好きになっちゃダメだって、わかっちゃいるけど……
カレルは腕を組みながら考え込み、ユリナはその横顔を心配げに見つめている。私はと言えば、さっきから頭を抱えたままだ。
しばしの沈黙――。
「……そういえば、レンカ。鍛冶って、相槌があったよな」
と、その静寂を破って、カレルが口を開いた。
「うん、あるけど……。カレルが相槌するの?」
思ってもいなかった単語が飛び出し、私はちょっとうろたえた。
向かいに座り、補助のハンマーを打つのが相槌だ。でも、生産に関してはど素人のカレルが相槌をしたところで、何か変わるかなぁ。むしろ、ただの鍛接でさえ、失敗しかねない気がするけれど。ちょっと、カレルの意図がわからない。
「あー、実際にハンマーを打つわけじゃない。ハンマー打ちはもちろん、レンカに任せるよ」
結局何が言いたいのかな? それじゃ相槌じゃないじゃないか。ただ目の前で、作業を見つめるだけってこと?
私が首をかしげていると、ユリナが横から口をはさんだ。
「あっ、私わかったかも!」
ユリナは手を叩き、嬌声を上げた。
鍛冶では素人のはずのユリナに、先を越されてちょっぴり悔しい。むー、負けていられないぞ。
「霊素注入を、カレル自身がやるつもりなんでしょ?」
自信満々に口にするユリナに、カレルは大きくうなずいた。
「正確にはちょっと違うけどな。レンカにはさっきと同じように、ハンマーを振り下ろすタイミングで霊素を注入してもらう」
カレルは右手でハンマーを打ちおろすような仕草をしながら、じっと私を見つめた。
どういうことだろう。それじゃ、また失敗しちゃうんじゃないかな。
「それに合わせて、オレが追加で霊素を加え、素材鋼には常に一定量の霊素が注がれるように調整したいんだ」
カレルは今度は左手を突き出し、霊素を注入するような仕草をとった。
なるほどねぇ。私の向かいに座って、私がハンマーの振り下ろすタイミングで、私の不安定な霊素に合わせて、カレルが調整するための霊素を注ぎ込むって感じかぁ。
うん、いいかもしれない。餅は餅屋、霊素は精霊使い。細かい霊素調整は、できる人に任せよう。適材適所だね。
「オレ一人の霊素でもいいんだけれど……。これはオレの予想なんだが、おそらく、コヴァーシュ自身の霊素も投入しないと、システム的に精霊武具はできないんじゃないかと睨んでいる」
「鍛冶屋の製造した武具には、作った人の意思も一緒に宿る、みたいな話も聞くし、カレルの話もあながち間違ってはいないかもね」
カレルの意見に、私も賛成だった。
正確なシステム上の処理はわからないけれど、作られた武器には、何らかの製作者の力が宿っている。経験から、この点は間違いないと言いきれた。
「そんな話があるんだな。じゃ、やはりレンカの霊素も注ぐべきだ」
カレルはニカッと笑った。
ちょっと、顔が熱いな……。
「オッケー。じゃ、今度は私の霊素注入に合わせて、カレルも霊素を注ぐってことで、試作してみよっか」
カレルが金敷越しに対面に座った。鋭く見据えるカレルの視線に、私はちょっと落ち着かない。ますます顔が熱くなる。
ダメ、集中集中! 余計なことを考えている場合じゃないぞ、レンカ!
私はブンブンと頭を振ってよそ事を追い払うと、ハンマーを強く握りしめた。
「じゃあオレは、レンカが振り下ろしたハンマーと素材鋼とのインパクトの瞬間に、霊素を注入してみるよ」
カレルは身振りを交えながら説明する。
妥当な線だと思えたので、私は素直にうなずいた。
「タイミングはどう合わせる? 掛け声とかいるかな?」
ただ、鍛接はタイミングが命だ。以心伝心、一心同体のように行動をシンクロできるのであれば苦労はないが、現実はそうもいかない。阿吽の呼吸で相槌ができるまでの深い仲には、なっていないのだから。
「いや、レンカの作業を見ていて何となくタイミングはつかめたと思う。それに、一度合わせられさえすれば、レンカの腕前だと、見事なほどに振り下ろされるタイミングが一定なんで、まったく問題がないと思うな」
拳を固め親指をぐいっと持ち上げながら、カレルは称賛の言葉を口にした。
腕前を褒められて、ちょっと舞い上がりそうになったけれど、自重自重!
私は首肯して、さっそく熱した素材鋼を取り出し、打ち付け始めた。
トンテンカンッ トンテンカンッ
いつも以上に一定のリズムになるよう、私は細心の注意を払った。……つもりだった。
トンテンッカンッ バキンッ
あっ……。
私がわずかにタイミングを誤り、カレルの霊素注入とハンマーを叩きつけるインパクトの瞬間がずれた。当然、素材鋼はぽっきりと折れた。
「あっちゃー、失敗か。さすがに一発でうまくいくわけはないか」
カレルは苦笑いを浮かべている。
でも、今の失敗はどう考えても私の責任だ。カレルはきちんと一定の間隔で霊素を注いでいた。どう考えても、私の振り下ろしのタイミングが一拍ずれたのが原因だよ。
カレルは多分気付いているはずだ。私がタイミングを誤った事実に。でも、カレルは怒らず、もう一回挑戦しようと私に微笑む。
……そんな笑顔を向けられると、心が苦しい。
以後、数回試したけれど、すべて私のミスで失敗に終わった。
「ごめんなさい……。私の腕が未熟なばっかりに」
さすがにへこんだ。なぜだか、いつもはできる一定リズムの槌打ちができなかった。不甲斐なさすぎる。
「レンカ、どうしたの? 最初見せてくれたときは、きちんと一定のリズムで叩けていたじゃない。相槌が不慣れな点を考えても、レンカの腕でこれだけ失敗するなんて」
ユリナが「レンカ、もしかして、どこか具合が悪いんじゃないの?」と、心配そうに私を見ている。
具合……うん、悪くないはず。
でも、本当に悪くない? さっきから、胸が締め付けられるように苦しいじゃないか。カレルの姿が目に入ると、心臓が跳ね上がって、腕の動きが一瞬鈍るじゃないか。
だから、さっきから失敗の繰り返し。どう考えても原因はこれだ。この現象が解消されない限り、いくらやってもダメだと思う。
でも、どうやって解消するのさ。私には、どうしたらいいかわからないよ。だってこれって、カレルが好きになっちゃったからだよね。
私は完全に頭が混乱した。
「レンカ? どうしたの、固まっちゃって。やっぱりどこか具合が悪いんじゃ……」
ユリナが気づかわし気に私の肩に手を触れた。
「わ、私は! 私はどこも、悪くなんかないよっ!」
私は自分の醜態にあまりにもきまりが悪くなり、強引にユリナの手を払うと、立ち上がって工房の外へと走り出していた。
「ごめんね、ちょっと頭冷やしてくる!」
吐き捨てるように叫び、私はヴィーデの街の喧騒の中へと突っ込んでいった。
こんな心境で、カレルの前には立っていられない。とにかくいったん、どこかへ逃げないと……。
「バカみたいバカみたいバカみたいっ! 私、何やってるんだ!」
人ごみをかき分け、私は街の郊外へ向けてどんどんと走った。
「カレルに恋心を抱いた? ほんとバカみたい! いくら想ったところで、ユリナに勝てるわけはないのにっ!」
強引に走り抜けるので、何回も人にぶつかり、怒声を浴びせられる。が、私は気にしない。今はただ、走りたかった。
「こんな歳で初恋? は、バカの極みだよね。それで、今まで積み上げてきた生産の腕まで鈍らせて。私はいったい、何がしたいんだっ!」
息が切れる。疲労で足がもつれそうになる。でも構うもんか。私はひたすら、街門に向かった。
「挙句の果てには、私自身の問題に依頼者を巻き込んで、あまつさえ、こうして依頼者をほっぽりだしたまま逃げ出して。そんなの、生産職失格じゃないかっ!」
街の門が見えた。私はそのまま門を通過し、街の東側に位置する小高い丘を登り始めた。
「一人で勝手に恋に舞い上がって、勝手に自滅して。本当にバカみたいっ!」
丘を登りきったところで、私は足を止めた。膝に手をつき、乱れた呼吸を整える。
さっと吹き付ける風が、汗ばんだ頬を叩いた。急速に体の熱は奪われたけれども、高ぶる心の熱は、一向に奪われる気配がない。
「好きになっちゃダメだって、わかっちゃいるけど……」
脳裏に浮かぶのは、うれしそうに微笑みながらカレルにしな垂れかかるユリナの姿。
「でも、好きになっちゃったものは、仕方がないじゃない……」
次に浮かぶのは、熊に襲われ絶体絶命のところを助けに入ったカレルの姿。
「私、どうしたらいいんだろう」
千々に乱れる心が私を翻弄し、もう何も考えられなくなっていた。
私はそのまま、草むらの上にあおむけに倒れ込んだ――。