プロローグ 前編
[※1]ロールモデル:自分に取って具体的な行動や考え方の模範となる人物。
外人観光客が訪れる。小高い丘に建てられた小さな社。
ここに小さな石の祠があり、そこには名も無き神が祀られている。
映画「ポンチーろんちゃん(仮)」の舞台に使用された場所。その映画の内容は実在する。
――ある少女が子ぎつねと出会う。子ぎつねの願いを聞き入れ守護神からお願いされた。そこで一時的に与えられた不思議な力を手に入れて地球に潜伏する悪い宇宙人を倒す話であった。
*
『おいおい、チハルちん。ポテトチップス、無くなってしもうたぞ。おかわり、おかわり』
「ちっ。こいつ、いつまでいるんだ」
そう、実在するあの子ぎつねはろくでもなかった。
――話は三年前のこと。
いつも通りに学校の終わりに通っていた空手道場を彼女はサボった。
ふっと思う。「己の心が拳に宿る」と言い放った師範の言葉に疑問を持ってしまったからだ。
パパが言っていた。「ロールモデルに値しない」とかという奴だ。
このごにょごにょしたカタカナが彼女のキーワードにピンときた。
言葉の使い方とその意味が気になるお年頃。
黄昏に染まる商店街を走り抜けて、近くの石段を駆け上がる。
ここには地域で大切に管理される神社がある。
狭井チハルは、空手まで辞めるつもりは無かった。自分で稽古をすることを決めてこの場所を選んだ。境内には小さな社殿がひとつだけ。
「は~ぁ」と呼吸を整えて形から入り、受け技、突き技を丁寧に確かめていく。
ふっと気づけば、社殿の前に動物が一匹座っていた。
どこかの野良犬だろうと気にせず、稽古を続けた。
――小1時間ほど経ち。稽古を終えて社殿のほうを見るとその動物は小さなキツネだった。
だが、周りは日も落ちて暗くなり始めたばかり。……人の気配などはしない。
チハルはこれほど人になれたキツネなどいないだろうと。近くに飼い主がいるものだと思って、珍しいそのキツネに近づいて見ることにした。
「コン、コン、チチチチ」と。
たしか、パパが犬に近づいて行く時に唱える方法を真似てみる。
「……フニャァァァ~」
「あれ? キツネだよねぇ」
初めて聴いたキツネの鳴き声に驚く。
『話を聞いておくれ……』
「はっ。だれ!?」とチハルは周囲を見渡す。
そこには自分とキツネしかいない。
『話を聞いておくれ……』
「だれ、だれかいるの?」
目の前にキツネが手招きしている。
「なあぁ?」声の主が目の前のキツネだったことに驚く。
何のドッキリだろうとチハルは社殿を一周して人が隠れてないか探して見たが誰もいない。
「うぅぅぅぅん?」
キツネは前足を毛繕いながら話した。
『見ての通りじゃ。妾の話を聞いておくれ』
「じゃ。さようならぁぁ――」とその場から急いで逃げようとしたチハルは見えない壁にぶち当たる。
「どん!! ぷにぃ?」
『だから、襲ったりしないのじゃ。妾の話を聞いておくれ』
キツネが喋るというよりは、頭の中に聴こえて来る声に驚く。
「スーハー、スーハー、スーハー」落ち着け、落ち着け、落ち着け。
(……私は泣かない強い子だ)
今の状態をいっぱいいっぱいになりながらも落ち着く事に集中した。
『妾は見ての通り、キツネじゃ。妾の声が聞こえているのじゃろ』
キツネはチハルに近づいて顔を覗く。
「わかった。何、何が用なの?」
『すまぬな。お主がここに来るのを待っておったのじゃ』
「なにがどうして……」とチハルは少々、驚きながらも尋ねる。
『頼み事があるのじゃ。この星を守ってくだされぇ』
「はぁ?」何の冗談とばかりにチハルは、もう一度、辺りを見渡す。
こんな手の凝ったトラップは兄の仕業に違いないと。
「お兄いぃぃちゃぁぁ――ん!」と叫んでみた。
目の前のキツネは驚く。
『これ、急に大声を出してやかましい。びっくりするのじゃ』
「はあぁ、はあぁ、はあぁ」なんなんだとだんだん不安になってくる。
『まあぁ。驚くのも無理もない。では、手短に説明しようぞ。お主がここの神社にある祠を悪しき輩から守るだけで良い』
「……あの、嫌です。訳が分からないことはできません」
『ああ、そうじゃな。これならどうじゃ。悪い大人が祠を壊しにくるから見張ってくれ』
「そんなの危険じゃないですかぁ!」
『正直に話そう。宇宙人がやってくるから守ってくれ』
「はい!? キツネと宇宙人? 何言っているんですか?」
『本当に本当じゃぞ。まずは目をつぶるのじゃ。そうすれば、宇宙人の姿を見せてやるぞ!』
チハルはキツネに言われるまま瞼を閉じた。
『あら、随分と素直なのね?』目の前には、白い衣を羽織った天女が現れた。
「はぁ? 何、何?」チハルは腰を抜かして驚く。
幻覚もここまでくれば、信じるも信じないもどうにもならないと諦めた。
呆れたように首を横に振るキツネ。
『お主。目をつぶってくれ。守護神様が現れたじゃろ。……そのまま話を聞いておくれ』
コクとうなずき、キツネの言う通りにチハルは目を瞑る。
『ありがとう。わたしたちを守って下さい』
『なぜ、私なのですか?』
『それはずっとずっと昔から決まっていたことなの。あなたがわたしたちを守り、あなたの大事な人達も守れるのです』
『あの、意味が分からないのですが……』
『それは無理もないわ。初めてのことだもの。でも、興味はあるのでしょ。お願い試しに1日だけ付き合って』
『……1日で終わるんですか?』
『それはあなた次第よ。でも、今から見せる者たちは1日しか。この星で生きれないから、その間だけ守ってくれれば良いの。では、今、見せるわ……』
天女が脇にずれるとモザイクが掛かっていた遠くの景色が徐々にくっきりとその姿を現して、何やら怪しい人の形が見えて来る。
「はあぁ!? 何ですか。この着ぐるみの人。冗談ですか?」
『えぇ? それ実物よ。着ぐるみと言われる物ではないわ。彼らがここのわたしの祠を壊しにくるの』
『はあぁ~。そうなんですか? ……分かりました。守ります』
チハルは馬鹿馬鹿しくも協力してこの状況から脱出する事を考えた。
『よろしくね。間違っても変な事をすると祟るから』
『あぁ~。そうなんですね。分かりました祟らないでください』
『では。お願いします。色々と質問は、そこの子ぎつねに聞いてね』
「ふうぅぅ」と重い息を吐く。
『これで分かったじゃろ。では、妾について参れ』
キツネは社殿の端の方へと歩き始めた。諦めてあとを追うチハル。
――案内されたところは社殿の裏にある大きな木の下だった。
そこにこれがまた小さな石の祠がある。
チハルでも両手で持ち上げられるくらいの大きさ。
「えぇ? こんな小っちゃいのを守るだけで良いの? あんたでも出来るんじゃない?」
『それがのぉ、妾はその祠に触れんのじゃ』
「ははぁん。と言うことはあんたも宇宙人なのね」
『妾はあんな粗悪な者を一緒にするでない。妾は五千年も生きておる高貴な神獣ぞよ』
「そうですか。でも、何が現れても驚きませんよ」
『なら良い。その祠に守護神様がおられる。それを守るのじゃ。チハルどの』
「はい、訳が分からないので、とっとと準備しますね」とチハルは着ていたジャージの上着を脱いで地面に敷いた。
木の根元に斜めに傾いた祠をそっと持ち上げた。
見た目通りに、こじんまりとした祠は軽石よりも、さらに軽く、それほど重くはなかった。
『おぉ? 何をするのじゃ』
「持って帰る」と言ってチハルはジャージの上に祠を置いて包んだ。
チハルは宇宙人からこんな小さな祠を守る理由が分からない。
はてさて、どのように守るのかと悩んでも仕方ない。
ならばとチハルは思考を止めて祠を自宅に持って帰ることにしたのだ。
「これで私が狙わるなら別の方法を考えよう」
そう、「相手を知り自分を知れば、百戦あやうからず」と空手道場に入り、始めて試合で負けた日にパパから教えてもらった言葉を思い出す。
鳥居をくぐり石段をおりて人通りにでると、すっかり辺りは暗くなっていた。
チハルは祠を両手に抱え歩き出すとキツネはチハルの足の脇に添うように着いて来る。
『お主。どこへ向かっておるのだ?』とキツネの声が頭の中から聞こえる。
「どうしようかなぁ?」とチハルはここで考えた。
まずはキツネとの会話だ。念話のような感じで問いかけるが返事をする方法がない。
次にこの祠だ。よくよく考えたら家に持って帰ると面倒な事になるし、ママに怒られるかも知れない。
「そうだ!!」とチハルは思いつく。
この祠を墓地に置いとけば破壊できないではと。
寺の住職が管理する墓地は珍しくはない。流石に他人の管理地に侵入し器物損壊までは出来ないだろう思い立った。
「まだ間に合う。寺だぁ!」と薄暗い今ならば、こっそりと寺院墓地に入れる。
その場所に廃棄、いや奉安しても気づかれまいと意気揚々に祠を負ぶった。
善は急げとチハルはおじいちゃんの墓が置かれている墓地を目指す。
『面倒事に面倒事が重なり、これ災いと呼ぶ。お主それでよいのかぇ』
まさか、キツネに小言を言われると思っていなかったチハルは仏頂面をする。
「いいえ。私の安眠を守るための手段です。ベットで祠を抱えて寝たくないもん」
『この罰当たりめが……』
そもそも宇宙人に狙われる祠を守る方法に信仰心はあるのか。
(……私はどうすれば良いんじゃ)とキツネに言い返してやりたい。
――辿り着いたひとけのない寺。境内から一番奥の墓地の砂利のところへ行き、近くの墓の外柵を乗り越え、霊標の裏に後ろ向きで祠を置いた。
「よし。まずはこれで良し」
『お主に頼んだ妾が駄目じゃった……』
キツネはその様子を見て、深いため息を吐き肩を落とす。
「それじゃ。一度、家に戻って晩御飯にしよう」
チハルはジャージについた土をパンパンと払う。
さきほどまで哀愁に沈んでいたキツネはキャピ気だした。
『おぉぉ。飯か。飯を食べるのか。三千年振りかのうぉ~』
「えぇ。食べんの?」
怪訝な顔でキツネを睨むチハル。
『妾に飢え死にせいと言うかぁ』
「三千年も食べて無いんでしょ。食べなくてもいいんじゃないの」
『ほれ、妾も眠っておったのじゃ。起きれは飯は食う』
「ちっ。これが狙いか……」
『いぶかしく思うな。……ほ、祠を守る事は本当じゃぞ』
たじろぐキツネを見てチハルはとりあえず話を変えた。
「そういえば、それ。頭に中に聞こえてくる声。どうやればいいの?」
『それは、それは、始めに説明しておくべきじゃったか。額に力を入れて妾を思い出して話すが良い。これで念話が使えるはずじゃ』
「え? それだけ」
『うむ。それだけじゃ。守護神様の力が既に授かっておる』
「それは聞いてないけど……」
『まあ良い。……ちなみに妾の名前はロンと言う。名前を読んで見るのじゃ』
『やあ。ロン。聞こえる?』
『ほおぉう。覚えが早いのうぉ。聞こえておるぞ』
チハルはキツネにこの場所が祠を守る事に大丈夫であることを伝える。
『はあぁ~。それじゃ。説明するね。ここは見ての通りに管理されている墓地だから、あそことあそこに監視カメラがあるでしょ』
『あれかのぉ~?』
『そう。隣に本殿もあるから住職さんが住んでいる。……だから、誰かが侵入しても全て記録されているし、何かあれば住職さんが警察を呼んでくれるから、ここなら安全なの良い?』
宇宙人がどのような方法で祠を破壊するかはチハルは考えていなかったが、お腹が空いているせいか、晩飯を食べ終えてから祠を見張ろう考えた。
『お主がそういうならば、認めるかのうぉ』
『それじゃ。帰りましょう』
――チハルとロンは寺の近くに住んでいるチハルの家に着いた。
「ただいまぁ~。そうか。ママは夜勤に行っちゃたかぁ。待て待て、パパは出張中だし、お兄ちゃんは確か……」
ドタドタと慌ててチハルは居間に駆け出しカレンダーを見た。
「そうだったの。だからかぁ~ 外泊」
「チハルどの。何が起こったのじゃ」
「今日は私ひとり。ロンもいるけどね」
『随分と寂しい家だのうぉ』
「パパもママも忙しいから仕方ないの。それくらい気を利かせてね」
『あいわかった。すまぬ』
そこでチハルはある事を思い出す。
「よし。今日は鍋にしよう。鍋」
『おぉぉ。素晴らしいぞぇ。チハルどの。妾をもてなそうとその心意気。あっぱれじゃ』
「だぁ~れぇ~がぁ~じゃ~」
『……すまぬ。妾にも分けておくれ』
「それでよい」とふんっと鼻息荒く満足するチハル。
――そう、宇宙人と言えば。
「ネギ」
禰宜でなく、葱ヘッドの宇宙人。
それに歩くキノコもいるよ。
さらに塗壁、いや、とおうふぅ。おとうふだ。
そいつらがチハルを狙って家に歩いてくる。
そこでチハルは台所から持ち出す――。
高知土佐で鍛えられし一振り。土佐打刃物の出刃包丁だ。
その刃身は日本刀と同じ鋭さが光る。夜な夜なママが趣味で研いでいた刃だ。
「やあぁぁ―! とおぉぉ――!」とチハルが大立ち回りで殺斬を見せる。
宇宙人たちはチハルの奇襲にあっけなくみじん切りになった。
『おぉぉ』とロンは、ある光景を思い出す。
『あぁぁ。磐鹿六雁命様ぁ~』
チハルとは全く関係ない子孫ですらない。料理の神様と呼ばれたお方を叫んだ。
これで宇宙人の庖丁式はあっけなく終わった。
「ねえぇ。ロン。これ食べれるんだよね」
『えぇぇ。妾が食べるのかえぇー』
そのあと、ふたりで美味しく頂きました。
――この話を「内緒で」とパパに教えたら。
パパは投稿サイトに小説を書き上げて、あっという間に映画化されたのだった。
こんばんわ。ラシオです。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
※この作品はフィクションです。
映画「ポンチーろんちゃん(仮)」は架空です。