3.エルフ賢者と洗濯
「えーと、撹拌ビンを盥の水に漬けながら撹拌して冷ます。ああーん。全然冷めない! うわぁ。盥の水が温くなってる! 早っ! 一旦、水を捨ててもう一度汲み直さないと。」
すったもんだしながらもミルクが冷め始めた。ここでまたもや疑問。どこまで冷ますんだ? うーん。うーん。隣のお姉さんカモーン。そうだ、そうだ。腕の内側に垂らして温度を確かめてた。人肌だったな。
撹拌ビンから腕の内側に垂らしてみる。
「――っ! 熱っ! あれ? こんなに熱かったかな? うーん、ちょっと熱いか?」
おかしいな。手で持った感じだとそんなに熱くないんだけど……腕の内側だからか! 敏感なんだ。きっとそうだ。なるほど、なるほど。
腕の内側に垂らすこと数回。よーし。こんなもんだろう。注射器で……どのくらい飲むんだ? 分からん! とりあえず注射器の目盛りで10ccづつ何回かに分けてやってみよう。
「それ、ご飯だぞ。くっ、首が据わってないから持ち難いな。上体を起こした方が良いかな?」
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ。おわぁ、凄い飲むな。もう10ccないぞ。よっぽど腹が減ってたのか。もう一回。結局この赤子は30cc飲みました。
「ふぅ~。これで何とかなったな。一時しのぎだが現状では仕方あるまい」
赤子を胸の前で抱き、片手で保持しながら次の手を考えようかと思考を巡らせたところで、ふと気が付いた。ん? 隣のお姉さんは確かミルクを飲ませた後なんかしてた気がする。
ん? んん~~? 布を肩に当ててたか? そのあとは……そうだ、赤子を担ぎあげてた! ??? あれ? なんで担いでたんだっけ?
「うげぇっぷ!!!」
「うわぁ! こなた!!! なんてことするんだ。飲ませたばかりなのに~全部吐き出しちゃったよ~。それも私の一張羅に~」
くっ! やや酸っぱいミルク臭。胃液ごと吐いたのか? うぇ~ん。洋服がドロドロだよ~。ああ、そんなこと言ってる場合じゃない。なんか拭くもの、拭くもの。顔中ミルク塗れで私を見ても、ってまだ目が開いてないか。
ああ、洋服は洗濯しないとダメか。産着もダメだな。……産着の替えなんて無いぞ? 仕方ない。私の服で包んでおくしかないか。
麻の服は拙いか? ちょっとゴワゴワし過ぎな気がするな。となると絹か! 絹! また私の一張羅のローブを使うのか!?
もうしょうがないか。まずは赤子の産着を脱がせて、私の……私の一張羅。しくしく。これでまあ適当に包んでよしと。
次は自分だ。うへぇ~。ベトベト気持ち悪い。この生温かさがまた何とも言えず気色悪いな。誰が見ている訳でもないしサッサとすっぽんぽんになって体を拭いてから着替える。
はぁ~。これ洗わないとダメだよ……な? 汚れものを籠に入れ、赤子の入った籠も一緒に持ちまたも裏手の井戸に移動する。
とぼとぼとした足取りが哀愁を誘うが、慰めてくれるものは居ない。地味にきついが釣瓶で水を汲み盥に水を張る。
汚れものを盥に入れ、横を見やれば赤子はご機嫌のようだ。大半を吐き出してしまったとは言え待望の乳を飲んだのだ機嫌もよかろう。今までの苦労でげんなりしていた私の顔にほんのり笑顔が戻る。
うん。そなたがご機嫌ならばよし。さっさと洗ってしまおう。盥の水を取り替えること数回。やっと洗い終わった洋服と産着を干して裏庭を後にする。
「はぁ~、終わった。さて先ほどの事は検証しておく必要があるな。赤子はなぜ吐いた? ふむ。先ほど思い出そうとしていた事と関わりがあるはずだ」
お姉さんは乳を飲ませ終わってから直ぐに赤子を担ぎ上げていた。担ぎ上げた赤子の背中をやさしくポンポンと叩いていた。
結果赤子がゲフッとゲップをしていた。……。……以上を踏まえると吐いたのではなくゲップをしていた! ゲップもろともミルクを吐いた訳か。
これは迂闊であった。ミルクを飲ませた後、強制的にゲップをさせる必要があると結論するほかない。赤子を抱きながら揺り椅子に揺られ思索に耽っている。
いつの間にやらスヤスヤと寝息を立てている赤子を見詰めながら、こなたの検証も進めねばなるまい。どう考えてもただの赤子とは思えぬ。
ならばなんだ? この森の奥深く大樹の根元までたどり着ける人族の娘はそう多くはあるまい。しかし現実には居た。これは動かし難い事実だ。
と言う事は……。思索に耽っている私の腹部から下半身に掛けてじんわりと温かい何かが広がっていく。!!! ハッと気が付いて私が赤子を持ち上げる。
うん。分かっていたさ。飲んだら出る。常識だろう。ああ、常識だとも! そして静かな庵の中に響くかわいらしい音。プリプリ。
あぁ~~。私の、私の絹の一張羅! プ~ンと漂う芳しいと言えなくも無い香り。もう半泣き状態の私。静かに思索に耽る暇も無いのかっ!
こうして二回目の洗濯をする私であった。