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記憶を失った僕と彼女たち  作者: 天笠愛雅
3/38

気付き

病室に戻った愛斗にナースが食事を持ってきた。

「本当はもう時間的にダメですけどお腹空いてますよね?どうぞ食べてください」


病院の夕食は早い。なぜ規則を破ってまでナースは、病院は僕を気遣うのだろう。

愛斗はふと優しさを感じた。

食事は白米、味噌汁、焼き魚、サラダの質素なものだったが一口、口に運ぶと愛斗の体中に染み渡る。


「うまい...」


「退院したらもっとうまいもの食えよな」

須崎が言う。


「十分これも美味しいと思いますよ」


「でしょ!ここの病院食は美味しいって評判なんです」

ナースが両手を合わせて嬉しそうに言う。

だがその楽しい雰囲気を割くかのように須崎が言った。


「食った物の、美味しかった物の記憶はあるのか?」


愛斗は少し驚いた。

そんな無神経なことを平気で言うような人ではないと、会って数時間でも分かっていたからだ。須崎がそんなことを()くとは、よほど気になったのだろうか。信頼できる人のそんな質問だからこそ答えるべきだ。

この食べ物は美味しいが須崎の疑問通り確かに何と比較していたんだ?母の味も知らない。覚えていない。そう思うとなんだか口が寂しくなってきた。

僕の舌が蓄積したデータも消去されてしまったか。

この病院食が「新たな愛斗」としての初めての食事になる。


「覚えていませんね」


須崎に自分がした質問で愛斗を困惑させたと思わせないように簡潔に答えた。


「ごちそうさまでした」

愛斗は初めての食事を食べ終えた。


「もう遅いから我々は退散するよ。寝れなくてもゆっくりと部屋で過ごそうな。明日は10時くらいにまた来る。そしたら診察に行こう」


遅いと言ってもまだ8時半。病院にとっては遅い時間なのかもしれない。

須崎と愛斗が食べ終えた食器を持ったナースは愛斗の病室から出て行った。

扉が閉まると愛斗はベッドに寝転がった。目覚めてから、初めての1人の時間だ。

少し心細いような気もしたがゆっくり自分と向き合える初めての時間だ。

とはいえ、向き合うに値する材料が少ない。母、妹の存在。そして茜という女性...


その時愛斗はミニテーブルの上にスマホがあることに気づいた。

手に取り、電源をつけるとロックがかかっていた。もちろん、暗証番号も覚えていない。だが、もしかしてと思って身体を起こしスマホを見つめるとロックが解除された。顔認証だ。

開いたのはSNS。緑のアイコンをタップするとトーク欄の1番上に「母」という文字があった。

「母」からは「大丈夫なの!?返信して!!!!」と送られてきていた。


その後も下にスワイプしていくが何が何だか分からず、お気に入りの場所を見る。1番上に「茜1223」の文字があった。

そのトークを開くとこのような会話がされていた。




明日、9時に白浜駅集合ね!


分かった。おやすみ〜


うん、おやすみ〜


おはよ!もう着いちゃった!


はや!でも僕ももう着くよー


はいはーい、待ってるねー



トークはそこで終わっていた。恐らくそのあと合流したのだろう。もう少しトークを(さかのぼ)るとその日の行き先はアドベンチャーワールドだと分かった。

アドベンチャーワールドとは、白浜町にある動物園、水族館、遊園地があるテーマパークだ。

なぜかその知識はある。

地名、場所、憲法や法律など誰しもが知っていることなら覚えている。

どうやら公的な記憶はあるみたいだ。

アドベンチャーワールドの存在によって覚えていることがあると気づかされた。当たり前のこと過ぎて気づかなかったのだ。今は当たり前が当たり前じゃない。そのような些細な気付きも今の愛斗には必要なことだった。


つまり僕が事故にあったと言われた日は、茜とアドベンチャーワールドに行っていたようだ。

他にもお気に入りのアカウントがあった。


時田美咲0617


古賀0903


芽衣1111


名前の横に書いてある数字はトークから察するにその人の誕生日だった。僕は彼女らに律儀におめでとうメッセージを0時台に送っていたようだ。ただ、時田美咲には送っていなかった。

愛斗は何かに気づいた。それは自分の名字ことだ。今まで自分のことを愛斗としか認識していなかったが、外から部屋に戻ってくるとき病室の前の名札にこう書かれていた。


時田愛斗


紛れもなく僕だ。つまり時田美咲が僕の妹ということになる。

気になって妹とのトークを一気に最初まで遡る。最初の会話はこうだった。


よろしくお願いします。


うん、これからよろしくね


やけによそよそしい。普通の兄妹の会話もこのようなものなのだろうか。

特に愛斗の胸に引っかかったものがあった。


これから


その一言に妙な違和感を覚えた。が、それについて考えようと思ったときにはすでに夢の中だった。

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