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記憶を失った僕と彼女たち  作者: 天笠愛雅
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今西茜

今西茜という人物のことをよく知らない。かつての自分の彼女だったという実感が湧かないというだけでなく、芽衣や夏海、岳のように親しくできそうという見通しが立たない。それは1個上の先輩であるからという訳でもない。


美咲とある程度話した後、美咲は寝ると言って自分の部屋に戻った。

愛斗はベッドに座り込み考えた。茜とどう付き合っていくか。自分の本当の気持ちは?

正直、自分の周りでたくさんのことが起こりすぎていて収集がつかなくなっているようにも思える。

学校に行くことができたのに、このままだといずれ潰れる。そんな未来が見えなくもない。

茜と関わりたくない訳ではないし、むしろ彼女のことを知りたい。連絡先は知っているが、わざわざ自分から送るほどでもない。逆に、茜と実際に会ってゆっくり話してみたいのだ。

明日は茜と会って話そうと愛斗は決めた。


翌日、いつも通りの時間に芽衣は家に来た。愛斗は寝坊しないようにいつもより早く起きて支度をしていた。それが今できる芽衣に対しての誠意だ。


「おはよ」


「うん、おはよう」

いつも通りの挨拶。芽衣も変わった素振りは見せない。

だが、歩き始めると何を話していいか分からなかった。

やはり雰囲気どうこうより、昨日のことを謝るのが定石だろう。


「昨日は迷惑かけた。二度と...」


「いいよ、もう。怒ってもないし、愛斗にも美咲ちゃんにも何もなくてよかったよ」

芽衣はそんなこと、思ってもないのだ。愛斗自らが犯した(あやま)ちによって傷つかないように気を使っているだけ。芽衣は優しすぎる。


あまり会話も弾まず、そのまま学校に着いた。靴を履き替えていると、階段を上っている茜を見つけた。芽衣には「ごめん、また後で」と言って茜を追った。


「茜さん!」

茜は立ち止まり振り返った。愛斗を見ると一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそれは明るくなった。


「どうしたの愛斗。おはよう」


「おはようございます。あの...今日お話したいと思って」


「いいわよ、すぐ?昼休み?放課後?」


「放課後ゆっくりと話したいです」


「分かった。そこで待ってるわね」

そう言って茜は下駄箱を指差した。


「じゃあ、僕もそこにいます。お願いします」


「なんか堅苦しい。今はいいけど」

彼女とはいえ先輩だし、そうなるのは当然だと思う。


「すみません。ではまた放課後」


「じゃあね」

そして、2人はそれぞれの教室に向かった。


教室では、夏海と岳が話していた。木曜日に陸上部の練習は基本的にないらしい。


「おう!愛斗」


「おはようございます」


「おはよう、2人とも」

その後2人には昨日あったこと、さっき茜と話したこと、全て伝えた。2人は「災難だったな」とか「大丈夫なんですか」とか言ってくれた。

だが愛斗が気になったのは茜のことに関してだ。2人によると茜は、愛斗が自分のせいで記憶をなくしてからというもの、だいぶ丸くなったらしい。以前は気が強く、尖っていたらしい。その茜に愛斗は振り回されていたように見えていたという。

前も前で大変だったのか。

愛斗は過去の自分のことを(あわ)れんだ。

確かに茜は美人で、まるでモデルや女優のような大人の雰囲気もある。他の生徒とは少し違う。

岳によると彼女の父は、芸能事務所の社長らしい。だから自分の美しさの魅せ方を知っているのではないか。しかし芸能人をやっているという訳ではない。それだけの外見と環境を持ち合わせているにも関わらず、やらないのはもったいないようにも思うが。


そして時間は過ぎ、約束の放課後になった。

愛斗は茜に連れられ、学校近くの大通り沿いにあるレストランに来ていた。

愛斗はアイスコーヒーを頼んだが、茜は彼女の愛斗と同じアイスコーヒーとケーキ2個を頼んだ。なぜ2個も食べるのか疑問に思ったが、1つは愛斗のためだった。


「あげる」


「あ、ありがとうございます。いただきます」

今まで放ったらかしにしていた彼女にもらうのは申し訳ない気もしたが、やはりケーキは美味しそうなので遠慮なく頂くことにした。アイスコーヒーを1口。そしてフォークをケーキに入れる。ふわっとしたスポンジは多少の力で切れていく。そのひとかけのケーキを口に運ぶと幸せが口の中いっぱいに広がった。


「美味しい?」


「はい、すごい美味しいです」


「見てたら分かるわ。美味しそうに食べる姿はやっぱ愛斗ね」

記憶をなくす前と変わらないということか。その言葉はどこか悲しげであったが安心もした。


「今日お話したいと言った理由ですけど、今、茜さんは僕のことどう思ってるのか聞きたくて」


「...なるほどね。私は愛斗のこと好きよ。そう見えないかもしれないけど」

美咲とは違って落ち着いている。この人が好きな人を前にして変貌するとは思い難い。


「愛斗はやっぱり好きじゃないんだよね。私のこと」

確かに「好き」ではない。「普通」だ。魅力的な女性ではあるが恋愛感情は抱けない。


「...」

それを言える訳もなく...。


「いいのよ。それでも」

結局気を使わせるはめになってしまった。

女性に気を使わせすぎている。それは愛斗も自覚していた。


「あの、今度一緒にどこか行きませんか?」

これが愛斗が茜にできる最大限の努力だった。デートをすれば何か思い出すかもしれないし気づくかもしれない。


だが、茜の答えは

「嫌よ、愛斗が私を好きじゃないのなら行ってあげない」

だった。

愛斗はなぜか分からなかった。普通なら行ってくれるのではないのか。

いや違う。今までの愛斗が恵まれすぎていたのだ。愛斗がねだれば誰かが叶えてくれた。謝れば許してくれた。それは愛斗が記憶をなくしていたから。だけど茜は愛斗の彼女。愛斗を愛していた。だから愛斗を別の愛斗と見ることはできないのだ。

しかし愛斗はそのことに気づくことはなかった。


「え、ダメなんですか」


「えぇ、ダメよ」


「なんでですか?」


「不公平でしょ?愛斗は私のことを好きじゃないのに私だけが一方的に好きでドキドキしてるのは」

それは行ってくれない理由になるのかと愛斗は考えてしまったが、その間にも茜は話し続けた。


「無理に好きになれなんて絶対言わないけれど、私は愛斗を愛しているってことは忘れられないでほしい」

好きという気持ちは忘れてしまったが、この心で好きという感情が芽生えていたという事実があるのだからそれは忘れない。


「もちろんです。忘れません」


「ありがと、愛斗」

その時、自然と2人は見つめ合った。しっかりと目があっている。少し赤みがかった茜の瞳が目に焼き付けられる。その燃えるような瞳に吸い込まれそうだ。

いい雰囲気、だと思っていたら茜は

「じゃあ、行くわよ」

と伝票を持ちながら言う。


「は、はい」

愛斗はそう言うことしか出来なかった。


「私が払うから先に出てて」


「いや、それは...」

しかし、愛斗が茜に遠慮しているうちに茜は会計を済ませ

「払っちゃったわよ」

と勝ち誇ったような笑顔で振り返った。


「すみません、僕が誘ったのに」


「先輩が奢るのは当たり前よ」

茜が財布をスクールバッグにしまいながら店を出ていく姿はどこか、カリスマ的なものを感じた。


愛斗と茜がバス停に向かうと愛斗とは逆方向に行くバス停に1人の扇ヶ浜の女子生徒がバスを待っているのが見えた。その女子生徒は、愛斗が学校に初めて行ったが早退した時、バスに乗る際入れ替わりになって目が合った人だ。

特に関係もないので普通にしていると、茜がその女の子に向かって行く。茜を見つけると1歩後ずさりしたように見えたがすぐに頭を下げ挨拶をしていた。愛斗には「じゃあ、またね」と言って行ってしまっていた。

愛斗は茜とはバスが逆方向なので素直に別れたが少し2人のことが気になり、逆側のバス停から道路を挟んで見ていることにした。

女の子の態度からして茜と同学年ではないだろう。愛斗と同学年かもしくはそれより1個下。だいぶ茜を恐れているようにも見えるが、あんな大人っぽい先輩に話しかけられたら割と多くの人は腰が引けるだろう。

2人にあまり変化はなく、愛斗の乗るバスが来たのでそれに乗る。窓からも2人のことを見ていたが変わらずじまいだった。

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