05 大人びた聡明で優しいお嬢様。
一頻り笑って、話に戻る。
「私に会いたいって友だち…………誰のこと? 去年、仲良くなれそうな子なら、何人かいたけれど……私が覚えてないなら、あっちも覚えてないと思ってた」
いたな、知り合った子ども。
……という程度にしか、記憶にない。
私と同じく、お茶会などには不慣れで、蚊帳の外状態だった子達と話をしたけれど、一年経ってどう成長をしたかを考えると、面倒この上なかった。
どうせ、王都の古典的な貴族の子ども化していると思って。
今年は、王都に行っても、社交活動は作り笑いで乗り切ってから、王立図書館で魔力について調べ上げるつもりだったしね。
エドーズに名前と特徴を教えてもらっても、うっすらと容姿が浮かぶだけで、やっぱり覚えていないとキッパリと答えるしかなかった。
苦笑いを零すエドーズは、手紙のやり取りをしたらどうかと提案して、縁作りを勧める。
今年は無理でも、来年は会えるかもしれないから、と。
手紙のやり取りなんて、往復で約二週間かかるのだ。
王都で会えたら話せばいい、ということで、エドーズから会いたい話を聞いたけれど、事情があって今年は無理だという旨を綴った手紙を送ることにした。
来年に会えることを願う、と。そういうことを、社交辞令で書けばいいだろう。
「……手紙と言えば、ベラ。お母様に、魔力欠乏症と魔力譲歩についての情報が欲しいって、手紙を送ったよね。ベラの考えなんだって?」
「ん? うん。そうだけど」
「…………」
なんとも言えない表情をして見つめてくるエドーズに、首を捻る。なんだろう。
「……エラーナ叔母様の主治医から話を聞いたけれど、魔力欠乏症かもしれないって一番に疑ったのは、ベラだって。最初は、主治医も診断しなかったけれど……最後には、魔力欠乏症だって断定された。どうして? どうしてベラは、魔力欠乏症だって思って、お母様にすぐに手紙を送ったの?」
不審な点として、エドーズは尋ねる。
どうして、医者が断定もしなかったのに、アシュリー叔母さまに情報を求めたのか。
誰かの入れ知恵か。または、どうして魔力欠乏症だと思ったのか。
そんな質問。
「魔力、減ってる気がしたから」
私は、そう答える。
冷静に。平然に。
「魔法の練習をして、魔力切れを何度も起こしたからね。魔力切れを起こすと、ぐったりするでしょ? それみたいだって思ったし、だから、魔力欠乏症について教えてもらってね……そう思ったの。ミリー達も、魔力回復にいい木の実とか探してくれたんだ。ね?」
「うん……エラーナさまに、げんきになってほしかった……」
腕の中のミリーは、スン、と鼻を啜った。
「うん、ありがとうね」と、ミリーの頭をさすさすと撫でる。
「魔力が減って弱ってしまうなら、魔力を渡せればいいって思ったんだけど……。結局、叔母さまが送ってくれた情報でも、お母さまを治す方法はなかったね」
撫でていた手を、上に翳した。
『魔力視』を使えば、ほんのりと水色のマーブルに煌めく魔力が漂うのが見える。
私が『魔力視』という特別な能力を持っていて、母の魔力が減っていく一方だって気付いたことは、正直に話すべきじゃないだろう。
ジャクソン叔父さまが、私を王都に連れ帰る、いい口実にしかねない。
子どもの不確かな勘で、魔力欠乏症を疑っていた。
ただ、それだけで、片付けていい話だ。
でも、実は、そのせいで、主治医が責められている節があったりする。
”お嬢様が気付いていたのに~”なんて、無能さを囁く噂が、屋敷内でも立っていたりするのだ。
魔力欠乏症については、全く解明が出来ていないから、主治医を責めても仕方ない。
気付いた私に称賛を送ったところで、何にもならないのだし。
それでも、何もない領地で華やかさをもたらす領主の妻が、亡くなった事実は、重たいのだろう。
魔力欠乏症は、不治の病。
その事実を、ちゃんと改めて認識してほしいものだ。主治医に非があるなんて、悪者扱いしたところで、いいことはないのだから。
「主治医にも、そう言ったんだって?」
「え?」
「力を尽くしてくれてありがとう、とか。ベラに労われたって言ってたんだ」
……余計なことを言ったな? 主治医のおじいちゃんめ。
「……私って、変?」
「え? どういう意味?」
「ジャクソン叔父さまに、大人みたいだから子どもらしく過ごせないんじゃないかって、心配されたの。私が落ち着いているのって、そんなに変?」
ちょっと大人びた子ども。そういう認識にならないだろうか。
軌道修正が出来るかどうか、エドーズにそう尋ねてみる。
「変じゃないよ! ただ、その……」
「普通の子どもらしくない」
口ごもるエドーズの代わりみたいに、そう言ったのは、ルジュだ。
「おい、君っ」と、エドーズが咎める声を出すけれど、ルジュは続けた。
「孤児院に来る子は、みんな、家族を失くしたから、泣く。でも、ベラは泣かない。それに……自分より、他の人に優しい言葉をかけるじゃないか。ベラが娘なのに……たった一人の母親を失くした娘なのに……。オレには最初からいなかったから、わからないけど…………ベラが泣かないのは、普通の子どもらしくないとは思う」
ルジュ。辛辣だな。
一番付き合いの長い幼馴染だからって、そこまで言う?
泣けばいいのか。そう言ってやろうかと思った。
埋葬の時に、涙でも見せればよかったのか。
「貴族の子は、泣かないものか?」
ルジュは単純に疑問として、エドーズに向けた。
「……誰だって、家族を失えば、悲しむ。でも、涙を見せるかどうかは……人それぞれだ。ベラの場合は、きっと……自分よりも、他の人に優しい言葉をかける優しい子なんだよ」
エドーズは少し言葉を選ぶように考えたあとに、そう答える。
「うん! ベラおねえちゃんは、やさしい!!」
ミリーが、ドヤッと声を上げた。
そっかそっか。優しいか。ありがとう。
と、撫でておく。
「私もたった一人のお母さまを失くしたけれど、この領地の人達にとって、母は素晴らしい存在だったんだ。お墓がね、お母さまの好きな華やかな花でいっぱいになったんだよ」
「あたしも! 花つんだの! まほうで、おおきくした!」
「そうだね、あれはすごいよかったよ。ミリーのお花が一番だったね」
ミリーにその辺の野花を摘まんで、持たせる。
白い花の一輪に、ミリーは仄かに緑色に色付く魔力を流して、少しだけ花を成長させた。
「……だから、王都には来ないの? ベラ」
眉をひそめるようなしかめっ面で、エドーズは問う。
「エラーナ叔母様が領地で大きな存在だったから、ベラは領民のみんなに優しい言葉をかけて、支えようとしてる。叔母様が領地でしようとしていたこと、代わりにやろうとしてるのは立派だよ。とってもね。でも、ベラの将来は? ベラの将来は、どうなの? この領地の子にも、将来のために学びの場は必要だって言ったけれど……ベラの方は?」
私の将来。
んー。ジャクソン叔父さまや、アシュリー叔母さまに、色々吹き込まれたのだろうか。
私の将来のため。王都で暮らすことが、一番だと。
私の現状を聞いて、まるで母の代わりを無理に務めようとしている……、とでも思っているのだろうか。
「イザベラ・マラヴィータ子爵令嬢の将来のためにも、領地で暮らすことがいいと思うよ」
「!」
普段はベラ・マラヴィータと名乗っているけれど、本名はイザベラ・マラヴィータ。
ベラは、通称名だ。
「エラーナ・マラヴィータ子爵夫人の娘として、お母さまがやり残したことをやり遂げるべきだし、出来ることはするべきだと思う。王都で学ぶことも大事だろうけれど、王都には両親が出会った王立学園があるでしょ? 14歳から入学する王国一の学園。それまで、領地で学び、領民に寄り添うことが出来るはず。だから、今は、私はここにいる」
「…………」
エドーズは、ポカンと面食らった顔で言葉を失う。
ぶっちゃけ、今思いついたいい加減な計画である。視野に入れるだろうけれど、正直、父と領地を支えることと、魔法学びで、いっぱいいっぱいになりそうだ。
今後、様子見をしてから、王都で学ぶかどうかを熟考させてほしい。
父を、独りには出来ない。
そして、ぶっちゃけ、王都は嫌。
人間関係と言うか、社交活動が。
そういう理由を置いといて、貴族の娘としては、父の領地を考えることが大事だと、正当な理由を突き付ける。
……叔母一家が滞在中、こんな話ばっかりなのだろうか。
しびれを切らしたら、なるべく、子どもらしく怒ろう。
お父さまと離れたくない、お父さまの娘なんだから、貴族の務めでもあるっ。とか喚いてやろうか。
「……君のことは……えっと…………そうだな」
エドーズが難しそうに顔をしかめると、顎に手を当てて、首を捻った。
そして、探していたソレを見付けて口にする。
「聡明! ベラは、聡明な子どもだ!」
ぴったりの言葉を出せたと、エドーズは満足げに明るい顔になった。
「……そう、ありがとう」
”子どもらしくないほど大人びた子ども”ではなく、”聡明な子ども”という認識になるなら、まぁいいや。
物は言いようである。だいぶマシな響きよね。
膝の上のミリーが「そうめいって、なに?」と知りたがるから、頭がいいってことだと教えてあげると「ベラおねえちゃんは、そうめいでやさしいおじょうさま!!」と声高々に上げた。
はいはい。ありがとうね。と頭を撫でてあげる。
「そんなベラを知ったら、貴族令息達に人気だろうね。聡明で優しいんだから」
「アハハ……」
ニコニコのエドーズに、笑みが引きつらないように頑張った。
嫌である。
去年のお茶会で会った、あの絵に描いたようなボンクラ坊ちゃま達なんて。論外。
母譲りの美貌があっても、笑顔を作り続けるのは多分無理。顔面筋肉痛確定。
私は無難に、優しいだけが取り柄のようなお父さまみたいな令息を射止めようかな。
……うん、面倒だけど、選択肢の一つね。前世では、実家で独身生活を謳歌していたのだから、本当に億劫だ。でも、致し方ない身分。
「そういうエドーズお兄さまは? えっと……従姉と婚約したんだっけ?」
「え!? してないよ!?」
話をすり替えたら、エドーズが顔色を変えて叫ぶものだから、ミリーと一緒にビクッと震えてしまった。
「カピィのこと? 違うから。違うからね」
「そうなの? カピィお姉さまの片想いなんだ? アシュリー叔母さまが、自分を気に入ってるって自慢してたのに」
「う、ううっ……そうだけど。とにかく、違うから!」
ジャクソン叔父さまの兄の娘だったか。私から見て、又従姉のカピィというお嬢様が、これまた高飛車お嬢様として成長しつつある子だ。
アシュリー叔母さまは、自分に似て気の強いところが大層気に入っているそうで、自称エドーズの婚約者だと胸を張っていた。カピィの自称である。
一年経っても認めてもらえていないとは、初恋無念……だね。
「いとこの中なら…………ベラがいいのに」
「かくれんぼ! もう一回するー!?」
「……」
秘儀・フラグ折り。
聞こえていなかったフリをして、野原で寝転がって休憩している子ども達に、声をかけた。
願望を呟いたエドーズは、頬を真っ赤にしたまま、しょぼんと俯く。
喪中の従妹に、婚約を提案しちゃだめだよー。叔母さまも、まだ参ってるよー。
現状、ややこしくなるから、余計なことは言わないことにしましょうねー。
「……」
「……」
気付くと、エドーズとルジュが、バチバチと火花を散らすみたいに睨み合っていた。
…………よし! 見なかったことにしよう!
本日のかくれんぼ二回戦目、開始!
「ミリー? みーつけた。ちゃんと隠れなくてよかったの?」
「うん。だって……気になっちゃって……」
捜索開始早々、森の中でミリーを見付けて、両腕の中にギュッと入れてあげる。
浮かない顔をしたミリーに、首を傾げて見下ろす。
「どうしてさっき、”ベラおねえちゃんがいい”って、あのひとが言ったのに、聞こえないフリをしたの?」
「んん~?」
しっかりばっちり聞こえちゃったかぁ~!
いや、そうか。反対側にいたルジュも聞こえたみたいだから、あんな睨み合いをしていたんだろう。
間にいたミリーも聞こえて、当然か。
「いいかな、ミリー」
「うん?」
「もしも、エドーズお兄さまが、私を婚約者にしたいとか言ったら、王都に連れて行かれるかもしれないの」
「ええぇー! だめーえ!!」
「でしょ? 聡明で優しいお嬢様なんて、王都にはいっぱいいるんだから、エドーズお兄さまには、私以外がいいんだよ。だから、私もミリーも、あれは聞かなかったことにしましょ?」
「うんっ!! わかった!!」
ミリーは健気に従ってくれて、コックンコクンと大きく首を縦に振った。
うんうん。いい子いい子。
と、撫でてあげた。
幼馴染と従兄がバチバチしている理由が、相性ではなく、自分のせいだと気付いたけれど、そっと見なかったことにする!
レイアウト、変えました! 大丈夫ですか? 文字、見やすいですか?
『陽だまり』と略称してるこの物語のイメージカラーは、オレンジです。『陽だまり』=オレンジと、確定したせいで、時たまに、脳内スクリーンで、ベラの容姿が変わるんですよね。明るい茶髪やら、オレンジ髪やら……。
いやいや! ベラお嬢様は、白銀髪のライトグリーンの瞳!! と、ハッとして、設定を思い出します。
文字読むなら、あまり明るいオレンジは、目に痛いかなぁ。と、現在、オレンジっぽい茶色風です。
2023/05/16
(次回更新予告、明日)