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記憶を失った僕と彼女たち  作者: 天笠愛雅
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我が家

「うん、ずっとそばにいる。どんなときも」

目に涙を溜めながら放った、愛斗の心を貫く言葉。それを愛斗は忘れることはないだろう。


「ありがとう。本当にありがとう。僕のことを分かってくれて...」


「うん、だって幼なじみじゃん!」


それもそうだ。愛斗にとって芽衣は今日初めて会った人だが、芽衣にとっては愛斗は愛斗、大切な幼なじみには変わりないのだから。


その後、芽衣は部活があると言って帰ってしまった。何の部活かは聞き忘れたが、それは愛斗が次、また芽衣に会う時の楽しみになった。


診察、リハビリといった同じようなサイクルの日々を何回か繰り返していると、あっという間に退院の許可が出された。愛斗はすっかり自分で歩けるようになっていた。


日曜日の朝、退院のために母と妹が迎えに来て荷物の整理を手伝ってくれていた。病院の外には何回か出たが、病院の敷地の外に出るのは初めてだ。愛斗の胸は期待で満ち溢れていた。

だが、それと同時に起こるもの。

それは七奈との別れ。

今生の別れではない、まだ通院もするだろう。しかし、毎日健気に支えてくれた七奈がそばから離れてしまうというのは寂しいものがあった。

一般的には退院とはめでたいものであって、つまりナースが離れるということは喜ばなければならないだろう。

病院は本来、来ない方がいい所だ。しかしここに来ないと七奈とは会えない。

病院に来ないことと七奈に会いたいという2つのことは上手く繋がらない。繋げることは出来ないのだ。


「じゃあ、元気でね。もうここに来ちゃダメだよ。自分を大切にしてね」


「ここに来ちゃダメ」

その七奈の言葉が矢になって突き刺さる。

七奈も言う通りやはり病院は来ない方がいい。

愛斗は「会いたい」という気持ちを噛み殺して言った。


「今までありがとうございました!もうここに来ないようにします」


七奈は満足そうな顔をした。愛斗が自分と会いたがると分かっていたのだろう。その溢れそうな気持ちを抑え、放った愛斗の言葉が、別れを素直に受け入れるものだったから七奈は安心したのだ。


「頑張れよ!じゃあな」

その場にいた須崎も愛斗に別れの挨拶をする。


「ありがとうございました。須崎先生には本当に感謝してます」


須崎は事故の直後、頭を打った愛斗を治療した命の恩人だ。彼のことも一生忘れることはない。


「じゃあ...」と言って七奈は愛斗に手荷物を渡す。

母は少し大きめの荷物、妹は自分の鞄を持った。


「本当にお世話になりました。」


母がそう言うと妹も軽く頭を下げ、愛斗は妹以上に頭を下げた。

七奈が扉を開けて、愛斗たちを病室の外へと誘導する。

愛斗はこの部屋から出た瞬間から新たな人生が始まるような気がしていた。今まではプロローグ。ここからが本番なのだと。


和歌山の太陽が愛斗に降り注ぐ。春のちょうどいい気候だ。

こんなことになってなかったら今頃何をしていたのだろう。

愛斗は気づいた。今日は4月11日。自分の通っている高校はどこか知らないが、世間一般ではすでに始業式を終え、1学期が始まっている。


「ねぇ、学校って始まってるよね...行っていいのかな...」

隣を歩いていた母に思い切って訊いた。


「始まってるわね。愛斗が嫌じゃないなら行っていいのよ。無理のない範囲でね」


みんな無理をするなと言う。僕がそんなに苦しんでいるように見えるのか?ただ、実際のところ苦しんではいるが、それを極力表に出さないように努力している。気付かれないように、心配させないようにしているのに、なぜみんなは気付くんだ。


「無理か...」


「お兄ちゃんは行きたいの?学校」


「行ってはみたい。ただみんなとどう接していいか...」


「行ってみればいいじゃん!芽衣ちゃんとも同じだしさ」


妹は簡単に言うがそう上手くはいかないものだ。ここは芽衣に相談してもいいか。

愛斗はそう思った。


病院から15分ほど歩いたところに我が家はあった。2階建ての一軒家。白基調のシンプルな見た目。その家と対称になっている家が隣にある。時田家と左右が逆転した家。表札には「未原」と書かれてある。芽衣の家だ。

母は未原家のことには触れずに家の鍵を開け、荷物と共に中へ入っていった。それに続けて妹も入っていく。他人の家に上がるような抵抗感があったが、ここは自分の家だと心に言い聞かせて家の敷居を(また)いだ。

やはり家に入っても家のことは覚えていなかった。何年も住んだはずの家、恐らく他のどこよりもいる時間が長い場所。だけどこれも愛斗は覚えていなかった。


「あら、お父さん帰ってたの」

家の奥から母の声が聞こえる。

お父さん?そうか、僕にも父がいたのか。「父」という存在のことを考えてすらいなかった。


恐る恐る、声がした部屋に入っていく。そこはダイニングで6人用のダイニングテーブルがあって、そこの1つに男性が座っていた。父だ。


「ごめんな、ずっと東京の仕事で帰ってこられなかった。俺が愛斗、お前の父だ」


ずっと最初に何と言おうか考えていたのだろう。随分と単調に話していた。


「いえ、大丈夫です。僕もお父さんの存在を知らなくて...」


「愛斗が知らなかったのは俺ら親の責任だ。何も心配しなくていい」


「ごめんね、愛斗。急にお父さんに会わせることになって」


両親はそう言うが、正直いつ会わされても心の準備をするかしないかと言うだけの問題で、たとえ今回準備していたとしても特に変わりはしなかっただろう。


「いや、それは全然」


「ありがとうな。まあ座ろうか」


父がそう言ったので全員、テーブルを囲む椅子に座る。愛斗は父の前に座り、隣に妹が座った。


「まずは、退院おめでとう、愛斗」

父がそう言うと母も妹も頷いて愛斗の退院の喜びを噛み締めた。


「ありがとう...ございます。本当に心配とか迷惑とかかけてごめんなさい」


「そんなことは思ってないさ。愛斗が生きていただけで十分なんだ」


「そうよ、愛斗。迷惑だなんて1回も思ってないの」


改めて家族の温かさに感動し、目頭が熱くなる。


「ありがとう...。あの、僕はこれからどうしていけば...」


「やっぱ、学校か?」

父は鋭い。まだ学校のことは父には話していないのに。


「そうです。もう学校は始まってるけど今から記憶がない僕が行ったらそれこそ迷惑かもしれないし...」

そう、クラスメイトにも先生にも迷惑をかける。気も使わせてしまう。これは誰が否定しようと明確な事実だ。


「芽衣ちゃんと行けば?」

妹が無神経に言う。ただ、中学2年生なりに考えて言ったのだろう。だけど、彼女は言った。そばにいる、と。

やはりここは芽衣に相談するのが最適解なのかもしれない。


「ちょっと考えてみる」

愛斗はそう呟いた。

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