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Mirror world  作者: 叶 葉
3/11

3

「大変でしたね、もう大丈夫ですよ」

と、スーツの男が言った。

「主人は無事でしょうか?」

男に尋ねた。

「所長は、残念ながら連絡は取れていません」

そう言って俯いた。

数日厄介になっていると、一人の白衣姿の男が牡丹たち親子に与えられた部屋に現れた。

「部屋に閉じ籠りっぱなしでは気分も晴れないでしょう。良ければ施設を案内します」

と申し出た。

母は曖昧に頷くと男の後を付いていくので牡丹も従った。

様々な設備を案内され、最後に吹き抜けのようなワンフロア使った設備を案内された。

そこからは記憶が定かでは無いが、男に促されて母だけが小部屋(牡丹は工事現場などに置かれている簡易トイレのようだと思った。)に入ってドアを男に閉められた。

慌てて牡丹がドアを開くとそこには母の姿は無かった。

「お母さんっ!」

牡丹が叫ぶと、男に強引に腕を掴まれ引き摺られた。

男は乗用車に牡丹を押し込み恐い顔をして牡丹を睨んだ。

そうして無言のまま男は車を走らせると、牡丹を道に捨てて走り去って行った。







牡丹の話しを須藤と士郎は黙って聞いていた。

赤々と燃える炎に二人の顔は照らされ、奇妙な影を作っている。

「今日見つけた建物がその施設に似ているんだな?」

「似ている……と思う。あの焼け野原の中、やっぱりあの建物だけ綺麗だったから」

「その拓けたフロアに、小部屋か。小部屋の中には他に扉なんかは無かったんだな?」

須藤が確認するように問う。

「無かったと思う。本当に、人が一人立ったまま入れるくらいの小部屋で、慌ててはいたけど、確認はしたから」

そうか、と呟いて須藤は黙った。

「好意的に迎え入れられたのに、最後に会った男には酷い扱いをされたんだな」

士郎が労わるように言う。

「最初はね、そいつの所為で母さんと引き離されたって思ってたんだ。だけど、顔の記憶も曖昧になってしまった人だけど、最近は助けてくれたんじゃないかと考える事があるんだ」

男は確かに恐い顔をして牡丹を睨んだ。しかし、その表情にはもう来てはいけないよ、と言う意味が込められていたような気がするのだ。

唯、この都合のいい考えも牡丹が無駄な恨みを抱かない為に自分で植え付けた考えのような気もするが。

「こんな状態なんだ。無駄に争う気持ちを持つよりはマシなんじゃないか?」

須藤が言うと、牡丹も士郎も頷いた。

一つしか無い林檎を取り合うような愚かな争いは戦争で沢山だとスラムの人間は皆思っている。もう日本人は数少ないのだ。抗う間も無く制圧され、焦土となってしまった日本には価値は無いというのに、何故こんな事をしたのかと皆思っている。

他国はまだ第四次大戦の最中だ。

復興などに手を貸している暇は無いのだ。核に侵された小さな島国など、植民地にしても旨味なんかは無い。

「希望を胸に」

須藤が短く呟く。

牡丹と士郎は右拳を胸に当て、黙祷した。







翌朝も快晴であった。

牡丹はいつもの装備に大きめなサバイバルナイフを追加して腰に履いた。

小さなサバイバルナイフはいつも携帯していたが、今回は胸騒ぎがして刃渡り十センチ以上のナイフの携帯も決めたのだ。

準備が整い、バイクを停めてある場所に向かうと既に二人は揃って待っていた。

須藤は今となっては高級品の煙草を薫せながら、牡丹に片手で挨拶をした。士郎は腕を組み、黙して牡丹を見据えている。

「準備は出来たか?」

「大丈夫」

二人に見せ付けるように腰のサバイバルナイフをポンと叩く。

士郎は黒い革の手袋を両手にはめ、指を組む。ギュッギュッと圧着するように着け心地を確かめているようだった。

「行こう」

牡丹はバイクにまたがった。








「あれか?」

須藤が二十メートル程先にある白い建物を見つめて聞いてくる。

「場所は間違いない」

士郎が答える。

「何があるか分かんねえな。装備を確認して一旦食事をしてから行こう」

建物から見えないように建物がある空き地の外の瓦礫に隠れる。背負いの中から缶詰を出し、小さなマルチツールナイフで封を切る。

三人はどかりとその場に座り込み、マルチツールナイフに付いたフォークで器用に缶詰の中身を食べる。

「本当に奇妙な建物だなあ」

須藤は建物を繁々と見ながら言う。

「ああ、異常だ」

士郎は頷く。

「爆撃の後に建てたわけでは無いよね?」

「そうだと思うな。まず、あれを建てる力は今の日本には無いだろうよ」

「だけど、なんであの建物だけ無傷なんだろう。周りに全く建物が無いのも分からない」

三人は暫く建物を眺めながら食事をした。

何か異様な力が働いている。

その建物にはそう思わせる異様さが漂っていた。

須藤は得意の早食いで缶詰を平らげる。そして惜しげも無く高級品の煙草に火を着ける。旨そうに煙を吸い込み吐き出した。手に持った煙草の灰をポンと器用に落とした。

「お袋さんに会えるといいなあ」

須藤は目尻を緩ませて牡丹に言った。

須藤の家族は親兄弟、妻子に至るまで全滅だったそうだ。一人残ってしまった須藤は家族に対する思い入れは強い。最も、牡丹のように家族が無事に戦火を逃れた者の方が少ない。ここはそういった世界なのだ。

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