07 学んだ基本魔法を教える目。
700年前の文明の残骸。
古代文字を解明する必要があるけれど、古代文明の魔法を学ぶのは、有意義だ。
「お父さま。地下にある本、全て私の部屋に運ばせてもらってもいい?」
「え? なんでだい? 読めないのに」
「本は読むものだよ。お父さま」
「え? いや、だから、読めないじゃないか……」
フッと、カッコつけて、笑って見せる。
が、意味がわからないと、父はただ戸惑う。
「とりあえず、ここを出入りされるよりはいいでしょ? いいの?」
「あー……わかった。だから、ここには一人で入らないように」
「はい。ジェラール、本を崩さずに、丁重に手入れして運ばせてちょうだい」
許可をもらった。
マラヴィータ家の遺産、ゲット。
ジェラールに頼んで、他の使用人に運ばせることにした。
手にした本は抱えたまま、ジャクソン叔父さま達が知り得る古代文明について聞き出す。
「昨日話した魔術師の方が、携わっていた説なのよ」と、アシュリー叔母さまが教えてくれた。
めちゃくちゃ、その魔術師さんに会いたい。聞き出したい。
滅んだ古代文明の魔法。今、どこまで解析が出来たのだろうか。
エドーズが魔法を見せ合おうと言い出すので、中庭に出た。
基本魔法。大人になる前には、使えるようになることが五つの属性の魔法だ。
火の魔法は、マッチのような火。
水の魔法は、両手に水を貯めればいい。
緑の魔法は、種から芽を生やす。
雷の魔法は、バチッと静電気を起こせばいい。
風の魔法は、そよ風を吹かす。
そういうレベルに魔法を使えれば、基本魔法が使えると言えるのだ。
ぶっちゃけ、手品レベルな見た目で地味だとは思うけれど、この世界の魔法の基本がこれだ。
先ずは、この五つの属性をそのレベルに使えないといけない。
そうでもしないと、使用感覚が偏ってしまい、他の属性の魔法が使えなくなってしまうという弊害が生じる。
理由は、明白。
否。私だけが、目で理解が出来た。
属性の魔法を使う時、魔力は色付く。
それの使い分けは、少々難しい。
むしろ、よくもまぁ、今までの人間がそれを使えるようになったことが意外だ。
私は『魔力視』により、色を見て、そしてその色の調節をして、五つの属性の魔法を使えるようになった。
他の人達は、魔力を感覚的に使い分けて、覚えていくのだ。なかなかハードな基本魔法だと思う。
エドーズが苦手とする火の魔法は、ボボボッと小さな火花が散るが、まともに灯らない。
魔力の色は、仄かな緑色の光だ。他の属性を発動した時も、魔力の色に、緑色の光を交じり合わせていた。
「ほらね……火がなかなか使えなくてね」
力なく笑うエドーズは、肩を竦める。
「ベラ、コツとか教えてくれない?」と、弱った様子で尋ねた。
年下で基本魔法が使えるようになった私に、助言を求める。
見返りを求めようかと思ったけれど、古代文明の情報をペラペラともらった手前、教えてあげよう。
「エドーズお兄さま。……内緒で、緑の魔法ばかり練習しているでしょ?」
「!!」
距離を詰めて、ひそひそ声で告げれば、ギクリとエドーズお兄さまは肩を震わせた。
魔力を使う度に、緑色の光を灯している。
植物による事業に精通しているドルドミル伯爵家は、最早、緑の魔法に特化していると言えるから、気合いを入れてしまったのは、安易に予想が出来た。
見事に、エドーズは偏った感覚を覚えてしまい、緑を燃やす火の魔力に切り替えられなくなっているのだろう。
ちゃんと基本魔法を使えるようになってから、それぞれが得意な魔法を極めていき、自分の身を守る魔法を習得していくのだ。
名前を持つ魔法の型も、入門レベルからある。名前を唱えて、ボーンッと発動する魔法ではない。結局のところ、決まった形に沿っての発動。
ぶっちゃけ、つまらないだろう。
ポーズを取る。ただそれだけの魔法の形だ。
なので、超古代文明の魔法を解明したい。ぜひとも。
他にも、刻印魔法による魔法道具とかがあるけれど、それとも違う魔法があるはず。
ふむ。予定変更。
「今後、古代文明の魔法について、知ったものを全部教えてくれたら、叔父さま達に黙ってあげるよ」
「うっ……」
基本魔法習得前に、緑の魔法ばかりを鍛えたことは叱られることだ。
黙っている見返りをもらおう。
「そうしたら、使えるように手伝うよ。約束、する?」
「……じゃあ、使えるようになったら、王都に帰ってもずっと、情報を送るよ。それでいい?」
「うん! 約束!」
「……うん、約束……」
ポッと頬を赤らめたエドーズは、私が差し出した小指に、自分の小指を恐る恐ると絡めた。
……うん。そんなガチ恋したみたいな顔をしないでほしいな。従兄よ。
初恋は、もっと、おしとやかなお嬢様に、捧げてあげて。
去年会ってきた同年代の令嬢を思い返せば、難しいかもしれないけれども……。
「じゃあ、お昼を食べたら、孤児院へ行こう」
にっこり、と私は孤児院へと行くことにした。習慣なので。
部屋に運び込まれた古代文明の本を、確認してみる。
見事に読めないなぁ。でも、ページの破損もないみたいだし、状態はいいな。どんな素材か、わかるだろうか。
「ベラお嬢様。どうして、あの程度の魔法の披露をなさったのですか?」
ジェラールが、手入れを終えた本をまとめながら、尋ねてきた。
私は基本魔法を、しっかり基本魔法レベルで披露したのである。手品しただけの気分。
でも、ぶっちゃけ。
人差し指を立てた先に、火、水、雷、緑、風と魔法を、超高速で切り替えが可能である。
高速基本魔法披露。
それをしなかったことへの問い。
「ん? ジェラール先生の教えの成果を見せ付けなくて、不満なの?」
「私めの教えなど……。ベラお嬢様が、いかに基本魔法を使いこなせているかを示すべき機会でした。魔術師資格を得た教師をつけるべき才能を有すると」
そこが不満じゃないと、ゆるりと首を横に振るジェラール。
「んー。魔術師の先生、ねぇ?」と、首を傾げてしまう。
ジェラールの知る魔法の型を学ぶことと、大差変わりがない。
どうせなら、古代文明の魔法を研究している魔術師がいいけど、そんな研究している人がこんな田舎領地のお嬢様に教えてくれるわけがないじゃないか。
無駄な教育費をかけることはない。
「ジェラールは、もう”私の先生”に飽きたの?」
「まさか。才能あるベラお嬢様には、私めが教授することは恐れ多くて、相応しくないと思っているのですよ。こんな老いぼれよりも、優れた魔法の使い手が、才能を伸ばすために導くべきです」
冗談をサラリと受け流して、ジェラールは進言した。
「余計なことは言わないでよ。ただでさえ、叔母さま方は、私を王都に連れて行きたがっているのだから」
「……ですが、お嬢様。お嬢様のためにも、いいご提案かと」
王都暮らしが、私の成長のためにもいい。
そういう意見を持つジェラールにも、釘を刺すべきね。
「あなたは、マラヴィータ家に仕えている身でしょ? ジェラール。ならば、マラヴィータ家のための選択だと、理解してちょうだい」
「……マラヴィータ家のため、ですか?」
ジェラールの息子も、父の補佐官として仕えているし、さらにはジェラールの父までも、先先代の当主に仕えていたとか。
まぁ、マラヴィータ子爵領の大抵の人間は、家業を継ぐ傾向が強いので、現在の使用人達も親戚同然に仕え続けているのだ。
「私が父から離れたら…………次は、父を亡くすことになるわ」
「!?」
にこり、と笑みを見せる。
父のためにも、一人娘はそばにいて安心させるべきだ。
愛する妻を亡くしたばかりの彼に、さらなる孤独や悲しみを覚えさせる要因は、作るべきじゃない。
「現当主を早死にさせないためにも、心の拠り所はそばにあるべきだと理解して、持てる全てを私に教えるように」
そういうわけで、現状維持で頼む。
と、ちゃかす風に伝える。
「……御意」と、深くジェラールは頭を下げた。
「それにしても、ジェラールも知っていたなら、教えてほしかったわ。秘密の地下の隠し扉」
「ほほっ。私めも、忘れておりました。なにぶん、用途がありませんからねぇ」
「ハハッ……」
物置き以外の用途がない。しかも、その置くべき物すらないという残念な事実に、乾いた笑いが溢れてしまう。
「それに少々、子どもの頃に入った際にトラウマがありまして……。まだ幼いベラ様には、あまり入ってほしいと思えず」
「何? トラウマって」
「先先代当主様に入れてもらって、驚かされたのです。とある地下の部屋の真ん中に……」
「?」
「いやいやぁ、恐ろしくなるので、話すことはやめましょう」
「……」
…………言いかけてやめるって、ずるくない?
めっちゃ怖い話で引き付けて、楽しんでるじゃん……。
幽霊が出るとかの話? 我が家でそれを知るのは、どうなんだろうか。怖いかな? どうかな?
転生した身で、幽霊を怖がるべきかどうか……イマイチわからん。
もう孤児院に行く時間なので、またあとで聞いてみよう。
エドーズと、また馬を二人乗り。
私のお腹に腕を絡めてないで、手綱を持って馬を操ることを学んでほしい。
ご機嫌に有益になりそうな知識をベラベラ話してくれたので、今日のところは許す。
私に会いたがっている友だちの一人が、魔術師の家系らしい。その子とは、お友だちになるべきだな、うむ。
孤児院へ、到着。
「なんで二人乗りなの?」
露骨に、嫌そうに顔を歪めたルジュの第一声。
「エドーズお兄さまは、まだ乗馬を習ってないから」
「へぇ、ダサい」
「学ぶことが立て込んでいてね。乗る機会もないから、しばらくはベラと乗せてもらっているんだ」
「しばらくはぁ〜? 馬に乗るくらい、一日で学べるだろ」
「いや、いいんだ。ベラが乗せてくれるから」
「ダサい」
「何? 羨ましい?」
「はぁ? ダサいな、お坊っちゃま」
軽蔑を込めた睨みを向けるルジュと、笑みで余裕ぶって対峙するエドーズ。
……犬猿の仲に、発展してきた? この二人。
昨日、会ったばかりなんだけど。
「おやおや……愉快なことになっておりますね」
二人を見て、ジェラールが、ニヤニヤ。
何も言うでない……。
そんなジェラールに魔法を教わっている子ども達は「ジェラール先生、こんにちは!」と、元気よく挨拶をした。
それに、エドーズが反応。
「先生? ジェラールも、何かの教師をここで?」
「ええ、魔法を少々、教えているところです。とは言っても、私めは単なるお目付け役にすぎません」
「お目付け役?」
首を捻るエドーズに、ジェラールは正直に答えていいのか、と指示を仰ぐ視線を私に向けた。
「単なるお目付け役だなんて、卑下しないの。教えて見てくれている人は、必要だものね」
大人の目を盗んで、遊んでいる最中に魔法を使ったことが、バレてしまい、ちゃんと制御出来るように学ぶことが決定したのである。
実は、母の最後の言い付けだ。
よって、子ども達は、基本魔法が出来るまで、大人の目が届かないところで使用しない決まりに、しっかり従っている。
そういう事情を、サクッと話した。
エドーズは、戸惑いの目で、子ども達を見た。
ミリーを始め、私よりも幼い子達だ。
まだ魔力というものを、扱うことがほぼ不可能と言われているレベルの年齢。
でも、結局のところは、感覚なのである。
初めて歩けるようになる瞬間を、早めるだけのこと。
一度魔力を使う感覚が掴めれば、魔法を使う第一歩だ。
「え!? ミリーまで、基本魔法は使えてしまうのかい!?」
現在、私より年上の孤児は15歳になり、自立していったので、現在の最年長はルジュ。
それから、二歳下のミリーの他三名は、基本魔法を習得したばかり。
あ、近所の子どもも、四名いるけど。
あとはまだ魔力加減が不安定な子達だけど、順調に身につけていると言える。
「僕は不器用だったのか……」
「元凶はわかってるでしょ」
しょんぼりと肩を下げるエドーズの右頬を、人差し指で潰す。
基本魔法は、本人自身が身体で理解してくれないと身につかないもの。
そういう認識だ。常識だ。
でも、私は違う。
魔力が扱えるならば、あとは色付き方を調節してやるのみ。
魔力は、水のようにほぼ透明に視える。
人それぞれに、ほんのりと違いがあるようには視えるが、魔法のために使用すれば、色付く。
その正しい色に、導けばいい。
「私なら、火の魔法を簡単に使えるようにしてあげられるよ」
「えっ? どうやって?」
「コツがあるの。使ってみて、火の魔法」
エドーズと手を重ねた。
カチン、と強張ったエドーズは、そっと魔力を動かす。
まだ緑色の光が混じっているので、明るい赤色の光が熱を灯しても、火はつかない。
その魔力を、緑色の光を赤色の光に塗り替える。
「あっ! 出来たっ」と、エドーズが声を零す。
手の上に、小さな火が灯る。
魔力の色の変え方は、目に視える私には簡単なこと。
魔力で接触するだけで、私は相手の魔力も、自分と同じ色に染められる。
こんな感じで、他の子のサポートもしたのだ。
「こういう感じで、私がサポートするから、火の魔法の感覚を覚えればいいよ」
「わぁ……わかった。ありがとう、ベラ」
ギュッと、エドーズは手を握ってきた。
おーい? にぎにぎしすぎ。お兄さま、触りすぎ。
パシッと、ルジュがエドーズの手を取った。
「オレが教えてやろう」と、悪意剥き出しにルジュがエドーズの手を握る。
絶対、力強い。
「君に頼む理由はないけど」と、自分の手を取り返そうとするエドーズは、無理矢理に作った笑みで、悪意と向き合う。
バチバチと、火花を散らせるルジュとエドーズ。
文字通り、握っている手の周りで、火花が咲く。
顔を背けているジェラールは、お腹を押さえては肩を震わせている。
かなり面白がっているけれど、魔法が暴発気味なので、止めに入った。
ガチ恋か……? そんなことより、魔法魔法! なヒロインです。
2023/05/22
(次回更新、明日(5/23)、もしくは金曜日(5/26)の予定です)