23 これからは母親が欠けた誕生日。
真夏の日。
ちょっぴりひんやりしたスライムボディーに頬擦りをして、のっそりと起き上がる。
起きたことを知らせるために、ベッドサイドのベルを鳴らした。
バスルームの洗面所で顔を洗っておく。
「おはようございます、ベラお嬢様。そして」
部屋の扉を入ってきたカリーナ率いる女性使用人がぞろぞろ。
「「「「お誕生日おめでとうございます」」」」
揃って、一礼をして、祝福。
母の喪中のため、控えめに、誕生日の祝いの言葉を告げる。
「ありがとう、みんな。おはよう。……おっと、おおぉ?」
いつもの猫の姿に変身したハク達が、私に飛びついたかと思えば、ずりずりずりずりっと頬擦りをしてきた。
なんの行動かと戸惑っていれば「おめでとうが言いたいのではないでしょうか」と、使用人の一人がクスクスと笑う。
ああ、なるほど。
激しい頬擦りで、誕生日の祝福を示してくれているらしい。
「ありがとう。ハク、キジ、ミケ、タマ」と、一匹ずつ、ちゅっと頭にキスをしてやった。
ご機嫌に床の上を転がるハク達を踏まないように、朝の稽古のために、稽古着に着替える。
「おはよう、お父様」
「おはよう、可愛いベラ。誕生日おめでとう」
一階に降りれば、踊り場で父と会った。
私を抱き上げると、額にキスをしては、ギュッと真心を込めて抱き締める。
「ありがとう、お父様」
私を下ろすと、また父は額にキスをした。
笑顔で手を振って、稽古場へと向かう。
「おはようございます、ベラお嬢様。誕生日、おめでとうございます」
ビシッと、姿勢正しく立って待っていたソードンさんが、一礼した。
「おはようございます、ソードン先生。ありがとうございます」
「……誕生日プレゼントに、今日の稽古はお休みしましょうか?」
「……いえ、そんなプレゼントは、いらないです」
「…………」
なんか困った顔をされている。
ソードン先生、どうした。
「普段通りの稽古で構いませんよ」
「……実は、手合わせ相手欲しさに黙っていたことがある」
「ん? なんですか?」
深刻そうに暗い顔のソードンさんに、首を傾げる。
「すでに、年相応以上のレベルで手合わせをしている……!」
「……そうですか? それが?」
「ケロッとすんな! 天才め!」
「あ、ジェラールが後ろに」
「ひっ!?」
また言葉遣いが崩れているので、ジェラールが後ろにいると嘘をつくと、ビクンッと震え上がったソードンさんは後ろを振り返った。
しかし、鬼教師ジェラールはいない。私の嘘である。
ホッと、胸を撫で下ろした。
「つまり……教え子が天才でよかったですね? と言えばいいのですか?」
「こんの天才!!」
「誕生日プレゼントだと受け取ります。じゃあ、始めましょう」
しれっと褒め言葉として受け取り、いつもの剣術を始める。
終えたあとは、部屋に戻り、カリーナ達に着替えさせてもらった。
本日は、叔母が送ってくれた黒のワンピースドレス。
白いフリルのスカートの上に、黒のドレープドレスで、普段の簡易なワンピースよりもお洒落で凝っているデザインのもの。
白銀の髪は編み込み、母の髪飾りで結われた。
サファイアの丸い石が並ぶ三日月形の髪飾り。
皆が物言いたげだ。わかっている。
母がいないことが、とても残念だと。
そう言いたいのだろう。
マラヴィータ子爵邸の華。エラーナ・マラヴィータ子爵夫人がいない。
今年から、母親のいない誕生日だ。
それを口にしないようにしているけれど、その事実は、私の喪服の黒いドレスが物語る。
そして、領民の全てが思うのだろう。
”お嬢様の誕生日だが、奥様がいない悲しく寂しい日なのだと”
母を失った大きさを、再び思い知る日だ。
行き交う領民から「お嬢様! お誕生日おめでとうございます!」と明るく声をかけられるが、その目は切なさを浮かべている。
私は普段と変わらない笑顔で「ありがとうございます」と返事をして、手を振って見せた。
孤児院に行けば、ミリーを筆頭に女の子達に突撃を受ける。
「誕生日おめでとう!! ベラおねえちゃん!」
「おめでとう! ベラおねえちゃん!!」
「おめでとう~!!」
もみくちゃになる前に、私の脇を持ち上げて、ソードンさんが回避してくれた。
「ベラ。誕生日おめでとう」
「おめでとう、ベラ!」
年長二人のルジュとレフは、流石に飛びつかない。
「みんな、ありがとう」と、ミリー達の頭を撫でて、お礼を返す。
パーティーはナシだが、代わりにおやつを用意させた。
ローリーに言い聞かせられたのか、子ども達は誕生日パーティーがないことに、疑問の声を出さない。
子どもなりに、気を遣って、私におやつを分けようとしてくれている。
「もういっぱいよ」と、逆に食べさせてやった。
「じゃあ、今日は何して遊ぶ?」
「今日は、かくれんぼ!」
「誕生日だからって、勝たせないぞ!」
「今日こそ勝つぞ!」
今日も今日とて、かくれんぼか。
私が絶対に負けないかくれんぼを、やると言う子ども達。
今日は、私の方が、手加減をしてやるべきだろうか。
孤児院の裏の野原。
森の入り口の前で、森へ隠れていった彼らを見送って、数字を数える。
「お嬢様。お前さんの見抜くという才能を、かくれんぼにも使っているのか? ……大人げないな」
「ふふふっ。そう言うなら、私の代わりに子ども達を見付けていいですよ?」
「…………オレは、護衛に務める」
ソードンさんが思わずと言った風に尋ねるから、にこやかに森を掌で差すと、そっと顔を背けて辞退。
この広すぎる森の中で、かくれんぼの鬼をやるのは、骨が折れるのだ。
『万能眼』の練習に最適だから、手こずった時に使っては、全員を見付け出しておしまいにする。
ちなみに、ハク達はかくれんぼに参加しない。
私に引っ付くので、一緒に移動はするけれど。
「レフ、みーっけ」
森に入って早々に、木の上にいたレフを見付けた。
飛び降りたレフは、風の魔法でワンクッション入れて着地。
「ベラ。その、これ……プレゼント! 出会った時から、その、えっと、色んな恩の感謝を込めて!」
頬を火照らせながら、レフは私の左手首に何かを巻き付けた。
「ブレスレット? ありがとう……」
黄緑色のキャッツアイに艶めく石に太めの紐のブレスレット。
レフからこんな誕生日プレゼントをもらうとは、予想外。
「……でも、レフ。こういうことを言うのはマナー違反だけど……誰にお金を借りたの? まぁ、ジェラールしかいないか」
ジトリと見やって、責めてしまう。
ギクリと肩を強張らせたレフは、やはり、スライム討伐のお小遣いだけで、このブレスレットを手に入れたわけではないのだ。
「私の誕生日を祝って、感謝を伝える気持ちは嬉しいけど、お金の貸し借りはよくないわよ」
ジェラールは、レフの原案で小説を書いてもらって、取り分をもらう話を知っているため、前払いのように貸したのだろうと、予想がつく。
小説の方は、原稿が順調に進んで、出版間近らしい。
「この石に、一体いくら、かけたの?」
「あっ、違う! そんなに借りてない! ただ……石を磨いてブレスレットに加工してもらった代金を、立て替えてもらったんだ。すぐ返せる! 誕生日だから、今日、渡したくて……」
大金を借りたのかと咎めようとしたけど、ブンブンと頭を振って、レフは否定。
頬を火照らせたまま、どうしても当日に渡したかったと言い訳をする。
でも、口ぶりからして、石を持って行って、加工をしたお金だけを支払ったもよう。
身一つで一人国外逃亡したレフは、こんな価値がありそうな石を持っていたわけがない。
「どういう意味? 石を元々持ってたの?」
「そう! たまたま見付けたんだ! 風属性強化の効果のある魔石!」
ニッと、レフは自慢げにとんでもないことを言い退けた。
「……これ、魔石なの?」
「うん! 見たことあるから間違いない! 使ってみたし、風属性の強化効果もあるぜ!」
「……拾ったの?」
「おう!」
「「……」」
爽やかな笑顔のレフ。
彼から視線を外して後ろに控えたソードンさんを見てみれば、彼も呆けた顔をして、私と目を合わせた。
「……どこで?」
「えっと、この森の奥の小山。一ヶ月くらい前に、落ちてた」
…………魔石が。
落ちていた。
魔法威力を高める効果をもたらす魔石。
『万能眼』で視てみれば、黄緑色が石の中に凝縮されていた。
試しに左手の中につむじ風を作ってみれば、石の中の魔力がスゥッと、黄緑色に光っていた魔力に加わり、強い風を生み出す。
強化された。
間違いなく、風属性の魔法強化の効果のある魔石だ。
「……すごいわ、レフ。ありがとう」
「気に入った? よかった!」
「うん。……で、どこら辺に落ちてたの?」
「へっ?」
満面の笑みで、満足げなレフに、場所を問う。
至急、魔石が落ちていた場所を知るべきだ。
隠れている子ども達を放置するわけには行かないので、向かう途中で見付け出して、全員で森の奥の奥の小山まで来た。
一ヶ月前。まだこの地に慣れていないレフが、ここまで散策しに来た際に、魔石を拾ったらしい。
私は、絶句して立ち尽くした。
『万能眼』には、小山の中に、いくつもの色が見えたのだ。
赤色や水色、緑色や黄色。他にもあるし、数え切れない。
「う、うーん……。ハッピーバースデー?」
魔石が発掘出来そうな小山を見付けられたのは、思いもよらぬ誕生日プレゼントだと、思っておこうか。
しかし。どうしたものか。
この魔石の小山。
採掘させて、加工させて、マラヴィータ子爵領産と銘打って発売させるか?
んー。考えをまとめて、父に相談をするかな。
「よし! みんな! この小山の中には、色のついた石があるかもしれない! 掘って見付け出した子にはぁ~……」
パンッと、両手を叩いて鳴り響かせて、注目を浴びる。
「好きなお菓子を一週間毎日、用意するよ!」
子どもには、お菓子のご褒美。
物によっては、一ヶ月毎日がいいかもしれない。まぁ、今は、これだけでもやる気は、十分与えられる。
そういうことで、発掘を喜んで引き受けると、バンザイしたミリー達は、ルジュの先導でスコップを取りに戻った。
「…………魔石があるってこと、か?」
「マラヴィータ子爵領内で、魔石が採れたなんて聞いたことはないですけど……まぁ、物は試しに」
また見抜いたからこその発掘の提案かと、ソードンさんが首を捻る。
そんなソードンさんやハク達に下がるよう、手を振って見せた。
「喪中に祝福の花火はだめだけど、爆音ならいいよね」
その右手を、目の前の小山に向ける。
掌の前に集めた魔力は、明るい赤色の光に灯り、膨れ上がった。
そして、放つ。
明るい赤色は、ボォオッと炎に変わるそれは、狙いを定めた先にぶち当たり、爆音を響かせた。
少し削れた焦げた部分から、コロリと二つの魔石の原石が転がり落ちる。
「……威力がこえぇーよ……」と、ソードンさんが呟いたけど、聞かなかったことにしよう。
破壊力を高めるために、一点集中による大爆破に、少しスッキリした気分だ。
存外、私は領民のいい夫人を亡くしたお嬢様を憐れむ目に、ストレスが溜まっていたらしい。
割り切っていても、感情は完全には切り離せなかったか。
ソードンさんが代わりに、原石を二つ拾って持って来てくれた。
「魔石か? いや、でも、あり得ないよな……。この大きさ、いくらになるんだよ」
「……確かに」
ズシリと重い赤い色の原石と、黄色の原石は、身に着けるためには削ってしまわないといけないだろう。
基本的に、魔石は身につけないと効果を発揮してくれないものだ。
「お菓子じゃ足りないわね……」と、ぼやく。
子ども達の報酬は、もっと高価な物でなければ、割に合わないだろう。
戻って来た子ども達は、三つの原石を見付けた。
赤色と緑色と水色だ。
掌に収まる魔石が、五つも収穫出来た。
しかし、まだ小山の中にはある。
他にも、いい採掘場所があるのだろうか。
後日、探す必要があるわね。
子ども達に、お菓子も欲しい物があれば言ってくれと言ったのだが、ミリーに「ベラおねえちゃんの誕生日なのに?」と怪訝に首を傾げられた。
私の誕生日は私の誕生日、これはこれだ。
自分の欲しい物を言いなさいな。
私も先日誕生日でした(●´ω`●)
夏生まれヒロイン、多し。
2023/08/08




