30 (三人称視点)1ー聡明で優しいお嬢様を考察。
ベラお嬢様についての考察回。
先ずは、ソードンside
”聡明で優しいお嬢様”と定評であるベラ・マラヴィータ子爵令嬢。
春に母親であるエラーナ・マラヴィータ子爵夫人を、不治の病の魔力欠乏症で亡くし、ついこの間の夏に、8歳となった領主のご令嬢。
明るくて華やかな愛されていた夫人の跡を継いで、領民と交流し慈善活動を行っている。
白銀の髪と黄緑色の瞳。夫人によく似た美しく可愛らしい少女。
子ども達を筆頭に、領民にも好かれている賢く心優しいお嬢様。
それが、ベラ・マラヴィータ嬢の定着していた評価だった。
ソードン・アンバートもまた、その評価を耳にして、認識していたのだ。
だが、深く関わったソードンは、認識を改めることとなった。
ソードン・アンバートが、マラヴィータ子爵領に引っ越してきたのは、五年前のことだ。
剣の神童だともてはやされて、家族からも期待を受けて、素晴らしいと評価される剣を振るい、強さを誇示していた。
騎士とは関係ない平民の家の出でも、王都の治安を守る王都保安騎士団に所属し、その中でも団長へと上り詰めて、さらなる上を目指そうと目標にしていた。剣、ただ一本だけで。
自分には、それ程の力を持つと、自覚し、自信があった。
しかし、その剣の強さは日に日に弱まっていき、騎士の家系の出などのエリート思考の同僚達に見抜かれて、敗北させれる日々を送る羽目となってしまったのだ。弱ければ、見下される。
思うように剣を振るうことが出来なくなり、見下される日々に、苛立ちや不満などの鬱憤は山のように積もり、そしてお酒に溺れる日々と化した。見下すエリート思考の騎士達と、大々的に衝突した際も、お酒を隠れて飲んでいたこともあり、仕事中の飲酒という罰も追加で、保安騎士団をクビとなったのだ。
そんな過去など、誰にも話す気は毛頭なかった。
自分のことなど、一切知らないし聞いたこともないような、領民税も低くて過ごしやすそうな辺境の田舎領地に、越してきただけ。
雇われ兵士として剣を常備していることも、飲み屋に入り浸っている理由も。
”酒癖の悪い元騎士”という認識で、片付けられる。
それだけで、ソードンは構わなかった。むしろ、それだけであってほしかった。
元神童だったのに、剣の腕とともに落ちぶれたのだ。
なんてことは、一切、語る気などなかった。誰にも、だ。
だが、しかし。
ベラ・マラヴィータ子爵令嬢が、”ソレ”を見抜いた。
目の前で、剣を振った。ただそれだけで、”見抜いた”のだ。
まるでその一瞬で、自分の過去を全て見透かされたかのようだった。
大きな黄緑色の瞳は、人の目の奥底を真っ直ぐに視ているよう。
”賢い”とは聞いていたが、そんな生易しいものではない。
見抜くことが得意。
ベラ自身がそう簡潔に言ったが、それが”異常なレベル”だ。
目敏く着目し、観察して、憶測や推測で言い当てる。それが、子どもらしかぬ。
――目立ちたがり屋の天才剣士だったとかですか?
――で。挫折して、お酒に溺れました?
本当に、見抜くことが異常なほど、優れていた。
もう観念するしかなかったのだ。
ソードンには、剣の才能がある。剣で戦う才。
自分の振るう剣で強さを示す爽快感は、忘れられない。
どう勝利するべきか。身体は、瞬時に動く。頭だって、無意識に使っている。それが、剣の天才の自分だった。
しかし、思うように身体が動かなくなった違和感から苛立ちに変わって、神童はただの過去となったのだ。
剣を振るう際、頭の回転が速くなって、どう動くべきかと正解を導き出す。
恐らく、ベラも似たようなものだと、ソードンは予想した。
ベラは、目敏く観察し、子どもらしかぬ知識の多さで、大人顔負けの素早い頭の回転で、推測による正解を見付け出す。
それが、ベラの”見抜く”という特技。
”聡明で優しいお嬢様”は、異常だ。
恐ろしいほどに。
本日、昼。従兄の家庭教師であるハリー夫人を、これ以上ないほどに侮辱を返し屈辱を与え、最後には解雇まで追い込んだ。
一部始終を見ていたソードンからすれば、解雇は当然のことだと思っている。
だがしかし、だ。
やり方が、ただの子どもじゃなかった。
大人相手、ましてや国内一の超エリート学校卒の教育者相手に、計算問題で対決し圧勝。
老害と毒を吐き捨て、余裕綽々で言い負かし、解雇に追い詰めた。
8歳の少女が、あまりにも怖すぎたから、今までの無礼を謝罪。
先日の軽口に”根に持つ”と言われたソードンは、こんな仕返しを受けたくなかった。絶対にだ。
「……お嬢様。あの夫人が、素直に辞退すれば、本当に侮辱を不問にしたのですか?」
夕食の時間の前。
ソードンが護衛の任を終える時間になって、ベラへ終わりの挨拶をする前に、尋ねた。
「ええ、まぁ。穏便に済むなら、それでこしたことはないじゃないですか」
ケロッと言うベラに、ソードンは顔を歪めないように堪える。
「(マジかよ。あんなに侮辱されて、不問にしてやろうとしたのか……)」
護衛としてそばにいたソードンだって、聞いていて酷い侮辱だと怒りを湧かせたものだ。
母親がいない。その育ちのせいか。
喪中の少女に向かって、酷すぎだった。
なのに、ベラといったら……。
右手を上げて制して、ソードンの怒りを宥めるほどには、冷静な佇まい。
社交慣れした淑女のように、小さな笑みを保ち、対峙していた。
「”聡明で優しいお嬢様”……だからですか?」
「そうですね。私は”聡明で優しいお嬢様”ですから」
冗談を話しているように、ベラは軽く答える。
「(その定評……必要なのか?)」
些か疑問でしょうがないソードン。
「スッキリしませんでした?」
「え?」
「夫人が、剣術の稽古を、無駄だって侮辱したじゃないですか。ソードンさんが、手合わせ勝負で”お願い一つ”を叶えてもらう権利を獲得しててよかったですね。なくても、お願いしましたけど」
平然と言うベラに、ソードンは面食らう。
昨日、思い付きで提案された護衛同士の手合わせ勝負。
賞品に、ベラはエドーズに”お願い一つ”を叶える権利を得た。
「……稽古も侮辱されてなければ、あの”お願い一つ”を叶えてもらう権は使わなかった、ってことですか?」
「いえ? あの人を遠ざけるために、持っておいた手札ですよ。ソードンさん自身が得たものだから、使えてよかったですね」
「(は!? ”持っておいた手札”!? こうなるって、昨日からもう予見してたってことか!?)」
最初から、あの夫人を解雇に追い込むための手だったのか。
いや、正しくは遠ざけるため、だが。大差変わりない。
あの夫人の対策として、手段として手に入れておいたのだ。
絶句して慄くソードンを見上げると、ベラはクスッと笑う。
「使える手札が多い方に、こしたことはありません。あの夫人、昨日から厳しい眼差しで物言いたげでしたしね。昼と同じことを遅かれ早かれ言っていたはずです。それが早まって、対処したまでのこと。ありがとうございますね、ソードンさん。手札を勝ち取ってくれておいて」
なんて、サラリとお礼。
相手を対処するために、手札を用意だなんて……子どもの考えではない。
しかし、自分が、お礼を言われるのは……。
「(……負けず嫌いで、剣の勝負に勝っただけだというのに、お礼を言われるのは、ムズムズする)」
ベラのために、賞品を勝ち取ったわけでもなかった。
自分のためだけに、剣を振って手合わせに勝ったのだ。それだけ。
「(ホント、頭よすぎだろ……。どうして、こうも冷静なんだ、このお嬢様は。いや、ぶっちゃけ、嘲た冷笑は怖すぎだったんだが……怒り方が子どもじゃねぇんだよなぁ。いや、何もかもが、子どもらしかぬお嬢様)」
あの夫人を排除し始めたベラは、子どもらしかぬ不敵な笑みを浮かべていた。
正直言って、恐ろしい。
本気ではなかったにしろ、ベラに”魔法で殺せます”と脅迫を受けたことがあるソードンは、ゾッとする。
かえっていいのかもしれない。ベラが、激怒しないということは。
剥き出しの刃の剣を持って子どもが、暴力的に振り回さないことを、これからも願う。
元々、そういう子どもだったのだろうか?
疑問を抱いたソードンは、護衛の任を終えた挨拶を済ませて、ベラの部屋を出ると廊下でジェラールを引き留めた。
「あの、ジェラールさん」
「なんでしょうか?」
柔和に微笑む老人執事は、正直苦手である。
実の両親より、小うるさくて堪らない相手だ。そういう苦手意識は、仕方ないと言える。この屋敷の年長者だ。そういうものだと、割り切っている。
「……ベラお嬢様は……怒ったことがありますか?」
「? お昼に怒って、ハリー夫人を解雇まで追い込んだではないですか」
「いやあれは、その……。そういう怒り方とは、別に。こう……子どもらしく、癇癪を起こしたりとかは?」
「……ああ」
確かにあれは”怒った”と言えるだろうが、そうじゃないのだ。
子どもらしく、怒ったことがあるか否か。
ジェラールが自分の白い髭をさすり、考えている様子を見ながら、ソードンは答えを待つ。
「(この家に仕えてる者は、本当のところ、あのお嬢様のことを、どう思っているのやら……)」
”聡明で優しいお嬢様”であるベラ。
外の定評通りの認識ではないはずだ。
深く関わることになったソードンと同じように、ベラの普通じゃないところを目にしている。
ソードンよりも前に関わっているのなら、なおさらじゃないか。
午前は、義務教育としての勉強。そして、貴族令嬢として礼儀作法を学ぶ。さらには、令嬢の嗜みとして、ピアノやヴァイオリンの演奏練習、絵描きなどを、週替わりに行っている。
午後は、領地を軽く回っては、領民と交流。孤児院に足を運んでは、子ども達と遊ぶ。
その他の時間は、趣味の時間と称して、古代文明の本や魔法や魔物の研究のために、黙々とペンを走らせていた。
それが、ベラの日常。イザベラ・マラヴィータ子爵令嬢の日々だ。
しかし、ソードンの常識からすれば、異常だ。
こんな田舎で、その令嬢の嗜みは、異様に磨きすぎてはいないか。
8歳の令嬢だというのに、領民交流がしっかりしすぎている。
趣味が古代文明の魔法や魔物なのは、はっきり言っておかしい。
毎日淡々と書かれている文は、なんなのだ。全然見たことのない文字を書いている時もある。
それなのに、そんな趣味を行うお嬢様を、身の回りの世話をしている使用人は、気に留めなかった。
猫化して暮らし始めたスライムと話している様子は、流石に不気味がっていたが、それもすでに慣れている。悲しいことに、ソードンも同じく。
慣れ、か。慣れなのか。全ては、慣れか。
この際だ。
ずっと疑問に抱えていたことを、解決しよう。
領地で”聡明で優しいお嬢様”という定評のベラを、生まれた時から見ているジェラールは、どういう認識をしているのか。
2024/01/29




