海に行く。守護神様に会う
初夏のある日――。「ピンポーン!」と玄関ドアのチャイムが鳴る。
玄関の先には小麦色の肌に水色のワンピースを着た少女が立っていた。
「チハルいますか?」とチハルのママに尋ね。――私は呼ばれる。
初めて見た女の子。「だれ?」と尋ねるとどうやらパパのファンらしい。
だが、私に用事があるみたいだ。
「チハルは、守護神様を知りますか?」とその少女が訊いてきた。
私は「あわわ」と慌ててその子を自分の部屋に案内する。
――それがさっきのこと。
二人でテーブルを挟んで座っている。ママが持って来てくれた麦茶の入ったコップの水滴が染み出てくるまで重い空気が流れる。
「ここ、キツネがいるんやね」と少女が先に声を発した。
……彼女の名は、春日田マサミさん。いや、同い年だからマサミちゃん。
なんでも私と同じく守護神様からお願いされた人らしい。
そこであるネットの情報を手掛かりにうちまで尋ねてきたそうだ。
「チハルさん。助けて下さい」とその場で土下座されて驚く。
(……この展開がきたぁぁー)と私は先日の宇宙人たちの襲撃を思い出した。
『これ。チハルちん。彼女は困っているようだから助けてたもれぇ』とロンが座布団を降りてトコトコとこちらにやってきた。
「おおぉ。このキツネ。神獣様かぁぁぁぁ」とマサミちゃんは驚いて頭をあげた。
慌ててマサミちゃんの口を抑えて『しぃぃー。ママに聞かれるまずいの』と念話で伝える。……コクコクとうなずく、マサミちゃん。
『そこで、妾に話してみなはれぇ』と随分と態度をデカく見せようするロン。
「はい、話します」とマサミちゃんは素直に始めた。
彼女はここから少し遠い海辺の地域で暮らしている。
そこに観光地の岬があり、その近くの岸壁に隠し祠があって海の守護神様がいらっしゃるそうだ。
彼女は先日の宇宙人騒動を知って気づいたらしい……自分以外にも守護神様から託された人がいることを。そこで彼女は守護神様に相談した。
それが偶然にも近々、宇宙怪獣が出現するらしく、私を尋ねるように助言したとのことだった。
(……宇宙怪獣って、救援要請が掛かるのね。私はひとり地球防衛隊か?)
「ロン。どうするの?」と一応。ロンに訊いて見る。
『うむ。では、守護神様に相談してみるのじゃ』とやっぱりな回答がくる。
――と言う訳で、お馴染みの祠の前に並ぶロンと私とマサミちゃん。
『うん。そうね。あの方からのお願いねぇぇ』と天女は渋った。
『何か問題でもあるんですか?』と私は尋ねた。
『あのものねぇ。……わたしたちと付き合いが悪いのよ。なんっていうかぁ。「わたし、海さえ見れればよいの」とか言っちゃって真剣に考えてないのよね』と天女はぶっちゃけた。
……重いため息を吐く私とマサミちゃん。
『でも、助けてあげなさい。そこから崩れると後が厄介になるからね』と許可をもらう。
『はい。ありがとうございます』とマサミちゃんが我先にと心を込めて礼をした。
これで揺るぎない確約を得たマサミちゃん。
(……こすい)とジト目で横を見ている私に天女はあるものをくれた。
『チハル。先日のお礼にこれを授けます』と小さな護符をもらった。
『守護神様。これは何ですか?』
『見ての通り、護符よ。あとでロンに聞いてね』と天女からの話を終えて家路につく。
――途中で駅に寄った。
「チハル。今日はほんまおおきにありがとう。何かあったらすぐに連絡するからね」と少し微笑むマサミちゃん。
「うん。またね。マサミちゃん」と改札口のところで見送り、家に戻った。
早速、護符についてロンに訊いたところ、水中で息をしなくても大丈夫な不思議な護符だったので……少しだけショックだった。
「なんかさぁー。こう。もっとさぁー。ワクワクするような、ご褒美的ものないのかねぇ」と不満を少し口にする。
ロンが脇に寄って来て顔を覗く。
『チハルちん。海にいくんじゃろ』
「そうだけど、それがこの護符だよ。これって、私に水中戦しろって言っているもんじゃないの?」
ロンが僅かに首を左右に振ってこう伝えた。
『もっと、前向きに捉えるのじゃ。例えばなぁ。タコとか。タコとか取り放題じゃないのかぇ』
(……たこ焼きは食べたいが、タコは取りたくない……ってか)
「そうかぁ。海底を散歩できるのかぁ」と少し大きな声で喜んでしまった。
そこでママから晩御飯の呼び出しが掛かる。
「あら、チハル。海底散歩ってどこかの水族館に行くの?」とママから質問されたので「いけたらいいよね」と適当に誤魔化した。
*
――それから数日後。マサミちゃんから連絡をもらい海に向かった。
……海。ただ広い。ただただ広い。
「おーい。チハルぅぅー」とマサミちゃんが手を振って迎えてくれた。
『チハルちん。海はいいのうぉ』とロンは尻尾を振って満足している。
駅で降りた私とロンはマサミちゃんから出迎えられて駅舎を抜ける。
さきほど、電車から見た海がある町。観光地らしくロータリーと、そこに描かれている「ようこそ」の看板。地元の謎キャラはいない。
潮の香りがする田舎町。
「けっこうのどかだねぇ」と私はマサミちゃんに言うと「観光地やからね」と苦笑いする。
そこからバスに乗ってマサミちゃんちに向かった。……マサミちゃんの自宅は海の近くだった。お母さんとお父さん、おばあちゃんとおじいちゃん、マサミちゃんの五人で暮らしている。マサミちゃんちにお邪魔して荷物を預けたあと。
――さきに海の守護神様がいる祠へと案内された。
「ざぱぁぁーん、ざぱぁぁーん」と波が荒い。
普段から人が通らないようなゴツゴツした岩場を渡って隠れたところに祠がある。……すでに岩と同化して静かに朽ち果てるのを待っているようにも見えた。
マサミちゃんとロンと私は祠の前で目を閉じた――。
『この度はお越しいただき、ありがとう。あなたがチハルさんね』と細身の淡い衣を纏った天女というよりは乙姫といった感じの守護神様が現れた。
『はい。お初にお目にかかります。チハルでございます』と丁寧に挨拶する。
にっこりと微笑む海の守護神様。
『そして、そちらはロンね』
『ははぁぁー。名を憶えて頂き、おそれ多い御事と存じます』
かなり緊張しているロンの姿を見た。
『さて、こたびのこと。誠に大変な苦労をお掛けします。何卒、マサミを助けてください』と海の守護神様から、わざわざお願いされて驚く。
『失礼を申しますが、どのようなモノが現れるのでしょうか?』と私は尋ねた。
『それがですね。厄介なことに神的防壁が張られて姿が分からないのです。しかし、その進行は既に察知しております。そこから鑑みるに敵意があると認めました。そこであなたちにお願いします。未知の怪獣を成敗してくだされ』
(……何も言えない。何を考えても答えが見つからない)と思った。
――こうして祠を去り少し離れた場所でマサミちゃんと相談する。
「チハル。さきに紹介したいので、呼び出してもいいかな?」とマサミちゃんは言った。多分だが、ここで神獣を召喚するのだろう。
「こちらも呼び出しましょう」
「あの、チハルは神獣様がロン様だけじゃないの?」
「いいえ。山の守護神様からも召喚する力を授かっています」とちょっとだけ自慢気味に言ってみた。
「だから、守護神様がお願いするように頼んだのかぁ」と納得するマサミちゃん。
それではと……互いに召喚する――。
先に姿を現すマサミちゃんの神獣。――鳳凰。
朱を基調とした鮮やかな大きい鳥が現れた。
その姿は一万円札に描かれている鳥とは異なる。
黄金色のふわっとした羽毛が目を引き。どことなくピヨピヨ感もある。
『ほい、呼ばれたのん。マサミちゃん』と可愛らしい声をあげた。
「ピヨコ!!」とマサミちゃんは呼んだ。
(……だよねぇぇ)と私は思った通りだったので苦笑いする。
遅れて麒麟聳孤も現れた。
『チハルどの。聳孤。参上仕る』
「チハルぅぅ。凄いよぉぉ。麒麟ですかぁぁ!」とマサミちゃんが目を輝かせた。と同時にピヨコは拗ねた。
『私も大きなったらカッコよくなるだに……』
(……そうかピヨコはまだ幼いのか)とロンを見て、ひとり納得する。
『チハルちん。なに?』
そして神獣たちは互いに挨拶する。これまでお互い認識はなかったようだ。
そのあとの作戦は、ピヨコと聳孤が、定期的に偵察に海にでることで話は一旦まとまる。
「リスク管理として訳がわからんのなら何かを選択せよ」と過去にパパに教えらた謎の方法を実践する。
――神獣たちを戻して、マサミちゃんちへ帰ることにした。
そうなのだ。海にきたならば、浸らねばならぬ。
「水着に着替えて、さあぁ飛び出そう!」と勢い余って庭に飛び出した。
「なにしとる? チハル」とマサミちゃんの視線が痛い。
マサミちゃんは上だけウェットスーツで下はスクール水着だった。
「おおぉ。マサミちゃん。その格好は……」
「うち。ウインドサーフィンすんねん」と目を大きく開くマサミちゃん。
私もカッコいい水着が欲しい。……スクール水着をつまんでみた。
(ママにお願いしてみよう……)
さて、日差しは暑く、絶好の海景に目を取られ、ワクワク全開。
ぴょんぴょんと喜び跳ねるロンを先頭にマサミちゃんのボードとセイルを二人で担いで石段を下りた。
砂浜。ただただ広いその場に楽しむ人たちに私たちも交わり。――遊ぶのだ。
「ひやっ! ほおぉおぉぉぉー!」歓喜をあげて走り出す。
『わあぁぁあぁぁぁー!。う・み・だぁぁー!』
『チハルちん。うみ、うみ、うみ、うみぞぇ』と私とロンは気持ちいっぱい。
海辺をきゃっ、きゃっと走り、波におされる。
思いっ切り波をかぶったロンは「ぶるぶる」と水しぶきをはらう。
私たちが遊んでいるとレジャーシートを敷いて準備をしていたマサミちゃんに呼ばれた。
「おーい。チハルぅぅ。こっちに来てぇぇ」
そこには焼きとうもろこしとサンドイッチとコーラが置かれていた。
「さあぁ。泳ぐ前に腹ごしらえしぃ」とマサミちゃんは私とロンに進めてくれた。
さっそくごちそうになる。『チハルちん。とうもろこし美味しいのぉ』と珍しくさきに焼きとうもろこしをかじるロン。
わたしもとうもろこしから先に頂いている。
「それ。うちの畑で作ってん」とマサミちゃんは自慢する。
「うん。すごく美味しぃぃ。かぷっ」滲み出る旨み。バターの香りに醤油。
『美味しいのぉ。マサミどの』ロンはすでに1本を食べ終わりそう。
「ありがとうございます。ロン様」
私とロンが食べているところで浜辺にいた地元のお兄さんたちから呼ばれ、マサミちゃんはボードとセイルを運んでもらい水面に立ち上がった。
「さあ、見ててねぇぇー」とマサミちゃんは高い声をあげた。
「やばっぅ。カッコいい……マサミちゃん」と華麗に風を捕まえて帆を舵取り進むマサミちゃんを眺めた。
『うまいもんだのぉ』とロンもサンドイッチをパクつきながら関心する。
そしてしばらく楽しんでいる最中。その凶報は伝えられた。
ラシオです。
今回も読んで頂きましてありがとうございます。
夏に向けて海の話です。次は戦闘シーンです。