5.エルフ賢者とゴブリン
意気揚々と行き込んで出発したはいいが、思いのほか荷物が邪魔だ。ちび助を枝に引っ掛ける訳にも行かず庇い庇い進むと他が引っかかる。
しばらくは難儀しながらも順調に道程をこなしていた。出発してから半刻ほどか。どうやら追跡を受けているらしいと気付く。
「――! ちっ。厄介な。何かが追ってくるな。索敵、この反応からするとゴブリンか」
普段なら近付いても来ないはずなのに! こちらが弱みを見せた途端にこれか。かと言ってちび助と大荷物を抱えての戦闘となると森の中では不利だな。
もう少し行けばひらけた場所があったな。そこまで逃げ切れれば何とでもなる、か。その前に襲われると荷物を諦めねばならないかもしれない。
「脚力強化」
太ももや脹脛の筋肉がぶわっと太くなる。これで良し。急いでひらけた場所まで移動しよう。ここからは追いつ追われつの逃避行だ。
「はあ、はあ。ちくせう。思ったよりゴブリンどもが頑張るな。引き剥がせない。こ、このままだと追いつかれる。」
枝に引っかかれるのを無視して藪をかき分け枝を押しのけて進んでいる。荷物に引っかかる枝や蔓などは強引に引き千切りながら進むもどうにも宜しくない。
「(精霊さん、精霊さん出てきておくれ。命を育む大地の精霊さん、ゴブリンどもの足止めをして頂戴。カーヤ・シュバリエが願い奉る。)」
カーヤが何やらぶつぶつ呟いた。精霊語のようだ。するとどうだろう地面から湧き出るようにポコポコと小さなおじいさんが現れた。
「(おーい、カーヤ。久しぶりだのう。どうした、どうした。ゴブリンどもに追われているのか?)」
「(うん、そうなんだ。ノームのおじいさん助けておくれ。)」
「(よしよし。わかった。愛し児に頼まれたなら否やはないぞい。ちょいと行って転ばせてやろう。)」
「地面隆起」
ピュピチュ、キュリュキュリュと何やら言葉を紡ぐ。途端に後ろの方からギャヤとかギュェェーとか叫び声が上がった。
これで何とかひらけた地まで逃げ切れそうだ。荷物を降ろしたら目に物見せてやるからなゴブリンどもめ。森の賢者が一人、カーヤ・シュバリエにちょっかいをかけてただで済むと思うなよ。
はあ、はあ。やっと着いた。よいしょっと。大荷物を脇に置いて身軽になったカーヤがゴブリンどもを迎え撃つ準備を始める。
「(精霊さん、精霊さん、出てきておくれ。自由に振る舞う風の精霊さん、ゴブリンどもを切り裂く力を貸して頂戴な。カーヤ・シュバリエが願い奉る。)」
またもやカーヤが何やら呟くと周囲につむじ風が舞い降りた。
「(あらあら、カーヤお久しぶり。ここ最近庵にこもって何やらしていたのでしょう? それがどうしたの?)」
「(ああ、シルフの姉さんお久しぶり。ゴブリンどもを懲らしめたいんだ。もうすぐここに現れるからズタズタに切り裂いておくれ。)」
「(ふふふ。お安いご用よ。いとしの愛児。あなたのマナをちょっと頂くわね。そうすればゴブリンなんかちょちょいのちょいよ。)」
ちょうどその時藪からわらわらと傷だらけのゴブリンが4匹まろび出た。ふん! たかだか4匹か。
「空斬刃」
カーヤの言霊を聞いたシルフ達が一斉に風の刃を放つ。その数、十数個。文字通り細切れになるゴブリン。鎧袖一触とはこの事か。
「ふぅ~。何とかなった。私のエア・スラッシュはワイバーンも切り裂く鋭さだよ。さて、資金も乏しい事だし魔結晶は集めておこうかな」
細切れになったゴブリンの肉塊から魔結晶を4つ回収してまた大荷物を背負い直す。そこからしばらく進むとやっと街道に出た。
街道を東に進んで行くと遠目に粗末な囲いのある村が見えてくる。もう少し進めば村がはっきりと見えてくるが、そろそろ強化魔法の影響が出始めるころだ。
「あいたたた。無理に動かした筋肉が……。」
そうです。筋肉痛。とぼとぼとゆっくり街道を歩くしか今のカーヤには出来ないのでした。村まではあと少しなのにそれが遠い。
それでも筋力増強だけは解く訳にはいかない。荷物が運べなくなってしまう。歯を食いしばって何とかかんとか進んで行く。
既に日は西に傾き出して、辺りを茜色に染め始めている。村の周辺で遊んでいた子供達も家路を急いでかけて行く。
「ああ、お願い。待って、待って。荷物を運ぶのを手伝って~~」
虚しく響くカーヤの悲痛な声。子供達までその声は届かなかった。うん。結構距離があったからね。とぼとぼとなんとか村の入り口に辿り着いたのは、空が真っ赤に染まってからだった。