08 魔力を視る目の末裔が見付けた。
マラヴィータ子爵邸に、ドルドミル伯爵一家の滞在は、二週間だった。
その間、アシュリー叔母さまは、変わらず、私のベッドで寝て起きる。ベッタリなのだ。
お洒落についての話が、尽きなかった。
カリーナや女使用人とも話して、今後のお肌の手入れなどのいい化粧品を取り寄せるとか、盛り上がっている。
化粧品と言えば、ドルドミル伯爵家の手掛けた植物を原料にしたものも多い。別の貴族の領地で、生産しているけれど、緑の魔法も駆使しているし、ドルドミル伯爵家の秘匿魔法もあるとか。
秘匿魔法が知りたいなら、嫁入りすればいい。とか、冗談の風に言ってきた。そんな政略結婚、アリなのか……。
せっかくいるのだから、と礼儀作法も抜き打ちチェック。さらには、エスコートに慣れるべきだと、エドーズと練習をするように差し向けられた。
確かに、エスコートされるのは、初めてだ。
外でも、しっかり身につくように、エスコートをするように言われてしまって、エドーズは離れない。手を貸すし、手を繋いでくるし、なんなら腕を組むようにしてくるし。
それを見て、ルジュの機嫌が急落下。イチイチ、エドーズと険悪だった。
ジャクソン叔父さまは、何かとお父さまに事業についての提案や話し合いをしていたらしい。
でも、マラヴィータ子爵領は、仕事に困っているわけではないし、ドルドミル伯爵からの提案は施しにしか思えないのだ。
現在持っている事業の拡大のために、すっからかんの地で、植物の栽培の仕事。特に必要性がないのに、だ。
お父さまは、必要ないのだと、冷静に断る。
ならば、それ相応に必要になる理由を出すために、ジャクソン叔父さまは現在の仕事を見直しをしつつも、またはマラヴィータ子爵領内にもないかとエドーズにも調べるように命じて、自分も領地内を視察していた。
まぁ、本当に何もないから、”もう新しいことしろよ”、という結論となり、少々喧嘩腰の話し合いとなっていたのである。
数週間で決めるわけにもいかないので、ジャクソン叔父さまは王都に戻り、抱えた事業を見直して、まだまだ交渉を望むらしい。
エドーズの基本魔法も調整を終えて、完璧となった。
私は頼みを聞いたので、あとはエドーズが古代文明の情報を送り続けてもらうだけ。
ちゃんと釘をさしておけば「うん。ベラも返事を送ってね」と、なんか文通の約束にすり替わっていた。
いや、情報を送ってくれって話であって、文通の約束ではないのだけど……。
見送りの際、アシュリー叔母さまに「いつでも来ていいのよ」と、きつく抱き締めてきた。
王都への誘いは、一体この二週間で何回されただろう。
私も、抱き締め返す。
ジャクソン叔父さまも、アシュリー叔母さまに続いて、抱き締めてきた。同じようなことを告げて。
この流れで、アシュリー叔母さまとジャクソン叔父さまは、ちらりと目を向けてエドーズを促す。
頬を赤らめたエドーズも、両親に続いて、別れのハグを私にする。
「また会おうね、必ず。ベラ」
「うん」
「手紙、返事を書いてね?」
「うん」
「約束だよ」
「うん」
「……好きだよ、ベラ」
チュッと、エドーズが頬にキスをしてきた。
無垢に頬を赤らめるはにかむ少年。
よくやった、と言わんばかりのアシュリー叔母さまとジャクソン叔父さま。
「私も、エドーズお兄さまも、アシュリー叔母さまもジャクソン叔父さまも、好きです」
私は引きつることなく、平然と、無邪気ぶった笑みでそう返事した。
エドーズの”好き”は、あくまで家族に対するものだと思っている反応を貫く。
エドーズが、ちょっと不服そうに一瞬怯んだけれど、とりあえず”好き”の返事を受け取った。
馬車で移動していく一行を見送って、ふぅーと息を深く吐く。
やっと帰ったわぁ~。
「もう。ジェラール。最後のアレは何よ」
「はて。なんのことでしょう?」
仕事に戻る父も見送って、玄関のど真ん中でジェラールを腕を組んで見上げる。
「ジャクソン叔父さまが、あんな問題を出すなんて……私のテストをしたのでしょう?」
帰る前に、ジャクソン叔父さまがいくつか問題を出すと言い出して、私とエドーズが答えることになった。
私の優れた理解力を示すためか、エドーズよりも頭がいいと示すためか。
それを示すことで、より相応しい教師を用意させたかったのかもしれない。
どちらにせよ、教育係のジェラールが何かを唆したことは間違いないだろう。
問題は、回りくどい文章による計算問題だ。
普通に解いたあとに、答えそうになった瞬間、隣でエドーズがまだ考え込んでいる様子を見て、気付いた。
あっ。これ、子どもじゃあ難しいな。
と、問題の難しさに気付いた。
子どもらしかぬ理解力と、計算の速さ。
落ち着いて考えれば、単純な計算式で答えが出せる。
が、それが明らかに、私は早すぎた。
二歳年上、さらには後継者として、本格的な教育も受け始めているエドーズを超える。
他にも、問題が出題された。エドーズよりも、先に正解が出せるような計算問題。
政治の問題の方は、私には答えが出ない。その手の知識は、なし。
答案用紙を確認しては感心していたジャクソン叔父さまが、ジェラールと一瞬視線を合わせていたことを見逃してはいない。
「お嬢様が、実力を隠したいお気持ちはよくわかりました」
コクリ、とジェラールは一つ、深く頷く。
いや、前から言ってたよね。しつこいよ。
「政治の問題はなんなの? その手の教育を受けてないのに、なんでまた」
「ええ。ですが……あの回答だと、今の自分の知識では答えられないという理解力があることが、証明されましたね」
「…………え」
「ほほほっ。ドルドミル伯爵様が、優れた教師を送り込み、ベラお嬢様を才女に導いていただけるかと」
「その話は終わらないの? ”御意”って言ったのに」
「いえ。私めは、心より御意をしました。しかし、ドルドミル伯爵様が差し向けるなら、話は別かと」
結局のところ、諦めてないじゃん。
話が、ぜんっぜん、終わらない。
私を王都で教育させられないのならば。
ドルドミル伯爵家に、教育者を派遣してもらおうという。
悪巧みをしてるんじゃん。タヌキじじぃか、この、おいコラ。
「はぁ……。あれ? そういえば、この話をしたあと……秘密地下のトラウマがどうのって。結局、なんだったの?」
部屋に戻ろうと、階段を上がろうとして、思い出した。
なんか、ジェラールの子どもの頃のトラウマがあったせいで、秘密地下を話さなかったらしい……って話題が、途中だ。
「……。……確認しますか? その目で」
意味深な沈黙の間。
ジェラールはピシッと背筋を伸ばして腰の後ろに腕を回した執事の佇まいのまま、笑顔で尋ねた。
「……え、何?」
「”確認しますか? その目で”」
「二度言う?」
「”確認しますか? その目で”」
「三度言った。するよ、確認。行くわ」
なんなの、その確認。
意味深の笑みによる問いに、応えてやることにした。
引き返して、階段を下りて、談話室の隠し扉を開いてもらう。
ランタンを持って、奥に進んでいくジェラールに、ついていく。
結局、私が勝手に入ることを危惧して、父が軽い掃除を指示したのよね。前よりは、埃っぽくはない地下。
「こちらです」
「……!」
屋敷の中心地だろう。
その部屋に入ると、そこには、大きな目の絵画が置かれていた。
ランタンで照らされると、不気味に見える大きな一目の絵画。
絵があるだけの一つの空間。
「……”確認した目”」
「はい。目です。子どもの私めは、心底、驚きましてな。ほほほっ」
どうりで、意味深すぎる問いだったわ。
なんでまた、壁にデカデカと一目の絵画なんてあるんだか。
不気味この上ない。
「この絵画を見ているだけで、どうしても、何かに見られている気がして……私めは、ここに入ることを避けてきました」
「確かに、不思議と見られている感があるね。こんな目の……目…………”目”!」
こんな目の絵画があるから、見られている感がある。
そう言いかけて、ハッと気が付く。
私の目。魔力を視る目。目。
マラヴィータ家の末裔である私が持つ能力。
「ジェラール! マラヴィータの人間に、何か目の……目について、何かない!?」
「はいっ?」
目の能力。それを安直に言うことは、避ける。
そうなると、漠然としすぎる質問となってしまった。
「目、ですか? ……私めは、特に聞いたことがありません」
「……そう」
困惑をしたジェラールも、マラヴィータの人間で何かしらの目の能力を持っていた者はいなかったとは聞いていないらしい。
一番の古株のジェラールですら、知らない、か……。
偶然?
マラヴィータの末裔である私に、魔力を視る目があって、マラヴィータの屋敷の地下に、意味深に置かれた目の絵画……。
何も語り継がれていないとなると……。
滅びた古代文明と同じか……?
本が遺されていても、文字も、超古代文明の魔法が受け継がれなかった……。
いや、待て。
私は目を瞬いて、周囲を見回す。
「”見られている”……?」
そういう感覚になるのは、あの絵画のせいじゃない。そこから、視線は感じない。
そもそも、視線と錯覚しているだけのように思える。
『魔力視』を、三段目まで発動させた。
体内にある『魔力ポケット』も目にする『魔力視』には、部屋の中には、暗がりとは違う黒いモヤのような空気が漂っていることに気付く。
いや……これは……魔力、なのか?
黒い色の魔力……? 黒?
これは、何かの魔法による魔力の残滓?
ならば、何属性?
一人だけ、黒をまとう魔力を持っているけれど……。
黒なんて、常識的な予想だと、いいものではない……。
と思うけれど、この部屋の中に入っても、悪いモノというものを感じなかった。彼だって、悪って感じたことはないし。
七年もこの屋敷で暮らしても、悪寒一つ感じたことはない。
この目で視ても、この黒い魔力が悪いモノとは思えなかった。
でも、何かもわからない魔法を使う無謀は、出来ない。
黒の魔力の魔法、か……。
天井を見上げる。
そこに、目が在った。
アーモンド形の中に円形の彫りがある。
……ように見えたが、透明の魔力が設置されている、のか……?
「ベラお嬢様?」
黙り込んで天井を見上げる私に声をかけるジェラールには、当然、視えないようだ。
「……ジェラール。廊下まで出てくれる?」
「はい?」
「早く」
しっしっと、手を振って急かす。
巻き添えを避けるべきだ。何が起こるかはわからないけど。
怪訝ながらも、廊下に引き返したジェラールを確認したあと、自分の魔力をひょいっと黒いモヤ状の魔力に一欠けら投げた。
それを核に、宙の黒の魔力を集結させる。
魔力の遠隔操作。
まぁ、少し離れた先で魔法を発動させる時と、要領は同じだ。
周囲の黒の魔力を集めて、それから、天井の透明の魔力に重ねた。
漂う黒の魔力。設置された透明の魔力。
さながら、絵具と水。
なので、染めてみた。
何が起きるかな。と、黒の目の線が出来上がった天井を見上げていれば、落ちてきた。
ドッと、顔に衝突したので、尻もちをつく。
「お嬢様! ベラお嬢様!! お怪我は!?」
焦ってジェラールが駆けつけてくれるから、大丈夫だと右手を振って見せる。
私の顔面にぶつかってきたのは。
「……本?」
黒いモヤを宿らせた大きな本だった。
しかし、開かない。
本の形をしていても、開かない本。
「一体どうして、そのような本が、唐突に?」
「……」
ジェラールは天井を見上げては、首を傾げた。
……さぁね。
この開かない本なら、知っているかも。
魔力を視る目を持つ者にしか、見付け出せないような仕掛けの先にあったモノ。
面白そうじゃん。
ウブな美少年従兄の告白をいなす、二歳年下のご令嬢。
とっくに忘れて、我が家に隠された異能の秘密のヒントを見つけて、大興奮中!
2023/05/23
(次回更新、金曜日5/26の予定)