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琴瑟と彼岸花

作者: 梅田絡迷



 私の知人の中には、一人、おかしな男がいる。仕方がない、今日は何にも書くことが無いし、あの男について日記にしたためるとしよう。

 その男は、名前を、宰田修一というのだけれど、いつも恰好が変であった。季節に見合った服装をしているが、常に帽子をかぶっているのである。そんな宰田を不思議に思ったのか、はたまたふざけていたのか、いや、あれは嘲りでしょう、

「君は、もしかして、河童なのかい?」

 と宰田が言われているのを、見かけたことがあった。

 「何故、俺が河童なのさ。俺はかっぱ巻より、鮪の握り寿司の方が好きだぞ、与太郎」

「だって君の、その帽子、禿頭隠しじゃないのかい?」

「何だとこの野郎!」

 宰田は声を荒げて、自分を揶揄い、笑ってくる与太郎? とかいう男を睨みつけていた。

 私は、その与太郎という男を、よく知らない。しかし、何度もその顔を見かけたことがある。つまり、わからないのである。名前も、宰田との関係も、(親しげな雰囲気から、友人であると、思われる)私は全く知らない。

 でも、幾つかの彼への憶測を、私は立てている。

 彼は、よく宰田と行動を共にしていて、そのおかげで私は彼の存在を知っているのだけれど、彼はいつもふざけて会話を弾ませていた。きっと、心底明るい人間なのだろう。

 また、(これは、もしかすると、彼の裏の顔なのかもしれません)彼が一人でいる時の姿を、私は見たことがあったが、それは、たった三度だけの出来事であった。

 きっと彼は、一人でいる時が、極めて少ないのではないだろうか。

 三度の、一人でいる彼の目撃。そこには、いつも本があった。しかも、その本らは三度とも違うものであった。

 ある時は、有名な文豪の小説を読んでおり、またある時は、私の知らない(私は文学に昏いので、もしかすると有名な方なのかもしれません)作家の小説を黙々と読んでいた。

 全く、不思議な人だ。やはり私は、彼のことがよくわからない。


 宰田、という男には、まだおかしな部分がある。

 口から出てくる言葉、考え、それらのものが、変に思想めいているのである。或る時、近所の川に、入水をしようとして飛び込んだ男の人が、川が浅いせいで失敗をし、未遂に終わってしまった、という事件があった。

 その事件は、全国の人に知られるほどの、大きな事件になりはしなかったが、川の近くに住む人の間では、連日連夜話題になっていた。

 しかし、その自殺未遂者の顔も、名前も、知っている人は一人もいないようであった。

 無論、宰田がこの話題に触れない訳がなく、或る日、

「なあ、知ってるか? 自殺未遂の話。どうやら、死のうとした奴は、目の前の道を人が通って、死のうとしているのが見つかっちまい、そうしてその人に助けられそうになって、川から逃げ出したらしいぜ。まったく、阿呆な奴だ」

「あら、そうなの。不思議な人ね」

 自慢げにものを語り出した時には、このように相槌を打つと、酒に酔ったかのように宰田は、楽しそうに話を続ける。数年で培った、私の技だ。

「その、阿呆な奴だが、俺には心当たりがあるんだ。オウバっていう男を知らないか?」

「オウバさん? 大庭さんならわかるけど、……」

「大庭って、お前。そりゃあ、川辺に住む噂好きの婆の名前じゃねえか」

「オウバさんって人は、私知らないわ」

「そうか。ならいいんだけどよ、……」

 そう言うと宰田は、小走りで去っていった。

 また、宰田はよく小説の勧誘を、色々な人にしていることがあった。勿論、私もその勧誘の被害に遭ったことがあった。

 川端康成の、雪国であったろうか。

 薦めてきた宰田の影響ではあるけれど、しかし、私も悪く、(薦められると、あまり断ることのできない(たち)なのです)その結果今も本棚には「雪国」が一冊あるのだ。

 宰田に薦められて出会った、ということを除けば、本当に素晴らしい小説だ。まだ読み終えてはいないけれど。


 私は、あの人の果てしないような偏物さを、心の底から莫迦にしているが、一つ尊敬していることがある。あの人は、とても人間関係が豊かなのだ。一日に大体一人、多い時には三人ほどが家を訪れてくる。時々、泊まっていく人さえもいる。

 私は、あの人の名前についても散々なことを言ったり、書きたいけれど、それだけはできない。私も、宰田なのだから。


 欠伸が出た。もう眠い。あの人について散々なことを、書けた気がするし、もうお終い。いびきも五月蝿いし、寝よう。今日ぐらい、こんなことをしたって、良いだろう。

 十一月二十二日。

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