15 仲直りのために隠し事は明かそう。
私も二人と向き合うように椅子を置いて座った。
さて、どうしたものか……。
「レフ。ルジュと仲直りしないと、今後ここに居づらくなるのはわかるよね?」
「えっ!?」
「ルジュを敵に回すのは得策じゃない。だから、ルジュに事情を話すべきよ」
「っ!!」
つまりは、ルジュに正体を明かして、夜に私と魔法練習をしていた事情を、素直に話すべき。
明かすことが、そう簡単に出来ないレフは、顔を歪めて伏せた。
「ルジュは、殴り合いなんてやりすぎじゃない?」
「…………」
「私を睨んでもしょうがないでしょ」
「……部屋に男を入れちゃダメじゃなかったのか? カリーナ先生にチクるぞ」
「部屋に入れてないよ」
「……でも、会ってたんだ?」
「ええ。人目を避けて練習する事情があったから」
不機嫌丸出しの低い声を出すルジュに、私は平然と言い返す。
殴り合いは、やりすぎだ。
私のところに、こっそり来ていたとしても、ルジュが殴ってまで怒ることないだろうに。
「……事情って? 何? なんでオレに隠すの」
ルジュは、私を真っ直ぐに睨み付ける。
そんな、自分には隠し事をするべきじゃないって言わんばかりの態度は、何。
一番の幼馴染だけど、そんな約束はしていないのだし、ちと束縛彼氏みたいよ。ルジュ。
「それはレフと、今夜来ればわかるよ」
「ベラ……!」
「遅かれ早かれよ、レフ。男でしょ、覚悟を決めなさい」
「うっ……!」
勝手に決めて悪いけど、この機会だから、先にルジュにもう見せるべきだ。
二人に、夜会う約束をし、罰として倉庫の部屋の掃除を命じた。
その間に、不安がるミリー達を集めて、話をする。
「ルジュとレフは喧嘩したけど、明日には仲直りするから、それまで二人をそっとしてあげて。すっごい怒っちゃっても、殴ったことは、反省するべきだからね。大丈夫よ」
そう安心させるために、笑って見せた。
いつものように遊んでやって、帰宅。
夜になって、いつもの時間。
屋敷の塀の向こうに降り立てば、ちょうどレフ達がやってきた。
すぐに『ヴィアイン』で、ルジュに手を引かれているミリーに気付く。
「なんで、ミリーまでいるの……」
「眠れないって、部屋に来たから……」
額を片手で押さえた。
二人の喧嘩のせいで不安が拭えず、眠れなかったミリーが、ルジュに甘えて来てしまったということか。
夜テンションのミリーは、ムギュッと私に抱き付いた。
「何するの? ねぇ、何するの!?」
「落ち着いて。しぃー」
頭を撫でて宥めつつ、レフと顔を合わせる。
絶対に無理と言わんばかりに、レフは顔を左右に振り回す。
ミリーなら、泣くかもしれない。
こんな夜の森の中で、異形の姿だなんて……。
ミリーに怖がられて泣かれれば、もれなくレフも大ダメージを受けるだろう。
なにぶん、みんなの妹分ミリーに懐かれて、レフも喜んでいたのだから。
「はぁ。しょうがないわ。順番に行きましょう。ミリーもルジュも、本物の生きた魔物は見たことないわよね?」
驚いて怖がらせないように、事実を呑み込めるように、少しずつ情報を与えて、準備をさせよう。
「魔物がみんな、怖いわけじゃないってことはわかる?」
「えー? そうなの?」
「うん。動物みたいな姿でも、人間と話せるように、ね」
わかんないと、こてんと首を傾げたミリー。
ルジュも、怪訝な顔付きだ。
レフに目を向けたが、まだビビっている様子。
しょうがないとは思うけれど、もう覚悟を決めて飛び込むしかないだろうに。
私が背中を押そう。むしろ、押し飛ばしてやろうか。
「レフは、半分魔物なのよ」
そう告げれば、レフが「ヒュッ」と喉を鳴らした。
二人が目を丸めて固まっているうちに。
「耳の先も爪も尖っててね、鳥みたいな翼も持っててね。髪は鳥みたいに羽毛になるのよ。魔法を使うと、その姿が出ちゃうから、ずっと夜にここで、練習してたの。人間の姿のまま、魔法が使えるように」
レフの魔物の特徴とともに、明かす。
私から、ルジュとミリーは、レフに目を向けた。
レフが姿を見せる番だが、青ざめたレフは往生際悪く、拒むように小さく頭を左右に振る。
「ほら、レフ」
「ちょっ……えっ!? なんでだよ!?」
レフの手を掴んで、魔力をちょちょいっと刺激してやれば、紫色の魔力がレフの姿を変えた。
私にあっさりと変身させられたことに、レフは意味がわからない、と声を上げる。
だが、そんな場合ではないと、ハッとして、ルジュとミリーを見た。
ポッカーンと、口を半開きにして立ち尽くす二人。
ダラダラと汗を垂らすレフ。
沈黙の末、フラリとミリーがよろける。
咄嗟に、私とルジュで背中に手を添えて支えた。
「あわわっ! ミリー!」
「落ち着きなさい。とりあえず、詳しい話をするから、座りましょう」
慌てふためくレフも一緒に、ミリーとルジュにも、地面に座らせる。
先ずは、レフの両親の話。
私もつい先日、聞いた魔術師の女性と魔物の男性の出会い。
魔物の男性は、鳥に化けては情報収集をする仕事をしていた。しかし、野良の魔獣に襲われ、怪我をして落ちてしまった。場所は、魔物を忌み嫌う小国。そのため、魔物と一目瞭然の本当の姿に戻れずにいた。
だが、魔術師の女性が、鳥を保護し、怪我が癒えるまで世話をしてくれたのだ。
魔物の男性は、彼女に恋をした。
二人の間に、生まれたのが、レフ。
魔術師の女性とレフは、人間の生活をし、魔物の男性は時折、会いに来ていた。
そういう家庭の形だったのだが、レフが魔物の姿になってしまい、バレたのだ。
小国から逃げ出し、魔物の男性が住む魔王が支配する魔物の大森林へ入った。
だがしかし、大森林の魔国の現魔王は人間嫌いだった故に、魔国の侵入者とみなして、魔術師の女性に処刑命令を下したのだ。
三人で逃げる最中、魔術師の女性は致命傷の怪我を負い、最後の力を振り絞って、魔物の男性から教わった魔法で、レフに人間の姿が保てる魔法をかけた。
魔物の男性はレフを連れて逃げたが、追手から逃れるために、レフを一人で行かせるしかない状況に追い込まれた。自分の分身の小鳥について行けと、そうレフに伝えたのが、最後。
こうして、レフは、小国と魔物の国を追い出され、両親を殺されて、なんとかここまで生き延びおおせた。
姿を保つ魔法は、魔力を使うとどうしても魔物の部分が出てきてしまうため、私がコントロールを覚えさせたのである。
自分の姿のせいで。種族の違いのせいで。
大きすぎる不幸に見舞われたレフの気持ちを察してほしい。
初めから知っていた私以外に、事実を明かすことを怖がったことを、許してやってほしい、と。
私はそう、話し終えた。以上だ。
「……なんで、ベラは、初めから知ってたのに、隠してたんだ?」
ルジュが首を傾げて、私を見た。
どうして、初めから、レフを魔物の子だと報告しなかったのか。
「小鳥が”お願い”ってお辞儀をして、煙みたいに消えた。それを話すより先に、倒れた男の子を保護してもらうのが先だと思ったから。レフ本人にも、気絶する前に”助けてくれ”って言われたし、彼を助けるためにいい方法を考えて、決めただけ。話を聞き出せば、本当に行く宛てのない孤児だし、悪い魔物でもないし、悪い人間でもない。一緒に過ごして、ルジュもミリーもわかるでしょ?」
「「……」」
二人は顔を合わせた。そして、レフに目を向ける。
翼を背に生やした少年。人間とは違う姿。
でも、姿が違うだけで、毎日一緒に食事をして勉強をして遊んでいた相手だ。
「そういうことで、レフが魔物とのハーフだってことは、私達の秘密よ。レフが、安心して、明かせる時まで。ね?」
「「……」」
ミリーは秘密を守ると約束するように、おずおずと首を縦に振った。
「……あの……ルジュ、ミリー……」
恐る恐ると、レフは口を開く。
「オレがいても……大丈夫……?」
孤児院にいてもいいのか。これからも、ともに暮らしていいのか、否か。
二人の本心を尋ねたいらしい。
「……オレは別にいいけど」
「……うん」
ルジュはそう先に答えると、ミリーの答えも求めて、顔を向けた。
頷いたミリーは、眉を下げて、気まずげに、私とレフを交互に見る。
「もう、ルジュにぃーとレフにぃーは、ベラおねえちゃんのことで、殴り合っちゃダメだよ?」
「「ブフッ!?」」
ミリーが窘めるみたいに、兄呼びする年上相手に言った。
予想外の発言だったのか、二人は噴き出す。
いや、私も予想外なんだけども……。
何故、私のせいで殴り合ったことになっているんだ。
夜に抜け出して、私に会いに行ったことを知って、ルジュが殴りかかり、レフが殴り返して、もみ合いになった。
二人の殴り合い。それで、ミリーは泣いたのだ。
別に間違ってはいないけれども……。
……せめて、”そういうのじゃない”って否定をすればいいのに、二人して黙りこくった。
顔を真っ赤にして、だ。
初々しい彼らに向かって、令嬢と結ばれないってことをはっきり告げてもいいものか。悩んだ。
いや、ここは彼らが、自ずと理解して悟ってくれることを、そのうち待つべきか……。
私から、初々しい男の子達の初恋を、砕け散らせることもあるまい……。
……うん、放置。幼馴染の初恋の処理とか、知らん。
「じゃあ、決まりね」と、平然ぶって微笑みで、終わらせることにした。
「でも。魔法はもう十分使えてるように見えるのに、なんで昨日もレフはベラのところに?」
納得いかないと、ルジュが食い下がる。
面倒な独占欲彼氏か。仕方のない男幼馴染である。
「まだ色々試しているところなの。魔力を使いすぎれば、レフも魔物の姿に変わっちゃうし。あ。せっかくだから、ルジュとミリーも一緒に練習する?」
「「「え?」」」
「魔法練習。それに、レフもその姿を見られることに、少しは慣れておけば?」
まだレフには練習が必要だから、この際、練習に付き合う形で、ルジュも来ればいい。
レフと二人きりじゃなければいいでしょ。
「ジェラールの目もないし、思いっきり遊べるよ? 間違えた、練習が出来るよ」
本音が出た。
ジェラールの監視下じゃないと、大きな魔法は使ってはいけないんだもんなぁ、日中は。
「魔法練習が遊びって……」と、レフが口元をヒクつかせる。
「じゃあ、緑の魔法をいーっぱいれんしゅうしていい!?」
ミリーが目を輝かせた。
「うん。魔力切れを起こさなければね。思いっきり練習してもいいけど……でも、他の属性の魔法も練習しよう?」
「ええー? んー。でも、ベラおねえちゃんが言うなら、そうする!」
ぴょんっと飛び跳ねるミリーは、従順だ。
「ひっそり、思いっきり、魔法練習……」と、呟いたルジュは、コクリと深く頷いた。
「やる、練習。毎晩」
そう力強く答えると、じとりとルジュが鋭い横目をレフに向ける。
「……なんでオレを睨む?」と、戸惑うレフだった。
魔法の腕も、負けたくないだけではないの?
もう……。やれやれである。
仲直りしなさいよ。
こうして、四人で秘密の魔法特訓を、夜にやることとなった。
2023/06/04
(次回更新、6/7予定)