25 名前が目立って変に注目を集めてしまった。
秋が始まって、すぐだ。
エドーズから届いた手紙を見て、怪訝に顔をしかめることになった。
上に移動して、翳すように見上げる。左右から覗いたり、透かしたり。凝視しては、首を傾げた。
「……カリーナ。これ、どういう意味だと思う?」
そばで掃除をしていたカリーナに、声をかけて、手紙を見せる。
カリーナは身を屈めて、椅子に座った私が持つ手紙を見て、首を捻った。
エドーズの手紙は、珍しく短い。
”明日、そちらに行くね。会えるのが楽しみだよ”
……短すぎる。そして、おかしい。
行くって、どういう意味だ。
もしや、出発したのか。王都から、このマラヴィータ子爵領に向かうという先触れなのだろうか。
手紙は一週間ほどで着くし、人も同じだ。
つまり、この手紙が送られたのは、一週間前のはず。
「……明日……いらっしゃるのかと」
カリーナは困惑いっぱいの顔で、答えた。
私と同じく、手紙の内容を、そう読み取ったようだ。
「いきなりすぎる……。とにかく、前回同様の部屋を用意してくれる?」
「は、はい。かしこまりました」
ぺこり。カリーナは頭を下げてから、少し慌てた足取りで私の部屋を出た。
私も私で、父に来客を知らせないと。
そう思って手紙を片手に執務室へ行けば、父の元にもジャクソン叔父様から手紙が来ていた。
内容は、付き人を多く連れて、エドーズとアシュリー叔母様が行くとのことだ。
”急で申し訳ない”と、加えてはあるが、本当に急すぎる。
日頃手紙のやり取りをしているのに、エドーズからその話がなかったので、私も困り顔を父に見せるしかなかった。
翌朝の稽古。
遅れたが、ソードンさんがエドーズと叔母が来ることを話した。
「従兄が来る? 伯爵夫妻がまた来るのか。当日になって知らせないでくれないか、お嬢様」
「いや、昨日手紙が届いたのですよ。伯爵様は来ない」
「なんだって? 急だな、おい」
急なんだよ。ホント。
いつものように、木剣を打ち合った。
打ち合い中、基本的に無言だ。
何か悪ければ指摘をされるが、それはほとんどない。
カンカンと、鳴り響く木剣。
「――――ベラ!!」
私の名前を呼び声に、チラリと目をやれば、こちらに歩み寄るエドーズの姿が見えた。
ソードンさんのブラウン色の瞳と目を合わせれば、木剣を引いてくれたので、ここで終える。
「エドーズお兄様」
「ベラ! 久しぶり!」
金髪を爽やかに靡かせて、私の元へ来ると、嬉しそうな笑みで両腕を広げた。
「久しぶり。早かったね」
「うん。じゃあ、ハグを」
「汗掻いたから」
ウキウキしているけれど、ハグを求められても、拒否。
しょぼん、とした雰囲気で、エドーズは腕を下げた。
「でも、急だね。どうして、ここに来たの? 叔母様は、中?」
「子爵様と挨拶をさせてもらって、先に僕はベラに。お母様が行くって言い出したんだよ」
「叔母様が? どうして?」
「うん。理由、本当にわからないの?」
理由がわからないでいる私を、クスッと、エドーズは笑う。
エドーズのお付きが、何かを差し出した。
それは、本だ。レフの両親の愛の話を、バートンさんに小説として書いてもらった本。
私の名が、原案者として載ったそれ。
パチン、と軽く鳴るように、自分の額を片手で押さえた。
これかぁ~……。
姪の原案者デビューを、祝いに駆け付けたのだろうか……。
「手紙で聞けばいいのに……」
「それが、貴族の中でも話題でね。お母様の友人が持って来たことでベラの名前を見て、直接訊くって言い出して、お父様の制止も振り払う勢いで出ちゃったんだ」
「貴族の中で話題?」
マジで?
バートンさんを恨みたい。私の名前が、悪目立ちか……。
ヒット小説家の返り咲き作品だから、注目を浴びたのだろう……。ホント、なんで私の名前を載せちゃうかなぁ……。
「うん。イザベラ・マラヴィータ子爵令嬢について、僕も父も、問い詰められちゃってるんだ。だって……ベラの名前は、”他でも聞いてる”からね」
「他?」
他って、どこだ。
イザベラ・マラヴィータ子爵令嬢として、なんでドルドミル伯爵とその令息まで問い詰められているんだか。
辺境の領地に引きこもりのマラヴィータ子爵家。去年の社交シーズンに、顔を出しただけの令嬢の名前が、どうしたというんだ。
首を捻る私に、ジェラールがタオルを差し出してくれたので、汗を拭いた。
「どういうこと?」
「……」
「お兄様?」
「あ、うん」
汗を拭った額から髪を掻き上げると、ポーッとエドーズがうっすらと頬を赤らめて呆けたので、強めに声をかける。
髪を掻き上げる仕草に見惚れるには、年齢が幼すぎないか。
……ときめきに、わりと歳、関係ない?
そういうものか。恋なんてものは。年齢は関係ない。
エドーズが、次にお付きに取り出させたのは、一つの額縁。
ジェラールが代わりに受け取れば、目を飛び出すほど、見開いた。
額内と私を、激しい動作で交互に見る。
それが気になって、ソードンさんもひょっこりと覗くと、彼もギョッと目を飛び出すほどに驚愕。
そして、青ざめた顔で、私を見る。
「何よ?」
……私、何やらかしたかな。
思い当たる悪行がない。
……悪いことなんて、してなくない?
ワナワナと震えたジェラールが、額縁の中身が見えるように示した。
「魔法学会……あっ」
デカデカとタイトルとして上に書かれていたのは、アルトゥオーロ王国魔法学会の名。
魔法の論文を送りつけたことを、すっかり忘れていた。
ぶっちゃけ、送り付けただけで満足して、忘れていたわ……。
『風ブースト』の論文を、元魔術師ウィリーさんの名前で書き、助手に私の名前を入れておいて、叔母に提出を任せたのだ。
魔法学会で、『風ブースト』の論文が高評価されたため、魔法論文誌に載るとのこと。さらに、魔法研究所で交流をしないかというお誘い。
ウィリーさんと、もちろん助手の私も、来てほしいと書いてあった。
なるほど。合点いった。
魔法学会の論文の助手として名があり、流行りの小説家の原案者としても名がある。
話題に上がってしまうのも、無理ない幼い子爵令嬢だ。
社交界に出てきたのは、去年の一度きり。
王都にいないから、唯一の繋がりのあるドルドミル伯爵家に、質問が集中するのも無理もない。
「あ~……光栄だけど、ウィリーさんもお断りするだろうから、叔母様に手紙を託せばいい?」
「……ふふっ。”やっぱり”」
「?」
小さく噴き出すエドーズが、口元を押さえる。
「僕も読ませてもらったけれど……字がベラのものだったから、”ベラだよね”?」
……あ。バレたな。
私が『風ブースト』の発案者だってこと。
ウィリーさんの名前を借りて、助手と称して論文を書いて出した、と。
私に魔法を教わったエドーズは、確信している。
ちなみに、ジェラールも、ソードンさんも、恐らく薄々、”そうだ”とわかっているのだろう。そういう視線だ。
ジェラールにも話していなかったので、”何してんだ”の視線が突き刺さる。明後日の方向に、目を向けておく。
今、ウィリーさんの意思を聞きもせずに、断る選択を取ったのも、ソレを自白したようなものだ。
「とりあえず、名誉なことだから、汚れないように額縁に入れたんだ」
エドーズが、指示したのか。
私の名誉だと判断して、額に入れた。
直接、渡しに来た正当な理由。
しかし、あくまでウィリーさんの実績にしておきたいので「ウィリーさんに渡さないとね」と、言っておく。
”またですか、またなのですか?”と、ムムムッと唇を尖らせて、問い詰めたそうなしかめっ面をするジェラール。
はいはい、そうですよ。私は実力を隠したいんですぅー。
仕方なそうな表情で、肩を竦めたエドーズを見る限り、またもや、実力を探られそうだな。
はぁ~、やれやれ。もう……。今回は、いつまで滞在するのやら。
「私は着替えないと。朝食の時間なので、叔母様と一緒にダイニングルームへ」
そう伝えて、エドーズ達を案内するように、ジェラールに指示しておいた。
はぁ~、やれやれ。
しくじったな。魔法の論文はともかく、小説家の原案者として名が悪目立ちするとは。論文の方も、悪目立ちに、火に油注ぎじゃないか。
まぁ、どうせ、ウィリーさんは王都に行く予定のない人だ。
一応話しておくけれど、きっと嫌がる。面倒ごとはボケてかわしていい約束だし、なんだったら、報告したら”なんの話でしたかな?”と、ド忘れしていそうだ。
稽古着から、黒のワンピースに着替えを終えた。
髪型を決めてくれるカリーナから話を聞くと、今回はかなりの大人数が来たとか。
仕方ないから、空いている使用人寮の部屋も貸すらしい。
「……ベラお嬢様。昨夜もご相談しましたが……スライム達は、屋敷の外に設置した飼育小屋に移すべきです」
「……うん、わかったわ。ハク達、ごめんね。いい?」
飼育小屋を用意してから、ずっと苦言を呈していたカリーナに、しぶしぶ従うことにした。
ドルドミル伯爵家の者に、屋敷内でスライムを飼育しているなんて、知られるべきではない。
私もスライムを飼うことにした話はエドーズに手紙でしたが、屋敷内で猫として住まわせているとは言っていないのだ。
家の者に、口止め済み。
キョトンと、黄緑色の瞳を瞬かせた黒猫姿のハクは首を傾げたが、一つ頷いた。
……微妙な反応だな。
でも、理解はしてくれたようで、キジ達を連れて、窓から飛び出して外に行ってしまった。
ダイニングルームへ行くと、黒のドレス姿の美しい叔母を見付ける。
「ベラ! おめでとう! どうして言ってくれなかったの~!?」
激しいハグを受ける羽目になった。
「『愛をさえずる美しき鳥』! ベラの原案で愛の小説が出版されるなんて! 貴族夫人仲間では、もう大盛り上がりよ! それに令嬢達にも広まってて! 今なら、あなたと友だちになりたいって子達ばかりよ!」
「叔母様。落ち着いてください。実は、違うのです」
まくし立てるアシュリー叔母様を、止める。
友だち作りに最適なタイミングだからと、王都に連行されかねないので、阻止。
「『愛をさえずる美しき鳥』の原案は、私ではありません。あくまで仲介で話を通して執筆を頼んだのですが、手違いでバートンさんが、私の名前を載せてしまったのです。でも、今更訂正するのも大変でしょうから、そのままに……」
別の原案を出して、只今新作を執筆中……とは、言わない。
言うなよ、ジェラール。
と、一瞬、横目で睨む。
不満げな表情のジェラールは白い髭の下で、唇をギュッと閉じた。
チッ。大変だろうが、訂正させるべきだったな。マジめんどい。
「残念ながら、バートンさんは忙しいらしいので、サインを得たいなら、また後日。ところで、今回は何日滞在予定でしょうか?」
「あら。嫌だわ。早く帰ってほしいって言っているように聞こえるわよ」
「そんなまさか。あ、叔母様。誕生日プレゼントを、ありがとうございます。気に入りましたわ」
サラリとかわして、胸元のネックレスを見せる。
叔母夫婦がくれた誕生日プレゼントのネックレスだ。
ぶーっと、唇を尖らせた叔母は、すぐに唇を緩めた。
視線の先は、息子がプレゼントしたブレスレット。
ちゃんとつけていることに、満足げだ。
……やれやれ。
「気に入って使ってくれることに、私もとても嬉しいわ!」
息子のプレゼントを身に着けてることに、ですか。はいはい。
「それから、魔法学会よ! アルトゥオーロ王国魔法学会!! あなたの論文が!」
「私が助手として書いた論文が評価されたとは、光栄ですね。元魔術師のウィリーさんにも伝えますが、お誘いはお断りしますよ」
「そんな!」
ガーン、とショックを受ける叔母を見る限り、エドーズは暴露していなかったようだ。
”私の論文”だと、いうことを。
テーブルについたエドーズと目が合えば、にこりと笑みを返された。
2023/09/11




