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記憶を失った僕と彼女たち  作者: 天笠愛雅
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お誘い

愛斗は席を立ち、少し外の空気を吸うと言って家の外に出た。

太陽が真上にあって、病院を出た時よりも気温が高く感じる。

まだ家の周りのことも分からないので適当に周辺を散策してみよう。そう愛斗は考えていた。

住宅街とは言っても地方並の密度で建っていて息苦しさは感じない。芽衣の家の前を歩いてみたが、人の気配はない。


「愛斗?」

誰かに背後から急に声をかけられた。聞き覚えのある声、振り返るとそこには芽衣が立っていた。恐らく部活帰りなのだろう。それっぽい格好をしている。


「芽衣さん...」


「芽衣でいいよ。愛斗、前はそう呼んでた」


「じゃあ、芽衣...。部活?」

少し照れくさかったがここは「愛斗」に近づけるように思い切って名前で呼ぶ。


「そう、私、陸上部なの」


「そうなんだ、お疲れ様」


愛斗がそう言ったあと、芽衣が愛斗の顔をまじまじと見て言った。


「どうかした?なんか変だよ」


ちょっと相談しようと思ってたたんだ。なんていざ芽衣を目の前にすると素直には言い出せない。むしろ相談する気もなくなってきそうだ。


「いや、なんもない」

あぁ、言ってしまった。

後悔するのは分かっていてもなかなか上手く伝えられない。あんなに必死に僕のそばにいると言ってくれたのに。


「そっか、私の考えすぎかな。そうだ、私の家に来ない?」

この状況でお誘いか?だが、断る理由は特にない。むしろ相談するチャンスなのでは。


「じゃあお言葉に甘えてお邪魔させてもらうね。心配されるかもだから家族にも言ってくる!」

そう言って愛斗は家に戻った。その距離10メートル。


愛斗が家族に伝えるのを愛斗の家の外で待っていた芽衣は、玄関から愛斗が出てきた瞬間、「行こ!」と言って、駆け足で行ってしまった。もちろん隣なのですぐに追いつく。

芽衣は愛斗の家と全く同じ玄関を開け、愛斗を家の中に入れた。中も丸っきり同じ。外見は左右対称だが、日当たりとかの関係上などで内見は同じになっているのだろう。


「お邪魔しまーす」


「大丈夫、誰もいないよ」


何が大丈夫なのかは知らないが、誰もいないのか。日曜日なのに珍しいな。

愛斗はそう感じた。


「家の中、同じなんだ」


「ふふ、前も愛斗、同じこと言ってた。面白い」

芽衣は右手の軽く曲げた人差し指を口に当てて笑いながらそう言った。

やっぱり僕は僕なんだと愛斗は思い、少し安心した。


通された部屋は2階にある部屋。

自分の家の2階を知る前に、たぶん同じであろう隣の家の2階を知ったのですごく変な気分だ。


「適当に座って待ってて。飲み物持ってくるね」

芽衣はキッチンのある1階に降りていった。

部屋に1人、取り残された愛斗は立ったまま部屋の中を見回す。女の子らしいっちゃらしい部屋だ。そもそも自分の部屋すら知らない愛斗は、なんと感想を述べればいいか分からない。だがそうしていると、写真立てに入れられた1枚の写真を見つけた。それは今の愛斗でも分かる。幼い自分と芽衣のツーショット。写真を撮られるのを嫌がる表情をしている愛斗と満面の笑みでピースをする芽衣。対照的な2人のその写真は、2人の関係を物語っているようにも見える。

近寄ってその写真を見ていると、飲み物を持った芽衣が戻ってきた。


「あ、気づいた?その写真はね、初めて愛斗がうちに来た時の写真なの。愛斗、帰るってなった時に嫌だっていじけちゃってね」


「なんだよー、その馬鹿にした目は」

キレ口調で芽衣に言ったが別に怒ってもないし怒ってるとも思われていない。


「だって可愛かったんだもん!」


声を一段階上げそう言う芽衣の方が可愛いと思う。というか誰もいない家で男女2人きりってよくよく考えたらまずいんじゃないか?

愛斗の頭に一瞬そんなことがよぎったが、話をするだけ、と自分に言い聞かせ、半ば強制的に心を落ち着かせた。出された紅茶も飲んで、更に落ち着かせてみる。


「家に帰ってみてどう?」

先に芽衣が訊いてきた。


「お父さんと初めて会った。あと...」

学校のことを言おうか迷った。なんと言い出せばいいのかが分からない。しかし、さっきは言えなかったが、家まで来たのだからここは言うしかない。そのためにお邪魔したのだから。


「...あと、学校のこと話した」


「お父さん、帰ってきたんだ。そりゃあ帰ってくるか」


「まあね」


「学校かぁ、やっぱ行くかどうか?」


「そうだね、今行ったら本当に迷惑かもしれないし...」


「迷惑なんて...。本当に愛斗は自分が行ったら迷惑になるって思ってる!?」

少し怒ったような口調だ。さっきの愛斗のふざけてやったキレ口調とは違う。本当怒っているようだ。


「そうだよ、迷惑だよ。もし芽衣がただのクラスメイトだったら僕のことどう思う?理解できないでしょ」

だが愛斗は冷たくそう言う。

なぜだろう。やっぱりこんな言い方になってしまう。


「そんなことないよ!絶対理解できるよ!」

愛斗すら身体が少しビクッとして驚くくらいの声の大きさだった。芽衣のその目はもはや獣のようだった。


「わ、わかったから。落ち着いて、悪かった」

これ以上熱量を上げられると色々と困るのでなだめておく。


「ごめん、声大きかったね...」


いや、そこではない。天然なのか?それともふざけているのか?

正直、今はどっちでもよかった。落ち着いてくれればなんでもいい。


「いや、僕もごめん...。でも学校に行ってはみたいんだよ。本当にこれは...」


芽衣も真剣に考えてくれているようで、何と言おうか迷っているのが分かった。真剣じゃなかったらあれほど熱くなることはないだろう。愛斗には芽衣に対する感謝の気持ちがより一層湧いてきた。


芽衣が迷った末出した答え、それは...


「頑張って一緒に行こう。私がなんとかする」だった。


「なんとかする」

それは実に無鉄砲な言葉だ。だが、芽衣の言うその言葉の意味は違った。彼女の心は決まっている。何があっても愛斗の味方になると。


「次の学校は明日?」


「そうだよ、明日」


「明日の朝、うちに来てほしい。準備して待ってるから」

愛斗は明日、学校に行くと決めた。

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