24 誕生日の贈り物は思ったよりも多かった。
じぃー。ルジュの黄色い瞳が、私の左手首を見つめた。
レフからの誕生日プレゼントの黄緑色のキャッツアイの石のブレスレット。
……鬱陶しい視線である。
「……ベラ。オレとミリーから、プレゼント」
帰り際、孤児院を出る前に、そんなルジュに引き留められた。
「じゃーん! ティアラ!」
「わあ、綺麗ね。すごいわ」
ミリーが差し出したのは、花冠。ティアラというよりも、王冠みたいな大きさ。
様々な花びらの形の白い花は、ミリーが魔法で咲かせたものだ。
種を作り出す方法を模索していて、花の種を作り出し、花を咲かせることに成功した。
微調節でミリーは形を変えられるほどに、緑の魔法の魔力のコントロールのよさは素晴らしい。
ビーズもそこかしこと飾られているそれは、魔法保存による加工が施されていた。
ミリーが作った花冠で、ルジュと一緒にスライムの討伐稼ぎ代を払って職人に加工で仕上げてもらったのだろう。
しゃがんでみれば、ミリーはそれを私の頭に乗せてくれた。
「可愛い! いつもつけてね!」
「えー? それは無理よ。今日みたいな特別な時じゃないとね。あとは、大切に部屋に飾っておくわ」
目を輝かせたミリーに、笑ってかわす。
崩れないように、部屋で保管がいいだろう。
今日だけだと言っても、ミリーは満面な笑みで満足げに頷いた。
「ありがとう、ミリー。ルジュもね」
「ん。おめでとう、ベラ」
「おめでとー! ベラおねえちゃん!」
改めて、おめでとうの言葉をもらって、花冠を被ったまま、馬に乗って帰る。
花冠が似合っていて可愛い、とすれ違う領民に、ついでに笑いかけられては、おめでとうと言われた。
夕食は、パーティーとさほど変わらない豪華な料理だったけれど、父と二人だけ。
母がいない事実に慣れないから、しんみりした感じは拭えない。
それを誤魔化すように、魔石の発見の報告と相談をしながら、明るく食事を終えた。
入浴後、作業部屋で、叔母とエドーズからのプレゼントである箱を開封。
叔母からは、ジャクソン叔父様と決めたというネックレスをもらった。ただのペリドットグリーンの宝石のネックレスは、普段使いのために控えめな石だ。
エドーズの方は、ブレスレット。緑色の魔石。それを挟んだ小粒のダイアモンド。ゴールドチェーンのブレスレットで、とてもお洒落なアクセサリーだ。
緑の魔法の強化効果のある魔石か。高価だったろうに。
いっぱいもらってしまったな。誕生日プレゼント。
左手首につけた二つのブレスレットを掲げて眺めながら、しみじみ。
「ん?」
そんな私の前のテーブルに、ハクが子猿のような魔獣の姿で現れた。
腕には、瓶を抱えている。
中に入っているのは、白い液体……?
「何? あなたからも、プレゼント?」
コクコクと頷く子猿のハク。
「この白いのって……もしかして、あなたの身体の?」
白いスライムボディーのハクの液体なのか。
肯定するように、ハクはスライムの姿に戻った。
見比べれば、同じうっすらと白い液体に見える。
ハク達、擬態能力を持つ希少種のスライムは、液体の身体と紫色の魔力で、変身をする。
私に紫色の魔力は生み出せないけれど、スライムの液体で実験してみたいなぁー、と零したことがある。
擬態能力を、スライムの液体と私の魔力でどうにか再現できないかと考えていた。
「やだ、素敵。ハクったら。いいプレゼントを用意してくれたのね、ありがとう」
ちゅっと、感謝を込めて、キスをしておく。
ハクは胸を張るように、上に伸びた。
「でも、これ、自分の身体の一部でしょ? 大丈夫? 痛いことしてない? 脱皮みたいなもの? それならいいわ」
脱皮のように、身体の一部をくれただけらしい。繁殖方法も分裂だしね。
擬態能力が扱えるようになるなら、当分のオモチャになりそうだ。
瓶の中の液体を指先でつついて、私は「じゃあ、擬態を教えてね。スライム先生」とハク達に笑いかけた。
夜の練習時間。
ルジュの視線が、さらに痛く、左手首に突き刺さった。
見すぎである。
はぁ。
やっと、今日が終わることに、ホッと息を吐く。
「? 疲れたの?」
ルジュは、首を傾げた。
「お母様がいない初めての誕生日だからね。みんなの気遣いがちょっと重くて。まぁ、来年はマシになるはず」
「……気遣いって?」
「母の存在の大きさを、みんなで改めて思い知っている眼差し。言わないように堪えてくれている」
「……ベラの方が、気遣ってる」
「そう? 喪中だから、しょうがないことよ。そうやって、母を想うの」
「……ベラの誕生日なのに……」
私の誕生日だからこそ、母親が亡くなった事実が痛ましいと思わずにはいられないのだ。しょうがないだろう。
だから、来年はマシになるはずだ、と言っておく。
「ベラ」
「ん?」
ルジュが、私の両手を持った。そして、ギュッと握る。
「……誕生日、おめでとう、ベラ」
黄色い瞳で、熱く見つめてくるルジュ。
「今日何度目? でも、ありがとう」
そう笑って返す。
まだ物言いたげでも、唇をキュッと閉じて、ルジュは手を放した。
「おやすみなさい」と言い合って、私はハク達と寝室に戻ったら、ベッドにもぐりこんだ。
すぐに、夢を見た。
暗闇の中に、男性がいた。
波打つような癖のある黒い髪と色白の肌の男性は、輝かんばかりの見目麗しい容姿だ。
形のいい高い鼻、唇。
閉じられていた瞼を開けば。
――――金色の瞳孔の緑色の瞳。
弧を描くように唇をつり上げた彼は、口を開いた。
「誕生日おめでとう。私の愛しい――――よ」
心地のいい低い声に聞こえた気がしただけで、その声を覚えてはいない。
ただ、言葉を理解しただけに思える。
声を聞いたのではなく、言葉を受け取ったのだ。
金色の瞳孔の緑色の瞳。
地下で黒い本に触れて見た際に、目を合わせた一目。
暗闇が、黒い魔力で、その男を飲み込んだかと思えば、パッと晴れた。
そこにいたのは、ルジュ。
黒いクセっ気の前髪の間には、金色の瞳孔の緑色の瞳だった。
「ッ……?」
目を開けば、見慣れた天井。
横を見れば、ベットサイドの上に、置いていた花冠が、黒い魔力を小さな煙のように立っていた。
……ルジュの魔力?
触れると、消えた。
……何、今の夢。
ルジュに似ているような、似ていないような、超絶美しい男性だった。
黒いクセっ気の髪のせいで、似ていると思っただけか?
誕生日を祝うなら、名乗るぐらいしてほしかった。
……あれ。邪神とか言わないよね。
なら、祝いの言葉は、返却しておきたい。
”私の愛しい――――よ”って、聞き取れなかった部分は、なんなんだろう。
黒い本の一目。邪神の教団の紋章。
黒い魔力と、それを持つルジュ。
意味深に頭の中に出ていて、ナゾナゾみたいに問題を突き付けないでほしい。
地下の仕掛けから、色々用意しすぎでしょ。もう……。
「眠らせてよ」
はぁー、と息を吐く。
誕生日が終わる前に、悩ませないでほしい。
気を遣って、ハクが枕元に来る。頬を重ねてくれたので、すりすりとした。
瞼を閉じて、考えることを、今は放棄しておく。
疲れた誕生日は、おしまいだ。
翌日。
私は、孤児院のマイロン院長に、ルジュの出生について尋ねた。
何か手掛かりはないのか、と。
答えは、ない。
ルジュは、赤子の時に、カゴの中に入れられたまま、孤児院の前に置き去りにされていた。
そのカゴも毛布も、倉庫に置かれていたから見せてもらったが、ヒントになるものも何もない。
発見したのは寄付に来た老女で、名付け親ではあるが、彼女は老衰でもう他界している。
「なんで急にルジュの出生を探ってんだ? お嬢様」
「……うーん。夢に意味深に出てきたから、気になって」
「夢に出てきた? ははっ。実は、ルジュが好きとかじゃねーの?」
護衛として付き添うソードンさんがそんなことをケラリと言った途端。
ガッタカタン、と何かがいくつも落ちる音が、廊下に響いた。
見てみれば、積み木を廊下に散乱させたレフが、そこに立っている。
「あ、ヤベ」と、ソードンさんが口を押えるが、手遅れ。
ショックを受けたような青い顔のレフ。
なんて大袈裟な反応……。
「そういう夢じゃないですよ。何を落してるの、レフ」
「え、えっと……別に……」
否定しておいて、レフと一緒に積み木を拾い集める。
ルジュもやってきたので、手伝ってくれた。
「ん?」
「……」
レフと積み木を抱えたルジュを、じっと見つめる。
黄色い瞳は、変わりない。
キョトンとしたから、なんでもない、と込めて、首を横に振っておく。
結局、手掛かりがないので、邪神の教団についても、金色の瞳孔の一目についても、ルジュについても、わかることはないままとなった。
そんなモヤモヤする未消化な問題から、気が紛れるオモチャはある。
積み木ではなく、スライムの液体だ。
スライム達の擬態能力を参考に魔力を動かしてきたが、案外簡単にスライムの液体は操れた。
大ぶりの宝石から、ナイフに形を変える。
魔力に意思を込めるだけで、自在の物に姿を変えられたのだ。
右手首にリボンのブレスレットとして、身に着けることにした。
姿を保つことを先に念じておけば、維持も簡単だ。
このスライムの液体による変幻自在について。
公表をすべきかどうか、迷った。
下手をすれば、スライム狩りが横行。さらには、スライムの液体で作った偽物が流出する可能性があるかもしれない。お金や宝石詐欺が多発しそう。慎重に考えないとね。
夏の終わり。
王都で出版社と話をつけた小説家バートンさんが帰ってきた。
真っ先に、マラヴィータ子爵領を訪ねたバートンさんから、無事出版された本を手渡される。
「……これは、なんです?」
ひくり、と口元を引きつらせてしまう。
「『愛をさえずる美しき鳥』のサイン本です」
「そうじゃなくて……何故、私の名前があるのですか?」
サイン本として渡されたのは、バートンさんの名前の下に、私の名前まで書かれていたのだ。
短編恋愛小説『愛をさえずる美しき鳥』。
作者バートン・モルタン。
原案者イザベラ・マラヴィータ、と。
「聞いてませんよ? 載せるというなら、言っておくべきです」
「ですが! 原案者がいるのに、名前を書かないわけには」
「だから相談してくださいって! この小説の原案者は、他にいます!」
「なんですと!?」
頭を抱えた私に、同席したジェラールも額を押さえる。
自分だけの手柄にしたくなくて、原案者の名前を載せる心がけはいいが、問題は原案者が違うこと。
こちらも言わなかったことが悪いかもしれないが、それならそうと予め言ってほしかったものだ。
見事なすれ違いに、ジェラールとともに、肩を落とした。
「まぁ、いいでしょう。どうせ、本来の原案者の名前を明かす気は、元よりありませんでした……。そこで、ついでと言ってはなんですが、私の原案でまた書く気はありますか?」
下手に問題が起きないように、レフのことは隠しておきたい。私の名前を一度出したのなら、もういいか。次は、本当に原案者になればいい。原案者として名前が出るくらい、支障はないだろう。
「ぜひに!」と、まだ原案の内容を聞きもせず、バートンさんは承諾した。
苦笑を零しつつも、サクッと手短に案をいくつか教える。
実は、前世で何作か小説を書いて、ネットに公表していた。
もう一度書くのは億劫だから、代わりに書いてもらおうテヘペロという思い付きが、始まりだったのである。
バートンさんは、それで書くとはしゃいだ。
「あ。バートンさん。本当の原案者にあげるので、サインしてください」
帰る前に、レフ用に改めて、サインをしてもらった。
それに、私もメッセージを添える。
その日の夜に、レフにその本を渡した。
「これが……オレの母さん達の本?」
亡くしたばかりの両親の愛の話を基に書かれた本。
それを受け取るなんて、どんな気持ちなのやら。
「手違いで原案者に私の名前が載っちゃったけれど、許して」
「あ、いや、別にいいよ……ん? これ……」
サインのページに添えたメッセージに気付いたレフは、目を大きく見開いた。
”思い出の一つ。あなたがこの愛の結晶だと忘れないで”
両親の愛の物語。想いを通じ合わせて結ばれたところで、ハッピーエンドに締めくくった小説。
形ある思い出の一つにしてほしいと込めて、メッセージを書いておいた。
うるうると目を潤ませたレフは、キュッと唇を閉じては、本を大事に抱える。
「ありがとう、ベラ……」
「私は仲介者よ。ジェラールに借りた分は、収入が入った際に返すけれど、発売早々から売り上げが順調らしいから、念のためにレフの口座を作っておくわ」
思った以上に売れそうだから、収入は多いはず。
一人立ちも可能だろうけれど、まだ孤児院に身を寄せるべき年齢だから、それは言わない。
「ベラも仲介料は受け取って」と言い出すので、領地の学校開校の資金の足しにするために、受け取ることにした。
こちらは、遅くなった作者の誕生日記念作品!
本日投稿、新作連載。
https://ncode.syosetu.com/n4861ij/
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略称『冷遇お嬢』です。
天才幼女なお嬢(異世界転生者)×ヤンデレ吸血鬼青年のお世話係の組み合わせです。
なんちゃって現代日本舞台のヤーのつく家のお嬢様だけど、何故か冷遇されている子に、記憶なしで転生しちゃった元オタク女が、下っ端組員の吸血鬼の美青年に助けられながら、冷遇打破しては……な、お話!
健気な純愛タイプなヤンデレです。溺愛あり、ざまぁありです!
2023/08/20




