12 人と魔物の子には魔力操作を。
連続3話更新。
2話目。
足元から、地上の魔力を黄色の光りに染める。力を込めれば、瞬時にバチバチッと感電させる雷の魔法を発動出来るように、準備。
しかし、レフがそれに気付いている様子はない。
固まっていた身体を、カタカタと震わせるだけ。
人間ではないけれど、正真正銘の8歳の子どもなのだろう。
「小鳥。君のところまで案内して、私にお辞儀してから煙になって消えたの。まるで、”お願い”って言うみたいに」
「えっ……」
「ただの人間じゃないでしょ。君が他に行く宛てがないなら、別にここにいてもいいけど、私が君を保護したようなものだから、事情を話してくれないかな?」
「…………」
また小鳥の話になると、つらそうな顔になるレフ。
泣きそうな顔のまま、唇を震わせながらも、話し出した。
「母は人間だけど、父は……魔物なんだ」
「ハーフ? この国は、別に禁忌じゃ……」
「……」
ふるふる、とレフは首を左右に力なく小さく振る。
「ああ……下の国から来た?」
魔王が君臨する魔物の大森林。魔国。
魔国の向こう側に、小さな国がある。
そこはかなりの差別的主義な人間の国家だと、ちらりと聞いたことがあった。
特に、異種間交流については、拒絶を続けてきたとか。エルフ族も、ドワーフ族も……一番は、人型であろうとも、魔物は拒絶して、入国しないように高い防壁で囲っているらしい。
そんな小国に比べて、ここアルトゥオーロ王国は、門を広く開いている。
人族だけではなく、エルフ族やドワーフ族も、国内に住んでいると聞く。エルフ族からは、二家の貴族がいるとか。
共存を望む魔物の住人だって、大昔から国内にはいるとのこと。
「鳥に化けて、何度も父が母とオレの様子を見に来てくれてた……。オレは人間として暮らしてたけど……でも、魔力を使うと、魔物の姿になるようになってきて……街の人に、バレちゃって…………だから、父が住む魔物の森に逃げ込んだんだけど……。でも、でもっ……」
魔物の子だとバレて、迫害でもされたのか。暮らしていた国を逃亡。
父の元へ、母子で逃げ込んだけれど…………?
とりあえず、攻撃のための魔法発動準備は取り消し、レフをその場に座らせた。
ポロリ、と涙を零すレフは、袖で目元をこする。
「今の、魔王が……人間嫌いで……グスン。オレはともかく、母さんは匂いでバレちゃって……処刑を言い渡されて……三人で逃げたけどっ。母さんが……ッ……最期の力で、人間の姿が保てる魔法、かけてくれて……ヒクッ。父さんもっ……分身の小鳥に案内を、任せて……ううっ」
しどろもどろな情報をまとめれば、魔物の国でも、受け入れてもらえなくて、さらには処刑が下されて、また逃げる羽目に。
人間の母が、人間の姿に保つ魔法をかけて、息絶えた。
残る父親も、小鳥の分身体で息子を逃がした。その分身が消えたということは、”こと切れた”ということなのだろう。
「もう追手は来ない?」
「……うん。近くにいないなら、もう……」
ハンカチを取り出して、レフの目元を拭ってやる。
国の奥まで、追跡してくる可能性はないのか。魔王の命で追跡となれば、この王国でも問題化するだろうし、深追いは諦めた可能性は高いだろう。
確かに、追手の形跡はなかったらしい。
だから、レフはこのまま、ここにいるつもりでいたのか。
自分を預かってくれると言ってくれた、この地に。
「……隠したいって言うなら、いいよ。隠していれば」
種族の違いで迫害されて親を亡くしたレフは、この国が大丈夫だと思っていても、素性を明かす行為なんて恐怖でしかないだろう。
拒まれないとは思うけど、マラヴィータ子爵領に魔物の血を引く者が住んでいたことは聞いたこともない。
結局、異様に見えて、好奇の目を受ける。
まだ両親を失った傷が癒えないのに、それはつらいだろう。
元凶によって注目を浴びては、傷を深く抉る。
「いい、の、か……? グスンッ」
「いいよ。私が許可する。どういう仕組みかはわからないけど、その父親の分身の小鳥に私が頼まれた形だしね。この領地を、追手の魔物が襲撃するような危険がないなら、構わないよ。身寄りのない子どもが身を寄せる孤児院に居ていい許可は、もう領主からもらってるんだから、心配は要らない」
とりあえず、目元をこすることをやめさせた。
このアルトゥオーロ王国だと、三都市の中に入る際には、必ず検問があるから、身分証が必要。
しかし、検問のない街などでは別に構わない、っていうかなりの緩さ。
他国は知らないけれど、平和ボケした王国なのだ。
このマラヴィータ子爵領にも、防壁と門がないのが、いい証拠。
だから、レフの亡命先になったのだろう。
この王国の言語取得薬も、飲んだはずだから、こうして会話も出来る。言語取得の秘薬を飲めば、出身国か否か、見抜くことなんて難しい。
「問題は、魔力を使うと人間の姿を保つ魔法が解けること?」
「あ、う、うん……」
「そういう魔法が使えるだなんて、すごい魔術師だったの? お母さん」
「いや……ただの、普通の魔術師だよ。人間に姿を保つ魔法は、父さんが知ってたんだ」
「ふむ……。で、結局、なんの魔物?」
「あー……鳥翼族、俗にハーピィって呼ばれる魔物だって」
なるほど。翼を持つ人に似た姿の魔物の代表か。
どうりで、翼を持っているわけだ。鳥にも化ける。
「魔物って、色んな魔法を知っているものなの?」
「さぁ? ただ、変身魔法は、得意とは聞いたけど……父さんも手伝って、母さんは最後の魔法をかけてくれた……」
赤らんだ目元で右手を見つめて、レフは呟くように答えた。
そうか。父親の魔法を、魔術師の母親がサポートを得て、かけた。
知りたいものだ。変身魔法。
むしろ、魔物が知る魔法も、あれこれと。
魔物は魔物で、魔法があっても、人間にも発動可能だということか。
まぁ、レフの魔力を視る限り、魔物も色が違うだけで、魔力は魔力。
「最近、魔力を使うと変身するようになったって?」
「そう。魔物の魔力が、増えたせいだろうって……」
「ふぅん? 試してみないとわからないけど……人間の魔力だけを使うようにすれば、変身しないんじゃない?」
「はっ? えっ?」
顎に手を添えて首を傾げて言ってみれば、レフはポカンッとした。
「今までは、人間の魔力を使っていた。でも、魔物の魔力が多くなって、変身を誘発することになった、とかじゃない? あなたは、人間と魔物、二つの魔力を持っている。他の属性の魔法を使うみたいに、魔力をコントロールしてみたらどう?」
「そ、そんなこと……」
「今度、試してみましょうよ。流石に、ずっと魔法を使わないままだなんていられないでしょ。魔術師のお母さんから、教わった魔法もあるんじゃない?」
「……」
微笑んでみれば、レフはまた涙を零しそうになって、目を潤ませる。
「それに、ここの子ども達、魔法好きの私の影響を見事に受けて、風の魔法で鬼ごっこしてるしね。蚊帳の外にならないように、使えるようにならないと。ルジュも言ったでしょ、私は教えるのが得意。一応、試行錯誤しましょう」
孤児院の子どもは皆、私のサポートで基本魔法を覚えているのだ。
いつまで魔法が使えないと言っていると、子ども達が気にする。
長男ポジションのルジュを筆頭に、私の指導を勧められるはずだ。
遅かれ早かれ。
早いうちに、変身しないように魔法を使える方法を見付けるべきだ。
「なんで……そこまで……オレに……」
自分にここまでしてくれるのは、何故か。
「人間の姿を保つまま、魔法を使えるようになったらでいいけど、見返りにレフの知識をくれるなら、それでいいよ」
「え? ち、知識?」
「うん。魔術師の母から学んだことや、魔物の父親から得たものも、全部教えてくれたら、それで恩返しってことでいいよ」
「……そんな、ことで……。……恩返しなんて、足りないだろ……」
呆気に取られるレフ。
そうだろうか。
別に、私が第一発見者じゃなくても、孤児院で住めるようになっていたはず。本当のところ、私への恩返しは必要ない。
私から『基本魔法』を習得するために魔力操作のサポートを受けることに、見返りをイチイチ求めていたら、子ども達が困ってしまうだろう。
レフが変身せずに魔法を使う術を身につけられたのなら、知ることが可能なものは教えてほしい。
「使えるようになったらね」と、私は念を押す。
「ここで待ってなさい。みんなを捕まえてくる」
「あ、うんっ……」
ポンと、レフの頭を叩いてあげて、私は鬼ごっこを再開した。
私が追いかけてこないと気付いて、子ども達が近くまで戻って来ていたので、サクッとタッチ。
鬼ごっこを終えて、全員集合。
「明日、私の家に来ない?」
と、ルジュ達に声をかけた。
「マラヴィータ子爵邸にっ?」
「ベラおねえちゃんのおやしきに!?」
ルジュとミリー達は、驚きで震え上がる。
「えっ? なんで?」と、レフは全員の反応を見ては、困惑のまま理由を尋ねた。
「大工に組み立て式の家具を頼んでて、明日届くことになってるんだ。大工さんじゃなくても、自分で組み立てることが出来るように、材料だけ揃えてもらったものなの。それを一緒に、組み立てない?」
「組み立て式……?」
「つまり、家具作りしろってこと? タダ働きしろって?」
「いや、楽しい大工ごっこしようって、新しい遊びのお誘い。お菓子、いっぱい用意するよ」
組み立て式家具の意味がわからないレフのあとに、ルジュは嫌そうにしかめる。
タダ働きが嫌なら、お菓子で釣ってやろう。
ルジュ以外は、大喜びで釣り上がった。
「初めて! ベラおねえちゃんの部屋見れるの!? いいの!?」
「ん? 私の部屋を見たい? 入っていいのは、女の子だけだよ」
「「やったぁー!!」」
女の子一同は、大喜び。お菓子並みに嬉しいのか。
辺境の田舎領地の屋敷なんて、ショボいのにな。まぁ、この子達が、王都の貴族の屋敷の広さを知ることはないのだろうけど。
「でも、なんで女の子だけ?」と、ミリーが首を傾げて見上げてくる。
「貴族のお嬢様の部屋に、男の人が入るのは、よくないことだから。男の子が入ってきたら……カリーナに説教されるよ?」
「「「……」」」
私の乳母であるカリーナの怖さをよく知っているルジュ達は、げんなりした顔をした。これで私の部屋には、足を踏み入れないと、心に決めただろう。
その夜の夕食時。
父と二人きりの食卓。
「ドルドミル伯爵から、視察の許可を求められた? 正式に?」
「ああ……その際に、また接待をするからね。覚えておいて、ベラ」
「……まだ喪中なのに」
「うん……夏が終わる前には、領地の現状の環境を確認しておきたいということだよ」
父は疲れたように、そう答えた。
マラヴィータ子爵領の空き地で、栽培は最適かどうか、ドルドミル伯爵家の事業に携わる専門家が、しっかりと監査しておきたいのか。
喪中が明ける来年まで待たないとは……。せっかちな。
何かと、しつこい叔父さまである。諦めてくれるまで、父は対応をしないといけないのだろう。
「明日は、友だちが多く遊びに来るけど、騒がないようにしてとお願いしておくわ」
「ああ、少しくらいは構わないよ。ベラが頼んだ組み立て式の家具は、出来栄え次第では、流通もいいんじゃないかって、ジェラールもタシュルも言ってるんだけど、どうしたい?」
「ん? んー。お父さまがいいと仰るなら」
「僕? 発案者は、ベラじゃないか」
「そうだけど、実行出来るように案をしっかりとまとめたのは、ジェラールと大工さんだし、流通させると言うなら、最終決定は領主のお父さまでしょ?」
まぁ、いいんじゃないの。
簡易で、自分で組み立てられちゃう家具を、製作販売を流通させても。
とりあえず、出来栄え次第、ね。
大工の皆さんも、警戒のためにパトロールしていたから、やっと完成させてもらった物が、明日届けられる。
ルジュ達には、一緒に組み立てをしようと言ったが、カリーナが厳しいので、組み立ての指示をするだけになるだろう。
そんな組み立てに、第三の目は、どう作用するのか。
元々、そのために提案しただけなのに、領地の有名産とかになったら、棚からぼたもち感が湧く。
そういう望みを持っているかは知らないけど、自分が手掛けた物が有名になって売れたら、職人として嬉しいと思うんじゃないだろうか。
そうだ。
そろそろ、第三の目に、名付けないと。
『魔力視』とは、別物で、見抜く目。
暗闇でも、見通す目。
魔法で保っても、もう一つの姿も見透かす目。
隠されていても、見付ける目。
……んー。
一先ず、マラヴィータ家の能力と仮定して、マラヴィータの目として、名前から”ヴィ”を取って『ヴィアイン』とでも、呼ぼうかな。
まだ邪神についての調べ物は進んでないから、本当に仮名だ。
邪神からもらった能力ではありませんように。
だって、便利すぎ能力。これで魔法が色々と使いやすいんだ。手放しがたい。
でも、邪神からは嫌。うん。絶対、嫌。違いますように。
なんて、もぐもぐと夕食を咀嚼しながら、祈った。