20 飼うなら名付けをして主従の繋がりを。
ジェラール達は、当然のようにスライムを抱えた私達に、困り果てた顔をした。
「お嬢様……スライムを飼うなど……」
「ペット兼研究対象よ」
「研究……ですか?」
たくわえ髭を撫でて、ジェラールは首を傾げる。
「そう。この白いスライム、それから三匹のスライムも、擬態能力を持つ希少種のスライムで頭がいい。擬態能力に興味があるから、調べたいの」
馬車の後ろに、腰をかけた私は、膝の上の白いスライムの頭を撫でた。
「擬態能力、ですか?」
「そうよ。見せてあげて? 白いスライムさん」
ぷるるん、と震えた白いスライムは、私の膝の上で紫の魔力を濃くまとい変身。
黒の猫に変身して、くりん、と尻尾を振る。
ジェラールとミルウィルさんは、震え上がった。
白いスライムの指示でも受けたのか、私の横に置かれた三匹のスライムまで猫に変身。キジトラ、三毛、白。
……レパートリーありか。
「そ、そんな……すごいですね。擬態能力の、研究……。ですが、ベラお嬢様。スライムは、魔物と分類されるのですが……飼うとなると、魔獣調教師の資格を得た者が飼育しなければいけない規則です」
「魔獣調教師?」
「魔獣は、生まれたてから育てて手懐けることでなんとか従えますが、失敗したりなんらかのきっかけで暴走した場合、自身で対処や処分が出来るように戦闘能力もあるかどうかの実力試験と、やはり必須の飼育知識確認の試験を合格した者に、魔獣調教師の資格を与えられるのですよ。魔獣の売買を厳しく取り締まるためにも、必要な資格です。凶暴な魔獣をあちらこちらに売り買いされては問題が起きますからねぇ」
「過去に何度もそんなトラブルが起きたからこそ、王国内でも、逃げた魔獣が蔓延り、街や通行人を襲う事件がなくならなくなったわけですよ。よって、そういうトラブル阻止のためにも、魔獣調教師に任せるべきですし、発覚すれば厳罰も受けてしまいます」
ミルウィルさんに続いて、ジェラールはそう諭すように教えてくれた。
なるほどねぇ。
国の中の魔獣の繁殖の原因か。
「けれども、スライムは魔物に分類される生き物。そういう規則は、避けられるはずでは?」
「う、うーん……」
「そうですね……確かに、魔物となると微妙なところではありますが……」
二人は、少し困ったように難しい顔を合わせた。
魔物の飼育も、魔獣調教師が必要かどうか。確実な判定は出来ない、曖昧なところ。
「それに、この子は見た通り、白いスライムです。ミルウィルさんは、今まで見たことあります? ジェラールは聞いたことがある?」
黒い猫は、白いスライムに姿を変えた。
「見たことも聞いたこともありませんねぇ……こんなところに、希少種のスライムがいることすら、初めて知りましたよ」と、ミルウィルさんは頭をガシガシと掻く。
「私めも、初耳ですぞ。……動物には、アルビノという白の毛並みを持って生まれるものですが……液体の身体であるスライムは、どうなんでしょうか? 白い姿は、擬態ではなく?」
「これが素だと思うわ。こんな珍しい白いスライムなんて、魔獣調教師がさらってしまうかもしれないでしょう? 高値で売られては困るわ。信用出来る魔獣調教師探しも、大変そう。一応、ドルドミル伯爵様に話しておくけれども、要はトラブル防止をしっかりすればいいわよね」
なんで白いのかは、私もわからない。アルビノみたいなものか、または個性か、特別な希少種の特有の特徴なのか。
どのみち、希少で高値がつくだろうスライムだ。
盗まれて売られるトラブルの方が心配。
トラブル防止の策さえあれば、いいはず。
ゆっるーいのだ。
警察などの機関は、この領地にはいない。とっ捕まえた犯罪者は、兵士が都市まで護送するくらいだ。
よそに売ろうとすれば、国の取り締まりに引っかかるが、領地内で安全に飼育しているなら、セーフだろう。
「ソードンさんなら、暴れたとしても討伐が容易いでしょ。元騎士である彼を見張り役としてつけると言えば、父も許可してくれるわ、きっと」
掌を伸ばして差したのは、傍観を決めたかのように、ちょっと離れた場所で、不機嫌に腕を組んで仁王立ちしていたソードンさん。
予告なく名指しされて、ギョッとしたソードンさんを、ジェラールやミルウィルさんが振り返って見てる間に、飲むジェスチャーを示す。
それを目にしたソードンさんは、酒代を得られるいい機会だと気付いて、キリッと表情を整えた。
「任せとけ!」
……チョロい。
このダメ人間、チョロい。
「あの、主従契約はどうですか?」
魔力回復薬を取りに行っていたルジュ達が戻って来た。
レフの提案に、私とジェラール達は首を傾げる。
「魔物間で、弱肉強食の実力主義の観念が強いので、寝首を掻くことが出来ないように、忠誠で縛り付ける魔法があるって聞いたことあるんですけど……」
恐る恐ると、レフは慎重に探るように、ジェラールとミルウィルさんの顔を窺う。
人間の常識にあるかどうか、わからないからか。
強い魔物の傘下に入って、忠誠を誓う証に主従契約を交わすことかな。
「それって、隷属の魔法か何か?」
「主従契約を結ぶ方法は、いくつかありますね。『古代遺物』の一つに、隷属の魔法道具がありまして、その模造品がさまざまあります。強力なものほど、高価ですし、基本的に、首輪の形をしております故……隷属の魔法道具は無理ですね」
隷属の魔法なんて、あるのね。
古代文明の魔法の遺物から、模造品が作れたとは……。
その隷属の魔法道具が手に入れば、周りの心配も解消されるだろうけれど、あいにくスライムに首はない。首輪はつけられないと、白いスライムボディーが凝視された。
「別に魔法で縛らなくてもいいでしょ。従順だもの」
白いスライムを持ち上げて、すりすりと頬擦りをして見せる。
「そのようですね……」と、ジェラールはしぶしぶと承諾してくれるらしい。
「では、名前をつけるといいでしょう」と、ペットとして、名付けをするように言う。
「あ、名前か……。でも、つけてもいいのかしら」
知能が高いとなると、普通に名前を持っていそうだから、白いスライムを見た。
呼び名は必要だから、出来れば教えてほしいけど、どう教えてもらおうか。
意思の疎通が出来るだけで、声を発して言葉を交わしているわけではない。
ぷるるんっ、と白いスライムは頷いて見せた。
あっ、いいんだ……。
「じゃあ、君はハク。ハクと呼ぶね」
白いスライム。白いから、白だ。安直。
「ん?」
ぷるん、と返事をするみたいに、震えたハク。
ぽわん、と仄かに光った気がする。
なんだろうか。
なんだか……繋がった気が……?
腕のように突き出た白いものが、三匹のスライムを指差した。まだ猫の姿の三匹。
「ああ、うん。この子達もね。そうね、んー……。キジ、ミケ、タマ。それでいいかな?」
猫の頭を、ツンツンとつついてあげた。これまた、安直。
コクリと頷いた猫達は、ぷるんっとパステルカラーな水色のスライムの姿に戻る。
それらから手を離しても、指先に光が糸を引くように繋がっていく。
あれ……? また、繋がっている感覚……?
すぐに光が消えた。
んんー? なんだ、今の……?
……まぁ、いいか。
「オリジナルレシピの魔力回復薬、どうぞ」
ミリーから受け取った魔力回復薬を差し出す。
別にスライムに、毒のものはないはず。
魔物に有効化はわからないけれど、君らも実験体になりたまえ。
魔力を使って、しっかり魔法練習をした子ども達やルジュ達も、魔力回復薬を飲んだ。
子どもも飲みやすい甘めのジュースなので、普通に水分休憩になっている。
「わわ!? 入っちゃダメだよ!」
ミリーが慌てて止めるのは、魔力回復薬を入れていた小瓶の中に、キジ達が自分のスライムボディーをねじ込んでいた。
ハクも、手を突っ込んでいるような感じ。
そんなスライム達の球体に、紫の魔力が溢れる。先程よりも、量が増していた。魔力回復薬を吸収したかと思えば、ポンッと魔力が出たのだ。
魔力回復…………効果、ありすぎる……?
ミリー達が、先程、このスライム達に攻撃した際に減った魔力も、私の『魔力視』だと、元通りになっていた。
「……効果、あるんだ」
ぽつん、と呟く。
けれども、魔力欠乏症の母には、あまり効果がなかった。
それほど魔力の量の減りが早かったのか。はたまた、魔力の回復自体に問題を起こす病気だったのか。
……『万能眼』なら、原因が視えたのだろうか。
「…………」
……いや、例え視えたとしても、あくまで私は”そこに異常がある”ことが視えるだけで、不治の病を治せたという保証などない。
「……ん?」
少しぼんやりしてしまいそうになったけれど、ハクにつつかれた。
小瓶を振って、おかわりを求めているみたいだ。
「気に入ったの? いいよ。でも、今日はこれだけにしてね。また作ったら、あげるから」
と、微笑んで、私の分をもう一つ、魔力回復薬を渡した。
くぴっと、飲む、というか吸収するハク。
紫の魔力は、ほんの少し膨れたが、それだけ。
まぁ、必要以上に回復薬を使っても仕方ない。
この魔力回復薬は、魔物の方が効果をより多く受けるのかな。味もウケている。
この魔力回復薬の生産事業でもする?
んー、でもそのためには、このオリジナルレシピの魔力回復薬の効力の証明をしないといけないか。私の目以外だと、体感的な感想が頼りになる。……難しい。
従来の魔力回復薬は、どういう経緯で流通することになったのかしら。
レフの母親である魔術師は、必需品として常備していたらしいけども……。
どうしたろうか……。
無事終わったスライムの群れの討伐イベント。
帰宅してみれば、カリーナが立ち塞がった。
「スライムを屋敷に入れるなど、いけません! 猫なら、ともかく! 何故スライムを飼うのですか!?」
汚れの心配かな。ずっと抱っこしてるけれど、服は汚れてないから、別に廊下や部屋を汚したりしないと思うけれども。
カリーナの後ろでは、困り顔の父もいた。
まぁ、魔物がいきなり屋敷内に住むなんて、困るだろう。
見張り役として雇うことになったソードンさんも、箱に詰めたキジ達を困った顔で見下ろす。
「猫ならいいの?」
「はい?」
「じゃあ、ハク、キジ、ミケ、タマ。猫の姿で過ごしてくれないかな? 君達の住む場所が、正式に決まるまで」
ぷるるん、と抱えていたハクは、黒い猫に変身をして廊下に降り立った。
ソードンさんの箱の中にいたキジ達も、さっきの柄の猫に変身して、また廊下に降り立って整列。
お利口さんなスライムの猫化の整列を見て、マラヴィータ子爵邸に激震が驚きの悲鳴として走ったのだった。
主従関係の契りを交わしたと、あとになって知ります。
多分、100話あたりぐらいで(大予想)。
多少余裕が戻ったのですが、今月最後の更新になると思われます!
2023/06/22




