03 母の埋葬後に叔母一家の到着。
すぐには、魔力欠乏症だとは診断されなかった。
私も体内の魔力が減っていることを、口には出来ない。
魔力が目に見えないものだと、思われているのだ。
一刻も早く、母の魔力が減る原因を探るためにも、混乱を招くことを口にすべきじゃない。
医者がただの身体の不調だと判断しても「母の魔力が減っている気がする」と、子どもの不確かなことを言って、魔力を回復させやすい方法を尋ねた。
一般的に、魔力を回復させる食べ物を聞き出して、それを母に食べさせよう。
母の魔力を、毎日見張っていた。
体内にある魔力。保管されているみたいに、魔力が宿るところは、『魔力ポケット』と呼ぶことにした。
その『魔力ポケット』は、人それぞれの大きさだ。
でも、母以外はいつも、満杯。
母の『魔力ポケット』の中身は、減っている。減り続けた。
通常の魔力は、色がほぼない。
うっすらと水色のラメが、マーブルに揺らめいているようにも視える。それは、よく見れば、人それぞれ違うとわかった。若干、色合いが違ったり、別の色が混じったりと、微々ながら違う。
元魔術師の引退おじいちゃんに、魔力を渡すことは可能かと、質問しに行ったことがある。
ボケかけたおじいちゃんは「そんな研究者がいたはずじゃ」と言ったから、内容について知りたかったけれど「大昔のことだから覚えておらんよ、お嬢様」と、ケラケラと笑われた。
ならば、その研究者と連絡を取って、研究内容を教えてほしいと頼んだ。
「そんな伝手、この老いぼれになんて、ありませんよ!」と、ゲラゲラと笑われた。
とりあえず、そういう研究者はいた、と言うので、伯母に魔力欠乏症と魔力譲渡の情報が欲しいと、手紙を送る。相手に届くのは、一週間も先。
そして、返事が届いたのは、三週間後だった。
母が息を引き取った翌日。
内容に目を通したけれど、不治の病である魔力欠乏症の解明は未だにされていないし、魔力の譲渡もいい方法はない、と書かれていた。
どう足掻いても、母を助ける手立てはなかったのだ。
陽だまりのベッドの上の母は、やつれた顔をしているけれど、静かに眠っているような姿で横たわっていた。
父が左手を握り締めて蹲っているので、私は右手に触れる。冷たい。
華やかなことが好きだった母は、ベッドの上で衰弱して、息を引き取った。
……母は、幸せだっただろうか?
華やかさのある王都から遠く離れたこの地に嫁いできた母は、その理由である父に看取られて、幸せだったのだろうか。
母エラーナ・マラヴィータは、27歳の若さで、他界。
母の親戚に訃報を送ったけれど、それが届いた頃には、彼女達を待つことなく母の葬式を行った。
領民のほとんどが参列し、墓穴の棺の上に花を降らせる。
母が、好きな華やかな花ばかりだ。花びらが大きくて、色鮮やかなもの。
そんな花だけで、墓穴が埋まってしまいそう。
「ベラ……」
「……ルジュ達も、ありがとう。手伝ってくれて」
「いや…………うん……」
参列しにきた孤児院の子ども達は、母によく懐いていたので、泣きじゃくっていた。
まともに話せたルジュも、泣き腫らした赤い目元をしている。
彼らにも、魔力回復にいいとされる木の実を探そうと、森を駆け回ってもらった。
本当に、魔力回復に効果があったかどうかは、もういい。
ただ、礼を告げる。母のためにしてくれた事実は、あるのだから。
「大丈夫、か……?」
ルジュの問いに、首を傾げる。
ああ……私の精神面とかの問いか。
「私はともかく……お父さまね。心配」
ベージュの髪を一本に束ねた黒いスーツの男性。
目元のクマが目立ち、項垂れた細身は弱々しいとしか見えない。
この埋葬の手配も、ジェラールとその息子タシュルがした。父は憔悴し、まともに食事も取れていない。
「……そういうものか?」
「え?」
「オレは最初から捨て子だから、わからないけど…………ベラは、父親を心配するのか? 母親を亡くした子どもなのに……」
「……どうかな。私も、家族を亡くすのは、初めてだから」
前世でも、家族を亡くしたことはなかった。家族の方が、私を亡くしたと思う。殺害現場が実家だったけれど、私を刺し殺した犯人は逃走したはず。遭遇はしなかっただろう。
そういうわけで、身内を亡くした時の正しい反応は、わからない。
ただ私は、黒いワンピースに身を包んで、静かに佇む。
虚無は、ある。それは、多分、大きいけれど……。
「……かける言葉も……わかんない」
ルジュは、私に慰める言葉をかけたいらしい。
「私もわからないよ」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「……何も言えないから」
「……じゃあ、私も何も言わないから、お互い様にしよう」
「…………」
そう返した私に、納得いかないみたいに、眉間にシワを寄せて顔を俯かせたルジュ。
「お嬢様」
そこに声をかけてきたのは、元魔術師のおじいちゃんだ。
「その……申し訳ございません。お力になれず……」
「何? ……ああ、魔力を渡す方法でしたら、いいんです。王都にいる親戚に情報を求めても、そんな方法はなかったそうです」
魔力欠乏症で母が亡くなったと、みんなが知っている。
前に魔力譲渡について、力を貸さなかったことに、申し訳なさそうな顔をするから、事実を告げる。
手立てはなかった。気に病むことはないと、そう伝えておく。
じっと、何か物言いたげなルジュだったけれど、その視線を向けることもやめた。
花に埋もれた棺は、土をかけられて埋められる。
それを父と手を握り合って、見守った。
それから、一週間後。
伯母が夫と息子を連れて、やってきたのは、私ろうとした夜だった。
激しく罵る声は、小さな屋敷の二階まで響いたので、玄関ホールに行けば、いる。
母の姉である伯母アシュリーは、気の強い女性だ。
可憐な母と違う、力強い目付きで、父を睨み、罵倒した。
「何故もっと早くに連絡しなかったの!」とか「王都にいれば、妹は!」とか、喚く。
「こんなところに、エラーナが嫁いだのが間違いだった!!」
金切り声を上げる伯母は、痛ましい。
何も言えない父の前に割り込んで、伯母の手を掴む。
「アシュリー伯母さま。悲しみを怒りに変えないで」
「ベラ……!」
「お母さまがお父さまと結婚しなかったら、私は生まれてないわ。そんなこと、言わないで」
「ッ! ……ごめんなさいっ、ベラ! そんなつもりじゃないのっ! 本当に、ごめんなさいっ! エラーナがっ……だって、エラーナがッ!!」
ボロボロと涙を零す伯母は、私を抱き締めて崩れ落ちた。
伯母の背中を撫でながらも、私も少し涙を零す。
そんな伯母をあやすことに専念していたから、父が来客の対応をしたか、わからない。
屋敷に客室はあるし、使用人寮で住み込みのカリーナ達が対応してくれたはず。
伯母は私の部屋のベッドで、啜り泣き続けた。私を抱き締めて、放さない。
「エラーナが、帰って来ることを、待ってたの……。お茶会の予定も、たくさん……ドレスも、エラーナとベラのを何着も用意して……」
「うん……ありがとう。お母さまも、楽しみにしてた」
「うっ、ううっ……手紙で、聞いたわ……。ベラも、張り切ってるって……グスン」
「うん……お母さまが楽しそうだったから」
「そう……そうなのね……グスッ」
真夜中過ぎまで、伯母は話しかけては鼻を啜った。
朝が来て、陽が上ったけれど、泣き疲れて眠りに落ちた伯母は、起きる気配がない。
腕からそっと抜け出して、部屋を出た。
廊下には、伯母の夫であるジャクソン・ドルドミル伯爵が待ち構えていたので、黒のワンピースの裾を持ち上げてお辞儀した。
「伯爵さま」
「そうかしこまらないでくれ。ベラ。身内じゃないか」
「……ありがとうございます、ジャクソン伯父さま。伯母さまなら、まだ眠っています」
「ああ、そうか。すまないね、アシュリーを任せて……。昨夜からずっと」
「いいえ。昨夜と言えば、長旅でしたから、お疲れでしょう? 休めましたか?」
「……ああ、休ませてもらったよ」
ハンサムな男性であるジャクソン伯父さまは、眉を下げてそう答える。
「アシュリーから、聞いたかな?」
「何をでしょうか?」
「……君を預かる気だ」
腕を組んだジャクソン伯父さまは、話があるみたいだから、談話室にでも連れて行こうと思ったけれど、そのまま、廊下で話された。
「王都のドルドミル伯爵家で?」
「そうだ。元からあった話だったんだよ。王都で生活して、この領地には、たまに帰ってくればいい」
ジャクソン伯父さまを見上げて、首を傾げる。
元々、社交好きな母を考慮しての案だっただろう。
私が王都で生活し、社交活動や勉強をする。それを大義名分にもなるから、長い間、王都に滞在できるわけだ。
姉としても、この辺境で社交活動が出来ない妹が心配だっただろうから……。
私と一緒に、母親も。……母は、亡くなってしまったわけだけれども。
「……それは、反対したいのでしょうか? アシュリー伯母さまに、私から、ちゃんと断ればいいと?」
「いや! そうじゃない。そうじゃないよ、ベラ」
慌てて、ジャクソン伯父さまは膝をついて、私の肩を掴んでしっかり向き合った。
「ベラの意思を知りたいんだ。断ってほしいわけじゃない。ただ……まぁ……父親と離れるのは、酷だろう。だが……王都の方が、いい生活もいい教育も受けられる。ベラの将来のためにも、王都で暮らすことも、いいはずだと考えていた。そういう子ども時代を送る地方貴族は、少なくない。考えてみてくれ」
ちらりと窓を見る伯父さまは、正直、こんな何もない田舎より王都の方がいい環境だと思っているのだろう。
そういう生活も、選択肢の一つ。
「……それは、とてもありがたい提案ではありますが、やはり父と離れられません。母がしていた仕事をしないと」
「……仕事だなんて……。ベラ。君は、まだ子どもだ。心配だよ、ベラ。とても」
伯父さまは、私の右手を両手で包んだ。
「落ち着き払って、大人のようだ……。これでは、子どもらしい時間が過ごせそうにないじゃないか」
……ああ、なるほど。
母親を亡くしたばかりの少女らしかぬ落ち着きようが、ジャクソン伯父様を始め、ルジュ達にも不安を与える要因となってしまっているのか。
子どもなりに、知らないことは知らないから尋ねて学ぶけれど、理解力も思考力も、子どものレベルではないのは、前世の経験があるからだ。
家族を亡くすという経験は初めてでも、精神的に参った経験がある。
父はそうなってもおかしくないから、家族の私がちゃんと見守らないといけないと思っているのだ。
私よりも、父。母は父に惚れ込んで嫁いできたけれども、父だって母をこよなく愛していた。
「伯父さま。ちゃんと遊んでますよ? ずっとお母さまのあとをついて回っていたから、何をするかを知っているし、お母さまがしていたことを手伝うだけです。少しずつ、カリーナ達から学ぶ必要がありますけど……マラヴィータ子爵令嬢として、領地でお父さま達と頑張るだけですよ」
「……ベラ」
「頑張らせてください。もしもの時は、甘えてもいいですか?」
「…………もちろんだよ、ベラ。いつでもいい。ウチに来てもいいよ」
微笑んで言うと、伯父さまはそっと抱き締めてきた。
「……でも、もう少し滞在させてもらう予定なんだ。出来れば、もう一度、考えてから答えてほしい。一緒に王都へ帰ることを」
このまま、私を連れて王都に帰ることは、選択肢から外さないらしい。
一応、頷いておいた。
「……伯父さま。お父さまには、このことを話しましたか?」
「ああ。今朝の食事の際に、話は通した。君が望むなら、我々に預かって欲しいとのことだ」
「……そうでしたか」
妻を亡くしたばかりの父に余計なことを……、と悪態をつきたくなるが、私のことを考えてのことだ。
婿入りした身としては、妻の妹の娘を放ってはおけないだろう。
「お嬢様。お目覚めでしたか。お食事をされますか?」
「カリーナ。軽い食べ物をお願い。お父さまと話したら、孤児院に行くわ」
様子見をしに来てくれたのか、カリーナが歩み寄ってきた。
「孤児院に、行くのかい?」
「はい。近所の子ども達も、普段から集まって遊びます。今日は行く約束をしていまして」
「そうか……。出来れば、エドも連れて行ってくれないだろうか? 私はアシュリーが目を覚ましたら、エラーナの墓へ行くから」
「エドーズお兄様がよければ」
従兄のエドーズの相手を頼まれたけれど、実質、私の暮らしぶりを調査するためかもしれない。
立ち上がったジャクソン伯父さまに、とりあえず、ニコッと笑みで承諾しておいた。
第一章である【序章・転生少女の手抜きの魔法エンジョイスローライフ】は、30話以上となります!(現時点のストックは、33話分)
1話だいたい6,000文字未満ですが、更新は、週に2話ほど。少なくとも1話は更新するペースです!
あとがきに、予告をしておきますね。
最初はもっと、序章による幼少期のスローライフは、数話で書くつもりが…………30話までいくようですよ(?)
恐らく、二章三章と、長々と続きます。流石、13周年記念作品。うん。
最近の私の新作の特徴は、超超超長編。
あと、ざまあ要素をしっかり書けるという成長。この作品にも、ありますよ。ざまあ要素。
ベラは、基本的に寛大ではありますが……きっちりと制裁という、ざまあを与えます。
次回、幼馴染ルジュと従兄エドーズの対面。
ベラお嬢様は、ピュアな幼馴染達の初恋キラー。
4話の更新は、明日(5/14)の予定です!
(2023/05/13●13周年記念投稿)