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Mirror world  作者: 叶 葉
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———どれくらい登っただろうか。

30回目の折り返しで数えるのを止めた。荒い呼吸を無理に抑えて登っていた。階段の途中で僅かに崩れた箇所を登る時はひやひやしたが、それも幾度か遭遇すると感覚が鈍くなっていった。

「大丈夫か?」

先に登っている士郎が足を止め、振り返りながらライトで牡丹を照らす。ライトの光の所為で士郎の顔を確認出来ない。知らない男のようだった。士郎が発した労わるような声で辛うじて判別する事が出来た程度だ。

「大、丈夫……」

荒い息で牡丹が返す。自分で思うよりも頼りない返答になってしまった。

「どうやら終着のようだ」

士郎がライトを前方に動かすと、そこには扉が一つ確認出来た。

「……行こう」

牡丹は疲労の限界を訴える足を意志の力で動かした。

扉に着き、士郎がノブを回すと呆気なく扉は開いた。

——良かった、鍵はかかっていなかった。牡丹は安堵した。これで鍵でも掛かっていたらなんて考えたくもなかったが。

扉から出た牡丹は急に差し込む明るさに目を瞑る。

吹き荒ぶ強風に煽られ、バランスを崩した牡丹を士郎がそっと支えた。

「大丈夫か?」

答えずに薄っすらと瞼を持ち上げ、段々と光に慣らすように目を開けた。

「高いね」

見渡す限りの空。牡丹たちの視界を遮るような鬱陶しい廃墟は眼前の下だ。

牡丹が一番近い屋上の手摺りに手を掛けようとすると、士郎が制止する。

「体重はかけるな。脆くなっているかもしれない」

牡丹は無言で頷き、体勢を低くした。床に這い蹲るようにして下を覗き込んだ。

余りの高さに一瞬血の気が引いたが、どうにか目眩を抑え込む。

目を凝らすように地上を見つめる牡丹の傍らにそっと寄り添うように士郎は立っていた。

暫く屋上の淵を移動しながら地上に見える廃墟を眺めていた牡丹が呟く。

「あれは———?」

士郎も乗り出し、懐に仕舞っていたスコープを取り出し牡丹の指す近辺を見る。廃墟群からは少し離れた場所。ぽっかり空いた空き地に一棟だけ立つビル。

「綺麗すぎるな」

頷きながら、牡丹もスコープを覗く。

「窓も、入り口の自動ドアも割れてないね。建物のコンクリートも綺麗」

「なんだ?あそこは」

士郎が呟いた時、牡丹は再び強い目眩に襲われ頭を抱える。




———牡丹。


———お父さんが働く研究所にお世話になりましょう。


———ここなら安心。


———ここで待って


———すぐ




刹那、脳裏に明滅するようにフラッシュバックが襲う。

「あそこだ」

牡丹は幽鬼のようにのっそりと立ち上がり、士郎に告げた。










パチパチとドラム缶の中で薪が爆ぜる。

辺りはすっかり夜の闇に覆われている。ドラム缶で燃える炎だけが頼りだ。


ここは牡丹と士郎が寝床とするスラムの一角。

突然頭を抱えて蹲った牡丹を心配した士郎が一度スラムに撤退する事を申し出た。

牡丹も記憶の放流による気持ち悪さを堪えていた為素直に従った。

戻った二人を仲間は迎えた。

「見つかったか?」

スラムの年長の男が聞く。

「記憶に一致するような場所が見つかったらしい。だが、あれは奇妙な場所だ。危険かもしれない」

士郎は、年長の男ーー須藤に事のあらましを話して聞かせた。

「そうか、うーん」

須藤は顎に生えた無精髭を撫でながら思案する。

「明日、行こうと思う。」

牡丹がキッパリ言うと、須藤は幾分迷って頷いた。

「行かないと納得も出来ないだろうしな。よし、明日は俺も行こう」

「ありがとう」

牡丹は感謝した。

明日の我が身すら危うい環境にありながらスラムの人々は最年少の牡丹を娘のように妹のように気にかけてくれた。

勿論、母を思わぬ日は無い。

しかし、牡丹が寂しさに押し潰されずに生きてこれたのは士郎や須藤、スラムの人間のお陰だった。

牡丹は明々と燃える炎を見つめた。

「もう一度当時の記憶を整理させてくれ」

須藤に提案され、牡丹は話し出した。






戦火が東京を襲って暫く経った頃だった。

牡丹と母は父が自宅に設置していた地下シェルターの中にいた。

核による攻撃は日本海側の都市数カ所を襲った。

混乱を極める中、主要都市である東京や神奈川、大阪、京都、福岡などの大都市は攻撃を受けインフラは壊滅した。

情報が流れないまま数日が過ぎた。地上での様子は分からない。非常食などで食い繋ぎ、狭いシェルター内でやり過ごした。

約半年の備蓄があったが三カ月程経ち、水が尽きた。母はいよいよ決心をして牡丹を連れてシェルターを出た。

地上は焼け野原だった。

廃墟と化した景色に母は呆然とし、電波や電源の途切れたスマートフォンを握り締めて震えながら牡丹の手を引いた。

暫く瓦礫に注意しながら進む。牡丹も混乱しながらも母に着いて行くと一棟の建物の中に入った。

母はやっと笑顔を見せ窶れた顔で、もう大丈夫、と泣いた。

ビルの中は手入れがされており、数人の白衣を着た男たちと、スーツの上に作業着のようなものを着た男が迎えてくれた。

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