02 衝撃的な事実の発覚で自覚。
空き時間は、孤児院の子ども達と遊ぶことに使う。
子どもだもの。遊びまくる。
小山や平坦な野原が、遊び場だ。まさしく、田舎。
そして、大人の目を盗んで、何かをやらかすのが子どもである。
人には使ってはいけないと、先ず教わる魔法を使って、鬼ごっこで追いかけてくる鬼の妨害をした。
ルールとしては、火の魔法だけは使ってはいけないと決めている。
火の魔法は子どもでも、小さな火傷を負わせることが出来てしまう。当たりどころが悪ければ、大怪我にもなりうる。
森を駆けて、鬼ごっこをしていれば、ある男の子が追手の子に捕まった。
悪足掻きに魔法を発動させたのは、火の魔法だった。
ボン、と小さく爆発。
クラッカーみたいな小さな爆発でも、手が突きつけられたのは、目元。
咄嗟に、植物を操って、追手の子をひっくり返すことで直撃を防いだ。
雑草を硬く伸ばすレベルまで、緑の魔法が使えるようになって、幸い。
「こら!! だめでしょ! 火は使っちゃ! 今、当たってたら、目を怪我してたわよ!」
「ち、ちがっ! 火を使う気はなかった!」
「じゃあ何を使おうとしたの?」
「うっ……。つ、つい……わざとじゃないんだ……」
「もう! 火は使わないルールよ。覚えておきなさい」
叱りつければ、男の子は、シュンと項垂れた。
「ありがとう……ベラ。びっくりした」
「私も咄嗟だったから、ごめん。怪我はない?」
「ん」
手を貸して立ち上がらせるのは、クセっ毛の黒髪の男の子。
名前は、ルジュ。大きな黄色い瞳。
私が生まれた年に、孤児院の前に捨てられたらしく、年齢は多分同じ。
ちょっと、仏頂面が多い子。物静かな雰囲気を持つけれど、孤児院育ちなので、他の子の面倒見がいい。
「でも、早すぎない?」と、反応が素早かったことに、怪訝な顔で首を傾げた。
「そう? 光が見えたし、火だってわかったから、急いだけど……ギリギリだったわ」
「光? 光って、なんのこと?」
そう問われて、私も首を傾げる。
なんのことと言われても……光は光だ。
そう言い返そうとして、もしや、と思う。
「ルジュ。これは見える?」
「……火」
左手の人差し指を立てて、魔法で、小さな火を灯す。
それを馬鹿にしているのか、と言いたげに顔をしかめつつも、ルジュは答えてくれた。
「じゃあ、これは?」
「……? 何もないけど……何?」
魔法で作り出していた火は消す。
でも、火の魔法を使う直前の淡い光の魔力を、そこに宿らせていた。
赤みのある光。火の魔法を使うための魔力の色。
これは、ルジュだけではなく、他の子ども達にも見えていないもよう。
魔力は、普通の人には見えていないのだ。
そんな衝撃的な事実を、今、知った。
「……人生で二番目の衝撃的な事実を知ったわ!」
「よくわからないけど、お前は大袈裟だよな。バカなの?」
「ルジュは領地のお嬢様に向かって、それを言っていいと思ってんの?」
「オレはロクな教養を受けていないので、よくわからない」
「いや、そういうこと言える辺り、教養あるし。なんなら、お母さまが力入れてるから。やめなさい、その顔。腹立つ」
ルジュが残念なバカを見るような顔をするから、眉間をぐりぐりと人差し指でほぐしておく。
ちなみに、人生で一番目の衝撃的な事実は、異世界転生をしたと気が付いたこと。
つい、二年前である。日頃からなんとなく、前世を思い出していたのに、”あれ私異世界転生してるじゃん!”と、なんでもない日に自覚したのだ。
青天の霹靂だった。
当たり前に見えてるものが、実は当たり前じゃなかった衝撃も、強い。
これは、私の特殊能力的なあれかな?
異世界転生者らしい、特別な力とか、ないかって。
ずっと自分のことを調べていたのに……目だけに、盲点だった!
一応、ゲームみたいに、ステータスとか表示出来ないかなぁー、って念じたり唱えたりと確認した日々が、酷く懐かしい。
周りに聞いたら、おかしな発想だと笑われたっけ。
とにかく、この異世界は、ステータスとかはない。
「奥さま……まだ体調治らないのか?」
「うん? うん。お医者さんも、様子見だって」
子ども達に、奥さまとかエラーナさまと呼ばれる母は、近頃、体調を崩してばかり。
風邪で寝込んだので、孤児院に足を運ぶ日課も取りやめ中だ。
薬を処方してもらい、安静にしている。
「去年みたいに、また王都に行く予定だから、早く治したいって言ってた」
「……王都、か。遠いんだよな……」
「うん、遠い。正直、行きたくない」
一週間もの馬車移動を思い出すと、げんなりしてしまう。
快適とは言えない馬車移動は、ひたすら苦痛だ……。
「じゃあ、行かなければいい」
「ううん。お母さまに行くって言ったから。お母さま、王都で友だちと会ってたくさんお喋りするの、好きだからね。去年は私がワガママ言って、すぐに帰ってきちゃったから、今年はちゃんと春の間は王都にいる予定」
「……へぇ、そうなんだ」
母の社交活動に付き合いつつ、魔力を目視する能力について調べなくては。
それまで、色々試してみようかな。
魔法を発動する時、魔力は色を灯して現れる。
その色は、魔法の属性によって異なるのだ。
発動のカギになるかも。
「でも…………帰ってくるんだよね?」
あれこれ考えていたら、ルジュにそう問われた。
考えに没頭していたので、一瞬わからなかったけど、王都からここに帰るのかどうか、の質問だ。
「うん」
春の終わりには帰るって言ったのに、なんの確認なのやら。首を捻りたくなりつつも、笑顔で頷いて見せた。
ルジュが安堵したように力を抜いたのがわかったけど、まぁ、別に、どうでもいいか。
『魔力が視えること』は、想像を絶するほどに、とんでもない能力だと知るには、そう時間がかからなかった。
自分の魔力を視ることで、属性別の魔力の色付け方を練習が出来たし、さらには新たな魔力操作の練習も、試行錯誤で出来るようになったのだ。
本で学んだ常識とは、魔力の認識は異なる。
常識だと、魔力は体力と似たようなもの。使えば消耗し、休めば戻る。
身体を包むように存在する魔力は、身体の支えも担っている。だから、魔力切れを起こすと、疲労感でぐったりするのは、そのせいだ。
そう教わったのだが……。
通常の魔力も『視える』ように集中してみた結果、確かに身体を包むように、魔力が在る。
しかし、その身体の奥には、まだ魔力が在った。普段、使用されないままの魔力が、宿っているのだ。
もっと言えば、魔力はそこに保管されていて、身体を包むようにある魔力は、ダダ漏れしてしまっただけの魔力ということ。
つまり。
他の人達は、自分がその程度の魔力だと思っていて、本来ある魔力に気付きもしていないことになる。
でも。保管されているように体内に宿る魔力は、果たして使用していいものか。
自己防衛のために、保管されているのかもしれない。使ったら、負担があるとか。ある種の制御装置だとか。
思えば、魔力切れを起こした際の症状の原因が、よくわからない。
包む魔力がなくなると、ぐったりと疲労感を覚えるのは、実は外気にそんな要因がある異世界だったとか。
それとも単に、サポーターのように支えてくれている魔力がなくなってしまって、負担さや不便さを覚えてしまうためとか。
……それならば、身体の外側の方に漂う魔力なんて、使うべきではないと思うんだけど。前者なら、特に。
ふむ。やっぱり、調べておくべきか。
王都に行って、大図書館で調べよう。
それで、母に予定を早められないかと、寝室へ行って話してみた。
「そうね。体調が治れば、すぐにでも行きましょうか」
最近、ベッドの上にいる時間が多すぎて、王都で社交活動が早くしたいと顔に出ている母は、乗り気。
そんな母を。なんとなく。
本当に、なんとなく。
魔力を視るその目で、母を確認した。
「……お母さま。最近、魔法をいっぱい、使った?」
「え? なんのこと? 使ってないわよ、魔法なんて。ずっと」
「……そう」
母の体内の魔力は、とても少ない。
身体を包むように魔力があっても、体内の魔力の中には四分の一だけが、残っている状態だ。
保管されるように中に宿る魔力が、徐々に減り続けている。
使っていいかどうかを考えていたソレが、使われることなく、減っている事実。
夫婦の主寝室を後にして、魔法の先生ジェラールに尋ねた。
魔力が戻らないままになることはあるのか。
そうなった場合、どうなるのか。
ジェラールは、丁寧に答えてくれた。
「魔力欠乏症です。原因は解明されていませんが、ある日、唐突に魔力が戻らなくなる病気です。ご存知の通り、魔力切れだと身体はぐったりするでしょう? その状態が続き、身体が弱り、最終的には……命を落とす病です」
「……死ぬん、だ……?」
「はい」
「……治せないの?」
「病気が見付かれば、間もなく亡くなります。手の施しようがない病気なのですよ。不治の病。原因も未だに、わからないのです」
ゆるりと、ジェラールが首を横に振る。
魔法を発動していないのに、魔力が減っている理由はわからない。
でも、このままでは、母は恐らく――――……。
「病気が見付かればって、どういう意味?」
「魔力が回復していないとわかった時が、病気が発覚する瞬間なのですよ」
「……そう。その魔力が回復していないって発覚する前に、他に変化ってないの?」
「と、言いますと?」
「例えば、お母さまみたいに、体調を崩しがちになるとか……変に長引いている風邪みたいに」
「!」
ジェラールが目を見開くと、息を呑んだ。
その反応は、どうやら、母にも当てはまる病状らしい。
「お父さまに話して、お医者さんに、よく診てもらいましょう」
再診察を頼む。
魔力欠乏症ではないことを願って……。
けれど、春になった温かな陽だまりの中のベッドの上で。
母は帰らぬ人となった。
死因は、魔力欠乏症だ。