夏
僕にとっての夏休みは、友達と遊ぶためのものではなく、高校生限定の小説コンテストが開催されるシーズンだ。
だから学校の宿題を早々と済ませて、毎日毎晩、小説の執筆に取り組んでいた。
部屋にこもって机に向かっていたので、父や母には「一生懸命勉強している」と見えたに違いない。「夜食を作ってあげる」と言われたので「そこまでしなくていい」と断り、自分で簡単なものを用意することにした。
父も母も食べないのでまだ残っていた、山田のおばさんからの差し入れ。「赤いきつね」と「緑のたぬき」だ。
「あらあら。こんな暑い季節に、そんな熱い食べ物でいいの?」
母には笑われたが、何しろ、お湯を注ぐだけで食べられるカップ麺だ。高校生の僕が――料理なんて出来ない男の子が――自分で用意する夜食にはピッタリであり、それ以上は何も言われなかった。
両親には内緒だったけれど、僕が「赤いきつね」と「緑のたぬき」を夜食に選んだのには、特別な理由があった。
もらった時に考えた「山田さんちの息子さんは、コンテスト受賞者なのでは?」という可能性だ。
いったんは否定したものの、僕の中には「そうかもしれない」という気持ちが残っていた。そして、そこからさらに考えを発展させて、
「小説コンテストの賞品を食べながら小説を書いたら、僕もコンテストで受賞できるのは?」
という発想が頭に浮かんでいたのだ。
全く非論理的なのは、僕も重々承知の上だ。
それでも、少しでも何かにあやかりたい、験を担ぎたいと思うのが、コンテスト応募者の常ではないだろうか。
とにかく僕は、毎晩のように「赤いきつね」あるいは「緑のたぬき」を食べ続けて……。
その結果。
一次選考に通過した。
「おおっ!」
思わず声が出るほど嬉しかった。
最終的には、いつも通りの落選だ。だから理性的に考えれば「一次通過だけでは意味がない」となるのだろう。
でも、僕にとっては初めての一次通過なのだ。いつもは最初の選考段階で落とされているのに、そこを通過できたというだけで、少しは評価されたのだと思えてくる。
自分でも驚くくらいの、大きな喜びだった。
「これって……。狐と狸のおかげかな?」
今までと違うのは、「赤いきつね」や「緑のたぬき」を食べながら書いたという点だ。ならば今回の一次通過は、「赤いきつね」と「緑のたぬき」が運んできてくれた幸せなのかもしれない。
そんなことも考えてしまった。