拝啓、君の友達へ
拝啓、友人へ。
手紙を書いた事が無いので、つたない文章になってしまう事を許してほしい。
それでも、書かなければいけない事があると思って書いたんだ。
僕の家には、壊れた玩具がある。
今では動かない、綺麗なお人形さんだ。
それが家にやってきたのは、ほんの四、五年前の事。
僕は、昔から体が弱く、体も細くて青白い顔をしていたので「幽霊」と幼稚園児時代から呼ばれ続けていた。
「やめろ」と言っても、小さな子供だからか面白がって止める事もなく、挙句僕を敵に見立てて叩いたりもする始末。
小さな頃は耐えられたけれど、小学四年生になると急にそれに疲れてしまって、周りと絡むことを止めてしまった。
自分で蒔いた種の癖に、寂しくなってしまい僕はある日、とうとう寂しくなって。
寂しさを紛らわすために、雨の日なのに傘もささず、パーカーのフードだけ被ってその日は外に出た。
静かな雨音、車に弾かれた――雨粒だったものの残響だけを、僕の耳の癒しにして。
曇り空は、まさしく全部が鼠色になった街並みにぴったりなもので、それが心地よくもなっていた。
電柱、住宅を何度も通り過ぎていると。
眼が、合ってしまった。
一目惚れ、というにはあまりにも衝撃的で、僕の目には刺激そのものだった。
綺麗に濡れた、艶のある黒髪。
大きい釣り目に、小さな唇。
その頭を支えている体は小さくて。
あまりにも綺麗なものだったので、気が付けば、僕はその人形さんの両脇を抱えて、家に持ち帰ってしまった。
人形さんの身なりはとても整っていて、まるで昔の絵本に出てくる王子様のよう。
家に連れて帰ると、両親は大騒ぎした。
「どこから持ってきたの」と母は言って。
「返してきなさい」と父が言う。
僕は、その人形がとても色っぽく見えて――寂しさを埋められるものだと思って、どうしても手放したくなかった。
けれど、両親は僕の手から人形を奪い取って、警察署へ連れて行ってしまった。
それが、僕の趣味も全部否定されたかのようで、とても悲しくて部屋の中で、何度も泣いたのを思い出す。
だから、夜にこっそり抜け出して、どこの警察署に渡したのかを親が寝る前に聞きだして――人形を盗んだ。
人形を連れ込んでそれからというもの、親は全く目を覚まさなくなった。
それに気づいたのは、人形が来てから一年が経った頃。
一年が経つと、親の体はピクリとも動かなくなって、全身が青く腐っていた。
しかしそれもどうでもいいことだった。
僕の、綺麗な人形がいるから。
ご飯を食べるときも、お風呂に入る時も一緒。
家に来てから、大体三年間は――僕とのお喋りができた。
人形は上手に喋るもので、僕の事を最初は拒んでいた。
「なんでこんなことをしたんだ」
「酷いよ、家に帰して」とも言っていた。
イライラして、つい殴ったりしたら黙りだして。
その様子がとてもかわいくて、それでいて可哀そうに思ってしまった。
だから、殴ったあとは必ずうんと優しく――抱きしめて、手を握ってあげる。
そうしていると、段々僕を拒むような事も言わなくなった。
さて、一緒に人形と過ごして、かれこれ五年ぐらいになるけれど、どうやら僕はここまでらしい。
街中が騒ぎになり始めている。
人形さんの、友達と言っていた人へ。
人形は、壊れてしまったよ。
だから、僕も僕自身を壊すことにしよう。
親も、壊れて。
最初に壊れていたのは、どっちかなんてことはもはやどうでもいい。
あの子に対して、言えることがあるとするなら。
心も、体も綺麗な子だったよ。
僕とは、全く違って。
では、さようなら。