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6.王女の帰還

「ローラっ⁈」

「ローラ様っ⁈」

「姫様っ⁈」


 俺達は一斉に声をあげた。視線の先には姫様が立っていた。


 無事で良かったと安心したのもつかの間、元気な声とは裏腹に、姫様のローブは血まみれだ。

 姫様は俺達を見てにっこり笑うと、その場に崩れるように倒れた。


「ローラ様っ!」

 アレク様が駆け寄り、姫様を支える。


「こんな血まみれに!」と、リディ様は素早く姫様のローブを脱がせた。

 姫様は腕にも足にも裂傷を負っていた。腹部からはポタポタと血が流れている。


「アレク! ローラを寝台に! 急いで!」


 姫様のあまりの姿に茫然自失としていたのだろう。動けないアレク様に代わって、フェリクス様が姫様を抱き上げた。


「ローラ、しっかりするんだ!」


 フェリクス様が姫様を寝台に下ろすと同時に、リディ様は治癒魔法をかけた。

 俺はリディ様の治癒魔法を初めて見た。旅では誰も傷など負ったことはなかったのに。


「姫様、姫様……っ」

 俺は初めて、どれほどの力で自分が守られていたかを気づいた。


 姫様と初めて会った時、姫様は「カインのことは絶対にわたくしが守る」と言ってくれた。遭遇した魔物がどんなに弱くても、必ず結界を張ってくれた。

 

 アレク様に魔力を見られたくない、そんなの姫様なりの照れ隠しだ。絶対に俺達を守るという意思で、姫様はこの戦いに臨んでいたんだ。

 俺は、姫様を頭に花が咲いている女の子としか思っていなかった自分を恥じた。


「アレク、しっかりしろ! お前はローラの騎士だろ⁈」と、フェリクス様はアレク様の背中を叩いた。


「…ローラ様…っ! リディ、頼む! ローラ様を助けてくれ!」

 アレク様は寝台の側で膝をつき、姫様の手を握った。


 姫様をオレンジ色の温かな光が包み込んだかと思えば、みるみるうちに、すーっと傷が消えていった。

 だがリディ様は治癒魔法をやめなかった。腹部の傷が深いのだろう。リディ様の額には汗が浮かんでいる。


 治癒魔法をかけている時間はほんの数分だっただろう。でも俺には何時間にも感じられた。


 やがて、光量が増し、光が弾け飛んだような感覚に陥ったかと思うと、姫様がひょいっと起き上がった。


「死ぬかと思ったわ! ありがとう、リディの治癒魔法は世界一ね!」と、姫様から、およそ死にかけてた人間のセリフとは思えないような言葉が飛び出た。


 あんな軽口叩けるようなら安心だ。姫様は助かったんだ。そう思うと一気に体から力が抜けた。

 あっ、倒れると思った瞬間、後ろから誰かが支えてくれた。


 振り返ればそこにフェリクス様が!

 同性といえど、至近距離で美形を見るのは心臓に悪い。

 そしてまた新たなる階段を登りそうで怖い!


「ローラ様っ!」と、アレク様が姫様を力いっぱい抱きしめた。


「ア、アレクっ」

 姫様の焦った声に、アレク様は抱きしめる手を緩めた。


「ローラ様……っ! よくぞご無事で……もうどこにもケガはありませんか?」


 アレク様は姫様の体をくまなく確認した。 

 アレク様、女の子のワンピースめくっちゃダメですよ?

 ほら、姫様の顔が真っ赤ですよ!!


「良かった……ローラ様に何かあったら……俺はっ……!」


 アレク様に抱きしめられ、姫様はわたわたと焦っている。

 姫様は免疫ゼロですからね、加減しましょうね! アレク様!


「とにかく無事で良かった。猪突猛進のバカでも、さすがに魔王の元に一人で突っ込むのはやめたか」


 辛辣な言葉とは裏腹に、フェリクス様の顔は心からの安堵に満ちている。


 フェリクス様の声に、アレク様はハッと我にかえり「も、申し訳ありません」と、慌てて姫様を放した。


 うん!

 お兄ちゃんの前で妹を抱きしめるのは恥ずかしいよね!


 代わりにリディ様が姫様を抱きしめる。


「ローラっ! このおバカさん! みんなどれだけ心配していたと思っているの⁈ あんな怪我まで負って。一歩間違えれば死んでいたのよ⁈」


 リディ様は目に涙を浮かべながら姫様を一喝する。


「ご、ごめんなさい」


 フェリクス様とリディ様のおバカコールに、姫様の目にリディ様とは違う意味の涙が浮かぶ。


「だ、だって、あれが一番いい方法だと思って……」と、姫様の言い訳が始まる前にフェリクス様の怒号が飛んだ。


「お前というやつは! 死にかけたというのにまだ分かっていないのかっ! あれだけ魔力を解放するなと言っただろ!」


「で、でもお兄様、魔王は倒したんだし…」


 ………一瞬の静寂の後、みんなが一斉に聞き返した。


「「「えっ⁈」」」

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