牛頭の女
――私。チハルは子ぎつねのロンを連れて買い物に来ている。
いつものホームセンターを訪れていた。
「さあ。新しい座布団を買おうね」
『なあぁ。チハルちん。妾は今のでも構わへんのじゃ』
なぜ、ホームセンターに来ているかと言えば、元々一度も洗濯していなかった座布団を寝床に陣取っていたロンをどけてみて、そこに敷かれた座布団を取って見れば、床がカビだらけだった。
「これじゃ。不衛生で病気になるわよ」とママに怒られた。
店内を歩き『少しはふっくらしたのなんか。いいんじゃないの』と念話でロンに訊いて見た。
『先日、妾は山の守護神様に怒られたばかりなので、お任せする』
『なら、わたしが選ぶね』とクッションや座布団が並ぶ棚の方へと足を運ぶ。
「座布団、座布団っと……」
『なあ、チハルちん。あれが良いぞぉ』とロンが頭を動かして差した方向には、紫色の仏前座布団が置かれていた。
『あぁぁ。アレはだめだよ』多分。ママに怒られるし値段が高いやつだ。
(……中々、目ざとい)
『仕方ないのぉ』
『前と同じ普通のにするからね』
――可愛らしい丸型のモッコリした座布団を買って家路につく。
『チハルちん。おおきに。これはこれで中々良いなぁ』とぴょんぴょんと跳ねて喜ぶロン。
それを見て「可愛いところもあるんだねぇ」と関心した。
ここ数日は、のんびりと過ごす一人と一匹は部屋で暇を持て余している。
「ねぇ。ロン。この前の宇宙怪獣って、厄介事になるって言ってたけど、過去にもそんなことがあったの?」
『うむ。話して見よかのぉ。あれは……』
宇宙怪獣は宇宙人と違い。祠を狙わない代わりに降り立った地域を破壊するらしい。過去には集落や都を襲った魔物とかで、地方で語り継がれる伝承があるとかないとか。それに過去に守護神様を守ったとされるお方は、それらの宇宙怪獣を討伐するに仲間を集めたらしいと聴かされた。
……ここで私は考える。仲間と言ってもロンと聳孤様しかいない。
もしかすると、わたしと同じように守護神様から託された者がいるのだろうか。
他にいたとならば、山の守護神様が答えてくれた八つの祠を探した方が良いのだろうかと。そうなれば、学校を休まないといけないし、お小遣いも乏しい……。
再び、考えを止めてロンに訊いて見た。
「ねぇ。ロン。山の守護神様から聞いた八つの祠って、国内にあるの?」
『それはのぉ~。守護神様に聞いて見るのじゃ。妾も守護神様について数千年、近所の守護神様のところに行ったことはあるが全部の祠を回ったことはない。それに過去にあのお方の仲間たちは、それぞれの祠を守っていましたぞ』
そうなんだ。でも、これから厄介事になるなら備えて置く必要もあるよね。
それに過去の託された人と比べて、わたしは強い? 弱い?
「あと、今まで聞いていないんだけどさ。わたしが死んだらどうなるの?」
『それはのぉ。代りの者が受け継ぐことになる』
「……ごめんなさい。そうだよね」
『落ち込まんでも良いぞぇ。チハルちんが頑張ってくれているおかげで、誰も未だに死んでない。家族も街の人も守護神様も無事じゃ』
「そうだね。それでわたしは待つだけで良いのかな? そもそも、宇宙人とか宇宙怪獣とか。いつから現れているの?」
『お主が不安に思うところがあるのなら、守護神様のところに行くが良い』
――ロンと一緒に小高い丘へ石段を登り神社を訪れる。
今の時刻ならそれほど観光客もいない。
誰のせいかは知ってのこと有名な観光地としての神社。キツネを連れて来る観光客も多いと聞くのでロンを連れて歩いても、それほど疑われることもないが、なんとも如何せんとくるたびに思う。
足を止めて祠の前に立つとロンと並び目を瞑り守護神様へと挨拶をする。
『あら、来てくれたのね。お疲れ様でした。あなたたちの活躍はこちらでも見ていたわ。それで悩み事って、例のアレね』と瞼の奥に映る天女はいつも微笑みながら答えてくれる。
『そうです。教えて頂けないでしょうか?』チハルは素直に訊いて見る。
『それほど、焦らなくても大丈夫よ。過去にもあったことだけど、わたしたちは見ているから事象が整えば仲間も現れます。それにこちらから探しに行っても向こうも混乱するだけなの』
『そうなんですね。それなら待ちます』
『心配させてごめんなさいね。でも、安心して何かあれば、あなたを危険な目に会わないように助言します。山のものも協力してくれることになりましたから準備は大丈夫でしょう。あとは少々、武器は揃えてね。そのことについては、ロンと相談してね。ロン頼んだわよ』
『あい。わかりました。守護神様』
『本日はありがとうございます。それでは失礼します』と全てを見過ごされている自分に安心感を覚えた。(……これで不安はないと言いたいが)
――その場を後にして再び家路についた。
……モヤモヤするが仕方ないこと。待つしかないのだと。悩むことは辞めて日頃からの鍛錬を続けることを決めた。
翌朝から空手の練習を増やした。夕方だけでなく朝と合わせて1日2回練習することにしたのだ。朝のロンの散歩はお兄ちゃんに任せて、さらに強くなろうと私はより強い決意を決めた。
*
――しばらくして、ある日のこと。
それは気温が暑くなりかけた太陽がてっぺんに登った午後。
街中を大勢の目撃者を従えて奴らは姿を現した。
アダックスと呼ばれる偶蹄類の牛の頭を持つ三つ子の女性たち。特徴的な歪んだ長い双角と牛顔に、どうしたらこういう姿をすることを考えたのか。真っ赤なドレスを纏い大人のセクシーなボディラインが際立つ。
その体系とは別に頭部のギャップが異様な光景をかもしだしている。
宇宙一の知的生命体と自負する彼女たちは堂々と国道脇の歩道を歩いて鉄橋を越えて来る。その脇を車が通り過ぎるが、人々はその姿から何かの特撮番組と勘違いした。
しかし、実物である彼女たちは多くの視線を浴びても気にもせず歩いてくる。
そう、目指すは小高い丘の上。
チハルとロンは既に神社の石段で待機していた。
さらに麒麟聳孤様も、召喚済みである。
チハルの姿は面が割れないように顔をお面で隠している。
去年、出店で買った白い猫のお面だ。なにかのキャラクターをパクったようで何にも似ていない猫顔。
そして頭には白く長い獅子髪のズラを被り、お兄ちゃんから借りた迷彩服を着込み、正体が分からないようにカモフラージュしている。
その光景を見て観光客の外人たちが萌える。
「ジャパニーズ。リトルアクションスター」と物見高くはやし立てた。
当の本人はそれどころではない。――ガチで攻めた来やがった宇宙人。
チハルは神獣たちに念話で合図を送る。
『聳孤様。そろそろ、出迎えます。ここでは被害が大きので、川縁へ誘導して対峙します』
『うむ。それが良かろう。ロン。お主もそれで良いな?』
『……妾が任された地。堂々と返り討ちにしてくれようぞぉ』
チハルとロンは聳孤の背中に飛び乗った。
チハルの背中には大剣と黒のショルダーバッグがぶら下がっている。
『では。参るぞ!』と静かに掛け声を上げて、聳孤は石段を駆け下りた。
一斉にスマホのシャッター音と観光客の叫び声がこだまする。
「ジャパニーズ。オモテナシ。ファンタスティック!」と石段を登り始めた外人の老夫婦が驚く。
『さあ。一気に向かうよ!』
『我に任せろ!』とさらに加速する聳孤。いつものフニャけたロンも今だけは真剣な眼差しで正面を見つめる。
遠くからでもわかる異形な女性たち。(……今日はハロウィンかあぁぁ――)とチハルは叫びたくなる気持ちをぐっと堪えて唇を噛む。
彼女たちに言葉が通じるのであろうかと……ふと頭の隅を過るが迷いは禁物だ。
先手を打たなければ殺される。既に素性は守護神様が鑑定済みだ。
向こうもこちらを識別したらしく、ひとりが道路の反対側に走り出した。
そこにタイミングよく乗用車が通るがフロントのボンネットが千切れて車がスピンする。物理的にどうなってんのとチハルは目を瞠る。
『チハルちん。バクヤクを使って挑発してな』とロンに指示をもらいショルダーバッグを前にずらして、小型の筒を二つ取り出した。
『さあ。タイミングを測ってくだされ。チハルどの』と聳孤と呼吸を合わせ隙をうかがう。
仁王立ちするアダックス女の二人。だが、こちらは逃避経路の道も相手との距離も完璧だ。
「いまだあぁぁぁぁー」とチハルはバクヤクを投げつけた。
すかさず聳孤は道を左に抜けていく――。
「ボオォォォォーン」と破裂音が周囲に響いた。
一番、驚いたのはアダックス女の後ろをついて来た野次馬たちだ。
爆発は、うっかりどこかの家で起こったガス爆発の衝撃ぐらいはある。
……野次馬たちは一斉に逃げ出した。
爆風に怯んだ。アダックス女たちは出遅れ、聳孤様は目的地まで一気に駆け抜けた。
アダックス女たちに追いかけられながら、川縁へ辿り着いてここで迎える。
それを知ってか。どうやら向こうもこちらに対抗するようだ。
互いに対峙するとすかさず戦闘は始まった。戦術もクソも無い力勝負である。
彼女らが宇宙一の知的生命体と自負するなら完全に舐め切っている行為だ。
原住民の子供など相手にすることになるとは考えていなかったのだろう。
自爆テロではなく、しかも戦闘である。
ここで軍隊が出て来ているのであれば、利己的に戦闘を避けて作戦を遂行することを優先し、目的地にいる現存の敵のみ壊滅したはずである。
その高慢さが祠とそれを取り巻く人々を守ることとなった。
……まさに僥倖。
「とりゃぁぁぁー!」「とおぉぉぉぉぉぉー!」とチハルは大剣をぶん回す。
一心不乱に縦横無尽に剣を叩きつけた。適当と思われるが剣筋から剣舞が描かれている。巫女神楽の剣の舞をより輝かしく発展させた創造的な動きに踊るように重心をスライドさせ、敵の反撃を抑え込んだ。
いつも通りに挑発と遊撃は、ロンが上手くやってくれて相手に強いストレスを与え続ける。
その状況を見切り、一体が逃げようとしたところを聳孤が飛び掛かり、相手の首をもぎ取った。
「グオォォォォーン!!」を聳孤が叫ぶ。
その脇で対峙するアダックス女の二人を相手にチハルとロンは奮闘する。
「ガキィィィィィィーン!」「ガン! ガン! ガン!」
奴らの手の甲は途轍もなく硬化していてチハルの大剣を弾いてくる。
強化した身体から繰り出される格闘術を使うアダックス女たち。
「やあぁぁぁー!」
だが、チハルは相手の動きを完全に見切っていた。
間合いを取りつつ、ロンとの連携プレーを繰り広げた。
タイミングを狙ってバクヤクも使いながらミスを誘い一体を地面に伏せさせた。
残りの一体をロンと聳孤とチハルで囲み。
「うりゃぁぁぁー!」鮮やかな連携プレーで最後はチハルの大剣で背後から相手をバッサリ斬り裂いた。
倒れて虫の息だった一体も聳孤がとどめを差した。
「グオォォーン!。グオォォォォーン!」
「おおぉおぉおぉぉー!!」とチハルとロンも勝どきを上げる。
今回は多くの人に目撃されたが、目の前の死闘が現実とかけ離れ過ぎて本当のことには見えていない。
何かの映画の特撮だろうと、見るものは誰しもが思った。
死んだ宇宙人たちの体液も人とは異なり、異臭はしなかったことが要因である。
……焦げた油のような不思議な匂いだ。
爆発があったことと車が謎の大破ことも予め用意されたものだろうと勘違いされる。車を運転していた男性だけが恐怖に怯えていた。
そして宇宙人たちの死体は、その場で灰に変わり風と共に消えた。
――すでにその場から離れていたチハルたちは駆け付けた警察官たちとは遭遇していない。この異様な事象が何だったのか。説明できる者はいないだろう。
だが、人の目についてしまったことでチハルたちの行動は狭まり、これからの活動に懸念がある。
また、一部の人にその存在が明確になった宇宙人たちの存在は、チハルたちよりも世間を賑わす。噂が広まりだして一部では話題となったが、それも政府の早い対応でマスコミに緘口令が敷かれ沈黙した。
ラシオです。
読んで頂きましてありがとうございます。
続きは来月に投稿します。GWに知人に紹介して頂けると幸いです。