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 あれから2週間が経った。


 平仮名に加えカタカナ、それに数字だって全部覚えたぞ。


 ももたろうの絵本だってもう1人で読めるのである。


 あと残すは漢字だけだが、まぁ、これは追々覚えていこうという事になった。

 何せ量が膨大すぎるのだ。


 別に今すぐ必要に迫られているわけでもないし、ひとまずはこれで満足しておこう。



「では次に、何をするか、であるよな」



 文武両道の素晴らしき人間を目指す以上、『文』の次は『武』を鍛えるべきだと思うのであるが......。

 体力をつけようと走り込みをしようにも、まだ何の予定もたてておらぬし、何より今は姉上がピアノのお稽古に出かけていて家に居ないのだ。


 姉上が居ないと外に出られる可能性はかなり低い。


 公園に出かけるのに姉上を仲間はずれにするなど、そんな不公平なこと母上が許す訳がないからなぁ...。


 と、なると、



「魔法を鍛えてみるかぁ」



 それしかないであろう。


 幸い我が知っている魔法の練習は室内でもできるものであるし、道具を使うようなものでもないからな。


 思い立ったが吉日。


 目の前で流れる “ あにめ ” もアルダス様の出番がちょうど終わった所であるし、さっそく始めるとするか。



 リビングから子供部屋に戻り、文字の勉強ですっかりお馴染みとなったノートと鉛筆を取り出す。


 情報を書き出しておくためだ。



「ではまず、己の魔力から調べるとしよう」



 なんとなく腕を組んで集中。


 さて、前の我は種族的に風の魔法しか使えぬ魔力であったが、今世はどうだろう。

 確か人間は火、風、水、土、治癒、電気、全ての魔法の可能性がある魔力であったはずだ。

 何が発現するかどうかは人それぞれであったが。


 魔力の調べ方は問題ない。

 昔たくさんの魔法を扱う主人に憧れて、我にも他の魔法が使えやしないかと試してみた事があるのだ。

 ...まぁ、やはり種族の壁は超えられなかったが。


 ......さて、では始めるか。


 体の中の魔力を捉えて意識的に体の外へと出す。

 すぐに散ろうとするそれを、押さえつけるように制御して、目の前に寄せ集める。


 そしてそれから──



「まずは、火」



 赤く熱く燃える、あの炎を思い浮かべ、火になれと魔力に念じる。


 ......ならない、な。


 残念。

 火は前世の主人の得意魔法であったから密かに憧れていたのだがなぁ。



 気持ちを切り替えて。


 では次。



「 風 」



 静かにそよぐ、あの心地よい風を思い浮かべ、風になれと念じる。


 ......ならない、な。


 なんというか。

 前世で当たり前に使っていたこれが使えないとなると、若干の虚しさを感じるなぁ。



 気持ちを切り替えて。


 では次。



「 水 」



 冷たく流れる、あの水を思い浮かべ、水になれと念じる。


 .........ならない、な。


 むむ。

 仕方がないとはいえ、こうも空振りが続くと少し焦りを感じるぞ。


 まぁ、そんな事を言っても栓なきことであるし、次へ行こう。



「 土 」



 姉上と作ったあの泥団子を思い浮かべて土になれと念じる。


 ......ぬぬ、ならないな。


 次へ行こう。



「 治癒 」



 己の指先に見つけた小さなささくれを魔力で覆い、治れと念じる。


 ......治らんな。


 残すは 電気 の一種のみ。


 となると、我はまたもや一種しか使えぬのか。


 無念に思いながらも指先から魔力を離し、次へ移る。



「 電気 」



 バチバチと唸るあの光の玉を思い浮かべ、電気になれと念じる。



 する、と.................................ぬ?



 .........ならない、だと?




 ...我は無属性、なのか?




 い、いや、まさか。


 きっとさっきは少しおざなりになってしまっていたのである。



 だって、そんな、無属性なんて、珍しい物、ありえない。



 も、もう一度。

 確実に電気を思い浮かべて──。




「......なら、ない」




 い、いや、そんな。


 そ、そうだ。

 もしかしたら電気以外で何か失敗していたのかもしれない。


 も、もう一度、全部。








 ......。



 ............。





 も、もう一度──。





 ...............。



 .....................。






 そんな、もう一度───。






 ...........................。





 .................................。







 い、いや、まだ、もう一度──。








 ....................................。







 .............................................。













 挫折。


 どうやら我は、本当に無属性らしい。


 これで少なくとも、魔法戦は出来ない事が確定した。




「......残念無念。惨敗だ......」




 魔力を限界まで使い切ったことによる倦怠感に身をまかせて突っ伏しながら、もごもご とそう呟く。


 何に負けたのかはよく分からないが、それは気分である。



「というか、数回出した魔力を霧散させてしまっただけで底を突いてしまうなんて、我の魔力量、少な過ぎるであろう」



 無属性に加えてこれである。


 はっきり言って無能すぎるぞ、我の体。


 これではもし中にいるのが我でなければ調べる事すら無理だったかもしれない。



 大気中の魔力だって我が必死に寄せ集めれば1回くらいは小さな魔法を使えるかもしれない、というほどに薄く少ないのに。




「...もう魔法は諦めろと言われたようなものではないか」




 幸先よく文字を覚えたと思ったらこれである。


 酷いではないか。


 世界はもう少し我に優しくなってくれてもいいと思うのだ。



 突然人に生まれ変わったと思ったら、言語は違うわ、騎士は存在しないわ。

 今まで酷いことばかりで───



 ──...いかん。

 このままではこの間の焼き直しになるぞ。


 前向きに考えなければ。




「......ぽじてぃぶ思考...」




 ...そうだ。


 思えばここは、生まれ直してから今まで魔法が使われているのを見たことがないほど、魔法を必要としない場所なのだし、

 やろうと思えば1回は詠唱魔法が使える分、御の字くらいに思えばいいではないか。



 ああ、そうだ。そうしよう。


 ではもしもの時のためにも詠唱魔法を練習しておくか。



 練習するといっても実際には使わないぞ。

 大気中の魔力がどれくらいで回復するか分からない以上、もし1回使ってしまえば、次がいつ使えるようになるか分からないからな。

 それではもしもの時のためにならない。



 だから、発声練習をするのである。



 他は前世の経験からなんとかなるが、これだけはどうしようもないからな。


 馬の頃の経験では人の体でぶっつけ本番、1回の失敗もなく詠唱するなんて事はほぼ不可能だ。

 何せ、体のつくりが根本から違うのだから。




「...ぬぅ」




 体の怠さを押しのけて、なんとか体を起こし、出しといて今日1回も活躍していないノートを開く。

 それから鉛筆を持って何も書かれていないページの一番上に『はっせいれんしゅう』とだけ書いて、また突っ伏した。


 別に深い意味はない。

 ただ出しといて1回も使わないのが何となく納得いかなかっただけだ。



 今度はそのまま顔だけ起こし、先ほど書いた文字の下に『ひつようなもの』と書く。



 さて、発声練習に必要な物は何だろうか。


 前世の練習を思い出す。


 ......ああ、別に何も使っていなかったな。


 強いて言うなら(おのれ)、か?


 先ほど書いた文字の下にさらに『おのれ』と書く。



 ...何というか、馬鹿みたいだな。


 発声練習。必要な物。(おのれ)。って。



 もう少し何かないだろうか。


 前世と今は大分状況が違うのだから、きっと考えれば何か出てくるはずである。



 発声練習に必要な物。


 むぅ...。



 ......あぁ、そうだ。音を取る物。


 1回も試してみる事ができない以上、何か他のもので音を正確にするしかないではないか。



 ...となると。


 必要な物は、(おのれ)と後は、一定の音を出してくれる物、だろうか。



 ...むぅ、長いな。


 もっと具体的にできないだろうか。



 一定の音を出す......。


 ...楽器、か?


 家にあるのは──




「──ピアノ?」


「──まーちゃん、ピアノに興味あるの?」




 突然聞こえた自分以外の声に驚いて、閉じかけていた目を開くと、そこには姉上が立っていた。



「あぁ、姉上。いつの間に?」


「口調」


「...お姉ちゃん、いつの間に?」


「ちょっと前からここにいたよ?まーちゃん呼びかけても全然気がつかないんだもん」


「...む、それは申し訳ない」



 姉上がここにいるということは母上が迎えに言ったということで、

 母上はいつも迎えに行く前に一言かけてくれるのに、我はそれにも気がつかなかったらしい。



「...まーちゃん大丈夫?なんかいつもと様子違うけど...。寝てた方がいいんじゃない?」



 机に突っ伏したまま起き上がろうとしない我を見て、姉上が心配そうにそう言った。



「いや、これは別に、ちょっと怠いだけで...」



 魔力量が少なすぎて、魔力が底を突いたのだとは流石に恥ずかしくて言えず、つい口ごもってしまう。


 それを姉上はどう受け取ったのか、



「怠いならやっぱ寝た方がいいよ。体調不良は軽く見ちゃいけないんだよ?」



 と言って我をベットに押し入れた。


 我はそれに何か言葉を返そうとしたが、その言葉が出てくる前に、まぶたの重みに負けて眠ってしまったのだった。




 ......なんというか、情けない。



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