31 (三人称視点)2ー聡明で優しいお嬢様を考察。
引き続き、ソードンside
ジェラールは、ソードンの問いに答えた。
「ベラお嬢様は、物心つく頃には、非常に物分かりがよく、癇癪などは起こしたことがありませんね」
「……幼子が、感情をコントロール出来ずに爆発する、なんてことは……全くなかったと?」
”非常に物分かりがいい”。
そのジェラールの回答に、ソードンは顔を歪めてしまう。
思い返せば、ベラは失礼な物言いをするルジュや自分を、呆れた眼差しながらも平然とツッコミを入れるだけ。
激怒。とまではいかなくとも、負の感情の爆発は、今までになかったというのだろうか。
「いえ、流石に赤子の頃はよく泣きましたよ」と、ジェラールは笑う。
が、しかし。それとは違うのだ。そういう話ではない。
ソードンの反応で察したのか、ジェラールは肩を竦めた。
「ベラお嬢様は、お心が寛大なのでしょう」
「寛大?」
「お昼は、思慮深いとさえ、言われておりましたね」
寛大で思慮深い。
だから、怒らない……?
それが、優しさ?
”聡明で優しいお嬢様”の優しさの部分?
「我慢強さも、お持ちです。ベラお嬢様が仰った通り、本来ならあの夫人の滞在も、二週間我慢なさったでしょう。そして、エドーズ様の家庭教師に相応しくない理由がなければ、解雇のお願いすらしなかったはずです。侮辱という攻撃を受けて、反撃したのは、正当なお怒りの表れ。しかし、その侮辱の中に、”自分だけが我慢すれば穏便にことが済む”というモノしかなければ、ベラお嬢様も反撃はしなかったでしょう」
「!」
自分だけが我慢すればいい侮辱には、反撃することなく耐えていた……?
「あっ……」と、ハッとしたソードンは、思わず声を溢した口を押さえた。
「何か、心当たりでも?」
「……」
ジェラールに笑みでやんわりと促されて、ソードンは気付いたことを口にする。
「……例の小説の原案内容を卑下し、奥様の死まで影響しているのか、だなんて仄めかす侮辱を言ったので、オレは頭にきたのですが……お嬢様は右手を上げて制してきました。平然と、口元に笑みを保って……ただ夫人と向き合ってましたが」
元男爵夫人相手でも、咎めるように話を遮ることはしたはず。だが、その前に、ソードンの方が止められたのだ。
「老害、と言い出してベラお嬢様が、反撃を始めたのは……あの夫人が、オレとの稽古が無駄だと言ったあとでした……。領民の侮辱に…………ベラお嬢様は、我慢の限界で、怒ったということですか?」
ソードンから剣の稽古を受けていることを無駄だと貶したから、ソードンが勝ち取った賞品で、解雇のお願いを突き付けた。
ベラは、目の前で侮辱されたソードンのためにも、あの場で反撃を開始したのか?
「そうですね。我慢強いお嬢様が、最早、寛容が出来ない侮辱の数々に、出来得る手を行使したのです。怒りの制裁、とでも言いましょうか。大人としては、お嬢様に自ら下させたことに、不甲斐ない極みです」
「不甲斐ないって……」
「お嬢様には、”怒りの制裁”を下す動機も、資格も、手段も、力もあった。だから、ベラお嬢様自身が必要だと判断をして、手を下したのでしょう」
動機も、資格も、手段も、力も、必要性もあった。
ベラには、それらが揃っていたがために、制裁を下したのだ。
8歳の少女が、自ら。
「なんか……お嬢様というより……領主様の立ち位置?」
ぽつり。
本当に、ぽつりと、思わずソードンは口から零す。
貴族令嬢という立ち位置での判断や決断力ではない。
もっと、上の立場の人間のような振る舞いだ。
「ええ、そうですよね」と、理解が出来ると、ジェラールはうんうんと頷く。
同意されたことに、ソードンの方が戸惑う。
「ベラお嬢様は、とても好奇心旺盛な方でして、我が息子タシュルの三倍は、質問が多い知りたがりな子どもです。我々、周りの大人がお答えできることは、出来る限り教えて差し上げてしました。ですが、王立図書館でもなければ、調べなくていけないような内容まではお答えできず……。しかし、それは物分かりのよさで、仕方ないと諦めてくださっていました。私めとしては、ベラお嬢様の理解力は、凌駕しているほどに優れていると思っております」
誇らしげに胸を張るジェラール。
頭のいいお嬢様自慢。だけではない。
「王立図書館にでも調べなくてはいけないような質問をなさる方なのですよ」
「(あっ。そういう意味も込めて、話したのか……)」
一般人には、難しくて答えられないような質問をする。
それは、作業部屋の本棚にしまわれた本の数々を見れば、内容は概ね想像が出来た。
「中でもお嬢様の興味を強く惹いたのは、魔法ですね。魔法学会で高評価を得る論文を出すとは……流石としか言いようがありませんが、私めにも黙っていただなんて……」
シュン、と肩を竦めるジェラールは、不服そうに唇を尖らせる。
『風ブースト』の論文による評価の手紙を見て、ジェラールとソードンは驚いたのだった。
「やはり、最初から魔法の才能が?」
「魔術師ではありませんが、学会で評価されたのなら、そうでしょう。この屋敷の図書室には、大して魔法に関する本も少なすぎましてね……読み終えたあとに、もう本がないことにとても残念そうな顔をなさっていました」
「……ちなみに、いくつのことですか?」
「ベラお嬢様が、5歳になる前のことです」
「(はえぇえーっ!!)」
ジェラールは懐かしそうに、ほっこり顔でたくわえた髭を撫でつける仕草をしているが、ソードンは心の中で絶叫のようなツッコミを上げる。
賢いことはわかっているが、4歳の時点で、魔法の書物を読破って……。
魔法の書物となれば、文字を覚えたての子どもには、絶対に難しい内容に決まっている。
神童は、物心ついた頃から、もう神童なのだろう。
「確かに、お嬢様が魔法を使い始めたのは、早かったですね。基本魔法の習得も早く……なんなら、他の子どもにも、助言をして差し上げていらっしゃいました。私めの監視の元、今の孤児院の子ども達は、ベラお嬢様に魔法を教わっていると言っても過言ではありません」
「……」
ソードンは、何も言えなかった。
ソードンが護衛についてから、ほとんどジェラールが孤児院の子ども達に魔法を教えているところを見ていない。
むしろ、子ども達は学んでいない。もう魔法で遊んでいる現状だ。
なんなら、常に引っ付いているルジュとレフとミリーは、大人を軽く超える魔法の腕前を毎晩磨いている。
ベラの魔法の腕前は、実際のところ、まだ未知数だ。
ソードンは、脅しで雷の魔法を放たれたことがあるが、まさに電光石火で顔の横を弾けたあの魔法の威力は、計り知れない。一番最強と思ったのは、ベラの誕生日の日に、魔石がありそうな小山に放たれた火の魔法による爆撃。あれは最強に、威力が恐ろしかった。が、それも、あくまでソードンが見かけただけだ。
あれが最大の魔法かどうか。正直のところ、怪しいところだ。
あと、例の『風ブースト』。風魔法を使っての加速は、子ども達も鬼ごっこで使っていることを、聞いていて知っていたが、昼間にベラが一階から二階へ、華麗に吹っ飛んだ光景からして、『風ブースト』の応用だと理解出来た。
絶対に、まだまだ手札を隠しているに違いない。
底の知れないお嬢様である。
「これでも、魔法を教えたのは私めです。魔法学会に論文を出したことを、せめて事後報告してくだされば……」
しょげているジェラール。
根に持っている。
「基本魔法の習得練習で、魔力切れでぐったりするまで、ずっと付き添ったこの老いぼれに……せめて事前報告を……」
「(めちゃくちゃ根に持っている)」
泣き真似までし始めたジェラールに、ソードンは反応に困った。
「(やっぱり、最初は魔力切れも起こして、基本魔法の練習をしていたのか……)」と、ちょっと意外に思うソードン。
最早、魔法の申し子と呼ばれそうなベラも、そんな頃もあったのだ。
あの威力が恐ろしい爆破の魔法を放っても、ケロッとしてたベラを見たソードンとしては、想像しにくいが。
ここ数年で、魔力が増えたのだろうか。それとも、魔力回復薬と称しているジュースが、一役買っているのか。
意識がそんな考えに逸れていたソードンは、全く後ろの気配に、気付いていなかった。
「恩着せがましいわ。結果報告をしたんだから、いいでしょ」
「ぎああッ!?」
「驚きすぎですよ」
幼い少女の声に、ソードンは低い悲鳴を上げて震え上がる。
振り向けば、話題の本人であるベラが、カリーナとメイドを連れて立っていたのだ。夕食をとるために、一階の食堂に向かって、廊下を歩いていたのだろう。
いつから聞いていたのやら。
ジェラールは、気付いていて、わざと泣き真似をしたのだろうか。
背後を取られるなど、不覚……!
とは、思うが。
わりとスライム達に、背後から飛びつかれることが多かったりするソードン。
現行犯は、やけに懐いてきたキジとミケだ。
一度、タマにしれっと背中を踏まれた時は、衝撃的だった。そんなスライムだとは思わなかったのだ。
ハクには昨日、使用人寮の部屋に突撃された。寝酒も我慢して、寝ようかと思いきや、飛びつかれたのだ。
猫の姿でも、魔物にあんなにも容易く部屋に侵入されるとは、護衛として大丈夫だろうか……。その点の疑問を抱きたくない。
「結果報告って……。完全に人伝で聞いた形でしたが? 見せられた形でしたが?」
「褒めてよ。努力の結果」
「……では、祝いのパーティーでも」
「気持ちだけ受け取るわ」
恨めしげな眼差しを注ぐジェラールに対して、ベラはサラッとかわす。
努力の結果を報告したのだから、文句を言うな、褒めればいい。ただし、パーティーは却下。
それだけを言うと、横を通り過ぎて行ったなんとも素っ気ないお嬢様である。
ベラの行く手を塞いでいたせいか、はたまた彼女に驚いて悲鳴を上げたことを咎めるかのように、カリーナには鋭い視線を受けたソードンは、首を引っ込めた。
ひらり。
揺れる黒いワンピースの裾を見つめたジェラールは、ベラの姿が曲がり角で見えなくなると、独り言のようにぼやいた。
「……奥様がいらっしゃれば、お嬢様は才能を惜しみなく披露したのでしょうか」
「!」
才能の披露。
神童ともてはやされたソードンと違い、ベラは才能を見せつけることに消極的だ。
正直、理解は出来ないが、ベラはベラなりに才能を活かしている。派手に動かないだけ。
「……お嬢様は、進んで才能を見せびらかすことを好まないようですね。奥様なら、その考えを変えられたと?」
「……どうでしょう」
あまり関わっていなかったベラの母エラーナをよく知らないソードンの問いに、ジェラールは苦笑を零す。
「仲のいい母子ではありましたが、ベラお嬢様の意思を変えるのは、それ相応の理由がないと両親である当主様達でも難しいかと」
「な、なるほど……」
「ですが、ご両親を困らせることなどありませんね。逆に言えば、ベラお嬢様がワガママを言うことなど、ほとんどありませんでした」
ベラの意思を変えるために苦労して説得することなど、なかったのだ。
あまりにも賢い子どもだった故に。
「去年の社交シーズンも、ベラお嬢様は”疲れたから帰りたい”と駄々をこねて、予定よりも早くに領地に戻ってきましたが、その道中で奥様がベラお嬢様の結婚相手を見付けるためだったと話したら、”跡取りに息子を作ればいい”と仰ったとか」
「え”っ」
ほのぼのとした雰囲気で、ジェラールは語る。
あのベラに、結婚相手探しをしていたことにも驚きだが、それを知って、代案に”弟”を要求するとは……。
流石と言うべきか。
「当主様に似て、社交界を好まないベラお嬢様と違い、エラーナ奥様は社交界では花のようなお方。だから、せめて社交シーズンだけでも、奥様が社交を楽しめるようにと、ベラお嬢様は”来年は頑張る”と仰ったのですよ。奥様は、積極的に社交活動をすると思ったようですが、ベラお嬢様なりに奥様に気を遣ったのでしょうな。ほほっ」
社交好きの貴族の夫人である母親に、頑張って付き合う娘の図。
はしゃぐ母と、仕方なく付き合う娘。……反対では?
予定を崩すほどに、社交シーズンの参加を途中辞退したのに、次回は頑張ると撤回した。
母エラーナが、社交好きでなければ、きっとまた行くとは言わなかっただろう。
そんな理由があって、意思を変えたのだ。
「……その約束は、叶いませんでしたがね」
「…………」
ソードンは、何も言えなかった。
頑張って母の社交活動に付き合うと約束したのに、それは果たされることがなかったのだ。
母の死により。
2024/02/02




