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第1章―1、便利屋ラフィルの災難

 綿あめのような雪が優しく降り注ぐとある寒い日のこと。

 普段は緑に包まれている交易都市ユルディアは、すっかり冬模様となっていた。


 立ち並ぶログハウスは薄い雪化粧が施されており、それはこの時期にしか見ることができない美しさを出していた。


 次第に降っていた雪が止み、世界は銀色の輝きを放ち始める。

 顔を覗かせた太陽の光によってより輝き、美しい。広がる青空のおかげでその光景を楽しむ観光客がいた。


「お母さん、あそこにお花があるー!」


 そんなユルディアの中心部。いわゆる一等地と呼ばれる区画に不思議な建物があった。


 白、赤、青に紫、見たこともない金や銀といった彩りを見せる花々が並んでいる。

 どれも行き交う人々に注目を浴びようとしているのか、満面の笑みを浮かべるように咲き誇っていた。


「あら、どういう品種なのかしら? 見たことない花ね」


 小さな女の子を連れた女性は、とても不思議そうな顔を浮かべる。

 見た限りチューリップのように思える花だが、この時期に咲いているとは思えない。


 もしかすると新種かしら、と考えているとそれに答えるように後ろから野太い声が放たれた。


「これは〈フリーズン・リップ〉というものだ。本来は寒冷地に自生している花だが、寒さが支配する迷宮にも存在する幻想種でもある」

「幻想種、ですか? 聞いたことないですね」


「幻想種は一般的な市場には出回らない。幻中の幻とも言われている。だから〈幻想種〉と呼ばれているんだ」

「へぇー、お詳しいですね。もしかしてここの店員さん……?」


 女性は謎のチューリップについて教えてくれた人物を見るために振り返った。

 しかし、女性は思わずギョッと顔を強張らせてしまう。

 女性の目に入ってきたのは、大柄であり筋骨隆々な男。いわゆるゴツくて怖くてガタイが良すぎる人物だった。


「すまない、俺は店員ではない。あとここは花屋でもないんだ」

「そ、そうですか。え、えっと、じゃあここは一体――」


「ここは便利屋だ。もし困っていることがあるなら依頼として引き受けよう。今は格安だが、どうだろうか?」

「あ、あはは。ご、ごめんなさい。間に合っています!」


 あまりにも男の体格がよかったためだろうか。

 それとも男があまりにも無愛想だったためか。

 花に興味を持っていた女性は、女の子の手を引いてどこかへ逃げていってしまった。


 男は走り去っていく女性の背中を寂しげに見送る。

 大きな虚しさを覚えつつ、男はガックリと肩を落としてため息を吐いた。


「参ったな。今回も営業に失敗か」


 男はやれやれと頭を振り、近くのベンチに腰を下ろした。

 便利屋を手伝うようになって半年ほど。暖かかった時期と違い、寒くなると客足が悪くなる。

 雪が降ったこともあり、さらに人が便利屋に来なくなってしまった。


 このままではお金を稼げない。お金が稼げないとなると好きなものが買えないどころか、様々な支払いができない。


「家賃、今月も払えないとなるとマズいな。さすがにここから追い出されるかもしれん」


 男は額に手を当て「うーむ」と唸る。

 やはり自分には向いてない仕事ではないか、と考え便利屋社長に助けを求めようした。

 だが、その考えはすぐに消える。


「た、助けてぇー!」

「今日の今日は許さないです! 家賃を払え、ラフィルちゃーん!」


「だからちょっと待ってくださいよ! 今どうしてもお金がないんですって!」

「むぉー! 今月もツケですか! 頭にキタです。チョップさせろですー!」


「誰か助けて! 殺されちゃいますー!」


 金髪の少女とエルフ幼女が大騒ぎをして大通りを駆け抜けていく。

 それはここ最近、名物となり始めている光景でもある。

 男はその光景を見て、疲れたように大きなため息を吐いた。


 どうやら便利屋社長である少女は、エルフ幼女との追いかけっこに忙しいようだ。

 やれやれと頭を振った男は、仕方なく営業を再開しようとした。


「そこのアンタ、ちょっといいかしら?」


 男が立ち上がったその時だった。

 妙にハキハキとした声が後ろから放たれる。

 振り返ると、そこには小柄な女性が立っていた。


「ここ、便利屋でしょ? そうなら頼みたい仕事があるんだけど」


 左側に黒髪をまとめ、サイドポニーにした女性はそう告げた。

 その小さな身体は赤いコートに包まれており、寒さ防止のためか暖かそうな青いズボンを履いている。


 腰までの長さがあるショルダーバッグはというと上質な革で作られているように見え、新しいためかツヤツヤに輝いていた。


「そうだが、お前は?」

「依頼人。それよりもアンタ失礼ね。仕事してるならもうちょっと丁寧な言葉を使いなさいよ」


「すまない。まだいろいろとわからないことが多くてな」

「あ、そう。結構世間知らずなのね。まあいいわ、それより仕事、引き受けてくれるの?」


「依頼内容を聞かせてくれ。そうでないと判断はできん」


 男がそう答えると、依頼人は少し面倒臭そうな顔をする。

 だがすぐに真剣な顔つきとなり、依頼人は簡単に仕事内容を話し始めた。


「迷宮の中に眠る遺物があるの。その調査を手伝ってくれないかしら?」


 遺物調査。それは男にとって興味を抱く仕事内容だった。

 見た限りこの小柄な女性は服装がいい。真新しいショルダーバッグは見た限り高級そうなものであり、お金を持っているように思える。


「わかった。内容が内容ということもある。安くはできないが、いいか?」

「あまり高額じゃなかったら大丈夫よ」


 どうやらおいしい依頼が舞い込んできたようだ。

 男はそう思いつつ、依頼人に手を差し出した。


 依頼人が少し驚いたように顔を見つめると、男はニッと頬を上げちょっと怖い笑顔を浮かべた。


「俺はベイスだ。便利屋ラフィルのいろいろな手伝いをしているヒューマノイド、と覚えてくれ」

「ヒューマノイドだったの、アンタ。ふふ、頼りがいがありそうね。アタシはマリベルよ。よろしくね、便利屋さん」


 依頼人マリベルはベイスと握手を交わす。

 これで仕事の契約は完了。ベイスはそれを確認した後、便利屋の中へマリベルを案内しようとした。


 だがその時、ボゴンと嫌な音が響くと共にとても情けない少女の悲鳴がベイスの耳に飛び込んだ。


「うええーん! もうしませんもうしませんから許してぇー!」

「許さないです! 今回という今回は許さないです! お金がないなら身ぐるみを剥いでやるです!」


「あ、ちょっ、ダメ! こんなところで! せ、せめて誰もない場所で――」

「まずはズボンです!」


「いやぁあぁああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 ベイスは重々しく息を吐き、頭を抱えた。

 少女、いや便利屋社長ラフィルが人生最大のピンチを迎えようとしている。


 このまま放っておけば、ラフィルは本当の意味で身ぐるみを剥がされてしまうだろう。

 ベイスとしては情けない姿で泣いているラフィルを見てみたい気持ちはあるが、今はそれを望んではいけない。


 だからベイスは、仕方なくラフィルを助けることにした。


「すまない。少し待っててくれ」

「いいけど」


「ギルドマスター、すまないがラフィルを離してくれ。これから仕事なんだ。報酬は全て家賃に回すから今回は許してくれ」

「許さないです! 滞納家賃、耳をそろえて今支払えですー!」


「ヤダヤダヤダ! 裸になりたくないー! ベイス助けてぇー!」


 大騒ぎすること十数分。ベイスはどうにかギルドマスターを落ち着かせ、ラフィルを助け出す。

 依頼人はというと、情けない姿を見せるラフィルにとても冷めた視線を送っていたのだった。




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