これが私の渾身の一振りだよっ!
だいぶ気持ちを持ち直せた私は、ユリナと連れ立ってヴィーデの街へ帰った。
途中、井戸に立ち寄って、私は顔を冷水でジャブジャブと洗った。カレルに涙の跡なんて見せちゃったら、色々と勘繰られちゃうもんね。
さっぱりした私は、サッとタオルで顔を拭くと、頬を両手で軽く叩いた。
ぴしゃりと子気味良い音が響き渡る。
隣で待つユリナがぎょっとした表情を浮かべたが、気にしない気にしない。これが私流の気合の入れ直し。レンカ通常モードへ、完全移行だよ。
工房へと戻ると、中はしんと静まり返っていた。店主がいないんだ、お客さんが来るはずもない。
作業場に移動すると、人影らしきものが見えた。
近づいてみれば、金床の前でカレルが腕を組み、素材鋼を鋭く見つめている。
「カレル、ごめんなさい。心配をかけたかな?」
カレルも私を探しに出てくれているものと思ったので、ちょっぴり寂しかった。そんなに気遣われていなかったのかなって。
けれど、私は態度に出さないよう、何食わぬ顔でカレルに話しかけた。だって、ユリナを応援するって、約束したもんね。
「あ、レンカ! よかった、無事で。急に出て行ったから驚いたよ」
カレルは立ち上がり、私の傍へ駆け寄った。
私に「ごめんな」と口にしつつ、本当は自分も探しに行きたかったのだと、バツが悪そうにカレルは頭を掻いていた。
「入れ違いになるのが怖かったから、カレルには無理言って、ここに残ってもらったんだ」
ユリナは両手を合わせながら私に詫びた。
ユリナとカレルの二人とも工房を離れては、その後に私が戻った時、工房に誰もいないって状況になる。それを避けたかったみたい。
理由を聞いて、さっきムクムクっと込み上げてきた寂しさも、すっと消えた。よかった、カレルもきちんと心配してくれていたんだ。
私は自然とにやつく顔を何とか抑え込もうと、大きく頭を振った。
「どうする? 今日はもうやめておくかい?」
カレルは金敷を指さしながら私に尋ねた。
「いや、続きをやろう。ユリナのおかげで、私も随分と気が晴れたから、今度はうまくいくと思うんだ」
今の私は、さっきまでの私とは違う。生産の鬼になると決めたんだ。きちんと、やれるはず……!
「よしきた。レンカはそうこなっくちゃな。じゃ、さっそくリトライだ!」
カレルは楽しそうに声を上げると、金敷の傍に座り込んだ。私もハンマーを手に取り、定位置へ着く。
しばしの沈黙――。
私はちらりとカレルの顔に目線をやり、再び金床の上の素材鋼に目を遣った。
よし、いくよ!
カレルと呼吸のタイミングを合わせ、私は大きく息を吸いながらハンマーを振り上げた。一瞬の静止後、吐き出す息とともに、一気にハンマーを素材鋼へ打ち下ろす。
トンテンカンッ トンテンカンッ
鮮やかなテンポの良い殴打音が作業場に響き渡った。
「よし、このタイミングで……」
カレルのつぶやきが聞こえる。私の動きに合わせて、調整の霊素を注入してくれていた。
私はカレルへのありったけの想いを込めて、一心不乱にハンマーを叩き続けた。
トンテンカンッ トンテンカンッ
トンテンカンッ トンテンカンッ――。
二つの素材鋼が接合されたところで、私は手を止めた。
「で、できた……」
私は額から流れ落ちる汗を袖で拭った。
目の前の素材鋼はきれいに鍛接され、うっすらと複雑な色彩で輝いていた。
「わー、すごい。なんだか虹色に輝いて見えるね」
ユリナはパンっと手を叩き、歓声を上げる。
「『精霊樹の古木』と一緒だな。霊素の影響で色付いて見えるんだと思う」
カレルの言うとおり、『精霊樹の古木』の丸太と同じような輝きだった。なんだか惹きこまれるような、不思議な色合いを放っている。きっとこれこそが、霊素なんだろうな。
「じゃ、このやり方でいけそうだね。成形する前に、きちんと精霊武器として働くか、試してみて」
私の言葉にカレルはうなずいて、出来上がった鍛接済みの素材鋼に霊素を注いだ。
すると、素材鋼のぼんやりしていた輝きが、急に激しく明滅しだした。と同時に、カレルの体が白い光に包まれる。
「おおおお、こいつはすごい。うまくいったぞ。しかも、オレの作るマジックアイテムとは違って、きちんと効果が永続しそうだ」
注入した光の精霊術による回復効果が、きちんと発動したようだ。
「じゃ、理屈はオッケーってことだね」
私はホッと胸をなでおろした。考えが正しかったと証明できて、生産職としてちょっぴり誇らしい。失いかけていた自信も、少しだけれど取り戻せた気がする。
「ねぇねぇ、じゃあさ、先日のボス撃破初回ボーナスでもらった『精霊鉱』あるじゃない。あれ、使えないかな?」
ユリナはいいことを思いついたとばかりに、声を弾ませた。
『精霊鉱』っていえば、最初にカレルに助けられた、私の秘密の鉱山ダンジョンのボス撃破初回ボーナスだったよね。私を食べようとした、あのトカゲさんの……。
たしかに、あの鉱石も七色に輝いていたので、かなりの霊素が詰まっていそう。おそらくは、あのトカゲさんの大量の霊素に長期間晒されたために、鉱石に霊素が沈着しちゃったんじゃないかな。
「貴重品で、しかも扱った経験のない鉱石だから、ぶっつけ本番で試すのはちょっと不安だよ。どうするカレル、試してみる? 失敗しても、責任は持てないけれど」
私は正直にカレルに伝えた。
使ったことがない鉱石なので、実際の鍛接成功率がどの程度か、まったくわからない。現実に戻って攻略サイトを調べたとしても、たぶんまだ情報が出回っていないだろうから、無駄だと思うし。
カレルは黙り込み、思案に暮れているようだった。
「……よし、やってみよう。素材のまま持っていても意味がないし、使わないとな」
カレルは、「よし決めたっ」とばかりに膝を叩き、強くうなずくと、アイテムインベントリから『精霊鉱』を取り出した。
「りょうかーい。じゃあ、今霊素を纏わせたその素材鋼に、追加でこの『精霊鉱』を鍛接しようか」
私はカレルから渡された『精霊鉱』と先ほど作った鍛接済みの素材鋼を、金敷きの上に置いた。
「じゃあ、さっきと同様の相槌でやろうと思うけれど、カレル、大丈夫?」
カレルは私の言葉に首肯し、金敷越しに私の対面に座りなおした。
「あ、あと、『精霊鉱』の素材ランクが相当に高そうだから、かなり大目に霊素を突っ込んでもいいかもしれないね」
それぞれのアイテムには、纏わせられる霊素の許容量が設定されているんだけれど、さすがにボスドロップのレアだけあって、この『精霊鉱』はかなり余裕がありそうだった。
「ふふふ、霊素カンストのオレにそんなことを言っていいのかな? ドカンとぶっこませてもらうぜ」
カレルは嬉々として金敷上の素材を見つめている。
「ま、まぁ、そのあたりは自己責任でよろしくね……」
張り切りすぎも困るので、私はちょっとくぎを刺した。
「じゃ、いくよー」
私はハンマーをえいやっと振り上げた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「すごい……。今までの武器とは、まったく比較にならないよ」
鍛接された素材鋼からあふれ出る霊素が、すさまじい状態になっていた。さっきまではぼんやりと輝いていただけなのに、今はよりはっきりと光を漏らしている。
先ほどと同様に、カレルが試しに霊素をとおしてみると、発動される回復効果も格段に上昇していた。
……恐るべし、精霊鉱。
効果を確認し終えると、私は預かっていたカレルの銀のロッドの意匠を参考に、素材鋼の成形作業に入った。
無心でハンマーを振り下ろすこと数十分、私はカレル用の新たなロッドを作り上げた。うん、我ながらいい出来だ。
通常時は銀色だけれど、カレルが持つことでうっすらと虹色に輝く。世界で一本だけの、カレル専用精霊武器の完成だ。
「ありがとう、レンカ。まさかこれほどの物ができるなんて」
カレルは破顔し、私に右手を差し出した。
「とんでもない。私も、こんな素敵な武器を作る機会に恵まれて、感謝しかないよ」
私も右手を出すと、ぎゅっときつく握手を交わした。
カレルとユリナがいなければ、そもそも精霊武器を作ろうだなんて発想自体生まれなかったはずだもん。この出会いは、私の運命を大きく変えてくれたと言っても、過言じゃないと思うな。
「これは、私の薙刀もかなり期待できそうだね」
ユリナは期待に満ちたまなざしを、完成したカレルのロッドに向けていた。
次はユリナの薙刀制作の番だ。私はユリナの希望を事細かに聞いて、あれこれと属性の提案をした。
最終的に、ユリナは風属性を選んだ。突風で雑魚敵を蹴散らしたいみたいだ。
「じゃ、カレル。また霊素注入をよろしくね」
ユリナが固唾をのんで見守る中、私とカレルは『精霊鉱』と他の素材鋼の鍛接作業に入った。
トンテンカンッ トンテンカンッ
カレルとの呼吸も、もうぴったりだった。順調に鍛接が終わり、ユリナが試しに霊素を注ぐと、周囲にふわっと風が巻き起こった。
「うわっ、これすごい。ほんのちょっぴり霊素を込めただけでこれだけの風が出るんだ。これなら、全力を出せば、無理に敵に接近して広範囲攻撃のスキルを使わなくても、突風攻撃だけである程度の雑魚は蹴散らせそうだよ」
ユリナは嬉しそうにぴょんっと飛び跳ねた。
「じゃ、さっそく成型するね。砥ぎの作業も入るから、ちょっと時間がかかるよ」
きちんと霊素がなじんだことを確認した私は、ユリナから完成素材鋼を返してもらい、最終的な薙刀の刃の形に成形をした。
最後に、『精霊樹の古木』から切り出した柄と組み合わせれば完成だ。これまた、我ながら見事な出来栄えだと思う。
「どうかな?」
完成品をユリナに渡し、素振りをしてもらった。
ビュンビュンと音を立てながら、ユリナは様々な型を試した。素人目では、特に問題はなさそうに見える。
「うん、イメージどおり。いや、想像以上の出来だよ、レンカ! 本当にありがとう!」
ユリナは満面の笑みを浮かべながら、私に抱き付いてきた。
私も嬉しくなって、頬を緩めながら、ユリナの背中に手を回した。トントンっとその小さな背を軽く叩きながら、「どういたしまして」と呟いた。
どうやらお気に召してもらえたみたい。よかったよ……。
私は喜ぶユリナとしばらく抱き合いながら、自分の成し遂げた鍛冶屋としての偉業に思いを馳せた――。