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17 依頼と盾の名前借りと夏の狩り。



 五年前に、処女作の純愛小説をヒットさせた小説家は、バートン・モルタン。

 家に訪ねた私は、その純愛小説の感想を伝えた。

 丁寧に描写された心情や甘い雰囲気が、何よりよかったと。


「いやぁ……領主様のご令嬢に、直接ご感想をいただけるとは……恐れ多いです」


 まだ二十代前半の青年だというのに、三十歳くらいにも見えてしまう老け顔。

 只今、ご令嬢の私の訪問に、心底驚いては委縮中。


「私めのことを知っているとは……驚きです」

「狭い領地です。一言漏らせば、あっという間に広がりますよ。新入りの住人が、ヒット作を出した小説家だなんて、聞き付ければ、マダム達が知り合い中に話しますわ」

「ア、アハハ……」


 バートンさん自身が、素性を一言零したから、私の耳にも届いた。


 目をオロオロと泳がすバートンさんは、恐らく、”次の作品は?”という質問に身構えているのだろう。

 スランプ中には、ダントツで嫌な問いだろうな。

 まぁ、その話題をするけど。


「実は、バートンさんには、書いていただきたい物語があるのですけど、そういうことは可能でしょうか?」

「ハイッ? ……アイディアが、あると?」

「はい。バートンさんのあのヒット作のように、あなたの文章力で描いてほしい物語があるのです」


 ニコッと、笑って見せる。


 拍子抜けした表情から察するに、アイディア提供は初めてのことらしい。


「えっと……そういうことは、初めてでして……。書き上げると言う約束は出来ませんのですが」

「では、少しだけ聞いて、考慮してもらえますか?」


 戸惑うバートンさんに、サクッとレフの両親の出会いと愛の話。


 相手が魔物ということに少し眉間にシワを寄せたが、しかし、物語としては面白いし、バートンさんとしても種族を超えた純愛が書きたいという気持ちが湧いたらしい。


 先ずは、書いてみるとのこと。

 とりあえず、トラブル防止のためにも、バートンさんに契約書をサインしてもらう。

 このアイディアによる提供をしたこと。そのアイディアで出来上がった小説が利益を出したならば、その分け前を頂戴する。その約束を記した契約書を、互いに持つこととなった。


「あ、あの。次回は、お呼びしていただけたら、私めが出向きますので……そうしていただきたいです」


 証人になってくれたジェラールに契約書を持ってもらうために渡すと、バートンさんはちょっぴり引きつった笑みで、恐る恐ると言い出す。


「……わかりました。バートンさんも、お気軽に子爵邸へどうぞ」


 ぶっちゃけ、領地のお嬢様に、家に来られては困るのだろう。

 なんにもない領地のお嬢様だとしても、貴族は貴族。

 訪ねた時に、中に入れてくれるまで時間がかかったから、慌てて片付けたのだろう。

 平民の身なのに、家に入られては冷や汗が止まらない。

 逆の方がマシ。ということなのだろう。


 外に出てから、私は近くに元魔術師の隠居おじいちゃんの家があると思い出す。

 名前を、ウィリー・エンダース。


「ジェラール。ウィリーさんのところに行ってくるわ」

「お一人で向かわれる気ですか?」

「あなたは、病院に行きなさい」

「はい? 何故?」


 向かいの通りにある病院へ。行くように指を差せば、ジェラールは首を傾げた。


「膝、痛めてるのでしょ? 悪化する前に治療してもらわないと、これから私のおともが大変になるわよ」

「! よくわかりましたね……。仰る通りです。では、ウィリーさんのお宅でお待ちくださいね」


 ジェラールは、膝に痛みを覚え始めたはずだ。

 それは『ヴィアイン』で見抜いた。

 最近、『ヴィアイン』では、怪我や病気も視えることに気付いたのだ。


 仄かな赤い色のモヤは、怪我。小さな切り傷まで、目に出来る。

 仄かな深緑色のモヤは、病気。喉や肺の炎症の風邪が、目に出来る。


 ジェラールの膝には、赤いモヤが小さくまとっていた。


 もうこの『ヴィアイン』は、万能眼と呼ぶに不足ない能力だろう。

 うん。万能眼と書いて、ヴィアインと呼ぼうか。

 『万能眼(ヴィアイン)』で、どうだ。ドヤ。


 ウィリーさんの家の中に入ることまで見届けて、ジェラールは病院へ行く。


「ウィリーさん。名前を貸してください」

「名前を貸す? ……そのお歳で、借金を!?」

「違います」


 ジェラールがいない隙に、許可をもらおうとしたのだが、時折ボケ気味のウィリーさんは、ビックリ仰天。


 笑顔で否定。

 なんで貴族のお嬢様が、わざわざ引退生活しているただのおじいちゃんの名前を、拝借してお金を借りるんだ。今まさにボケてるの?


「用途は、学会への魔法研究の発表の際に、元魔術師のウィリーさんの名前を使いたいだけです」

「なんと? 学会などに、発表? 何故またそんな……」

「元魔術師という経歴の持ち主でもなければ、見てもらえないでしょう。それで名前をお借りしたいのです。運がよければ、評価されて魔術師としての名が上がりますよ」


 ウィリーさんの名で、学会へ魔法についての発表。

 『風ブースト』について、ちょろっと細かに説明したものを、試しに魔法関連の学会に発表してみようと思う。

 今後、古代文明の魔法についても、わかることがあれば、そういう経緯で発表する手も用意しておいてもいい。


 魔力欠乏症について。

 確実な証明と、死を防ぐ方法を見付けた時に、サクッと発表が出来ればいい。

 ……まぁ、本当にあった方が、いい手。


 趣味で、古代文明の魔法を研究や解読を進めるなら、超古代文明の魔法を流行らせる発表が出来るかもしれない。


「わっははっ! わしが魔術師として名を上げたい野心など、持っているとお思いで? 貴族の伝手を探れば、ご自分の名で発表する方がいいかと」

「まぁ、探せば伝手は得られますが、それでも私の年齢を考えれば、やはり、ウィリーさんの名前を盾にさせてください」

「うーむ。しかしぃ……万が一にも評価を受けたのなら、勿体ないのでは? わしめの手柄になってしまいますよ。それに尋ねられても困りますよ」

「ならば、助手という形で私の名を。そうすれば、ウィリーさんはお歳だととぼけてしまえばいいでしょう。何か来たら、私に丸投げで構いません」


 どうせ、たまにボケているのだから、フリしてかわせばいいじゃないか。

 ニコニコとしながら、面倒事は嫌がるウィリーさんに、要求を押し付けた。


 二人して、魔術師としての名声を求めていない。

 私も、この特殊能力の目を持っている以上、悪目立ちは避けたいのだ。

 盾になってほしい。

 私だって、ボケたウィリーさんが言っていたことをまとめただけだ、とか、おとぼけをかますことも可能だから。


「それならば、わかりました。どうぞ、お好きに。この老いぼれの名で役に立つならば、どうぞどうぞ、ベラお嬢様」


 ウィリーさんは、ほほほっ! と声を上げて笑う。


 そこで、ジェラールがやってきた。


「ジェラール。薬をもらった? よかったら、ウィリーさんに分けてあげてくれないかしら」

「「?」」

「ウィリーさん。腰、痛めてるでしょ」

「おお! 何故わかったのです!?」

「今腰を押さえたじゃないですか」


 椅子から立ち上がる際に押さえたし、ジェラールと同じく、『ヴィアイン』で確認すれば、腰にはほんのりと赤いモヤ。

 お年寄りは、大変だな。

 なんて、思ったり。


 湿布と痛み止め薬。どうせ、多めに処方されているのだ。

 そういうことで、ジェラールはウィリーさんに厚意で差し出した。



 マラヴィータ子爵邸に帰って、早速、『風ブースト』の論文を書こうかと思ったのだけれど、父にお茶に誘われたので、テラスのテーブルへ。


「ベラ。今年の誕生日プレゼントは、何がいいかな?」

「……お父さままで……」

「ん? どういう意味だい?」

「あー、いえ……。エドーズお兄さま達にも、問われて……」

「……そ、そうかい……」


 父もカリーナ達が、キャッキャッとはしゃいでいることは知っている。

 だから、求愛者エドーズの名前に、遠い目をしてしまう父だった。


「綺麗なドライフラワーをもらったと聞いたけど……それじゃないのかい?」

「ええ、まぁ、はい。叔母さまにも問われたので、無難にアクセサリーをお願いしたわ」

「そうか……その、えっと…………直接、祝いに来ると?」

「それはないかと。私の誕生日には、王都は夏祭り中。貴族も社交パーティーで、打ち上がる花火を楽しむとか。盛り上がっている期間だから、いらっしゃらないかと。それに、母の喪中。大きなパーティーを開くわけでもないのだから、来ると言うなら断らないと」


 肩を竦める。


 春先から夏の途中までが、縁作りと交流のための社交シーズンだ。

 そして、夏祭りの打ち上げ花火が、夏の夜空に花を咲かせて、夏の社交パーティーも盛り上げてくれる。

 と、去年、母が言っていた。


 私が早く帰りたいとごねたから、母は結局その夜空の花火を見ることなく、亡くなったのだ。


 母を思い浮かべたのは、私だけではないらしい。

 父も眼差しに悲しみを浮かべて、笑みを薄めた。


「……そうだな。今年は、誕生日会は……出来ないからな…………エラのいない誕生日会は、きっと酷く寂しいだろう」


 初めての、母のいない娘の誕生日。

 喪中の最中に、誕生日会なんて開かない。


「……誕生日プレゼントが、多い方がいいのかな」と、寂しさを紛らわせられるなら、と呟くように父が言った。


「お父さまから、何をもらおうかな」

「僕が用意出来るものは、必ず贈るよ」


 私が明るく笑いかけると、父も笑みを作り直す。


 父に、何をねだろうか。


「あっ。……夏といえば、スライムの群れの討伐をする時期……」

「ん? そうだな。そろそろ、マラヴィータ子爵領の地の外の沼地のスライムが繁殖しすぎないように、討伐をする時期ではあるが……去年はさほどいなかった。今年は狩人に依頼するほどではないかな。放置しても、問題あるまい」


 スライムの繁殖地でもある領地外の沼地。

 大繁殖をされると、マラヴィータ子爵領に入ってきて、作物を食べられてしまう被害に遭うため、この時期は狩人が討伐依頼を受けて狩るのだ。

 本来なら、魔獣や魔物討伐には冒険者を雇うが、スライムレベルなら、領地の狩人でも危険なく討伐出来る。


 去年の報告からして、今年は依頼する必要はないと判断した父。


 ちなみに、繫殖と言うけれど、正しくは分裂である。スライムだから、無性。増殖方法は、分裂。



「なら、お父さま。スライム討伐に行く許可を、誕生日プレゼントとして欲しいです」

「ゴフッ!!」



 にっこりと、笑顔で甘えた声を出して要求したら、タイミング悪く啜ろうとした紅茶を噴き出してしまった父は、盛大に噎せた。


「ゲホゲホッ……! ……へっ? な、なんて、言ったんだ? ベラ?」

「スライム討伐の許可を、8歳の誕生日プレゼントに欲しい、と」

「ひえ? な、なんで……?」


 声を裏返して、顔色悪くした父が理由を問う。


「スライムが見たいし、スライムなら魔法攻撃の練習のいい的。基本魔法を覚えたルジュ達も連れて、魔物相手に魔法を実践するいい機会だと思って。もちろん、子ども達だけで行かせてほしいとは言わないわ。狩人のミルウィルさんの息子のホワから聞いたけれど、スライムなどの弱い魔物や魔獣相手に、狩りの実践をすることがあるとか。だから、危ないと承知で頼むので、誕生日プレゼントとしてお願いして、大人達に同行してもらって、スライムの群れの討伐をさせて欲しいな」


 両手を合わせて顔の横に添えて、ニッコリとまた甘えておねだり。


「そ……そんな、誕生日プレゼントで、本当にいいの……?」


 カタカタと震えてしまう父。ドン引き中らしい。


 こんな誕生日プレゼントをねだる幼い令嬢は、この異世界でも、私だけだろうなぁ。


「うん。だって、私が怪我をしそうなら、お父さまはとても心配してしまうでしょ? だから、誕生日プレゼントで、無理にお願い」


 母を亡くしたばかりで、娘を危険なところに行かせる許可を出す。

 それはとても難しいことだろうから、と言っておく。


 父は、またちょっぴり悲しげな笑みになった。


「わかった……。じゃあ、安全を考慮して計画をしようか」


 スライムの繫殖地であっても、不測の事態に備えて、安全第一に計画。


 父がそう決めてくれたので「ありがとうございます」と、先にお礼を微笑んで言っておいた。



 



誕生日プレゼントに、スライム狩り参加をご所望な風変わりなご令嬢。


ということで、スライム回を明日は二話連投予定です!

2023/06/09

(次回明日(6/10)予定)

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