21 お披露目のために才能を発揮しろってこと。
猫の姿でスライムを、屋敷内で飼うことになった。
その日のうちに、エドーズに誕生日プレゼントとして、スライムを飼うから研究資料が欲しくなったので送ってほしい、と手紙を書いておく。
しかし、一週間後に返ってきたのは、もう誕生日プレゼントのアクセサリーを注文したため、変更は出来ないけれど、スライムの資料は集めて送る、とのことだった。
……アクセサリーが欲しいとか、軽率に返事するべきじゃなかったなぁ。
基本、自由時間には、自室の隣の部屋にこもっている。
古代文明の本を保管していて、調べて書き物をしている作業部屋だ。
そんな古代文明の本を開いたままのテーブルの上に、黒猫に化けたハクが乗って、本を眺めていた。
「まさか、ハクは古代文字が読めるような古代の魔物だったりする?」
冗談で声をかけてみれば、ハクはふるふるっと頭を左右に振る。
「そっか。でも、どうして見てるの? 気になる?」
クリクリーッと、頭の上を人差し指で、撫でてあげると、黒猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「古代文明の本でも、スライムについて、書いてあるはずなんだけど……文字が読めないから、その記された知識が読み取れないのよね。古代では、スライムはどうだったのかしら。魔物に関しての本、結構多いみたいなの。魔法もあるけれど、やっぱり読めなくて困るわ」
つん、と黒猫の頬をつつくと、黒猫は考えるように、首を傾げたままにして、尻尾を揺らす。
それを見てから、開いたままの扉の前に立つソードンさんを振り返る。
頬杖をついた私を、ソードンさんは困惑いっぱいに見ていた。キジとミケに飛びつかれながら。
なんだかんだで、見張りをこなすソードンさんに、キジとミケは懐いたらしい。
タマは、私の足元にゴロンとしている。
「なんですか? ソードンさん」
「……異様にしか見えないんだが」
「”古代文明の本を解読する趣味を持つお嬢様”が、ですか?」
「それだけじゃなくてな! 子どもが見るもんじゃねー小難しいタイトルの本だって、いっぱいじゃねーか!! ひたすら書いて書いて! それをスルーする使用人からして、普段通りなんだろ!? あと、猫に化けたスライムと、意思疎通が完璧すぎて意味わからねーよ!!」
ビシッと指差すソードンさんは、私が読み終えて、本棚に並べられた本や、書き留めたものを示す。
改めて言われると、客観的に見て、変なんだろうなぁ、と自覚する。
「大丈夫です。慣れますよ」
「慣れていいとは思えないんだが!?」
失礼だな。
でも、ツッコミが愉快な人だ。
「そうだ、ソードンさん。手合わせしません?」
「はぁあ? 何をバカな……! 話の逸らし方、おかしいだろ!」
私がソードンさんの腰の剣に目を向けていれば、それを隠すように身を引くソードンさん。
「まぁまぁ、やりましょうよ。突っ立ってるだけだと、暇でしょ」
「……」
嫌そうに唸るソードンさんの横を通り過ぎて、自室で着替える。
スライムの見張りのために、護衛として雇われたソードンさんも、暇だと自覚しているのか、ちゃんと稽古場の方まで来た。
「剣を交えたら、相手のこと、なんとなくわかったりします?」
「……オレと剣を交えて、技量でも計ろうってか?」
「あはは。意味わからないって、こっちを見るから、あなたが剣の使い手として、私を計ればいいかと」
「……!!」
ソードンさんの実力を見せてもらいたいこともあるけれど、異様なお嬢様にしか見えないソードンさんに、私を見極めるために提案した手合わせだ。
笑顔の提案は、どうやら、挑発にしか受けられなかったらしい。
子どもに言われては、煽られたとしか思えないのだろう。
ギロリと、睨まれた。
「ハッ! 弱すぎて一振りすら交えることが出来ない相手に、計ることも出来ないだろうが」
ぷいっと、そっぽを向くソードンさんは、腰の剣の柄から、手を放す。
手合わせは、撤回したいのだろうか。
「才能があっても、身体を壊したら、剣の道は閉ざされるよね。そんな感じ?」
「……ッ」
鈍った身体でも、鋭い太刀筋を瞬時に出せる才能を持っているはず。
剣術は天才的でも、肩の怪我で、挫折。そして、酒に溺れて、落ちぶれた。
というのが、私の勝手な予想だ。
でも、概ね当たりなのか、ソードンさんは、顔を歪めた。グッと、眉間にシワを寄せている。
「いい加減にしてくれ! 知った気になるな!」
「そうですね。私は元騎士がいるっていうから、剣術を教わろうという目的を持って、初めてソードンさんに会ったんですけど、ご自身でお酒の飲みすぎでクビにされたと笑って言ってました。それを鵜呑みにして、ただのダメな大人と判断しましたけど、この前の太刀筋からして、誤信でしたね。だからもっと理解出来るように、剣で手合わせしましょう」
私は笑顔を崩すことなく、そう話しかけて剣を抜いた。
「私が教わったのは、護身術程度です。身を守るための剣術ですよ。でも、刃物って、結局のところ、切るための武器。突き詰めれば、殺しの技ですよね」
「は……?」
ポカンと口を開くソードンさんに、掌を上に向けて、人差し指を伸ばす。
軽く、ぽいっと、振る。
バチンッ!
黄色い閃光が、ソードンさんの顔を横切った。
強張っているソードンさんは、剣の柄を握り、僅かに抜いている。
反射的に動く。やっぱり才能があるのだろうか。
「今、雷のっ!?」
「突き詰めれば、私は、あなたを殺せる魔法が使えます」
「ッ!?」
サラリと明るく言っていれば、ソードンさんは震え上がる。
「攻撃は最大の防御。私が魔法を使う前に、切り込むべきでは? 大丈夫です。私は一応、守りの術も使えますので」
「……ッ!! イカれてんのか!?」
「試しましょうよ」
ぶっちゃけ、脅迫だ。
魔法で攻撃される前に、剣を抜いて戦え、と。
脅しで、ソードンさんの周囲を、バチバチッと静電気で音を奏でる。
効果てきめんの脅しに身構えたソードンさんは、剣を抜いた。
私も、両手で剣を握って構える。
剣を振り下ろすソードンさん。
受け止めて、そう剣を交えた。重い。
だから、サッと流すために横に移動して、わざと剣を下ろす。
ザンッ、と地面に、ソードンさんの剣が食い込む。
視線が交わる。ソードンさんのブラウン色の瞳には、困惑と警戒がこもっていた。
振り上げようかと思ったその時。
「何をしているのですかッ!!」
「「!」」
ジェラールの声で二人で顔を向ければ、鬼の形相の老人が足早にやってきた。
子ども相手に、地面をザックリ切った剣を振り下ろした形跡を指差して、ジェラールは烈火の如く説教。
他の使用人の目撃証言から、日頃の言葉使いまでお叱りを受けるソードンさん。
タジタジなソードンさんに、両手を合わせてテヘペロでごめんと、ジェスチャーで謝っておく。
ソードンさんは、ことの経緯を話すことなく、甘んじて説教を受けてくれたのだった。
ごめんねっ! テヘペロ!
その夜。
いつものように、ルジュ達が魔法練習に来た。
ハク達が来てから、魔法の的をやってもらっている。
暗い森の中の動く的を、ルジュ達はあまり音を立てない魔法で狙い打つ。
しかし、ルジュ達は、なかなか当てられない。
ハク達、強いなぁ。いや、この場合は、早さがすごいって称賛すべきか。
そんな最中、『万能眼』が、森の奥から歩み寄るソードンさんを見付けた。
「こんばんは。ソードンさん。夜勤なんて、頼んでないですよ」
「!」
隠れて覗くだけですませる気だったのか、私に声をかけられて、ソードンさんはギクリと驚く。
サッと、振り返ったルジュとレフは、そちらに敵意を見せる。
「コラコラ。狂犬じゃあるまいし、ハク達も噛み付く必要はないよ」
ルジュとレフだけではない。
中型の魔獣で、魔法の的を務めていたハク達が、牙を向けていた。
なので、止めておく。
魔獣の姿をしても、嗅覚はないらしい。
あくまで、姿を変えるだけ。
切り裂く爪や空飛ぶ翼を得られても、それだけなのだ。
まったく。
スライムが、ワンちゃんみたいに可愛いなぁ。
ついでに、ルジュとレフも、番犬みたいなのは、どうしてだ。
「いつもなら、居酒屋で飲んでいる時間帯では? どうして、ここにいるんです?」
ハクは飛び上がると、ぷるんっとスライムボディーで私の膝に着地した。そんなハクを撫でながら、ソードンさんがいる理由を尋ねる。
「……日中、並外れた魔法を練習してる素振りがなかったからな。夜なら、なんかしてると思って見に来てみりゃ……」
緊張した厳しい顔で、ルジュ達を一瞥すると、私を真っ直ぐに見据えた。
そうか。ハク達を連れ回していたと同時に、ソードンさんも同行させていたから、日中の私のことを知っている。その最中に、昼間の魔法を見せたのは、今日が初めて。
夜なら何かしているとアタリをつけてきたわけだ。
「お前さん……自分が異常だって、自覚あるか?」
「異常とは失礼な」
失礼だな、ホント。
ミケを抱えたミリーが、膨れっ面で、なんか目で訴えてきてる。ミケと一緒に、何かを訴えてる気が……。
やめてあげよ。ジェラールに、いっぱい怒られたから、今日。
…………それなのに、その物言いは、さては反省してない?
「おかしいだろ! こんななんもねー田舎で、その頭の良さ! ……どこで学んでやがるんだ? あの並外れた魔法も、剣のいなし方も……どう学習しやがった!? 天才か!? なんの天才だ! つか、なんで天才なら、こんなところにいるんだ!? この前来てたとかいうドルドミル伯爵についていって、王都で才能を発揮すべきじゃねーのか!? 天才なら、そうわかるだろ!?」
まくし立てるソードンさんを、小首を傾げて見つめ返す。
褒められているのか、貶されているのか……。
うむ、わからん。
「天才だからって、お披露目のために発揮しろってことですか? 楽しくないと思うので、嫌ですね」
「はっ? はぁあ!?」
ケロッと言うと、ソードンさんは顎が外れそうなくらい、口をあんぐりと開けた。
「賞賛が得たいがために才能を発揮するなら、とっくに周囲にひけらかしてますよ。すでに、聡明で優しいお嬢様という定評がありますし、それで十分なんです。魔法を磨いて、欲を言えば、剣術もついでにって戦闘能力を上げる気満々でしたけど……今の私の興味は、古代の魔法やスライムの擬態能力に傾いてますので、趣味で研究解明したいだけ。価値があるなら学会で論文を出すつもりですけど、それ以外に目立つ行動はしたくないんですよね。亡き母のためにも、領地を支えたいので、”王都で活躍”とか、面倒極まりないとしか思っていません」
「なっ……」
「私は私なりに、楽しい人生を送ろうと考えてますよ」
魔法を鍛えて、少し幸せなスローライフ。
特段、富や名声で大ハッピーになるよりも、楽しくスローライフをしていられるならそれでいい。
ちょっと幸福な異世界転生魔法エンジョイライフ。
これ、スローガン。
才能無双は、正直不安しかないしね。
私の目の異能は、邪神の教団が関わっている可能性もあって、迂闊に目立つのは得策じゃない。
魔力が視えるって事実も、隠しておきたいのだ。
だから、この能力を秘匿しつつの活躍なら、模索中。やはり、悪目立ちしないことが、絶対条件。
『風ブースト』の論文も、叔母宛てに、魔術師の知り合いを通じて、魔法学会に提出するように頼んだ。
結果次第で、今後の私の魔法の研究の公表の有無が決まる。
王都に行かずとも、やれることはあるのだ。
むしろ、机の引き出しの中には、あれやこれや、計画しているメモが詰まっていたりする。案や計画はあれど、実行が難しいものは山積み。
異様に見えるほどの天才児だろうが、やれることは少ない。
「前にも言いましたけど、私は見抜くことが得意なんですよ。器用に魔法を使う方法を見抜き……」
左手の中に、ボッと火を灯す。そして、水に変え、木の葉に変え、つむじに変え、雷に変えた。
「わかりやすい教え方を見抜き、魔法を教えている」
ルジュ達を、何もなくなった左手で指し示す。
「他の人に比べれば、要領がいい……それだけだと思いますよ。異常。そう言うほどに、天才だと褒めてくれるのは喜ぶべきかわからないですけど、騒ぐほどの才能ではないですよ。頭がいいから、王都で学べ、という意見が多いですけど……ソードンさんは、披露することを強く推している気がしますね。目立ちたがり屋の天才剣士だったとかですか?」
「!」
「で。挫折して、お酒に溺れました?」
「……!!」
将来のためにも、王都で学べ。というのが、ジェラール達大人の多数意見。
それとは別に、才能をひけらかせ、という意味を込めているようにしか思えない。
なので、核心を突くことにした。
天狗の鼻をへし折られる挫折を味わい、現実逃避の酒に溺れることになったのか。
「……クソッ! 見抜くって……どこまで見抜くんだよ! チクショウ!!」
舌打ちしたソードンさんはガシガシと頭の前を掻いた。
図星ってことか。
的中。大ヒット。
またもや、ミリーとミケから、何かを目で訴えられる。
今の言葉遣いについて、指摘でもしたいのだろうか。
まぁまぁ。落ち着きたまえ。
2023/07/13
ちょっと回復したので、ストック一話更新。




