第1章―6、楽しくもささやかな宴
ガラクタドラゴンを倒した便利屋一行は、ギルド職員を助けたということもあり盛大なもてなしを受けていた。
「いやぁー、本当に助かりましたよー」
助けられたギルド職員はお酒をグビグビと飲みながら笑っていた。
ベイスはそんなギルド職員からテーブルへと視線を移す。切り分けられたバケットにホカホカのクリームシチュー、揚げたてのチキンにいかにも高価そうなワインが注がれたグラスなどがある。
どこからこんな食べ物を持ってきたのだろう、とベイスが考えているとギルド職員は唐突に泣き出し始めた。
「もう助からないかと思いました。ホント、このまま愛しのダーリンに会えなくなっちゃうかもと思いましたよぉー! ああ、思い出しただけで泣きたくなります」
「そうか。少し汚れているが、ハンカチを貸そうか?」
「ありがとうございます。でも大丈夫。私、強い女の子だから!」
そう言ってギルド職員はグイーッとワインを口の中へ流し込んだ。
飲み過ぎているギルド職員にベイスは少し心配するが、そんなこと気づくことなくグビグビとワインを飲んでいった。
「おいしー! もぉー仕事なんてやってられっか! 今日の営業は終了だぁー!」
「飲み過ぎるなよ。身体に毒になる」
「うるひゃい! あたしゃもぉー働かにゃいの! 今日は閉店ガラガラにゃの!」
「そうかそうか。結構大変なんだな」
「うるひゃいうるひゃい! アンタににゃにがわかるってんのにょー!」
すっかり酔っ払ってしまったギルド職員にベイスは絡まれる。
やれやれと頭を振りながらベイスは絡み酒をしてくるギルド職員をなだめつつ相手をしていた。
ラフィルはそんなベイスを横目に、食事を楽しむ。
皿の中にあるシチューに千切ったバケットをつけ、口の中へ入れるとしっかり頬張っていた。
野菜や肉がトロトロとなっていることもあり、その美味しさが口の中に広がる。
優しい甘みのあるシチューをつけたバケットは程よく柔らかくなり、いくらでもお腹の中へ放り込めそうだった。
「おいしー! なんですかこれ、手が止まりませんよ!」
「アンタ、意外と食べるのね」
あまりの美味しさに歓喜し、左手で頬を押さえているラフィルを見てマリベルが呆れ口調で声をかける。
ラフィルは顔を向けると、用意された食事をマリベルはあまり食べ進めていないことに気づいた。
「あら、口に合わないんですか?」
「ちょっと食欲がなくてね。まあ、今のところ問題ないからいいけど」
「食べないといざという時に困りますよ?」
「わかってるわよ。だけど食べる気がしないの」
マリベルは疲れたようにため息を吐く。
ラフィルは何気なく見つめると、マリベルは少し機嫌悪そうにして椅子から立ち上がった。
「もういいんですか?」
「ええ。先に部屋で休ませてもらうわ」
「わかりました。でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。死にはしないと思うし」
ラフィルは食べ残された料理に目を向ける。
バケット、シチューにチキン、そしてワインの全てに手がついていない。
おそらくマリベルは、一口も食べていない。
ラフィルはそれを見て、少しだけマリベルの身体が心配になった。
「ダーリンに会いたい! 会って温もりを感じたいのぉー!」
「そうかそうか。今度、休みを取れたら会いに行こうか」
「もう半年は会ってないの! 絶対に浮気されてるよぉー!」
「大丈夫だ。ちゃんと待っててくれているはずだ」
ギルド職員に絡まれるベイスは、適当に相手をしてワインを飲ませていく。
泣きながらも気を良くしたギルド職員は、目を腫らしながらワインを胃の中へ流し込んでいった。
賑やかな夜のひと時。それはささやかな宴でもあり、楽しい時間でもあった。
しかし、その場にマリベルの姿はない。
すぐに食事をやめ、テーブルから離れたマリベルを心配しつつもラフィルは美味しいシチューとバケット、チキンを頬張る。
「あ、そうだ」
すっかり顔を真っ赤にしたギルド職員は、何かを思い出したかのように立ち上がる。
ふらつきながら食事を楽しんでいるラフィルに近づくと、ポケットからあるものを取り出した。
「便利屋さん、植物を育てているんですよね?」
「正確には花ですけどね。どうかしましたか?」
「この種をあげます。たぶんお花の種です」
ラフィルはギルド職員から〈青い何かの種〉を受け取る。
なぜだかほのかに温かく、まるで手袋に包まれているかのような優しさがあった。
「不思議な種ですね。どこで手に入れたんですか?」
「気づいたらポケットに入ってました。ドラゴンに食べられる前にはなかったので、たぶんお腹の中にいる時に紛れ込んだと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
ギルド職員にしっかりお礼をいい、ラフィルは青い何かの種をポーチの中へ入れた。
一体どんな花を咲かせるのか。そもそも花なんて咲かせるのか。
わからないが、帰ってからの楽しみが増えてラフィルは少しだけ機嫌が良くなった。
「さあ、今宵は飲みますよ! お祝いじゃー!」
「どういうお祝いなんでしょうね、ベイス?」
「たまにはこういう日が必要なんだろう、ラフィル」
こうして楽しい食事の時間は長くなる。
ギルド職員が泣いて笑って繰り返す中、ラフィルはさらにバケットとシチューを楽しむ。
ベイスはというと、ギルド職員が酔い潰れるまで話し相手になったのだった。