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序章――0、ありふれた大切な出会い

 一面に広がる銀世界、舞い降りる優しい雪。迷宮〈ルロフ雪山〉で一つの風が舞い踊る。

 その風は、手にしているレイピアが輝きを放つとたちまちその世界を金色へ染め上げた。


 楽しげに、優美で優雅な風の中心に一人の少女がいる。

 右手で握るレイピアが銀閃を解き放つと、少女を取り囲んでいたゴブリンの身体が切り裂かれた。

 青い血が飛び散る。だが、風のように踊る少女はその血を浴びることはない。


「遅いっ」


 少女の背中にかかるほどの長い金髪が流動的な軌道を描く。

 ゴブリンは少女に飛びかかるが、どんなに手を伸ばしても少女を捕らえることはできない。


 少女はゴブリンから伸びてくる手を躱し、レイピアを振るう。するとゴブリンは胸を切り裂かれ、噴き出した青黒い血が白い地面を染めていった。

 いつしか戦っていたゴブリンは戦意を失ったのか、武器を捨てて逃げていく。


 それに気がついた少女はレイピアを振ることをやめた。


「ったく、少し手間取りましたね」


 刃についた血を払いつつ、少女はレイピアを鞘へ収める。

 何気なく周りを見渡すと白い大地の上には青黒い血が広がり、おびただしい数のゴブリンの死体が転がっていた。


 少女は屈み、腰に備えていた短剣を掴み取るとゴブリンの胸に突き刺した。

 そのまま抉ると少女は目当てのものを手にする。


「ふーむ」


 青黒い石、と表現すればいいだろう。

 秘石と呼ばれる物体であり、魔力を帯びている不思議な石はみなそう呼ばれている。


 魔素が満ちている坑道などから採取できる代物だが、中にはモンスターが持っていることもある。

 強くなれば強くなるほど秘石の質はよくなり、価値も上がる。


 しかし、少女が倒したゴブリンから手に入れた秘石はどれも質がよくない。見た限り倒れているゴブリンはどれも一つ星のランクしかないため、たいした価値にならないものばかりだ。


 少女は何気なくゴブリンが持っていた装備を見る。だが転がっている武器はどれも粗悪品で、売っても二束三文にしかなりそうになかった。


「参りました。この程度では家賃が払えませんねぇ」


 少女はガックリと肩を落とす。

 どれもこれも品質が悪く、価値がない。そもそもゴブリンという時点で売値が基本的に低い。


 一応そこそこ数はあるがどれも品質最低レベルだ。数が集まったとしても家賃の支払いなんてとうてい達しなかった。


「今月もギルマスに家賃をツケてもらいますか。来月はちゃんと支払わないとデコピンされちゃいますねぇ。まあ、目当てのものは手に入れたからよしとしますか」


 少女は大きなため息を吐く。

 このままだとせっかく借りた事務所から追い出されてしまう、と危機感を抱きつつ少女は顔を上げた。


 ふと、何気なく周囲を見渡すと鈍く輝く何かが雪から顔を覗かせていることに気づく。

 よくよく見るとそれはガラクタだ。かつて存在した文明の遺物であり、今はなき技術の塊であり、特上の宝物である。


 その存在に気づいた少女は強張っていた顔を綻ばせた。


「ふふ、今日はツイてますね」


 少女は笑顔のまま雪から顔を覗かせている何かに近づいていく。

 もしかしたら滞納していた家賃を全部支払うことができるかも、と考えながら進むと唐突にガラクタが少女を見つめた。


「誰だ?」


 お金が余ったらどうしよう、と思っていると妙な声が少女の耳に飛び込んでくる。

 少女が思わず遺物を見つめるとそれは外装が取れ、内部フレームが剥き出しとなっているガラクタと化したヒューマノイドであることに気づいた。


「何の用だ? 俺はもう働けないぞ」


 かつて存在した文明で誕生した人の姿を模倣した人ならざるもの。

 そのヒューマノイドは少女に向かってぶっきらぼうに言葉を言い放つ。

 少女は思わず面白くない表情を浮かべた。だから敢えてヒューマノイドに言葉を返すことにした。


「あら、そうなんですか? とても元気なように見えますけど?」

「お前、目が悪いのか? 俺はもう立つこともできないんだぞ」


「お前ではありません。私にはラフィルという名前があります」

「それは悪かった。ラフィル、悪いがどこかに行ってくれ」


 少女、いやラフィルはちょっと面白くない顔をした。

 もう動けない。このまま朽ちていくしかないと自分の運命を決めつけているヒューマノイドに、大いに苛立ったからだ。


 このまま放っておいてもいいが、それだと虫の居所が悪い。

 ならば、と思いラフィルは運命を決めつけているヒューマノイドへ近づいた。


「じゃあ私が直してあげます」

「……ハァ?」


「安心しなさい。応急処置ぐらいはできます」

「応急処置でどうにかなるか。いいから放っておいてくれ」


「安心しなさい。私は結構手先が器用ですから」

「お前なぁ……」


 ラフィルは持っていたアイテムを広げた。

 どれも使えそうにないものだが、それでも立たせるために無理矢理ヒューマノイドの材料にした。


 アイテム〈マゼマゼポーチ〉で錬金術を使い、材料を生成していく。

 生成したら〈小さな鍛冶処〉でアイテムを加工し、ヒューマノイドのパーツへと変えていく。


 少し見た目がよくなるように整形し、微調整をしながらヒューマノイドに取り付けていった。

 ヒューマノイドはうんざりとした顔をしていたが、ラフィルはお構いなしに身体を弄り回していく。


 当然、先ほど手に入れたゴブリンの粗悪な青黒い石も使って。といっても、青黒い石は窯の燃料にしかならなかったが。

 そんなこんなで数時間ほど作業した。それがようやく終わると、ラフィルはヒューマノイドへ声をかけた。


「ほら、立ってみなさい」


 ヒューマノイドは言われた通りにする。

 すると驚いたことにスムーズに立ち上がることができた。

 思いもしないことにヒューマノイドは純粋に驚き、呆然と自分の足を見つめる。

 ラフィルはそんなヒューマノイドを見て、屈託のない笑顔を浮かべた。


「私を舐めないでください。私は便利屋ラフィル。どんな難題にも応え、どんなことでもどうにかしちゃうのです」

「ならもっとスマートに修理してくれ。不格好だ」


「文句を言わない。これでも上手くできたほうですから」

「これで上手くできたほうなのか……」


 ヒューマノイドは愕然としていた。だが、その顔は不思議と希望に満ち溢れている。

 ラフィルはそんな顔を見て満足気に笑った。


「さて、私はそろそろ帰ります」

「帰る? どこにだ?」

「拠点にですよ。目的は達成しましたし、そろそろ帰らないと依頼が来ていそうですからね」


「ほう。お前に頼る人間がいるんだな」

「頼りなくて悪かったですねっ」


 ラフィルはヒューマノイドに怒り、名前を叫ぼうとした。

 だが、叫ぼうとするものの名前を知らないことに気づく。

 そんなラフィルを見たヒューマノイドは優しく微笑み、言葉を放った。


「ベイスだ。そう呼べ」


 思いもしない返答に、ラフィルは戸惑った。

 しかし、すぐに嬉しそうに微笑みヒューマノイドの名前を口にした。


「わかりました、ベイス」


 それから時を忘れてラフィルとベイスは談笑する。

 かつて存在した文明で、ベイスは力作業をしていたこと。

 ラフィルは元々、迷宮探索者として活動していたがいろんなことがあって便利屋を始めたこと。

 だが一番盛り上がったのはラフィルが語った夢についてだった。


「町を花で彩る?」

「手始めに、ですけどね。私が住んでいるユルディアは、ちょっと寂しいですから花で彩ってあげるんですよ」


「大した夢だな。町を花で覆ったらどうするんだ?」

「世界中に花を咲かせますよ。そのために種を集めていますしね」


「種か。どんな花の種を集めている?」

「いろいろありますが、例えば言うとそうですね。この〈ガラスの薔薇〉とかです。これは不思議な花で、世界を包み込んでいる〈呪い〉を浄化する力があるそうです」


「面白い花だな。見てみたいものだ」

「ふふ、そうでしょう。とても綺麗だと思いますよ」


 ラフィルは笑う。ベイスにとびっきりの笑顔を浮かべて。

 ベイスはそんなラフィルを見て、楽しげに笑った。


「話し込んでしまいましたね。そろそろ帰ります」

「またここに来るか?」


「来るかもしれませんし、来ないかもしれません」

「妙に含みがある言い方だな」


「二度と会えない可能性もあります。だからですよ」

「そうか……」


 ベイスは少し残念そうな顔をする。

 それを見たラフィルは、少し困った表情を浮かべた。

 もしかしたらまだ話したいことがあるかもしれない。そう思ったラフィルは仕方なくこんな言葉を口にした。


「もし、やることがないならユルディアに来てください。そこに私の便利屋があります」

「本当か?」


「ええ。ついでに仕事を手伝ってくれたら嬉しいですね」

「ユルディアか。わかった、気が向いたら訪れよう」


 ベイスの言葉に、ラフィルは微笑んだ。

 これがラフィルとベイスの最初の出会いである。


 だがラフィルはこの時すぐにベイスと別れ、迷宮の外へ出た。その後は思った以上の忙しい日々を過ごし、依頼を達成するために駆け回っていた。

 ベイスと交わした言葉を忘れるほどの目の回るような経験したことのない忙しさ。それは滞納していた家賃を支払えるほどの稼ぎになるほどだった。


 だからこそ、ラフィルは思いもしない来訪者に驚くことになる。


「悪い、力を入れすぎた」


 玄関から何かが壊れるような大きな音がした。目を向けると破壊されたドアノブを持っている筋骨隆々の大男が立っている。


 まさかその大男がガラクタと化していたヒューマノイド〈ベイス〉だということをラフィルはこの時、わからなかった。



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