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記憶を失った僕と彼女たち  作者: 天笠愛雅
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麦わら

こんにちは、時田愛斗です。僕は事故に遭い、記憶を失ってしまったようです。もちろん、あなたのことも分かりません。よかったら会ってお話がしたいです。よろしくお願いします。


これが打った内容だ。しかし送信しようとするもなかなか送信ボタンが押せない。

そんな葛藤をしていると部屋のドアがノックされ、須崎と七奈が来たので一旦メッセージはそのまま残して電源を切った。


「もしかして誰かと連絡取ってた?」

須崎が的確な質問をしてくる。

実際、連絡を取ってはいない。取ろうとしていただけだ。


「メッセージを送ろうと思ってたんですけどなかなか送る勇気が...」


「無理に送る必要もないさ。気が向いたら送ればいいよ」


「そうですね。そうします」


愛斗はスマホをミニテーブルに置いた。


「リハビリのことだけど、全然大丈夫だからいっちゃおうか?」


「はい、お願いします」


今はまだちゃんと歩けないので車椅子だがすぐに自分の脚で歩けるようにならなければならない。記憶を取り戻すために2つの車輪は邪魔だ。そして周りに気にされたくもない。


リハビリルームに着くとリハビリをサポートしてくれる先生がいた。須崎はルームの外から見ていたが七奈は他の仕事があるのかどこかに行ってしまった。リハビリの先生とは、特に記憶のことについては話さず、身体のことについての会話をした。

愛斗の場合、一応事故に遭っていて怪我も負っていたが、そこまで重傷でもなく、須崎の努力もあってか状態は悪くなかった。ただ単に6日間も横になっていたことによる筋力の低下が主な原因だ。

着替えをもらったのでその服に着替える。緑のTシャツ短パンの上下。

着替え終わるとまずは、先生と両手を繋いでサポートしてもらいながら立つ練習をする。最初は意外とすっと立てたが、段々と上手く力が入らなくなり座ってしまう。だがその練習を何度か繰り返していると立てる時間が長くなってきた。


「よし、休憩にしよう」


休憩になったので一旦ルームよりも涼しい外に出てそこにあったベンチに座る。立って座ってを繰り返しているだけなのに汗がびっしょりだ。汗が首筋を伝って服の中に入ってくるのが分かる。

それを見ていた須崎がポケットに手を入れながら近づいてくる。ジャラジャラと音を立ててポケットから出した右手には100円玉と50円玉があった。


「これで飲み物を買いなさい。水分補給は大事だからな」


そう言って須崎は愛斗の手に2枚の硬貨を握らせた。


「ありがとうございます」

と愛斗は言って自販機に向かう。硬貨を投入し、自販機の前でしゃがんで何にしようか迷っていると後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

振り返るとそこには母と妹が笑顔で立っていた。その2人が笑った顔が似ているのでそれで愛斗は笑ってしまった。


「よかった、笑顔になってくれて。拒絶されたらどうしようかと」

母がほっとしたような表情になる。

申し訳ないけどあなた方の顔で笑ってしまっただけなんだ。


「お兄ちゃん元気〜?」

妹も無邪気に話しかけてくる。


「大丈夫だよ、今はリハビリ中なんだ」

と言って2人に背を向けスポーツドリンクを買った。お釣りの30円が出てくる。

お釣りを取るために腰を屈めながら言った。


「1週間くらいで退院できるらしい。そしたら帰ってもいいかな」


「当たり前じゃない!家族だもの」


「そうだよお兄ちゃん!早く帰ってきてね」


「急かしちゃダメよ美咲」


美咲。この子が本当に美咲で僕の妹なのか。

その名前はSNSで知っていたものの初めて美咲という名を耳にして、本当に妹なのだという確信へと変わる。


「じゃあもう行かなきゃ。また」


2人は小さく手を振って愛斗をルームへと見送った。愛斗はゴクゴクとスポーツドリンクを一気に半分ほど飲む。


さあもっと頑張って早く家族の元へ帰るぞ。


12時過ぎにリハビリを再開した。今度は平行に置かれた手すりに掴まりながら歩く「ザ・リハビリ」みたいなものだ。

腕に頼り過ぎず、なるべく脚で進んでいく。手すりの端から端まで歩き切ったときには、すでに体力が限界だった。


「よく頑張ったね。初回にしては上出来だ」

先生はそう言うがここまで息を切らしてまで、まだだと言われたら溜まったものじゃない。まるで部活だ。だが今回は褒めてもらったのでよかった。意外とすぐに歩けるようになりそうだ。


着替えを済ませルームを出ると須崎と母と美咲が待っていた。みんながお疲れと言ってきたので軽く笑顔を見せつつ車椅子に座り、美咲に押してもらって病室に戻った。


病室に戻るなり愛斗はベッドに倒れ込んだ。リハビリの疲れが一気にどっと出てきたのだ。

七奈はそれを見て苦笑いしていたが、とうとう愛斗が眠りにつきそうになると、そっと毛布をかけて「お疲れ様でした、よく頑張りましたね」と優しく声をかける。

天使の囁きを聞いてしまった愛斗はそのまま深い眠りへとついた。


夢を見た。白良浜で1人の少女と遊ぶ夢。麦わら帽子のその彼女は、長い髪を(なび)かせながら、純白の砂浜を弾けるような笑顔と共に走り回っていた。


目が覚めても胸の激しい鼓動が止まらない。もっと言えば激しくなる一方だ。それは夢の中で走っていたからではない。夢の中のあの子のことが脳裏に焼き付いて離れないからだ。


「誰なんだ...」


記憶がない愛斗は、その子が誰なのか、はたまた実在するのかすら分からない。

会いたい。会ってみたい。実在してほしい。

そのような想いが愛斗の心臓を締め付ける。


一旦心を落ち着けるため、スマホを弄る。時刻は4時8分。まだ起きるのには早すぎで、いつも静かな病院もいっそう静かだ。

緑のアイコンをタップする。特に誰からも連絡は来ていないが、見ているだけで何か思い出すかも知れない。だから愛斗は暇な時によくそうしている。

適当に画面をスクロールしているうちに段々と心拍数も落ち着いて、また眠くなる。

愛斗はスマホの電源を落として再び眠りにつく体勢を作った。

やはり少女のことが頭から離れないが目を(つむ)っていると意識が遠のいていく。

愛斗は再び眠りについた。

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