14 夜中の秘密の魔力魔法練習。
夕食は、18時。
すませたあとは、入浴準備をしてもらい、入浴。
21時には就寝するから、それまでには、書き物を終える。
考えのメモ。今日の組み立て式家具の量産のための魔法や魔法道具について。
いつか、名案が浮かべばいいけど、それまでは、領地のためのメモとして、ファイルに入れて引き出しにしまった。
覚えていることをいいことに、流出してほしくない知識や案は、日本語で記入しているので、万が一盗まれても大丈夫だろうけれど。
カリーナを欺くために、一度はベッドに入って、おやすみを告げる。
部屋から出れば、呼び鈴のベルさえ鳴らさなければ、朝まで来ることはない。
『ヴィアイン』を使えば、灯りなしで出歩ける。
よって、外を歩いていても、暗さで見つかることはない。
窓から飛び降りる。二階から、風の魔法で着地。
そのまま、待ち合わせの方角に走った。
もうレフがいることが、わかったからだ。
「待たせた?」
「……視えるのか?」
「目がいいの」
敷地の塀の上。
灯りをつけていないランタンを持って腰掛けていたレフは、驚いたと目を見開く。
彼の方は、目を凝らして、ようやく私が視えるようだ。
とりあえず、塀を乗り越えるために、手を伸ばす。
こちらの意図を読み取ったレフは、その手を掴んで引き上げてくれた。
塀の向こうは、森の中。
塀が遮ってくれるので、灯りをつけても気付かれないだろう。
「じゃあ、早速、やろうか」
「えっ? あ、うん」
二人して10歳未満の子どもで、無断で抜け出してきたのだ。
手短がいい。
私はともかく、レフの方は見回りが来るかも。
長くても、一時間がいいだろう。
灯したランタンを脇に置いて、両手を握って、向かい合って地面に座る。
『ヴィアイン』は一度閉じて、『魔力視』でレフの魔力を見張った。
「風にしよう。風を起こして」
「……姿、変わるんだけど」
「変わらないように練習するのだから、最初はしょうがないでしょ」
姿を見られたくないのか、レフは躊躇する。
練習しないと始まらない。
おずおずと、レフは頷いて、深呼吸。
魔力を動かして、風を起こして、二人の髪を靡かせた。
黄緑色の光の魔力が風になるが、紫色の魔力が尖った爪を、尖った耳を、羽毛の髪を、背中に翼を、作り出す。
初めて、直接、目にした姿だ。
本当に、魔力の使用で、姿が変わるのか。
でも、紫色の魔力を、透明に近付けることで、魔物化が防げるかもしれない。
「得意な魔法は、風?」
「あ、う、うんっ……。でも……えっ? ……それだけ?」
「何が?」
「オレの姿についてだけど!?」
翼を震わせて、レフが声を上げる。
あ。初めて見たわけじゃないから、さしてリアクションしなかったわ。
「じゃあ……その翼で飛べる?」
「飛べるけど、質問とかじゃなくて、フツー驚かない!? 魔物、初めてでしょ!?」
「……わあー、びっくり」
「棒読み!!」
全力ツッコミをするレフ。
私の驚く反応は、省略しようよ、もう。
「あ、じゃあ触るね。痛かったら、言って」
「え? な、何……?」
びくびくするレフが身構えたが、お構いなしに耳を摘まむ。
魔物の魔力による耳に、私の魔力をまとわせる。紫色をなるべく透明化にした。
「くすぐったっ」と、軽く震えたレフの摘まんでいた右耳は、通常のものに変わる。
なんだ。上手くいきそうだ。
「思った通り、コントロール出来れば、いいみたい」
レフ自身が確認出来るように、レフの指先にも同じことをする。
そうすれば、尖った爪が、人間のそれに戻った。
「えぇ!? すご! どうやった!?」
「私の魔力を込めただけ。やっぱり、魔物寄りの魔力ではなく、人間寄りの魔力を使うコツを覚えればいいかも」
「……コツって、一体どうやって」
「だから練習するの。今夜でダメでも、また明日、その次でも」
私が誘導して、魔力を透明化する。
レフはその透明の魔力を維持することを、感覚的に学べばいい。
先程の風の魔法を視る限り、魔力操作は上手い方だ。
問題は、魔物と人間の魔力の使い分けが、レフ自身に出来るかどうか。
練習あるのみ。
「……なんでそんなに、ベラはすごいの?」
「ん? すごい私に見付けてもらった幸運を噛み締めるのは、変身しないで魔法が使えるようになったあとよ」
「わ、わかった…………よし!」
まだ成功もしてないのに、私をすごいと認識するレフに、言っておく。
今までの子ども達にしてきたように、使う魔法の魔力の光を変えるとは、ちょっと違う。
でも、魔法を使用するための魔力に、紫色を除外するように心がければ、魔法を使う度に姿を変える心配をしないで済む。
魔力切れを起こすまで、ひたすら練習。
「わかるようで、わからない」というのが、一晩目のレフの感想。
「なんか、わかってきたかも」というのが、二晩目。
「もう少し! もう少しかも!」という自己申告が、三日間続き。
「よっしゃ!!」と、声を上げて、人間の姿のまま、両腕を夜空に突き上げた六日目。
「どうだ!? 変わってないだろ!? もうオレも『風ブースト』で、鬼ごっこ出来るだろ!?」
「いや、それはまだやめた方がいいんじゃない? 明日は、話ながらやってみましょう」
「話ながら?」
「レフが知ってることを聞き出すから、答えながら魔法を使ってみて。レフの知識を教えてもらう約束だしね」
「あ、そっか。でも、魔物のこととか聞いてどうするの? 必要ある?」
今日はここまで切り上げると立ち上がって、ポンポンッとお尻を叩く。
同じく立ち上がったレフは、頭を掻いた。
「ぶっちゃけ、現代の魔法って……興味が惹かれないのよね」
「現代の魔法? 古代文明の魔法が知りたいの? 古代文明から生きてる魔物なんて、そうそういないけど……いても、古代の魔物は、眠っているって聞くし」
「それは、会いたくなったら、会いたいなぁ」
「いやいやいやいや!」
ブンブンと、激しく頭と手を横に振るレフ。
わかってるよ。願っても無理なんでしょ。はいはい。
「滅びた古代文明。男神の邪神信徒の殲滅という説以外に、大魔法による説も浮上したんだって」
「だ、大魔法!?」
初耳か。
魔術師の母から聞かされていなかったとなると、そこの小国にはまだ伝わっていない説だったのだろう。
ごく最近みたいだしね。大魔法による文明崩壊の説。
「ほら、私が持ってた古代文明の本。魔法の書物もあるけれど、それを解読する術は遺されていないでしょ。だから、古代文明の魔法は危険視されていて、あまりにも危険だから生き残りが、男神が邪神の教団を滅ぼした罪深い時代と言い残すことにしたのかもって説」
「ま、マジか……」
「理由はともかく。私は男神降臨による文明の崩壊より、大魔法による崩壊が有説かもって思うのよね」
「え……?」
大魔法による地上の破壊。そして、後遺症による魔力切れの症状を味わう外気の汚染。
「ところで、レフ。純粋な魔物も、魔力切れを起こすと、ぐったりするの?」
「ん? うん、そうだ」
レフの魔力切れによるダウンを何度も眺めていたけれど、ハーフだけではなく、純血の魔物も人間と同じく、魔力切れによる疲労感を覚えるようだ。
「あ。でも……父さんの魔力量は、人間とは比べ物にならないって、母さんが言ってた」
「それって、魔物が? それとも、レフのお父さんが特別に多いって意味?」
「うーん……それは、わからない。ごめん。でも、人間よりも膨大な魔力を使うから、羨ましいって。言ってたのは、覚えてる」
「……ふぅん」
人間よりも膨大な魔力を使う。
魔物は、人間と違うのか。
レフを『魔力視』で視る限り、私と大差変わらないと思う。
普段使用する魔力。身体の表面に漂うソレ。
『魔力ポケット』を視たけれど、そこも変わらない。
未だに使用していいかどうか、迷っている魔力。
「そうだ。話に出たついでだけど、レフは、邪神の教団について、何か知ってる?」
「え? 邪神の教団……? えっと……常識程度にしか知らないけど?」
邪神の教団についてなんて、とちょっと引き気味ながらも、レフは私と同じ常識として知っているかどうかを話してくれた。
ジェラール達に改めて、ゲトゥラシュ邪神の教団について、情報を求めたけれど、教えてもらった通りで目新しいことはない。
黒い本のヒントで、邪神の教団の紋章を視たから、調べたはいいが、何もわからないまま。
結局、なんなんだ。……はぁ。
まぁ、古代文明に調べていれば、またヒントくらいを拾うかも。
邪神についても、姿形も統一されていて、一致しなかった。
私が目を合わせた金色の瞳孔の一目の正体も、掴めていない。
それから、数日。
私の質問に答えながらも、人間の姿を保ったままの魔法発動が出来たレフも、子ども達との遊びで魔法を使えるようになった。
とはいえ、レフの場合、魔力切れを起こすと自然と魔物の姿になってしまうので、魔法は必要以上に使わないことに決めている。
そのあとも、レフの『風ブースト』の練習のために、夜に会っては知識を得るための質問を続けていた。
けれど、ある日の昼下がり。
孤児院に到着すると、ミリーが駆け寄った。
「ルジュにぃーとレフにぃーが、ケンカしたぁ!!」
うわあんっ、と泣きじゃくるミリーの様子からして、口喧嘩のレベルではないと察する。
中に入ってみれば、困り果てたローリーが出迎えてきて「ルジュとレフが、殴り合いの喧嘩をしてしまいまして……」と教えてくれた。
孤児院の管理者である院長は、初老の男性。マイロン院長。
彼に案内された、勉強のための教室に使われる部屋に、椅子に座らせたルジュとレフがいた。
ルジュの唇の端は切れていて、血が滲んでいる。
レフの左頬も、赤く腫れていた。
二人して、互いを見ないように、ツーンとそっぽを向いている。
「何故殴り合いに?」
「それが、二人とも、だんまりでして。喧嘩の理由を話さないのですよ」
「話さない?」
二人して固く黙秘しているせいで、マイロン院長達もお手上げ状態。
ルジュは、孤児院の長男ポジションで、子ども達のまとめ役。レフは、新入りでも年長者。
よって、二人は揃って、兄貴分のような存在だ。
そんな二人の相性は悪くなく、仲良くなれると思ったのに……。
その二人が殴り合いの喧嘩をしてしまって、こうも険悪に黙り込んでいては、ミリーも大泣きする。ミリーより年下の子達も、不安がって泣くだろう。号泣の連鎖だ。
早急に、仲直りさせるべきだろう。
「殴り合いになるなんて、なんでそんなに怒ったの?」
「…………」
普段は、仏頂面で物大人しいルジュ。長男ポジションとして、下の子を面倒を見るわけだから、何かと我慢強い方だと認識していた。
そんなルジュが怒る要因とはなんだ?
気になって声をかければ、じとりと、しかめっ面で睨まれた。
……私にも、怒ってる? え? なんで? 私も?
「本当にわからないのですよ。昨夜遅くに、騒ぎ出したと思えば、レフの部屋で揉み合いに……」
「昨夜?」
院長の言葉に、跳ねるように顔を上げた。
昨夜って……。
この頃の習慣で、レフは夜十時頃までは、私といた。こっそりと抜け出して。
……つまり、レフが帰ったあとに、喧嘩が勃発したのだろう。
レフを見てみれば、困っていると言わんばかりの眉を下げた眼差しで、訴えてきている。
そーいえば…………。
レフが魔法を使って、遊び始めた途端…………ルジュが、私に物言いたそうな目を向けていたような……。
これは、レフが夜抜け出して、私のところで魔法の練習をしていたことが、バレているのだ。
「私に任せてもらってもいいですか?」
そう院長に許可を得て、大人達には退室してもらい、三人だけにしてもらった。
幼馴染vs新入り。
2023/06/03
(次回更新予約、明日6/4)