04 領主の令嬢と孤児院の子ども達。
執務室で、仕事中の父イザートを訪ねた。
「……ベラ」
「お父さま。ちゃんと食事は、とれた? 私は伯母さまと夜中話してて、寝るのが遅くなったから、これから食べるの」
「あ、ああ……。しっかり食べるんだよ」
ぎこちない笑みを返す父は、気まずい雰囲気をまとっている。
「伯父さまから、王都で暮らさないかって言われたの」
そう言えば、びく、と肩を小さく震わせた。
「……ベラが、そうしたいなら、そうしなさい……」
弱々しい声だな。
「どうして、私がそうしたいと思うの?」
「それは……」
困り顔を上げた父は、窓の外に目を向けた。
普通にマラヴィータ子爵領より、王都の暮らしがいいと判断出来るからか。
確かに、ホント、マラヴィータ子爵領は何もないよねぇー。うんうん。領主が一番、この領地のことを痛感しているね。うんうん。
「私は、お父さまの娘でしょ。お母さまがやり残してることも放っておいて、王都で暮らすのは違うと思うんだけど。違う?」
「……ベラ」
「お父さまと家族でしょ。一緒に、ここで頑張らせて」
マラヴィータ子爵領は、何もないけれど、それでも少ないなりにも領民はいる。
父も、幼い頃に母親を亡くしていて、父親は母と結婚直後に亡くしてしまっていた。数年前には、領地に住んでいた他の親戚も火事でまとめて亡くして、血の繋がりのある家族は私のみだ。
最初は、伯爵位だったけれど、下手を踏んで、子爵位となってしまってから、マラヴィータ家の血縁者は減ったらしい。なので、分家もいないのだ。
こんな領地に何もなくとも、マラヴィータ子爵領を守るのは、自分の使命だと重く受け止めている節があると、ジェラールが話したことがある。それで、爵位を継いで以来、他人に任せて、王都へ戻ることをしないのだ。臨時だとしても、領主代理は立てない。
まぁ、マラヴィータ子爵家は、爵位が下がってから、保守的な領地経営をする傾向が強くなったせいもあるらしいけど。
「ベラ……それでいいのか? 本当に?」
「うん。お父さまと一緒にいたい」
「……僕もだよ、ベラ。一緒にいたいよ」
涙目のお父さまに両腕を伸ばせば、そっと抱き締めてくれた。
涙声のまま、頭を撫でる。私の方は、背中をさすってあげた。
前世で心が折れた経験のある私としては、私が離れれば、父は弱っていく一方だと予想が出来る。転がり落ちるかのように。
だから、これが正しい選択だ。そばにいるべき。
心が弱ったなら、安らげる場所が必要。
この場合、家族だ。
まぁ、前世も、私の安らげた場所は、家族の元だった。実家が、一番。
「孤児院に行ってくるね。エドーズお兄さまも、一緒に」
「うん……わかった。気を付けて」
「はい」
ちゅっ、と頬にキスをして、キスを返されて、朝食兼昼食をエドーズと一緒にとる。
ジャクソン伯父さまによく似て、金髪と青い瞳の少年は、私の二つ年上。
すでに紳士に育てられたみたいに、優しい美少年だ。
「エドーズお兄さま。馬、乗れる?」
「……いや。ベラは、もう乗れるんだ?」
「うん。領地を回るなら、必要だから。別に歩いても、孤児院に行けるけれど……一緒に乗る?」
王都と違って、田舎領地は、馬で駆け抜ける方が早い場所が多い。
無論、馬車よりも。むしろ、馬車を気取って使うことは、ほぼない。
エドーズについてくる護衛に目を向けて、首を傾げる。
仕事で守っている跡取りに怪我をされては困るだろう。判断を仰ぐ。
「せっかくだから、乗ってみたいな。いいかな?」と、エドーズは私と乗って乗馬を経験したい、と答えた。
そういうことで、馬屋に行って、エドーズを後ろに乗せる形で、馬に跨う。
初心者のエドーズを気遣って、緩い速さで馬に走ってもらった。
「あ。一応、領地について案内するね。我が家みたいなお屋敷は、他に五つあるんだけど、今はほとんどが手入れされてなくてそのまま。見ての通り、ただ広いだけ。自給自足のために、畑や牧場をやってるよ。エドーズお兄さまなら、もうマラヴィータ子爵領に名産なんてものがないってことは、知ってるよね?」
「あー、うん。でも、ほら。自然が豊かで、のどかでいいところだね」
「アハハッ」
「?」
全然興味なんてないと思うけれど、形だけでも辺境の領地案内をしてみる。
エドーズは、気を遣って、褒めてくれるものだから、笑ってしまった。
こんな子どもも、引くほどの何もない領地を、必死で褒めようとするとは、出来た子である。
マラヴィータ子爵領は、小さな村と呼べる塊が三つあって、その間に点々と家があるような地だ。
広々とした平穏の辺境なのである。ド田舎。
褒めるところは、"自然がいいね"、的なことだけだ。
「この先に孤児院があるんだけど、他の家の子どもも集まるから、そこで必要最低限の教育を受けさせてるの。間に広い空き家があるから、そこを学校にしようって計画してたんだ。お母さまが」
「……そうなんだ」
「孤児もそうだけど、誰にとっても、学びの場は必要だからね。将来のために」
「…………それは、そうだね。すごいことだけどさ」
エドーズが重たそうな口調で言いかけたけれど、孤児院に到着。
「ベラ?」
「ベラおねえちゃん?」
「……だれ?」
馬から下りて、孤児院のドアをくぐると、待っていたルジュ達が駆け寄っては、一緒にいる見知らぬ少年のエドーズに、露骨な戸惑いを示した。
正しくは、初めて見るエドーズと、その兵士らしい屈強な護衛の人に、だろう。
「お母さまのお姉さまの息子さん。従兄のエドーズお兄さまだよ」
元気な声で、ご紹介。
エドーズは、よそ行きの笑顔を作って、手を振った。
今日の授業は行ったか、と母と積極的に授業を行う話を進めていたローリーに尋ねる。
三十代になっても、若い顔立ちの女性。よその地の学校を卒業後、嫁いできたけれど、夫には先立たれてしまい、それ以来、孤児院で働いているそうだ。教え上手だということもあり、母の勧めで教師を務め始めた。
彼女は、孤児院で教育を施すことは続けたいけれど、学校作りの方は怖気づいているらしい。
……んー、まぁ、そうね。領主の夫人の支えがあればいいが、こんな幼い令嬢では頼りが足りなさすぎるか。
私への頼りなさは、別にいいけど。
本人のやる気がなければ、成し遂げられない。
でも。学びの場を整えるべきだ。
元々、今すぐ、というわけではなかったけれども、いつかはまともな学校が必要。
本気で学びたい場合は、14歳までに学費を貯め、都市エジトランの学校に通うのが、一般的。それが、この辺の一般的な平民の学歴。
私では力不足だということはわかるけれど、ローリーが”多くの子ども達を教えたいという意志を持っていたことを忘れないでほしい”と、それとなく伝えておいた。
ローリーがカリーナと今後の授業についての話をする間、私はいつものようにルジュ達と遊ぶことにする。
だって、エドーズには、ちゃんと子どもらしく遊んでいる姿を見せないと。
本日は、孤児院裏の森で、かくれんぼ。
「……広いね」と、田舎のかくれんぼの規模に、エドーズは愕然とした様子。
迷子にならないように、参加はやめた方がいいと言っておく。
エドーズも苦笑いながら、そうすると頷いた。
「ベラが、鬼をやるの?」
「うん」
ぶっちゃけ、私がやらないと、かくれんぼは終わらない。
うん。だって。いくら慣れた遊び場とはいえ、慣れたからこそ、上手く隠れたことに慣れてしまい、苦戦する遊びなのである。
しかし、最近、私がテンポよく見付けるので、子ども達は隠れ切ってやる! と、すっかり息巻いているのだ。
魔力を視る目で、私は隠れ場所を見付けられる。
『魔力視』と名付けた能力は、三段階に分けて使っているところだ。
一段目は、常時状態。魔法を発動する時に、魔力が色付いて光って視える段階だ。
二段目は、使っていなくても、身体にまとっている魔力が視える段階。体内の『魔力ポケット』も、視える。
そして、三段目。茂みの奥でも、木の幹の向こう側でも、魔力が視える段階だ。
よって、誰もが魔力を持っているこの世界では、私に見付けられない相手はいないのである。
びっくりなことに、虫まで微量な魔力を持つ。
もっと研ぎ澄ますと、目が届く範囲の潜伏者を見付け出せるかもしれない。
……そんなに『魔力視』の能力を磨いても、しょうがないけどね。必要ないもん。
そういうことで、普通に隠れスポットを覗き込んだあとは、『魔力視』を頼りに見付け出す。
全員を見付けたところで、野原で休憩。
「すごいね。ベラ。見付け出すのが早い」
「慣れだよ」
「ベラおねえちゃんは、すごいのっ!」
エドーズにケロッと言うと、後ろから衝撃を受けた。
私にべったりっ子のミリーだ。腰に腕を回して、しがみ付く。
「ミリー。髪ゴム、落ちたぞ」と、ルジュが追いかけてきた。
私がソレを代わりに受け取り、その場に腰を下ろして、ミリーの淡いオレンジ色の髪を手ぐしで整えて、右サイドにまとめて束ねる。
「ベラは、好かれてるね」
「この領地のお嬢様なのでね。威張ってなければ、普通に好かれるかと」
「ベラおねえちゃんは、にんきものだよ! みんな好きだよ!」
「あうっ」
ミリーに、正面からの突撃を受けた。
突撃。別称、抱き付き。
「あはは。ベラがお姉ちゃんか」
「あーぁ……」
「ん? どうしたの?」
「あ、ううん。ちょっと、思い出しちゃっただけ」
「何をだい?」
「んー……お母さまに、弟を作ればって言ったことがあったから、いいお姉ちゃんになれるって言われたこと」
適当にはぐらかせばよかったのに、素直に話したせいで、重い空気となってしまう。
「……弟が、欲しかったの?」
「うん。後継ぎに」
「後継ぎ? マラヴィータ子爵夫人になる気は、ないってこと?」
「いや、お母さまが、”こんな領地に婿入りしてくれるくらい、メロメロにする令息を見付けろ”って言うから……後継ぎ問題は、生まれてくる弟に丸投げしたくて言っただけなの」
「ブフッ!」
「ん〜? エドーズお兄さまぁ? なんで笑ってるのかな〜?」
口を押さえてそっぽを向くエドーズは、明らかに噴き出し笑いをした。
メロメロにして、この領地を継いでもらう作戦。
母が考えたけど、何か言いたいことがあるのかな〜?
プルプルと震えるエドーズの脇腹を、ツンツンとつつく。
エドーズは「べ、別に……」と、笑い耐えた。
まぁ、おかげで重い空気がなくなったのでいいけど。
「なんのはなしか、わかんない」と、話が理解出来なかった二歳年下のミリーは、不貞腐れている。
知識が不足している幼い子どもに、噛み砕いて説明。
次の領主を私が結婚相手として見付けるより、母が産む方が早いって話をしていたということだ。
「ベラおねえちゃん! けっこん!? だれ!?」
「それを王都に行ってる間に、探すことになってたけど、当分はなしだね」
結婚に意識が一点に行ってしまって、戦慄くミリーの鼻を摘んで、くいくいっと揺さぶる。
「当分はなし? ベラ。お父様かお母様から、王都に暮らさないかって話、聞いてない?」
「ジャクソン伯父さまから聞いたよ。断ったけど、もう少し考えてほしいとは言われた。エドーズお兄さまは、いいの? 私が家に住み着いちゃって」
「いいに決まってるよ。君にもう一度会いたいって言ってる友だちもいるんだ。王都暮らしも楽しいよ」
やっぱり、私を連れ帰ることを、前提にしたいらしい。
エドーズが思いの外、推しを強く、言ってくれた。迷惑だとは思っていないのはいいが、私を王都に住まわせることを強く希望するのはどうかな。
「やだ!! ベラおねえちゃん、行かないで!!」
「ぐふっ」
ミリーにきつく締め付けられてしまい、苦しく呻く羽目になる。
「い、行かないって」と、なんとか宥めておく。
断るって話を、しているところでしょうに。
「……」
「……」
ずっと無言だったルジュが、嫌そうに歪ませた顔で、エドーズを睨みつけている。
エドーズも、ムスッとした表情で、睨み返す。
「わあ。ルジュもエドーズお兄さまも、険悪。喋ってないのに、もう仲良くなれなさそうだね」
ウケる。
ウマが合いそうにない二人だ。
面白がって笑う私を、笑う理由がわからないって顔で、二人が揃って見てくるから。
そこは息ぴったりなのかよ。
と、さらに笑ってしまった。
二人は目が合っただけで険悪になるくらい最悪な相性なのか、とその時はおかしくて笑って、軽く考えていました。byベラ
幼馴染vs従兄……!
2023/05/14
(次回更新、明後日、5/16予定)