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食事及び小休憩を終え、装備品の確認を各々行った。
牡丹は素早くチェックを終え、水筒の水を一口飲んだ。満水にした水筒はかなり重い。
「俺は出来た。士郎!どうだ?」
須藤が声を掛けると士郎は頷いた。
士郎は無口だ。牡丹が幼い頃はもう少し喋ったような気がする。特に須藤が居ると輪を掛けて無口になる。必要な事は須藤が話すので士郎は黙っている事が多い。焔のような揺らぎがある真っ黒な黒髪を無造作に伸ばし、鬣のようなウルフカットだ。その長めの前髪の間から覗く瞳はブラックルビーのように濡れ光っている。鼻筋は高く、日本人にしては彫りの深い造作をしている。唇は薄い。いつも引き結ばれている。野生の獣のようなしなやかで筋肉質な肉体。牡丹より頭一つ高い背。牡丹は始め、身体の大きな士郎を恐ろしく思っていた程だ。牡丹はいつも士郎を支えにし、士郎も牡丹を支え続けた。士郎の無言の優しさにいつも助けられていたのだ。
「バイクはここに置いて行く」
「わかった。行こう」
牡丹は士郎を一瞥し、歩き出した。
★
ビルの入り口、正面に三人は立った。
不自然な程静かだった。
音もなく自動ドアが開く。
牡丹は驚きの声を何とか飲み下し、左右にいる二人を確認した。
「どうやら入れてくれるらしいな」
須藤が呟く。士郎は相変わらず黙って頷く。
「電気が通ってるのね」
「不思議だな。自家発電でもしてるようだな」
大きな建物である。この建物を動かす電力を発電するのは今の時代容易ではない。
「何があるか分からない。牡丹は俺の後へ」
士郎に言われ、牡丹は士郎の背後に立つ。須藤は牡丹を挟む様に更に後退した。
士郎が一番手に入り、続いて牡丹が。最後に須藤が入ると自動ドアが閉まった。
一面真っ白な床に、白いタイル張りの床。硬質な靴音が辺りに響く。壁や床にはシミ一つ無く磨かれている。人がいる証拠だ、と牡丹は思った。
『セキュリティを解除しました』
機械的な女性の声が頭上のスピーカーから響く。三人は驚いて僅かに身動ぎする。
じっとりと動けずに居たが、暫く経っても何も起こらなかったので、三人はゆっくりと歩き始めた。
エントランスを入ると、受付のようなカウンターがあった。矢張り色は白い。受付の横には駅の改札のような物がある。社員証か何かを翳して侵入するようだ。
単に乗り越えて侵入してもいいが、セキュリティが生きている事は確認済みだ。
牡丹が思案していると、士郎にスッとカードを渡される。
「かっぱらった」
そう言ってカウンターを親指で指した。
須藤はクツクツと笑いながら改札のようなゲートにカードキーを翳した。
バーはピピと電子音を鳴らしてすんなりと開いた。
牡丹も士郎も須藤に続いてカードキーを翳し入場した。
「多分人がいるなら監視されている筈だな。堂々とした不法侵入だからな」
須藤は手のひらで無精髭をなぞり言う。
「関係ない。母さんが見つかるなら」
牡丹が前を見据えて言う。
士郎は影のようにスッと動いて歩き出した。牡丹、須藤も後に続いた。
暫く奥に通路に従って歩く。途中いくつかのドアを開けてみたが、使用用途が分からぬ何も無い六畳ほどの部屋だった。
最奥まで侵入するとエレベーターが一基と、非常階段だろう扉があった。士郎が扉の方に手を掛けようとするとエレベーターが開いた。
三人は顔を見合わせる。
「完全に誘導されてるな」
どうする?と須藤が顎をしゃくる。
牡丹は少し考えてからワークブーツを鳴らしてエレベーターに近寄った。
「危険かもしれないぞ?」
「こんな得体の知れない建物に入って安全なんか考えるだけ無駄な気がする」
牡丹がそう言うと、違いない、と須藤は笑って着いてきた。
最後に士郎がエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり、二十階を示す所に灯りが着いた。エレベーターが動く少しの浮遊感を牡丹は懐かしいと思った。
士郎はすぐさまリュックを下ろして中から刃渡り十五センチ程度の鉈を二本取り出し腰のベルトに装着した。
持ち手が長く、全長も三十五センチ程度と長いので、威力が付けやすい。刃も厚く刃こぼれし難いので獲物としては上等なのだと言う。
須藤は腰に既に大きめのカーボンスチールのナイフを身につけている。確かめるようにグリップをニ、三度握っている。
全員が呼吸を若干浅くして緊張をやり過ごした。
カクンと浮遊感が止まり、一拍置いて扉が開いた。
扉の外は一階とはかなり趣きが違っていた。
柔らかな毛足の長いワインレッドの絨毯。壁は濃い木目のウォルナット。エレベーターの脇には洒落た作りの木製の花台。アンティーク風の金で縁取りされた大輪の花が描いてある陶器の花瓶が飾られていた。
士郎が油断無く進む後ろを付いていく。背後には微かに須藤の息遣いが感じられた。
張り詰めた緊張の中通路を進むと、開けたホールのような場所に到着する。一階と同じくカウンターが手前に置かれている。しかし、一階とは明らかに違う。