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第2章―8、呪いのイバラ

 キルド支部で起きたちょっとした騒動を終え、ラフィルは疲れたようなため息を吐き出していた。

 まさか朝からスライムを巡って疲れることが起きるとは夢にも思わなかったラフィルは、ひとまず出発の準備を整え、エントランスでマリベルが来るのを待つ。


 しかし、いくら待ってもマリベルは姿を見せない。


「どうしたんでしょうね」


 ラフィルはさすがに心配になり、マリベルの部屋を訪ねることにした。

 ソファーから立ち上がり、扉を開いてマリベルがいるだろう部屋へ向かう。

 明かりとして使われている炎の秘石が入ったランタンが並ぶ廊下を進み、ラフィルは昨日のことを思い出していた。


 お腹が空いているはずなのに、食欲がない。

 単純に疲れからくる食欲不振かもしれないが少し様子を見たほうがいい。

 そんな考えを頭の中で巡らせ、マリベルの部屋の前に立った。


「マリベル、起きてますか?」


 ドアを軽くノックをし、声をかけるが返事はない。

 何気なくドアノブに手をかけてみると、簡単にドアが開いた。

 不用心ですね、とラフィルは感じながら中へ入る。


 見渡してみると、マリベルの姿はない。少しおかしいな、と感じ始めたその時、ベッドで小さな呻き声が聞こえた。


「まだ寝ているみたいですね」


 ラフィルはベッドにいるマリベルへ声をかけようと足を踏み出す。

 だが、三歩進んだ瞬間に異様な息苦しさを覚えた。

 身体が急に重くなり、おかしなことに視界が歪む。

 感じたことのない身体の不調に、ラフィルは倒れてしまいそうになった。


「これは、一体……」


 ラフィルはふらつきながらマリベルに視線を向ける。

 すると布団を被っているはずのマリベルの身体が、痛々しい黒いイバラに覆われていた。


 思いもしない光景に、ラフィルの息が詰まる。

 一体何が起き、こんなことになっているのかと考えるがそれよりも先に身体が動いだ。


「マリベル!」


 ラフィルは慌ててマリベルの身体をイバラから引き剥がそうとする。

 しかし、イバラがラフィルの邪魔をした。

 マリベルを引き剥がそうと近づいた瞬間、イバラは魔力を解き放ちラフィルを弾き飛ばしたのだ。


 不意打ちを受けたラフィルはそのまま壁に身体を叩きつけられる。

 力なくずり落ちるとイバラはツタを伸ばし始め、ラフィルの手足に巻き付いた。


「くぅ」


 ラフィルはイバラのツタを振りほどこうとする。

 だが、おかしなことに力が入らない。まるで力が吸い取られているかのような感覚に陥っていると、イバラはラフィルを飲み込もうと蠢き始めた。


 このままだとヤバい。

 しかし、今のラフィルには対抗する手段がなかった。


『そんな程度じゃあ僕には敵わないよ』


 唐突に声が聞こえた。

 ラフィルが顔を上げると、笑って手を差し伸べている男性の姿がある。

 恩人でもあり、いるはずのない男性は挑発めいた言葉をラフィルに言い放った。


『君の夢は、こんな程度かい?』


 その言葉は、ムカつくものだった。

 だがおかげで、失った気力が一気に吹き返す。

 こんな所で、こんな呆気なく、こんな情けないまま終わるなんてことはできない。


「舐めるな、シルバート! 私は、絶対にあなたを超えます!」


 ラフィルのその言葉を聞いた男性は嬉しそうに笑っていた。

 いつ見てもムカつく顔ですね、とラフィルは毒づくとポーチが輝き始めた。


「え?」


 青い青い輝き。それは幻想的で、どこか神々しくもあり、温かい。

 ラフィルがその温かさに身体を包むと、手足に絡みついていたイバラのツタが燃え上がり始める。

 青い炎を上げ、悶えるイバラはラフィルを乱暴に落とす。


 拘束から解放されたラフィルは、青い炎に苦しんでいるイバラに視線を向けた。

 燃え上がるその光景は、美しい。

 見たこともない神秘的な光景であり、この空間自体が浄化されているように思えた。


『オォオオオォォォォォッッッ』


 悲鳴が聞こえる。それはマリベルのものではない。

 その悲鳴が消えると、マリベルの身体を覆っていたイバラは綺麗に消えていた。

 ラフィルはクラクラする頭を押さえながらマリベルの元へ駆け寄る。

 すると先ほどと違って少しスッキリした表情で眠っていた。


「ひとまず安心ですか」


 ラフィルは息を吐きだし、胸を撫で下ろした。

 だが、唐突に頭に痛みが走る。

 まるでまだ終わっていないと告げているかのような、そんな鋭い痛みだ。


 ラフィルは何かを告げている頭の痛みに任せ、マリベルの布団を剥ぐ。

 何かを知らせる痛みに身を委ね、部屋着をたくし上げると思いもしないものを発見した。


「これは――」


 ラフィルの目に入ってきたもの。それはマリベルの腹部に刻まれたピエロのマークだ。

 人を小バカにするような笑顔。しかしその右目からは涙が溢れており、よく見るとドクロマークにも見えて異様な不気味さを放っている。

 ラフィルは思わず息を呑む。

 なぜこんなものがマリベルの腹部に刻まれているのか、と考えてる。


「バレちゃったわね」


 ラフィルが異様な刻印に身体を震わせていると、マリベルが言葉を放った。

 視線をマリベルの顔に向け、ラフィルは問い質そうとする。

 だがそれよりも早く、マリベルが口を開いた。


「これは呪いよ」

「呪いって、どうしてこんなものが――」


「あいつに対抗するためよ」

「あいつって、襲ってきた変な奴ですか?」


「ええ。みんなを、遺物を守るにはこうするしかなかったの」


 ラフィルはマリベルの言葉を聞き、顔を強張らせた。

 なぜそこまでして遺物にこだわったのか。それがわからない。


「夢があるのよ」

「夢ですか?」

「どっかに行っちゃった父親を見つけて、話をすることよ」


 それは小さな夢だった。

 しかしラフィルは、笑うことなく話を聞く。


「ろくでなしの父親がいたわ。私や母を放っておいて、いつも調査に言っているろくでなしよ。そんな父親が、私達を放って夢中になる仕事はなんだろうと思って始めたの。そしたらろくでなしの仲間入りしちゃった」

「…………」


「私もあいつと同じだった。だから話したいのよ。今までどんな苦労をしていたのか、どんな出会いがあったのか、どんな素晴らしい発見をしたのか。ってね」

「だから無茶をしたんですか?」


「そうよ。ホント、私はバカよ」


 そこまで命を懸けてやる意味はなんだろうか。

 ラフィルはその意味を知っている。だからこそ、マリベルに手を差し出した。


「私も同じです。夢のために失ったものもあるバカです。だけど、私は止まる気はありません」

「アンタ……」


「あなたの生き様を見届けましょう。それに、また何かあったら私がどうにかしてあげますよ――それにそういう契約ですからね」


 ラフィルは笑う。それは力強く、屈託のない笑顔だった。

 マリベルはその笑顔を見て、ちょっと困ったような笑顔を浮かべる。

 だがそれでも、ラフィルの手を握った。


「頼りにしてるわ、便利屋さん」


 この依頼は、時間との勝負。

 マリベルが倒れる前に、遺物調査を完了させるという難題だ。

 しかし、だからこそ相応のやりがいがある依頼でもあった。

◆◆ユルディアのゆるゆる知識◆◆


【呪い】

 ・世界中に蔓延する不可解な何か。魔力が暴走し、大きな力を得る代償として様々な不調を身体にきたす

 ・呪いを持つモンスターは〈呪持ち〉と呼ばれ、本来のランクより二つほど上がった強さになる

 ・呪われると特殊アイテムを使わない限り回復しない。マリベルの場合は力を得る代償として食欲を失っている

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