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私ってちょっと迂闊過ぎない?

 カレルとユリナに連れられて、私は精霊の大森林に踏み入った。


 浅いエリアは、私もちょくちょく来ているので見慣れている。この辺はまだ、勝手知ったる我が家って感じだ。


 奥へ目を遣れば、天に向かってすっと伸びる背の高い木々が視界に飛び込んでくる。こういった木が多いので、製造の素材にするには最適なんだよね。


 差し込む日差しがまだらに当たって、地面に葉の影をゆらゆらと描いているのが、なんともきれいだった。精霊の大森林とはよくいったもの。実に幻想的だよ。


 私は両手を組んで頭上に延ばしながら、身体をぐっと逸らし、大きく深呼吸をした。


 うん、おいしい。霊素が充満しているせいもあるんだろう、なんだか体の奥から力がみなぎってくる。木々から漏れだす甘い香りも合わさって、すごく優しい気持ちにさせられる。


 ゆっくりと目を閉じ、両手を左右に広げた。風がわずかに葉を揺らし、カサカサと音を立てている。涼しいそよ風はそのまま、私の頬も柔らかく撫でる。


 ここがVRだなんて思えない清涼感……。現実の喧騒を、悩みを、一時とはいえ忘れさせてくれる。


 森林セラピーってあるけれど、こうして森の中に身を置けば、何となくだけど理解できる気がした。


 ここ数日で胸の内にため込んだ嫌な膿を、一気に吐き出した。目を見開いて、頬を軽く叩く。うん、大丈夫、私はやれる!


 カレルたちはどんどん森の奥へと進んでいった。私はその後ろを、はぐれないようにぴたりと付いていく。いつの間にか、普段私が木材を採取する場所を通り過ぎ、さらに奥へと分け入っていた。


 木々の密度が濃くなり、周囲は薄暗くなっていく。先ほどまでは見かけなかったコケやキノコを目にするようになり、湿り気を帯びた落ち葉も随分と堆積していた。落ち葉をかき分けるたびにがさがさと音が響き、同時に、少しかび臭さが鼻につく。幻想的な雰囲気は一変、うっそうとした樹海の奥といった様相を呈してきた。


 うーん、レア素材の場所を知れるのはいいんだけれど、これ、私ひとりじゃ採集に来るの、無理っぽくないかな。周囲が鬱然としすぎだし、何より、雑魚モンスターが、私のソロではちょっと厳しい感じ。


 この辺りでエンカウントするモンスターは、レベル的には問題ないはず。でもね、私はしょせん生産職。攻撃スキルは持っていないし、何よりステータスがひどい。基本的に器用さ全振りだから、適正レベルよりも十以上下のモンスターでさえ、ちょっと厳しいかもしれない。


 私は手斧を構えつつ、前方で雑魚モンスター『ストゥロム』と交戦中のカレルとユリナを見つめた。


 ストゥロムは、大型の木のモンスターだ。枝を伸ばし、四肢をがんじがらめにしたうえで絞め殺そうとしてくる。しかも、質の悪い話なんだけれど、通常の木に擬態しているので、発見が遅れがちになるんだよね。


 ただそこは、百戦錬磨のカレルとユリナだった。距離があるうちから擬態を見破り、カレルの風の精霊術で枝葉を切断し、相手の好きにはさせていない。カレルは、ペスと名付けた子犬の使い魔に適切に指示を出しつつ、ストゥロムを翻弄していた。


 一方で、ユリナは薙刀で広範囲を薙ぎ払い、ストゥロムに寄生している昆虫型モンスターの集団を蹴散らしている。


 私は二人の手際のよい戦闘風景を、しっかりと目に焼き付けた。


 武器がどのように扱われているかを、実地で知れる数少ない機会なんだ。しっかり活用しなくちゃね。


 私じゃ絶対にかなわない強敵を、バッサバッサと難なく屠るカレルとユリナの姿に、私はすっかり興奮した。危険を感じないのをいいことに、やいのやいのと歓声を上げる。


「いいぞー、そこだー! もっとやれーっ!」て感じで、私は無責任に囃し立てた。気付いたら、こぶしを固めて天に突きあげている始末。まったく、はた迷惑な野次馬だよね。


 戦闘が終わると、カレルは使い魔たちを集めて頭を撫ではじめた。使い魔たちもうれしそうに鳴き声を上げている。なんだか、ほほえましい。


 精霊使いにとって、使い魔とのコミュニケーションはすごく大事らしいとは聞いていたけれど、確かに、このカレルの姿を見ていれば、納得できるよね……。


 だってさ、モフモフの毛皮に顔をうずめているカレルの顔ったら、すごくだらしないんだよ? ……べ、別にうらやましくなんかないんだからねっ。 


 ユリナはカレルの隣で、薙刀の刃先の手入れをしていた。


 うん、ああやって大切に扱ってくれれば、武器もうれしいよね。ユリナのような人に武器を作って、大事に使ってもらえれば、本当に鍛冶屋冥利に尽きるって感じ。


 さて、戦闘は二人に任せっぱなしだったし、昼食ぐらいは私が作りましょうかね。


 私は持ってきた鍋を取り出し、ささっとお昼を作った。といっても、事前に工房で作っておいたソースを凍らせて持ってきているので、温めなおして焼いたお肉にかけるだけの、簡単料理なのは秘密だ。


「さ、食べて食べて。スヴィチコヴァーなんだけど、ごめん、生クリームやベリージャムは持ってきていないんだ」


 根菜を刻んでピューレ状にしたソースを、焼いた牛もも肉にさっとかけたもので、私の拠点としているヴィーデの街でよく食べられている料理だ。本来なら、上に生クリームとクランベリージャムをかけるんだけれど、残念ながら今は持ち合わせていない。


「暖かいものが食べられるだけでも、ありがたいよ」


「おいしそう。さっそくいただくね」


 私は二人の食べる姿をじっと眺めた。よどみなくナイフとフォークを動かす様子に、私は頬を緩めた。なんだか心も弾む。


 どうやら、お口に合ったようで、よかったよかった。これで少しは役に立てたかな?




☆ ★ ☆ ★ ☆




「ここだよ、レンカちゃん」


 ユリナが立ち止まり、深い森の中で不自然にぽっかりと開いた空間を指さした。


「へぇー、こりゃすごいねー」


 私はぐるりと周囲を見回した。この周辺だけ、明らかに生えている木の種類が違った。『精霊樹』だ。


「だろう? 結構お気に入りの場所なんだよな」


 カレルは微笑を浮かべながら、ポンポンっと精霊樹の幹を叩いた。


 それにしても、なんだか神秘的な雰囲気がする場所だ。礼拝堂の中で、一人立ち尽くしている感覚に近い? 不思議と、心が洗われるような気がする。このあたりの霊素が、特に濃いせいなのかな……。


「じゃ、さっそく始めよう。素材になる木は七色に光っているはずだから、すぐにわかるはずだ」


 呆然と立ち尽くしていた私は、カレルの言葉ではっと現実に戻された。


「オッケー、オッケー」


 カレルの言葉にうなずくと、私はさっそく目的の『精霊樹の古木』を探し始めた。


 七色に輝いているなら、すぐに目につきそうなんだけどなぁ。どこにあるんだろう?


 私はきょろきょろと周囲をうかがいながら歩いた。


 すると、右手のほうの木々の隙間から、何やらぼんやりとした光が漏れ出ている。もしかして、目的の物かな?


 分け入って中をうかがうと、どうやらドンピシャのようだった。虹色に輝く古木が目に飛び込んできた。いきなり目的の物発見だなんて、もしかして私にも運が向いてきたのかな。


 私は袖をまくると、背負った斧を手に持った。大きく息を吸って、一気に吐き出しながら斧を振り下ろし、幹に叩きつけた。


「そおれっと!」


 周囲にコーンと軽快な音が響き渡った。『精霊樹』とはいえ、私の斧でもちゃんと傷を与えられた。問題ない感じ。


 そのまま一心不乱に、斧を振り上げては幹に叩きつけた。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆




「ふふふっ! ふふふふふっ! こいつはすごいよ!」


 切り出した木材の輝きに、私の心は踊りっぱなしだった。なんていうのかな、こう、ふわーっと体が浮き上がる感じ? 早く工房に帰って加工したい!


 生産職としての性が、ムクムクっと胸の内に沸き起こってきた。


 とはいうものの、まだまだ素材は足りない。誘惑と戦いつつも、私は引き続き切り出しの作業に入った。


 脇目も振らず斧を叩きつけ、持ち運びやすい大きさの丸太に加工して、アイテムインベントリに突っ込む。


 気が付いたら陽がずいぶんと傾き、森の中は大分薄暗くなっていた。そろそろ帰らないとまずいかな。


「って、あれ? カレルとユリナはどこ? おーいっ!」


 二人と合流しようと思ったんだけれど、周囲に人の気配がしない。もしかしてマズった? はぐれたっぽいんだけれど……。


 背に嫌な汗が流れた。


 とその時、背後の草むらから物音がした。カレルたちかと思って振り返って見ると、そこには巨大モンスター『人食い熊』がいた。


「げげっ! マズいマズいマズい!」


 どう見たって、私のかなう相手じゃない。逃げるしかないんだけれど、こんな森の中じゃ逃げきれないかもしれない。もしかして、ピンチ?


「ひえーっ、お助けー」


 かといって、立ちつくしているわけにもいかないので、私は全力で逃げた。斧を熊に向かって放り投げ、少しだけ時間を稼ぐ。


 だが、案の定追いつかれ、絶体絶命のピンチ。


 いやーっ、私なんか食べてもおいしくないよー。見逃してー!


 私は涙目になった。先日のトカゲに続き、今度は熊ですかー。とほほ……。


「おーい、レンカー! どこだー? って、ここにいたのか」


 救世主現る!


 私がガクガクと震えていると、カレルが使い魔たちを従えやって来た。


 助かったー。これで何とか生き延びられるよー。


 私は安堵のあまり、そのままへたり込んだ。早鐘を打っていた心臓の音も、どうにか収まる気配を見せ始める。


 カレルは素早くペスと子猫の使い魔ミアに指示をだした。精霊術による精霊の具現化が施され、ミアは身体を大型の虎に変化させた。虎姿のミアはそのまま熊の正面に立って、乱暴に振り回される熊の太い腕を巧みにかわす。その隙に、爪に炎を纏わせたペスが、背後から熊の背を引き裂いた。見事な連携だ。


 肉の焼ける嫌なにおいが充満するとともに、熊の絶叫が森の中に響き渡った。


 私は地面にぺたりとお尻をつけながら、目の前の戦いの様子を茫然と見遣った。自分とははるかに次元の違う戦い。ただただ、見惚れた。


「うわー……、ほんとすごいや、精霊術」


 思わず感嘆の言葉が口からこぼれ落ちる。


「レンカ、無事か?」


 いつの間にか、カレルが私の傍に立っていた。白くて大きな手を、すっと私に向かって差し伸ばしてくる。


 私は一瞬躊躇したものの、差し出された手をつかみ、立ち上がった。ちょっぴり、気恥ずかしいな……。


「はぐれちゃってごめんね……」


 あーあ、なんだかみっともない姿を見せちゃったよ。


 私はきまり悪く感じ、頭を掻いた。


「いや、無事ならそれでいい。目を離したオレも悪いんだ。レンカは戦えないんだしな」


 カレルは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 そんな顔をされると、余計に心に突き刺さるよ。悪いのは絶対に、私のほうなんだから。


「今度はきっちりと護るから。ごめんな、レンカ」


 カレルは私の頭を優しくポンポンと叩いた。


 ちょっと、私、そんな恥ずかしいことされるような子供じゃないんですけど!


 ……と言いたかったけれども、なぜだか抗えない気持ちよさも感じて、結局は何も言い返せなかった。少し、悔しい……。


「さて、ここでの採集はこんなものかな?」


 カレルの言葉に、私は首肯した。失敗の分を考慮に入れても、十分な数は確保できたと思う。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆




 倒した熊の素材を綺麗に回収し終えた私とカレルは、逆方向を探していたユリナと合流した。陽も完全に暮れつつあり、そろそろ撤収しないとまずい。


「いやー、大漁だったね、カレル、レンカ」


 ユリナはほくほく顔で、目の前に置かれた七色の丸太を見つめている。


 こうしてみると、本当に幻想的だ。周囲が薄暗くなってきている分、余計に『精霊樹の古木』が放つ光が強調されている。……良いものが作れそうな予感がするよ。


「これだけあれば、多少の失敗はしても大丈夫かな。私、頑張るよ」


 情けない姿を見せちゃった分、製造できっちりと私のすごさを見せつけないとね。やればできる女だってところ、見せてやるんだから!


 私は右腕で力こぶを作り、左手でそのこぶをポンっと叩いた――。

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