35 新しいドレスと決闘。
ベラ視点。
前ハリー男爵夫人は、父のイザートから、亡き母への侮辱を、母の姉であるアシュリー叔母様の前で咎めたため、烈火の如く怒った叔母様により、その場で解雇通告が言い渡された。勢いは多分、叩き付けたのだろう。
夫人が帰るよりも早く、夫のドルドミル伯爵に手紙を送って、手を打ってもらうと叔母様は私に激しいハグで謝罪をしたあと、先にやっておくと自分の客室へ戻っていった。
客人をもてなす、という名目で、領地の見回りも孤児院への訪問を控えることにした私は、エドーズと家庭教師の二人と過ごした。実に、有意義な時間だったり。
エリート学校の卒業生である教育者である二人から、感銘を受けた本の名前が次から次へと挙がった。
絶対にいい影響をもらえると、推してくれる理由も丁寧に話してくれた上に、贈るとまで言ってくれる。
お近付きの印、とか、適当な口実だと朗らかに笑って見せる二人は、あの前男爵夫人がいなくなっただけで早変わりだ。
エドーズからも、元々マナーに厳しい人だとは聞いたし、平民を見下す節はあったから、高学歴の同僚だとしても広い距離感があったに違いない。
それから、私への評価や認識が確定して、自分達が敵意を持たなければ大丈夫だという判断をしたのだろう。
エドーズの日頃言っているらしい”聡明さ”は、見くびってはいけないほどのもので、”優しい”としても、それは敵に対しても、慈悲を与えるという意味ではないし、怒らないという意味でもない。
田舎領地の幼くも、思慮深く賢いご令嬢。
きっと、雇い主であるドルドミル伯爵のジャクソン叔父様は、彼らから、私の正しい評価を求めているに違いない。
見定めては、滞在中も、エドーズと一緒に学ばせるように。と、それくらい言っていそうである。
……まったく。だから、我慢したかったのだ。
本当に、二週間の滞在中は耐えて、穏便に見送るつもりだった。
あの前男爵夫人は、他に害を与える前に、さっさとこの領地からも、エドーズの家庭教師からも、排除が適切な判断だっただろう。
その際に、エリート学校の卒業という高学歴を持っている教育者を、彼女の得意分野で勝負してコテンパンに負かせたことも、大目に見てほしい。だって、他の子どもにも、あんな毒親みたいな家庭教師がついたら、可哀想じゃん。家庭教師としてプライドをへし折るべきでしょ。家庭教師仲間も味方につけたから、話題のご令嬢様に、見事敗北した教育者として、肩身狭い思いをすればいい。私は何度も見逃すチャンスをあげたもーん。
その話題のご令嬢様。
という時点で、私は、すでにヘマをやらかしているのよね。
魔法学会では、想像よりも高評価をもらってしまい、助手である私ですら招待を受ける有り様。父にも叔母にも、助手だと言い切っていた。でも、あの前男爵夫人は、違うと睨んでいた。残りの家庭教師も、薄々、と思っているだろう。……エドーズには、モロバレてるけど。
タイミング悪く、新作小説として人気となっている原案者の名前とも重なって、話題沸騰の謎の令嬢扱いである。
……チッ。やらかしたな。
そもそも、バートンさんが勝手なことをするから……。自分の手柄にしたくない真っ当な精神はともかく、先に相談してほしかった。いや、私も名前を出すな、と言わなかったことが悪い。
そもそも、魔法学会も、助手として名前を書くべきではなかったかもしれない。長い目で見れば、魔法学会との縁はあるべきだから、助手の立ち位置から入り込むつもりだった。
こんなことなら、最初はウィリーさんだけに功績を押し付けて、その弟子だと名乗って登場の方がよかった気がする。
クッ……! 私も、まだまだね!
反省して、もっと上手い立ち回りを考えて、実行しないと。
私のこの領地で、魔法エンジョイスローライフに支障が……!
「ベラお嬢様! 次に魔法学会へ発表するご予定はありますかっ? ベラお嬢様ならば、もうお考えがあるのではないでしょうか!?」
「ないけど?」
いきなりなんだ。
夕食の時に、らしくもなく、礼儀を欠いて突撃してきたジェラールが、興奮状態で詰め寄ってきた。
ジェラールも、ウィリーさんは名前だけ使われて、『風ブースト』の論文は全て私が考えて書き上げたと見抜いている。
が、しかし、言うな言うな。
この場にいる父と叔母には、私は”あくまで助手”と誤魔化したんだから。
「いえ、このジェラール。騙されませんぞ。ベラお嬢様の魔法への情熱的な探求心が、此度の功績だけで留まるはずがありません」
「やめてほしいな、ジェラール」
「次はどんな魔法をお考えで?」
目をキラキラさせる白髭の執事。
ホント、やめて。私自身が考えて論文を書く前提で話してるから。やめて。
私が王都に行くことを最初から拒んでいるって知っているくせに。私の意思を尊重すると言っておいて、隙あらば、なタヌキじじぃな執事である。
今回は、妙なくらい興奮と勢いだけで問い詰めているみたいだけど……ホント、いきなりどうしたの。
面倒だったけれど、のらりくらりとかわしておいた。
翌日、アシュリー叔母様が呼び付けたデザイナーの一行が到着した。
来年の社交シーズンに備えて、めくるめくるのドレスやアクセサリー選び。それには、孤児院の女の子達も参加させてもらった。ミリー達は見ているだけでも楽しいと、大はしゃぎ。存分に着せ替え人形にされている私を眺めている。
一人息子しかいない叔母様は、女の子にドレスでお洒落させることを楽しくてしょうがないみたいで、こちらも大はしゃぎだ。ミリー達の感想も参考にしつつ、私にどんどん試着させていく。
母の喪が明ければ、黒のドレスを着ることをやめて、新しく仕立てたドレスを着ることになるだろう。
私の好みも反映したドレスも、多く選んだ。普段使いのドレスも、最近の流行りを取り入れたもの。
時々、エドーズやルジュ達が部屋に尋ねてきたらしいが、その都度、叔母様が微笑んで追い返していた。
ミリー達は、大喜び。
でも試着をし続けた私は、ドッと疲れ果てた。
その夜は、叔母様に添い寝されて、ストーンと眠りに落ちた。
翌日は、孤児院へ。
エドーズも加わって、子ども達と遊んだ。
エドーズとルジュとレフが、主にじゃれ合っていた。正しくは、張り合っていた。
「ベラ。例えばの話だけど、タマがエドーズ様の顔を引っ掻いたら」
「だめだけど?」
ルジュのいきなりの物騒な例え話に、最後まで聞くことなく却下する。念のために、タマにもだめだと釘をさしておいた。
エドーズに怪我を負わせて、王都に帰したいのかもしれないが、それはやめておけ。タマ、爪を出さないの。
孤児院に顔を出すことを再開しても、エドーズに不満を持っている。夜の特訓が出来ないのは、エドーズのせいではないのに。いや、エドーズのせいでもあるのか?
次の日、とうとうエドーズとルジュが決闘をするという話になってしまった。
理由は言わないが、普通にわかる。私の取り合いだ。遠い目。
私が根に持つと思って何も言わないが、ソードンさんはニヤニヤしている。その顔にパンチをお見舞いしたい。
「魔法は危ないからだめ」
魔法をぶつけ合うような決闘では、大怪我を負う。
そういうことで、剣で対決となる。
子ども達は、どっちも頑張れと呑気に応援。大人達は、温かい眼差しで見守っている。
練習用の木剣を持って対峙したエドーズとルジュの対決は、互角に見えた。
年上だから体格が大きく力強いエドーズと、相手の力を上手く受け流すルジュ。
接戦の末、一本取ったのはエドーズだ。ルジュの力負け。
ルジュは悔しそうに睨みつけるけれど、負けは負けだ。これでエドーズの滞在に文句が言えなくなった。
少しは噛み付くことがなくなって、静かになるだろうか。
なんて思っていたけれど、孤児院に訪ねる度に突っかかっていくルジュとレフ。ルジュが決闘を申し込んだ次の日には、レフも挑んではギリギリで負けていた。また次の日には、ルジュが挑んではエドーズに勝っていたが、翌日には負かされる。それを繰り返していた。
本当に長い二週間だ、としみじみ現実逃避をした。
そうして、叔母様とエドーズ達が帰る日。
教師陣にしっかり挨拶をして、それから叔母様に熱烈な抱擁を受けた。
「来年の社交シーズン、楽しみましょうね!」
それは私の母の分も、という言葉も込められている気がする。
冬を越えて、春になったら、王都で社交だ。
まぁ、私としては魔法学会などが気になるので、ぜひそちらに足を運ぶつもりである。
お茶会に引っ張りだこになる展開は億劫だけど、こうして来てくれた叔母様への恩返しに付き合うつもりだ。
「ベラ」
エドーズが名残惜しそうに、私を見つめる。
……また”好き”とか言ってくるんじゃないだろうか。前回の別れはそうだった。
アシュリー叔母様は、期待の眼差しで見守っている。何を期待しているのやら。
「また春に会おうね……ベラ」
私の手を取って握り締めるエドーズは、熱い眼差しを注いできた。
色々と込めている気がするが、それを汲み取ることはしない。
「うん、またね。エド」
私は、軽く挨拶を返した。
そんな私の頬に、またちゅっと口付けをしてくる。
この場にルジュとレフがいなくてよかった。絶対に言わないでよね、ソードンさん。
「大好きだよ、ベラ」
「ありがとう、エド」
むぎゅっと、抱き締められた。
大きくなったな、としみじみ。来年も再会すれば成長しているのだろうなぁ。
子どもの成長は早い。いや、なら私も大きくなるかな。今回購入したドレスも、買い直すほどの成長はないといいけれど。
そういうことで、エドーズと叔母様一行を見送った。
その日から、ハクはようやく添い寝が出来ると喜び、私がベッドに入るより前に居座っていた。
黒猫姿のハクを抱き締めるようにして、すやすやと眠った。
それから日常が戻る。
数週間が経ったある日の朝のこと。
白いスライム姿のハクと、私の拳サイズほどの白いスライムが、私のベッドの上にいた。
「……? ……?? ハクが生んだの……?」
指差したけれど、ハクは何も言わなかった。
この前書いたので更新。
記念作品なのに、全然書けていませんでしたね……。反省反省。
先月はゲーム配信ばかりをし、今月は仕事仕事仕事。
書く隙が……?!
まだまだ序章ターンなので、続きを書いて行きたいですね。
プロットばかりしっかりしている……。まだ序章なんです。
あっちなみに9月の頭に、ジャンルをファンタジーに変えました!
ファンタジーであり、恋愛要素(矢印が向く)があるお話ですね。
白スライムのハクが生みました! てってれー!
ベラ達のこれからも、よろしくお願いいたしますね!
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2025/11/07◯




