番外編 駿河鈴花 〈夢はお姉ちゃんになる事〉
迷ったのですが、主人公・馬鈴の姉、鈴花の話を入れることにしました。
私が1歳の頃。
正月、父方の親戚の集まりで、
「ほら、鈴花ちゃんだよ。挨拶してね」
「...いーあうー?」
天使の笑みに出会ってから、
私の夢は、“ お姉ちゃん ” になる事になった。
それからというもの、私は事あるごとにお母さんとお父さんに妹や弟が欲しいと言い続けた。
8月を迎えて誕生日プレゼントは何がいいかと聞かれた時も、「妹か弟」って私が即答したものだから、お母さんとお父さんがとても困った顔をしていたのをよく覚えてる。
でも、だからこそ、それが本当に叶うとは思わなくて、8月8日の誕生日にお母さんから赤ちゃんができた と告げられた時は、踊ってしまいそうになるほど嬉しかった。
まぁ、私はお姉ちゃんだから、そんな幼稚な事はしなかったけど。
踊る代わりに私はお母さんのお手伝いを前よりももっとするようになった。
だってお母さんと赤ちゃんに何かあっちゃいけないから。
赤ちゃんの名前だって考えたんだよ。
女の子だったら “ まりん ” で、男の子だったら “ かいん ” 。
かわいいし、かっこいいでしょ。
しかも、それぞれ “ 鈴 ” と “ 花 ” が私と同じなんだ。
他の漢字は正直よくわからないからお母さん達に任せるしかなかったけど...。
...まぁ、それは仕方ないよね。
全て私が決めちゃったらお母さん達が かわいそうだし。
でも、これで私は “ なづけおや ” ってやつになったんだよ。
親になったの。.........ん?
──はっ!
あれ、私、お姉ちゃんになるつもりが親になってる?
い、いや、大丈夫。
私は親であると同時に、ちゃんとお姉ちゃんだもん。
この事実は消えないんだよ?
...話を戻して。
赤ちゃんが生まれてからも私は積極的にお手伝いをした。
家事の手伝いはもちろんのこと、お母さんが見ていられない間、まーちゃんのお守りをしたり......。色々ね。
オムツを替えたりだってしたんだよ?
だって私はお姉ちゃんだからね。
それくらいはしないと。
なのに、ハイハイを始めたまーちゃんはいつもお母さんにくっついてばかりで、全く私には構ってくれなかった。
せめて、お母さんの邪魔でもしてくれればそれを口実に捕まえることもできたのに、そんな事もしないのだ。
いつも、お母さんが見えるところで周囲を見回しながらポケ〜と座っている。
私がお人形を持って前で振ってみてもコテンと不思議そうに首を傾げるばかりで遊んでくれない。
お母さんが好きなのは分かるけど、もう少し私に構ってくれてもいいのに。
そうやって少しむくれながらも日々まーちゃんに「お姉ちゃんだよ〜」と話しかける毎日を送っていると、お母さんから幼稚園に通うかどうか聞かれた。
よく分からなかったけど、同年代の子と遊ぶために家から通う場所なのだとか。
でも私は即断したよ。行かないってね。
だって、その時でもお母さんに負けていたのにそんな所に通って家を空けていたらもっと差ができちゃうもん。
私の夢は、“ お姉ちゃん ” になる事。
それはただ妹や弟ができればいいってものじゃない。
妹や弟に “ お姉ちゃん ” って呼ばれて、尊敬されて、好かれなきゃいけないの。
それには少しの妥協も許されないんだから。
けど、ピアノの習い事は断りきれなかった。
他の習い事とかはお母さんもちょっと勧めてくるだけで、断っても何も言わなかったのに、ピアノはなんか、お祖父ちゃんが楽しみにしてるだとかなんだとかで、お母さんに加えてお父さんまで説得しにきたのだ。
でもまぁ、それ以外は大体順調にいって......って、いってないよ。全然いってない。
なに流されそうになっているんだ、私。
何故か、まーちゃんがそれからしばらくして突然テレビにかじりつくようになったのだ。
もちろん比喩だよ。本当にかじりついたりはしてないよ。
今まで駄々1つこねた事のなかったまーちゃんが、駄々をこねて1つのアニメを見て、かと思ったら突然寝るようになったの。
不思議だよね。
それからまーちゃんは1日のほとんどを寝るのとアニメを見るのに費やすようになって、余計に私と遊んでくれなくなった。
でも、さっきも言った通り、まーちゃんが駄々をこねるなんて初めてだったし、
何より起きている間は私の話を真剣に聞いてくれるようになったから、
私としてはまだ別にこれは良かったの。
最悪なのはここからだよ。
まーちゃんがね、言葉を喋ったの。
今まで一切喋った事なかったのに急に、しかもスムーズに。
まぁ、これは別にいいよ。喜ばしいことだし。
問題なのはその言葉。
「なぁ、姉上。 “ あにめ ” をつけてはくれないか?」
って、そう言ったの。
私はね、さっきも言った通り毎日「お姉ちゃんだよ〜」ってまーちゃんに話しかけてた。
なのに、なのにね。
まーちゃんは私の事を “ お姉ちゃん ” じゃなくて、“ 姉上 ” って呼んだの!
意味がわからないよね。
確かにアニメの中でまーちゃんの好きなキャラが 姉のことを姉上って呼んではいたけれど、
普通テレビの中で数回聞いた言葉じゃなくて、毎日聞いてた方で呼ぶでしょ。
私、泣いたよ。
お姉ちゃんだから泣くなんてしたくなかったけど、こればっかりは耐えられなかったの。
泣いて泣いて泣いて、まーちゃんに “ お姉ちゃん ” って呼んで!って懇願して、
どうにか泣き落として、まーちゃんに “ お姉ちゃん ” って呼んでもらった。
それと同時に色々おかしくなっていた口調も矯正することにしたんだけど...。
それはまだあんまり効果はでてないね。
未だにまーちゃんは気が抜けると私のことを “ 姉上 ” って呼ぶし。
口調ももとに戻るし。
だけど、私が指摘すれば直してくれるし、私にも構ってくれるようになったから、まぁ、今は別にいいかな。
あぁ、でも、この前のは悔しかった!
「ありがとう姉上!大好きだ!」
って!
ちゃんと口調直して言ってくれればよかったのに!
「ありがとう、お姉ちゃん!大好き!」
だったら私の妹に言われたいセリフTOP10に入ってたのに!
その時は思わず離れていくまーちゃんに追いすがりそうになったけど、
椅子から降りてる隙に、いなくなったまーちゃんを探している内に冷静になった。
お姉ちゃんたるもの情けない姿は見せられない。
ただでさえ “ お姉ちゃん ” って呼んで欲しいと懇願した時に変な目で見られたのに、
これ以上はダメだ。
それでは “ お姉ちゃん ” じゃなくて変な奴になってしまう。
もしくはストーカー?
そんな事になったら私は死んでしまう。
軽く50回は死ねると思う。
......ごめん。言い過ぎた。死ねない。
多分そうなっても私は汚名をそそぐために頑張ると思う。
まーちゃん残して死ぬなんてできない!
だってまーちゃんを悲しませるようなこと出来ないし、
悲しまなかったらそれもそれでイヤだから!
………。
...話を戻して。
まぁ、私の妹に言われたいセリフTOP10は後で まーちゃんの口調を完全に直してから言ってもらえるようにすればいいし、
これくらい何度でも言ってもらえるような “ お姉ちゃん ” に私がなればいいだけだもんね。
大丈夫、大丈夫。
1回言ってもらったんだもん、まだまだ希望はたくさんあるよ。
このまま尊敬される “ お姉ちゃん ” で、ずっといれば............ん?
──はっ!
そうだ。私、こんな事してる場合じゃない!
危機がすぐ目の前まで せまってきてるんだった!
ついさっき、まーちゃんを何とか励ました後にね、絵本を読んでってお願いされたの。
まーちゃんに。ももたろう の絵本を。
本当に不思議だよね。
今まで絵本になんて欠片も興味もってなかったのに。
だけど、頼まれたからには何としてでも読まなければならない。
たとえ今、自分の名前と家族の名前くらいしか読み書きができない状態であろうとも。
だって私はお姉ちゃんなのだ。
尊敬されなきゃいけないの。
文字が読めないだなんて、そんな情けない事は言えない。
ましてや妹より文字が読めないなんて事、絶対に許されない!
だから私は頑張って勉強をしなければいけないの。
まーちゃんがお昼寝してるこの隙に。
明後日までには少なくともこの絵本に出てくる文字くらいは読めるようになっていないと。
がんばれ、私。
今こそ私の姉としての根性が試されてる時だよ!