第1章―2、交わされる契約
騒動を終え、一同はお花屋さんと勘違いされる便利屋の中にいた。
それぞれがソファーに腰を下ろすと、開口一番にラフィルが口を開いた。
「ひどい目に合いました」
グッタリとした様子でラフィルはため息を溢す。
最強の幼女エルフことギルドマスターに追いかけ回されたせいか、その顔色は優れない。
いくらトップクラスを誇った五つ星の迷宮探索者だったとはいえ、ギルドマスターに追いかけ回されたらひとたまりもなかった。
「家賃を支払わないお前が悪い」
「私の事情を知っているでしょ、ベイス。これでも頑張っているんですよ」
ラフィルはベイスに食ってかかった。
しかし、ベイスの言ったことが正しいのでそれ以上の文句は言わない。
「情けないわねアンタ。依頼してよかったかしら?」
ギルドマスターのことを知らないマリベルは、呆れたように言葉を口にした。
ラフィルはそんなマリベルに文句を言い放ちたくなる。
そもそもギルドマスターは一般的な迷宮探索者よりも遥かに強靭な肉体を持ち、それにふさわしいスタミナも持ち合わせている。
見た目は幼女だが凄まじいパワーもあり、デコピンだけで大の男が泣いてしまう威力を持っているのだ。
そんなギルドマスターはラフィルを全力で追いかけ回した後、ちょっとした注意とチョップをした。
死にかけたラフィルは泣きながら謝り、ようやく許してもらったところでギルドマスターはスキップして帰っていったのだった。
「あんな子のチョップで泣くなんて。それでも五つ星?」
「一度受けてから言ってくださいよ! 死ぬかと思いましたからね!」
マリベルは必死に訴えるラフィルの姿にもう一度冷めた視線を送る。
ベイスはそんな視線を送られるラフィルを哀れに思いながらも、ひとまず仕事について話を進めることにした。
「落ち着けラフィル。そいつは依頼人だ」
「ハァ? 依頼人ですか? どう見てもガキじゃないですか!」
「意外と口が悪いわね。ホント大丈夫?」
「俺が言うのもなんだが、腕は確かだ」
ラフィルの言動にちょっとだけ不安そうにするマリベルに、ベイスはやれやれと頭を振った。
これでは一向に話が進まない。
そう感じ、ベイスは少し切り口を変えることにした。
「依頼人よ、悪いが報酬について話をさせてもらう」
「いきなりお金の話?」
「こうでもしないとあいつがやる気にならなくてな。ひとまず、報酬は成功時のみでいい。失敗したときはゼロ。場合によっては損害賠償も支払う」
「ずいぶんと思い切った内容じゃない」
「それだけこちらには自信がある。だから成功時はそれなりにいただく」
「ふーん、悪くないわね。いいわよ、それで」
「了解だ。それで、先ほど言っていた遺物調査について詳しく聞きたいが、いいか?」
ベイスに促され、マリベルは「いいわよ」と言葉を返す。
マリベルは肩から下げていたバッグを手にすると、中から一つのファイルを取り出した。
おもむろに開かれるファイルにラフィル達が視線を落とすと、そこには書きなぐった文字と黒い岩山のような塊が立つ写真があった。
「これは?」
「今回の依頼内容に関わるもの。ま、目的の遺物ね」
「ほう、これが。どんなものなのかわかっているのか?」
「いいえ。本格的に調査をしようとしてたんだけど、変な奴が現れてね。それがすっごい邪魔をしてくるのよ!」
「その変な奴って、どんな邪魔をしてきたんですか?」
「調査機器を徹底的に破壊してくるわ。もう見境なしに! おかげで部下はケガするし、あまりにも危険だからってことで調査は中止になるし! ホント最悪よ!」
つまり、話をまとめるとこういうことである。
遺物を発見し調査をしていたマリベル一行だったが、変な奴が現れた。
その変な奴は遺物調査で使う機器を徹底的に破壊し、さらに調査員を攻撃してきたため中止に追い込まれてしまった、ということだった。
ラフィル達はその話を聞き、指示に従えばいいのにと思った。
しかしマリベルは素直に従えない理由があった。
「すっごい発見かもしれないのに。なのに腰抜けはさっさと逃げちゃうし。もしかしたら謎に包まれている〈ルルーダ文明〉が解明できるかもしないってのに!」
「でも命を落としたら世紀の大発見も意味がないと思いますよ?」
「だから命懸けでやろうとしているのよ! そうじゃなきゃアンタ達なんかに頼らないんだから!」
ベイスはマリベルの言葉に「確かにな」と同調する。
ラフィルはその言葉につまらなさそうな表情を浮かべるものの、特に反論することなく頬杖をついてため息を吐いた。
「ま、どうして頼るかわかりました。でも大丈夫なんですか? その様子だと資金援助なんてありそうにありませんけど?」
「私を舐めないでちょうだい。万が一のことを考えての貯金はあるから。それに、私の見込み通り世紀の大発見だったら否が応でもお金は出るわ」
「ならいいですけどね。ちなみにこの金額は払えるんですか?」
ラフィルは指を三本立てた。
それは滞納している家賃〈三リーフ〉のことを意味している。
どうやらラフィルは、この依頼で滞納家賃を全て支払ってしまおうと考えているようだ。
それに気づいたベイスは、思わず額に手を当ててしまいそうになった。
「払えるわよ?」
「え? 三リーフですよ?」
「え? フラワーじゃないの? 別にリーフでもいいけど」
思いもしない反応にラフィルは戸惑う。
マリベルはというと、提示された金額が思ったよりも低かったためか拍子抜けしている顔をしていた。
「本当に払えるんですか?」
「逆に聞くけどそんな低い報酬でいいの?」
「ぐはっ! び、貧乏人で悪かってですね!」
「何怒っているのよ、アンタ?」
稼ぎの違いをあからさまに見せつけられたラフィルは、痛恨の一撃を精神に受けていた。
ベイスは血反吐を吐きながら依頼人に食ってかかるラフィルに、大いに呆れた。
「とにかくやるの? やらないなら――」
「やるに決まっているじゃないですか! 精一杯やらせてもらいます!」
ラフィルはあまりの高額報酬に二つ返事で依頼を引き受けた。
ベイスは少し心配になりながらも、正式な契約を交わすために書類を持ち出してくるのだった。
【プラント通貨】
・交易都市ユルディアとその周辺国で使用されている通貨。シード、リーフ、フラワーという順で価値が上がる
・百シード=一リーフ、百リーフ=一フラワーという価値になる。一人暮らしの女性だと一ヶ月平均四リーフの生活費がかかる(一般的な賃貸だと一ヶ月七十シードの家賃支払いとなる)
・ラフィルが住む便利屋の家賃は一ヶ月に一リーフの支払い。つまりラフィルは三ヶ月滞納していることになる