな。必ず帰ってきて、また娘の話し相手になってくれよ」
「もちろんよ」
2人は悲しそうにハグを交わす。
ロルフの元へ向かう途中も悲しい表情を浮かべ振り返るゼン。
そんなゼンに笑顔を見せるマーラ。
そして2人のドワーフは去っていった。
「ふー…行くわよマーラ」
自らの頬を両手で叩き、覚悟を決めた様子でカンテラを拾い上げ、こちらへ向かってくるマーラ。
あいつはこちらに気付いていないのか。それとも装いか。
それにしてもあの女。何か引っ掛かるな。
〘⇄〙
気付かれる前に始末するか。
対話を試みるか。